最初の火   作:Humanity

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今回も今回とてまじめにやっていきますよ。
それと今回はかなりグロテスクです。死亡描写がありますので苦手な方はご注意ください。無理はせず、次回投稿時の前書きに添えるあらすじをご確認くだされば問題ありません。
 


第七層

………

 

 

灰はボンドルド卿に連れられて、イドフロントの中に存在する階段の前にいた。

普段は使用を禁じられておりその入り口を二本の鎖によって通行止めを行われている、『炉の間』との直通通路のうち一つだ。なお『炉の間』側から向かう場合この通路には途中で丁字路があり、直進するルートが同様に鎖によって封じられている。丁字路を左折すると灰の私室付近に出るため頻繁に利用する通路だ。

 

 

「これか?」

 

「ええその通りです。そちらを踊り場まで登って頂いて、降りてきてください。」

 

 

灰は不思議なことを言うなという様子で先の暗い階段を一瞥する。こちら側からの電灯の光が入りにくくなっているらしく一筋の光も受け付けないと言わんばかりに階段に横たわる暗闇へ、一寸先も見通せない深淵へ灰は向かい合って一段目に足をかけた。

 

一段、また一段。ボンドルド卿から見ればもう暗闇に灰の姿が消えているが、彼の歩みは足甲の音として聞こえている。規則的に打ち鳴らされる金属音が響くたびにボンドルドの灰への興味は掻き立てられるのだ。

 

 

「さて、灰の方は上昇負荷の影響を受けるのでしょうか。これはその検証の時です。」

 

 

イドフロントの位置する第五層は一部を除いて比較的平坦な地形をしている。故に灰がイドフロントの外へ探索へ出る場合には上昇負荷というものをほとんど受けることはなかったのだ。即ちまだボンドルドはおろか灰その人でさえ上昇負荷の影響を受けるか否かという事を正確に把握しているというわけではなかったのである。

 

——むしろ受けて頂かなければ()()ところですが。

 

興味七割、不安三割といった心持の黎明卿はもうすぐ十を数える規則的な足音を聞きながら真っ暗闇となっている階段を見上げていた。

 

そんな思いをよそに、十五段目へ差し掛かった灰は歩みを一切止めないながらもソウルの業を頼りに上へ上へと歩みを進めている。

 

 

「っ、これが『上昇負荷』…か?」

 

 

先程まで影響のなかった灰の体は急激に負荷を受け始めたようだ。

既に目は完全に効かなくなっているが、まだ壁に沿わせた手からその冷たさが伝わっている。また耳から入る音にはあまり違和感がない。

これには思わず灰の歩みが止まってしまった。

 

 

「…暗い……?いや昏いか…。んぐ……ウォルニールもこう言う気分だったのだろうか?」

 

 

あるいはかの深淵歩きや闇喰らいのミディールも、この『昏さ』を過ごしたのだろうか。その様なことを考えながら思索の内容をそっくりそのまま口に出してぶつぶつと独り言を言う。また時折拳を握りしめて手袋に手甲の爪を突き立てる。

だが灰は決して気をおかしくしたのではない。

 

 

「視覚異常、聴覚は…やや遠いな。嗅覚異常、それと触覚異常。」

 

 

あえて口に出すことで反響した自分の声を聞く。これにより灰は自身の体にきたすであろう影響、『上昇負荷』の程度を測っているのだ。また手に走るはずの痛みを感じることがないために触覚異常を判断したのである。

この時点で既に耳に入る音の振動は確かに鼓膜を揺らしているはずであるが、籠っているようなあるいは発生源が遠いような感覚つまり聴覚異常に陥っていた。そしてようやく次の一歩を踏み出し登った時、ぷつりと音の情報が消える。

 

 

「んぐっ…んん…」

 

 

四人の公王。彼らもまた深淵の中で息づいていた。暗く昏い世界で彼らは互いの位置もわからず、しかし深淵から這い上がる術もなく彷徨ったのだ。覇王ウォルニールが神に初めて縋った深淵の怖さとは、その暗く昏い世界に孤独で在るということだったのだろうか。

 

——そんなこと、今に始まったことじゃあない。

 

もはや何も聞こえずまた光と音を失くしてもなお巡る思索と、感じることのできる自らのソウルの業の微かな(しるべ)に沿って立ち止まることなく階段を登り続けるのだ。

 

 

「っ、っ……く……?」

 

 

しかし何も見えていない灰は不意に立ち止まる。

ソウルが()()俯瞰にはこれ以上登るものがないと導を通して伝えている。ここがあの男のいう踊り場のようだ、と。

 

 

「おりる…おりよう。」

 

 

灰は何もわからないが、ソウルは()()伝えてくれる。それが灰にとって最後の感覚であり、どうやらアビスが損なわせることのできない業であるらしい。自分を背後から視るソウルの導を頼りに一段、また一段と今度は降りそしてついに次の一歩を——踏み外した。

 

 

……

 

 

数瞬後、イドフロントの廊下の一角に甲高い金属の悲鳴とひどく鈍い破砕音が鳴り響いた。

 

 

「おっと、おやおやこれは大変ですね。灰の方、大丈夫ですか?私の声は、私の姿は見えていますか?」

 

 

階段の上方から転げ落ちてボンドルドの目の前で倒れた灰に対し、卿は片膝をついて灰の肩をたたき呼びかけを試みる。しかし灰の明確な返答はなく、だが灰の左腕は何かを確かめるように動いていることから生きてはいると判断したボンドルドは続いて灰の体の下敷きになったあらぬ方向に曲がっている右腕を見る。滑落自体は察知して手をつこうと試みたらしい。

 

 

「ほう……聴覚や視覚とは異なった感覚が備わっているのでしょうか。あるいは単に三半規管が優れているという事でしょうか。どちらであるにせよどうやら第五層の上昇負荷に対抗する術があるようですね。そしてあなたは間違いなく、上昇負荷を受けると。」

 

「っ……ぅ……。」

 

 

ボンドルドが灰の兜のバイザーを上げ灰の顔を覗き込むも、その双眼はうつろなままどこともつかない位置を彷徨っていた。やはり視覚機能はほぼ失ってしまっているらしい。わずかに開いた口からは赤黒い血が溢れ出ており、折れた肋骨が肺を貫いたようである。

 

 

「ああこれは、ひどく重傷ですね。灰の方の『瓶』であればなんとかなるでしょうか。さてあの『瓶』は全感覚の喪失という上昇負荷を元へ戻す効果があるのですか?」

 

 

呼びかけられる灰は聴覚を補うものがないらしく、また肺から流れ出る血が気管を封じてしまって声を出せず咳と共に血を噴出した。そうして吸う息によって出血していない方の肺にも血が流入し溺れだす。

 

 

「——この、離して!!灰の方ッ!?」

 

 

その時、弧を描く廊下の向こうから祈手の制止を振り切って灰へ駆け寄る姿があった。真新しい黒のローブが本人の慌てるあまりに床へ落ち、くすんだ白のロングスカートと裸足であるにもかかわらず祈手の追従を許さぬほどの速さでもって走りやってきたのは少女——ドルミゥ——である。

 

 

「!!そんな、嘘っ灰のか…た…。」

 

 

その視線の先で、灰はイドフロントの冷たい床に倒れ伏し口から流れ出る血があたりを染めていた。

 

ドルミゥは新しいスカートが灰の血に染まるのも気にせずその血だまりに膝をつき、ボンドルドをも突き飛ばすような勢いで灰の上体を抱きかかえる。内側に着込む鎖帷子で見かけと想像以上に灰の体は重く、ドルミゥの方がぐらと揺れるがこれを何とか堪える。血が滴ってドルミゥもまた血塗れになっていく。

 

 

「そんな……そんあ……は、いのかたぁ……どうか…。」

 

 

そして抱きかかえた灰の頭をドルミゥが少し離し、灰の血塗れの顔と向き合う時。

 

 

「……!おぉ…なんと…。」

 

 

ボンドルドは垣間見たのだった。それまで宙を揺蕩うように定まらなかった灰の双眼が、既にまともな視力を失っているはずのそれらがジッとドルミゥの顔を見つめていたことに。

 

 

「っごぷ。ぽぶぐっ……」

 

「血が…っむりしないで…?私ここにいるよっ!そばにいるからね…!」

 

 

しかし灰が何かを口にしようとした途端、気管を血が上りさらに吸う息で逆流して噎せ(むせ)返る。更に悪いことに喉がけいれんを起こしもはや自分の血によって溺れるようになってしまった灰は、空気を求めてひどく苦し気に口を開け閉めして首を伸ばす。

 

 

「はいのか、たッ」

 

「いけません、ドルミゥ。灰の方をそう起こしては——」

 

 

そしてボンドルドがドルミゥを止めようと試みたとき、灰はドルミゥの腕の中で弱弱しくもがき糸が切れた人形のようにすっと脱力した。

 

 

「え…。はい…のかた…?」

 

「…な…。」

 

 

見開かれた瞳はドルミゥを見つめたまま瞬きもしなくなり、指の先がピクリともしなくなったのだ。

ドルミゥの頬を伝った涙が灰のローブに落ち静かな音を発する。

 

 

「ぁ……ぁ、ぅ……うあぁぁぁぁぁぁ」

 

「ああ…なん…と。」

 

 

そして呆気に取られて見つめる黎明卿と少女を追ってきた祈手、嗚咽を抑えきれず大粒の涙を流して泣くドルミゥの腕の中で灰は()()()()()

文字通り火の無い灰の遺体は身に纏った装備もろとも灰燼に帰したのである。

 

なんら重みのないその塵は次の瞬間に目の前から跡形もなく、イドフロントの床やドルミゥを染めたはずの赤黒い血ですらもまるで夢幻がごとく消え去ったのだった。

 

 

「ひぐ、ぅぁ、ぁぁぁぁぁぁ…かえして、がえじでよぉぉぉぉ…」

 

 

抱くものを失って空を切ったドルミゥの手は灰のすこしの残滓であっても良いと、ありかを探して動きまたどうしようもなくて小さな背を丸めてどこへとも知れない慟哭を響かせた。

 

 

………




…かわいそうなドルミゥ。
(前書きについて)『第五層、下』でそんなアナウンスしなかったじゃあ無いかって顔をされていますね。人間性(Humanity)は成長するんですよ。
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