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子供の感性とはやはり魅力的なものだ、とボンドルドは感じていた。それは彼の策により灰と引き合わせられた少女の灰について話していたことが反芻されながら、くわえて今眼前に揺らめく緋い炎とそれを熾した灰があるためだ。
『火の香りのする方』
それは先天性の弱視で他の感覚に頼るほかなかった少女だからこそ、そして彼女がなんの先入観も持たないような純粋でそれゆえによく透き通った精神性を持つからこそ知り得た知見だろうとボンドルドは考えるのだ。また他でもなくボンドルド自身や祈手たちが気づくことのなかったそういう意味での特異性は、灰の持ち合わせる身体と臓器機能面での異常性に結びつくのだと見抜くその慧眼に感服せざるを得ない。
「灰の方、本日はここまでといたしましょう。あの子が困ってしまいますよ。」
「む……そうか。」
相変わらず銀色に輝く兜に素顔を隠す灰は中で頷いているらしくカタカタと音を鳴らした後、篝火から立ってイドフロント内部と通じる
「ああ……灰の方にはご迷惑をおかけしてしまいますね。とはいえ規約は規約、保護対象という特殊な枠組みからイドフロントに所属する探窟家・研究者の一員となっていただくには仕方ありませんが。」
灰の小さな後ろ姿が狭い通路の闇に消え入るのを見ながら、ボンドルドはそう呟いた。
灰は今、ボンドルドの教導の下で探窟家協会に所属する黒笛となるため学んでいる最中である。第五層に拠点を置く以上は黒笛となる必要があるということは周知の事実ながら、これまで笛を持たない灰の第五層探窟を黙認していた公的なイドフロントおよび黎明卿ボンドルドは突如として掌を返した。
「いつかは知られるべきことでしたし、予定が早まったというのみでしたが…。」
ただし掌を返さざるを得なかったその要因があまりにも大きい。
それは灰の存在が不動卿のオーゼンに露見したことなのだ。その時点で——また今現在も——判然的ではない灰の正体を遺物と断じることができなかったからこそ知られてしまったのである。無論その存在をオーゼンがオースやシーカーキャンプで易々と言いふらすとは考えていないのだが、第三者それも白笛に知られたという事実が今の灰の立場を作ったのである。
「卿。」
灰を見送り篝火を眺めながら今後の動きを取りまとめるボンドルドに、『炉の間』の祈手が提案する。
「
「勿論、そのつもりですよ。灰の方は飲み込みが早くまたそれを応用するのもさらに早い。このままでは早々に笛持ちへ至り黒笛までも時間はかからないことでしょう。」
続けて彼は言う。
「しかし灰の方が我々の目の届く範囲から出ることや、制御下から抜け出すことはこれまで
とはいえ今のイドフロントには課題が山積みである。黎明卿の戦闘用祈手の補充——強いてはゾアホリックの再起——からカートリッジ再供給の目途そしてイドフロントの基地機能の再整備と定期メンテナンス、灰が『再燃の儀式』を行い炎を取り戻した篝火の解析、火の無い灰自身に対する解析作業さらには灰の黒笛取得。課題の半数が火の無い灰に関連することであり灰の協力を得ることができれば解決する問題であるが、灰や彼の知るという『篝火』に関しては全くの未知でありこの探求には長い時間を要するだろう。
「きっと、灰の方こそがもたらしてくれるでしょう。私の、いえ我々がそして須らくオースの人々が求める夜明けを。そして次の二千年、その在り方を。」
——たとえこれがアビスというものから違えていたとしても。
「それと、頼んでおいたものは仕上がりましたか。」
「もちろんです、卿。すでにドルミゥのもとへお渡ししました。」
「素晴らしい。我々の計画に彼女は必要不可欠です。また灰の方も含めて決して損じることのないよう細心の注意を払うようにいたしましょう。」
……
「お疲れ様です、灰の方。」
「む…んん……。」
灰が自室へ戻るとそこにはいまや灰との関りの度合いがボンドルドと肩を並べつつある件の少女が、狭いベッドの上に座り両足をやや浮かせて揺らせていた。
「ボンドルド卿から新しい服を頂きました。……私に似合っているでしょうか?」
黒く艶の掛かって見える仕立ての良い黒いローブを羽織り、その下は少しくすんだ白いワンピースを着ている。なぜか裸足であるが石と鉄に囲まれたイドフロントの中で寒くはないのだろうか。
「灰の方?」
そして透き通った碧い瞳。
それらは灰にとってあまりにも既視感が強すぎたのだ。少女の呼びかけが頭蓋の内側で反響し、やや音が歪んで火の向こうにあった古い記憶を呼び覚ます。
『
あまりにも重なりすぎたのだ。同じ色の瞳を入れた、火の先に闇を見てしまった
握りこぶしの締め付けが無意識に強くなり手甲の爪が掌を覆う手袋に突き立てられる。
なおボンドルド卿の本来の意図は当たらずとも遠からずといえる。しかしこれ自体は単に新しい服でありそれはむしろこれまでの色による区別を行うことができるという程度の粗末な麻服ではない、正式な公的なイドフロントとしてその存在を認知しこれを後押しするためのモノなのではあるが。
「どう…したの……?」
そのような思惑を知る由もない灰は葛藤にさいなまれながらしかし
強く空気を吸い込みそして吐き出す。スッと肩の力が抜けるような心地がしてようやく口を開けるようになった灰は、この時ほど「兜をかぶっていてよかった」と思うことはないだろうなどと考えながらなんとかして言葉を絞り出す。
「、…。いやすまない大丈夫だ。………似合ってるよ。」
灰はなんとか表情を取り繕ってバイザーを上げると、すぐそこまで顔を寄せた少女がやや心配そうな表情ではありながらふと微笑み茶色の長い髪をふわふわと跳ねさせ、そして両手を握って小さくガッツポーズを作ると言った。
「…やっった!!!……あ、えと……その……。うれしい……です、ありがとうございます…。」
その受け答えにややこの娘との——だだ漏れになっていたのであろう嫌悪感の影響か——距離を感じた灰は、すぐさま彼女と同じ喜びを表そうという思いに体を突き動かされた。
腰だめに二回両手のこぶしへ力を込めて、空を仰ぐように両腕を突き出す。そのコミカルなジェスチャーはある陽気な騎士譲りのものだったか。
「ぁ…!や、やったー!!」
想像に反した灰の行動に一瞬目を見開き驚いた少女であったが彼女もまた灰を真似て同じ
ほんの数秒間しかし長く抱き合ったように灰が感じたとき、少女は微笑みを絶やさずに身を少し離して言った。
「じゃあお風呂入りにいこ?」
「……そうだな。」
二人は部屋の扉を開き、見知った道を二人そろって歩いて行く。
その二つの後ろ姿が明るい廊下を歩き去るのをまたしても見送る
「素晴らしい…実に素晴らしい…。」
関係性は異なれどもかつて彼の手の内に在った大いなる可能性を想起する彼は、表情の見えない鉄の仮面の内側で深い笑みを浮かべ心からの称賛を送っていた。
………
さて、冒頭の「~なので初投稿です」というのは最近ほかの方々の作品を読み漁っているなかでかなりの頻度に遭遇する一文なのですが、どういう意味があるのかよくわかりませんね。
私の文脈で言えば「ようやく第二話投稿です」といった方が正しいなと思ってしまうためでもありますが。