思ったよりも百合百合しくなったショウカイSSです
「……カイさん」
「な、なに?」
「タマザラシ持ち帰っていいかな」
この目の前にいる夜空のような色が海の風でなびいた少女を見る。
わたし、カイはたまにショウさんが分からなくなる。ことポケモンに関しては特に。
前足をぱたつかせたり、こちらをずっと見てたり、身体をころころさせたり。
タマザラシが自由に動いているところを、ショウさんはただひたすらアルセウスフォンと呼ばれる板を向けている。
確か写真、という他地方の技術だったはず。コトブキムラに撮影所があり、物珍しさから好評という話を聞いていた。
かくいうわたしもショウさんに連れられ、1度撮ったことはあるものの、これがどうして紙として現像されているのか理解できない。わたしの学がないだけ。いや、未知の技術だからに決まってる。
その異世界の進化系があのスマホと呼ばれる板らしい。
人間の進化はすごいなぁ。
「カイさん。わたしは真面目な話をしているんです」
「うん」
「持ち帰っていいかな」
「ダメだよ!」
そもそもあなたギンガ団なんだから、モンスターボールがあるでしょ。
「……カイさん。ポケモンとは自然のままであるべきだと思うんだ」
「その手持ちのオヤブンリングマはなにで捕まえたの」
「…………痛いところを突いてくるね」
当たり前のことを言ったつもりなんだけど。
真剣な目でタマザラシを見るショウさんはかっこいいけど、どことなく残念だ。だって口元緩んでるし。かわいいけど目は真面目だから、ショウさんの顔が紅蓮の湿地みたいにドロドロしている。
「今日はタマザラシの調査に来たんだよね?」
「もちろん! 後で捕まえるけど、今は……堪能させて」
不思議そうに青と白の球体がショウさんを見ている。
彼女も件のタマザラシをずっと見つめている。お互いに両想いみたいでちょっと。ほんの少しだけむっとしてしまう。なんでかは分からない。けど不愉快だからタマザラシを抱っこしてみた。
「どうしたの?」
「いや、なんでも……」
見つめ合うわたしとショウさん。よしっ!
……いや、なにがよしとか分からないけど。ただわたしはショウさんとちょっと目が合いたくなったって言いますか。
タマザラシも何故かわたしの方を上目遣いで見てくるし。かわいい。さすがこおりポケモン。冷え冷えしているのがさらに心地いい。
「ショウさん、このタマザラシ触ってみて! ひんやりして気持ちいいよ!」
「あっ……。あー! わたしにタマザラシを見せたかったんだね! 触ってもいいかな、タマザラシ?」
『たまぁ!』
かわいい。真ん丸ボディなのに、意外と毛はふさふさで獣らしさが出ている。グレイシアよりも毛が密集している。逆立ててみると、その質量に圧倒することだろう。
「うわ、タマザラシってこんなにモフモフしてるんだ……! これは図鑑に書かなきゃ!」
純白の凍土にはタマザラシはいないから、こうしてたまに群青の海岸に来るけどやっぱり海辺でコロコロ回るタマザラシに癒される。お礼に笛の音を聞かせてあげたい気分。
……って待って。またショウさんがタマザラシに集中してる。今度は触ってるし。
うむむ……、このままではタマザラシにショウさんが取られてしまうかもしれない。
取られる? 何を?
体の底の方で這いずっている何かよく分からない黒いものが一瞬だけ視界に映った気がした。
もちろん実際には見えていない。何かが通り過ぎたような、よぎったような。
「うわー、ちっちゃなおてても毛でびっしり! でも濡れて沈んだりしないのかな……。あとで掲示板で聞いてみよ」
タマザラシを抱く両腕に力がこもる。
憎いわけじゃない。憎い? 何が? 自分の中で整理しようにもできない謎の感情が渦巻く。
感情。そう、感情だ。黒い何かは感情に違いない。
なら、なんでわたしはこのタマザラシに?
『たま?』
さっきも言った。憎いわけじゃない。でも。でも……。
無邪気で純粋。毛並みの色のように真っ白な瞳がわたしを見つめる。
視線はわたしを傷つける。本当にわかってない。見た目だけの可愛さで人間たちに絡まれているこの子はなにも悪くない。
だから腕の中のタマザラシを砂浜に下ろしてあげた。
その子は横回転でそのままこの場から消えて行ってしまった。
「ありがと、カイさん! おかげで研究成果がもっと得られそうだよ!」
「え?」
「タマザラシの! これでまた完成に一歩近づきそう!」
――ありがとう。
感謝の言葉にそれまで蠢いていた黒い何かが光を避けるように散っていった。
たった一つの言葉なのに。だって、ありがとうなんて、いつもわたしがショウさんに言っている言葉なのに。
雲一つない澄んだ夜空の月明かりのように、彼女は微笑む。
少しの汗ばみと、ここまで戦ってきた擦り傷と。それからわたしには見ることができない感情を月の裏側に隠して。
わたしは。わたしには、何ができるだろうか。
シンジュ団の長を務めるべく、すべての青春を捨てて努力した。
勝ち取った先にあるのは仕事と使命。シンオウさまへの信仰を欠かさず。絶やさず。
だけど、たまに思うことがある。もしわたしに、友達と呼べる存在がいたのならば。すべてを委ねられる人がいてくれたら、って。
わたしの邪な弱音だって、嫌な感情だって。暗い愚痴だって。
そんなことないよって慰めてくれたり、それは違うよって怒ってくれたり。
欲しいのかな、友達が。親友が。
だとしたら、彼女は。ショウさんは許してくれるだろうか。
こんなことを考えるわたしが、あなたを友達って呼ぶのを。
「ううん。ショウさんがすごいからだよ」
誤魔化すのは慣れている。だって長だし。その場を諌めるための嘘を言わなくちゃいけないことがあるから。
いつものように笑ってみせた。これで、またいつも通りに……。
「そんなことないよ! カイさんがいてくれたから、タマザラシに触れたんだから!」
でもお月さまは、そんな暗い影にも光を落とす。
わたしの心を見透かすような笑顔で。
――ずるいな、ショウさんは。
「え、何か言った?」
「なんでもないよ。えっと、まずはガラナちゃ……じゃなかった。キャプテンのところに行こう!」
今度こそ誤魔化せたはずだ。ちょっと強引だったけど。
ふつふつと胸の奥底で育っていく石が宝になる日はいつだろうか。
その宝石はパールだといい。真珠の石言葉を聞いたことがあるから。
パールの石言葉:
「健康・無垢・長寿・富・純潔・円満・完成」