最初の火   作:Humanity

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立て続けに2話の更新でした。同じ日の話ですので層は分けず、上下一対の形式をとっています。


第五層、下

………

 

 

火や陽の光とは異なった、少し冷え込むようなエネルギーの蠢きが蠍の頭部を強く揺らした。首に風穴を開けたその衝撃波は熱さを伴わず爆発も伴わない、極めて純粋で繕いようのないものであったのだ。

 

蠍がその口の中に受けた衝撃によって後ろへと弾き飛ばされると、その衝撃の発生源たる矮小な獲物は片手に握った大剣を膝立ちのままに体をよじって腰に構えるのだ。当然ながらいくら大きいとは言えども剣先の当たるような間合いではない。

 

 

——ィキァァァァ——

 

 

怒りによって突き動かされた蠍はしかしその獲物の攻撃は当たらないとみて尾を突き立てる。そしてその視覚器官には夜の静かな冷たい光を入れるのだ。

 

腰に低く構えられた大剣は青銅色の光をその身に帯びて、灰の重心を前へ一気にずらすことで振りぬかれるとその光を空間に波及させる。直視することは難くない、その静かな光が灰へ突き立てられた尾を包み込みそのまま蠍の体にまで到達すると先ほどと同様の衝撃を生む。

 

 

「づぁァ、あカ」

 

 

対して灰はその重い振りの剣に半ば体を持っていかれながら、剣先を杖のように地に突き立てそれによって体を支える。麻痺して忘れていた痛みが、その剣の与える冷静さによってその細い肩にのしかかって今にも潰れそうになっているのだ。

 

 

「ゔあぁぁぁッ!」

 

 

灰がひどく叫びながら無理矢理に腐るような激痛を覚える右足の膝を前へ踏み込んで、大剣を切り上げる。縦に伸びた光が波及して、蠍の上顎を脳を視界を揺さぶり斬撃となってこれを攻撃するのだ。

しかし蠍もまた怯みつつも尾を伸ばしていて、その一本が剣を切り上げてがら空きとなった灰の胸を掠めた。貫きはしなかったものの胸の僅かな傷から血が噴き出し、例の蠍の毒が入り込むのだ。

 

 

「——は、ぁ……ぐルぁあ!」

 

 

灰は歯を食いしばって痛みに固まりそうになる体を我慢し、大剣を背負い込んでそのまま背中に沿わせ大剣を片手で振るう。地に打ち付けるように乱暴に、しかしこれをとどめとしてたたきつけるために剣先は一切のブレを見せず精密に全身の体重を乗せるようにして死力を尽くし大剣は振るわれたのだ。

 

 

——キyyyyyァァァァvvvrrrr——

 

 

これまでかろうじて文字として受け取られていた蠍の声はついに灰にとって聞き取ることのできないものと変わる。しかしそれはまだ断末魔ではなかった。自重を載せてたたきつけられたその剣によって体勢を崩したのは灰の方であったのだから。

口と発声器官の破壊された蠍は、しかしかろうじて脳を残していた胴体によってこの獲物を相打ちに持っていくことに決したのだ。そうして滅茶苦茶に振るわれた7本の尾はそのほとんどがじたばたと暴れるだけであったが、不運にもそのうちの一本が灰の左わき腹に向かいそのまま刺し貫いたのである。

 

 

「——————ッあ、!ごプ」

 

 

腸がぐちゃぐちゃにかき乱されてその出血が胃へ溯り口から吹き出す。咳をするように吐き出された大量の血が砂上にボトボトと落ち、砂が黒く染まっていく。

 

そして意識が混濁した灰は左脚を立て片膝をつく格好になるとさらにその左脚だけで立ち上がり、正面へ飛びあがって下の蠍の胴体へ剣を突き立てた。

 

 

~~~

 

 

時を少しばかり溯る。

 

灰が蠍————カッショウガシラ————のコロニーにおける要である母体との戦闘を開始したことを監視役の祈手から意識越しに伝えられたボンドルドはすぐさまその祈手の視界を覗き見た。

 

 

「以前灰の方が戦ったのはカッショウガシラの幼体、ナナチたちが訪れた際のコロニーの生き残りでした。しかしそれとは別のコロニーの若いとはいえ母体となろうとしているカッショウガシラとの戦闘となると話は別です。黒笛のあなた方ならば充分にお判りでしょう、コロニーの母体となろうとする時期の個体は特別に気性が荒いのですから。」

 

 

無意識にやや前のめりとなって側に控える祈手へ少し待つように掌を掲げながらボンドルドはそういった。それだけで十分すぎるほどに灰の置かれている状況の理解できる祈手はすぐさま確認する。

 

 

「現在巡回に出ている祈手に救援に向かわせますか、卿。しかし灰の方は…。」

 

「ええその通りです。アビスについての知識を致命的に損なっている灰の方はその匂いをごまかすことができず、いくら灰の方とは言え逃げ切ることは望めません。」

 

「であれば、まさか」

 

「いえまさか。灰の方は大事な保護、観察対象です。私であれば十分に戦うことができるでしょう。」

 

「しかし戦闘用の祈手の数は現状限られています。卿、どうか慎重にご検討を。」

 

「とはいえ来る()()の方にお願いをするわけにはいきません。」

 

 

祈手は逡巡して言葉をつなぐ。

 

 

「しかしさすがに卿、()()のお出迎えを我々が行うわけにもいきません。」

 

「………それは『灰の方が勝つのを待つべきだ』ということでよろしいですか?」

 

「………………はい、卿。」

 

「打算が過ぎませんか。」

 

 

責めるような口調ではなくむしろ諭すようなものであるが、ボンドルドはこの時確かに大いに焦っていたのだろう。

 

 

「しかし…ああっ!………これは。」

 

「如何されましたか卿。」

 

「…………灰の方の力、これがそうなのですか。これは何と、これほど理解の及ばないものとは思いもよりませんでした。………灰の方の救援に向かいましょう。もう、決着がつくようです。」

 

「………承知致しました。」

 

 

コロニー内に立ち入ることはしていない祈手の視界を借りているために明瞭度は欠けるものではある。しかし灰の振るった力の断片を垣間見たボンドルドは灰の勝利を確信して、救出へ向かうのだった。

 

 

~~~

 

 

目を灰に戻すとする。

 

 

「ハ、かっぁぐ……。」

 

 

もはや機能をなしていない臓器を抉られる経験は灰にとってしてみれば数えるのもばかばかしいと思えるほどにありふれた事象であったが、灰の中に蓄積する蠍の体液の正体を自らの体でもって検証を試みる灰は正気を疑われることであろう。あるいは例の卿ならばその探求心に拍手を送ることかもしれない。

 

 

「……ぁあ………んくっ」

 

 

白い壁に体を預けて左わき腹に開いた穴を視つつエストを口にする。あらゆる悪効果を疑って、灰は様々な抗する手段をすでに試していた。がそのどれとも完全には当てはまらずしかしそのどれとも類似しているらしいという事を突き止めた灰は、今度はその肉が膨張し溶けるデバフにエストはどの程度の効力を発揮するのか、奇跡は有効か、指輪による影響は見られるのかといった研究を行うのだ。

エストがもったいないとはもはや考えてもいなかったほどに。

 

 

「膨張の症…状は、ぁはっらに見られ…ない。さ、さそりがよ わっていたため…か?」

 

 

膨張の症状の特にひどかった右足と左腕は足甲と手甲を外して体表を触診したのだが、エストの指輪を着用したうえで嚥下したエストによってほぼ抑えられていた。該当箇所からはすでに肉の溶ける痛みはなくもうじきに感覚も戻るだろうと予想している。

 

 

「きず、ぐちがっあちいさか……ったから、か?」

 

 

そうであるならば胸の傷の直りが速く症状の進行も肉を裂かれた足や腕と比べて遅かったことに説明がつくだろう。対して大きな穴の開いてしまった腹のほうは肉の溶ける症状が依然続いておりエストの効力も弱いのは損傷個所が単に大きいためであると推測できる。

 

 

「でき、れば……げっどくぉk、kえんきぅ…………も……。」

 

 

ブロードソードや草紋の盾、さらに月光の大剣と杖は作業に邪魔であるので装備からは外しソウルの中へと仕舞っている。明滅を繰り返す意識のなかで彷徨う灰は止まりかける思考を何度も引き起こしながら白いドームの中へと立ち入る男の姿を見とめた。

 

 

「!ああ灰の方。ご無事ですか?」

 

「k、ぃこぉ。もぅおわ った、ぞ。」

 

 

こののちボンドルドと祈手の一団が灰を回収しイドフロントへ戻るまで、灰は意識を保ってやや興奮気味に呂律の回らない口でボンドルドへ蠍の毒についての見解を長々と述べたという。

 

 

………




戦いはいい、私にはそれが必要なんだ…。
ウキウキで自キャラが痛みにあえぐ姿を描き出した人間性がいるらしいですよ。

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