最初の火   作:Humanity

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前回に続いていますので、今回もまた最初の火が灯るよりも前のお話です。



第二層

………

 

 

上辺では灰の定期的な「外出」を認める形をとったボンドルドであるが、その思惑は灰に監視役の祈手(アンブラハンズ)をつけて遠巻きに灰の行動を観察し彼についてその戦力や行動原理を考証することにあった。なぜ第五層に居たのか、アビスの名も知らず潜った記憶もないと言うのだからその化けの皮を引き剝がすという意図である。無論灰に監視役の存在が認知されているという前提もまた存在する。であるから監視役たちはいわば捨て駒ですらあったのだ。

 

 

「ふむ…よくやりますね。」

 

 

監視役の視界を借りて眺める灰の戦いぶりは原始的ながら身のこなしから見事と言わざるを得ない。ブロードソードと草紋様の中盾を手にまず行動を見、その原理をある程度把握してから相手を誘い出しそのうえで弱点を探る。ターン制のカードゲームに喩えればわかりやすいだろうか。

 

 

「今のところ剣と盾のみを用いていますが、小柄にして鎧を着こんでいるにもかかわらずよく動けるものです、興味深い。きわめて興味深い。」

 

 

もとより深界五層に息づく陸上生物が少ないために一対多数の状況にはコロニーなどの特殊な状況下を除いてはなりにくいのであるが、一体一体に集中して戦える環境を選び転戦を繰り返す様は探窟家の教本に載せるべきとすら思えるほどだ。それほどに彼の洗練された立ち回りはアビスの生物相手でなかったにしろ戦いなれていることの証左足りえるだろう。

 

 

「おぉ、今のを避けますか。」

 

 

カッショウガシラが地中に潜行し姿を消す。そして数瞬もたたずして灰の足元へ針を突き出したものの、灰は予期していたようにこれをバックステップで回避し続けざまにブロードソードを振るってその尻尾を切りつける。いつの間にやらブロードソードに塗り付けられていた松脂に火がつけられてカッショウガシラの尻尾は斬られた断面から燃え、生臭く焦げ臭い空気が広がった。堪らずカッショウガシラが地中から出る。

 

 

「良い手ですね。地中から引きずり出しながら相手の手数を減らすことに成功しています。」

 

 

既に左側の節足一本が捥ぎ取られているカッショウガシラはさらに負った痛手から目の前の小柄な獲物へその動きを警戒し睨むようにしてジリジリと相手の間合いを読む。対する灰もまた油断せずカッショウガシラの次の手を読むべく一挙一動も逃さぬほどに睨みながらしかし盾は構えず間合いを測る。

肌も焦げ付くほどのにらみ合いの時間を経てついにカッショウガシラが撤退を選ぶかという時、不意に灰は盾を剣の柄で幾度か叩き喧しく音を立てた。

 

挑発。本能に従って生きる者たちに極めて有効な誘い出しである。ゆえに小柄な獲物に優勢を奪われかつ挑発されたカッショウガシラがただで済ませ退却を選ぶはずもない。槍の戦技『突撃』のように灰の目には映ったカッショウガシラの突進に対して灰は武器を構えるでもなくただ立ち向かい、獲物を突き殺さんと尻尾が力んだ瞬間を見計らって盾でこれを弾き流した。

パリィ。盾にて敵の攻撃を受け耐えるのではなく、あくまでも盾を用いて敵の攻撃に対し横から瞬時に力を加えて敵の姿勢を崩す戦いの中での技法である。

 

 

「ほう…」

 

 

そして守る盾も鉾も失って惰性に向かってきた(サソリ)の頭を、中盾をなげうって両手で支えたブロードソードの剣先に待ち受け相手の力を利用して剣の身半ばまで突き刺した。鋭い一点の力を受けたカッショウガシラの特に分厚いはずであった頭部の外骨格はこれを受け止めきれず拉げて内容物をまき散らし、さらに右足で突き刺さった頭部を蹴り両手で剣を引き抜いた灰はカッショウガシラの断末魔を聞きながら大量の体液とめちゃくちゃに混ざり合ってしまった体組織の名残を浴びた。

 

 

「お見事です。まさかあれを剣と盾でしかもおひとりで殺し切ってしまうとは。」

 

 

ボンドルドが呑気にイドフロントで感慨に耽るなか、その目を担っていた祈手がカッショウガシラの断末魔を聞きつけて遺骸を漁りにやってきたサカワタリたちによって殺されるがそんなことは意も返さなかった。

 

なお灰はと言えば、その手元にほんのわずかのソウルも得られずまたエストの補充も出来ず残り火状態にもならなかったことから単なる雑魚扱いと捉えて攻略難易度の高さに驚いていた。

 

 

「むぅ……燻りの湖に巣くっていたワームでもまだ気前は良かったというのに…。」

 

 

そんな呟きも目と耳を担った祈手を失ってしまったボンドルドの耳に入ることはなく、灰は遠方からやってきている鳥の群れから逃れるため入り組んだ岩場を選んでその場を後にした。そこがかつてはカッショウガシラのコロニーであったことなど灰の知る由もないであろう。

 

 

「この匂いは…古戦場か。」

 

 

今や遠いロスリックで嗅ぎ慣れた、ツンと鼻を刺すような人の灼ける匂いと糞尿を加えて混ぜこぜにしてぶちまけられたような匂いが天井のないドームの中に充満している。白い岩壁には焼けた跡があることからここで激しい戦いか虐殺があったことが灰には伺えた。

 

 

「せめて緑花草の一つでもあればなあ……うん?」

 

 

そんな考察をしつつ見回すうちに、灰はその岩壁に倒れかかる形を残した死体があることに気がついた。頭部にはかなり傷がついた黒い兜——ちょうどボンドルドと同じようなもの——を被り体は…。

 

 

「ふん、ふっふっふ…このひどい匂いの元凶は貴公だったか。やれやれ、戦いの前に何を食ったんだね…?見てみようか。」

 

 

すっかり乾涸びてしまった(はらわた)を露出した下半身の無い遺体。しかし灰は躊躇なくその死体を漁る。

 

 

「下水道の末端の水の中に沈んでいた遺灰よりはかなりマシな死に様だな。貴公、名はなんと言うんだね?」

 

 

衣服を漁るには頭が邪魔であったので灰はぐいと側頭部を押して転げさせ、さらに仰向けに正すと胸に掛かっていた黒い笛を手に取り紐を引きちぎった。白い彫り込みに字が見て取れる。灰はこれを古い呪いの類だと聞いたことがあった。

 

 

「む…うぅ…ん…。ああこれか?……あー…なんとも何処ぞの神どもを彷彿とさせる語感だな。ふっふ、ふふふ…。」

 

 

その黒い笛をソウルに仕舞おうとした灰であるが、仕舞えないことに気づく。思えば手に取った時点で名前を読み取れなかったのだからこれといってソウルが残っていない、すなわち他人に与えられたものでこれ自体にはさしたる愛着もなかったのであろうか。

 

 

「むぅ…勿体ない。…この大きさならローブに結びつけておくか。」

 

 

ロスリックに転がる遺体や甲冑も似たようなものだと灰は考察している。曰く、愛着を持って使い古されたものはその微弱なソウルに記憶を持つのだと。その輝きが特に突出したものをのみ不死人や灰は手に取って名を知りその記憶を読むのだと。

 

 

「あの男に知らせるのは…癪だな。黙っておくとしよう。なあ?グェイラ君。」

 

 

声には出さず肩を震わせて微笑った灰は立ち上がり、ドームの穴から先ほど戦った場所を見る。喧しい鳥どもは蠍を食ってもなお足りないらしく次の獲物を探そうと飛び立ちつつあった。

 

 

「…ふむ。飛び去るまで待つかそれとも退却するか…どちらが無難かね…?」

 

 

灰は今記憶している魔術を想起した。安全だと断じて記憶し直すような気持ちの余裕も(いとま)もなく、『見えない体』や『隠密』を記憶できていないために退却は困難を極めるだろう。何より群れて移動する生物に良い思い出はない。

 

 

「であれば、待つのが吉かな。」

 

 

ソウルの存在を確認できていない現状では誘い頭蓋も意味をなさないと考えたのだ。さらには亡者相手ならばまだしもある程度の知能があれば投射方向から現在位置が推測できるため尚更危険である。

 

 

「集中力の節約にもなる、これが最善だろうから。」

 

 

捕縛されたのちの一度目の探索で消耗戦の失敗を思い起こした灰は反省したのである。魔術は長期戦にとんと弱いものだから。

そう思って灰は汚物臭の根源(祈手グェイラの遺体)から離れた位置の岩壁に身を寄せて『丸くなった』。

 

 

(今日の収穫は蠍の攻略法と、この笛と汚物臭か…。)

 

 

エスト問題解決とエスト解明の糸口はまだまだ見つからない。

 

 

(………水浴びできないか聞いてみよう…。)

 

 

 

………




 
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