目指すはくそつよウマ娘 作:缶詰マン
『minotauros』さん、誤字報告ありがとうございます。
あなたは沖野の担当ウマ娘である。
あの沖野がデビュー戦に関して何かやらかしていない訳が無く、あなたのデビュー戦はまさかの1週間後。なあにばっかみてぇな事言ってだぁ、そない訳無かろうてと聞き返したがマジに1週間後だった。やったな沖野?どうしてこう猶予を持って出来ひんの?とは思ったが彼の名誉の為に言わない事にした。許す気はさらさら無いが。
たったの7日、今日を除けば6日。心の底から『どうやって練習しろと?』と思うあなた。あなた自体は前までの練習によるスペックのゴリ押しでどうにかする予定ではあるが、問題はその後のウイニングライブ。沖野はそれに関しては指導に携わらない故に1人でどうにかするしかないが、控えめに言って手の施しようが無い。あなたの身近にいる友達は全員デビュー前。メジロドーベルだけは早々にチームへと所属し、デビュー戦を控えているがそれでも3ヶ月後の話。無論、トレーニングに時間を費やしているのでまだライブまでは気が回っていない。真面目に笑えない状況だったりする。
ライブでやらかして直立不動なのは本当にジョークにもならないし、何より恥ずかしいので早急にどうにかしたいが、既にデビューしていて様々な重賞を勝っているウマ娘はボッチを極めているあなたにそう都合良く……居た。あなたはポンと手を打つ。そうだ、正門前で一緒に踊った彼女がいるじゃないか。そうと決まれば即行動に移し、何処にいるかは分からないが彼女の元へと向かった。
カラオケ店の個室の一角にて、昨年の三冠バと未来の無敗三冠バの2人に囲まれるという予想だにしない光景を見て体裁こそ余裕綽々としているが、内心は萎縮しまくって冷や汗の海に溺れているウマ娘。あなたである。
アイエエエ!?シンボリルドルフ!?シンボリルドルフナンデ!?ナシテココ二オルンヤケェノ!?チョウセイダイジョブケ!?アババァーッ!と傍から見たら恐ろしいにも程がある光景に発狂しかけているあなたなのだがすんでのところで堪えている。
おかしい。あなたは会ったら話をする程度の関係になったミスターシービーは誘った覚えはある。しかし、あなたの顔すら知らないハズのシンボリルドルフは何処の記憶を辿っても誘った覚えは無い。カラオケ店前に来た時に、シンボリルドルフと共に立っていたのを見た時には驚いて思わず5度見した位だ。
「いやぁね、アタシはルドルフと顔見知り以上の関係でね。それで、今後が面白そーな子がいるって言ってルドルフがそれに乗ったんだ」
―……は、はあ。
言葉に合わせて相槌を打つが、唐突な化け物の訪問は控えてくれ、心臓に悪いと心の中で毒を吐く。
「唐突千万。ミスターシービーから誘われてここに来たんだ。迷惑を掛けたのなら申し訳無い」
―いやいや、決してそんな事は無いですから。
思わずこちらも頭を下げる。シンボリルドルフの佇まいは威風堂々としていて、威厳の高さと美しさを高次元で両立している。流石の次期生徒会長だとあなたはそう言える立場でないにも関わらず関心する。
しかし、依然として目の前の現実はインパクトが強すぎたのか、落ち着く為にあなたの好物であるココアシガレットを取り出す手は震えている。
……勘違いされそうなので予め言うが、あなたが取り出したのは決してココアシガレットと言う名の隠語を持つ本物の煙草でも無ければ、あなたがニコチン中毒だったりなんて事もない。家族揃って超絶嫌煙家なのだ。これは本当にただのココアシガレットで、それ以上でもそれ以下でも無い。いいね?
閑話休題。
あなたはウィニングライブでの大失態を防ぐ為に呼んでいたので、既にデビュー後の先輩方が2人もいるというのは指導されて頂く側の視点からすれば嬉しい誤算である。この際、相手が誰かは忘れる事にして、素直に指導してもらおう。
―ウィニングライブ指導、よろしくお願いします。
「あれえ、急にかしこまっちゃって。どうしたのさ?」
お前のせいじゃい。あなたは心の中で1人ごちた。
日は移り変わり、1週間後のレース場の控え室。
今日の気分は、締切5日前に何かしらの異常も無く、アシスタントからも特段何も言われずに無事に原稿を書き終えられた後のゲームをしている時の様に爽快である。何故かと言えば、ライブでの失敗を減らす為に先輩2人方に指導してもらい、少なくとも人に見せられる程度には出来るようにはなったからだ。
実に良い。そのテンションからか、思わず某日本の闇がたっぷりと詰まっている掲示板のスレッドに書き込んだ程である。現実世界の誰にもバレていないので大丈夫だ、問題ない。……多分。
ちなみに証拠うpと言われたので勢いで載せたらノンケが寄ってきたので「すまない、ホモ以外は帰ってくれないか」と、とりあえず打っておいた。
閑話休題。
―それで、時に沖野。今どのような感情であるか、わかるか?ヒントを与えるなら、『目は口ほどに物を言う』と言う言葉があるだろう?それだ。
「……緊張してたり?」
―よーし全然違う。全く違う。惜しくも無い。一文字も掠ってすらいない。
真剣に頭にきているあなたは、座っている沖野の目の前で指を3本立てて顔前に突き出した。この3本はあなたの大好きなココアシガレットの数を示す物である。
「さ、3?……間違えたからお前さんの好きなココアシガレット買えって奴?3個だったら財布的にどうにかなるかな」
珍しく沖野にしては勘が冴えている。しかし意味が違う。3カートンだ、とあなたは言った。
「カートンの方!?」
予想通り、驚いた表情を見せる。沖野の懐事情は悲しい事が多い事を知っているのでそこを突いた。今頃脳内で計算を重ねている事だろう。デビュー戦に早く出しすぎた罰だ、とあなたはくすりと笑う。
しかし、こう沖野に金銭面でずっと心配させているのもあまりつまらないので、しっかりと勝ち上がって行く故にお金の心配は無いと言う事を伝える。
「……ま、さっき答えたのとは反するが、今のお前さんはまるで緊張の面が無さそうだし、フルで実力を発揮出来そうだな。俺が見てきたやつらは多くがレース前は気が立っていたりするもんだが、お前さんはそういう部類じゃなさそうだな。そうだな、俺から一言言うとするなら……勝って実力を見せてこい!」
―何を今更。勝って当然ゼフィランラス。期待しとけ。……あとはレース後覚えとけやこのせっかち野郎。
所変わってゲートイン前。ゲートイン前の準備運動にその場バク転。これが例の安価の内容だったりする。悪ノリとゲロ以下の匂いがプンプンしそうな性格のニートが考えそうな事が平気で安価に寄せられる某掲示板にしてはマシな内容である。勿論変人を見る目で見られているがあなたは気にする素振りすら無い。何せ、安価は絶対なのだから。
準備運動を終え、体の至る所をほぐしながら、あなたは思想に耽る。
――あなたはここまで、ただ無敗のクラシック三冠と言う、1つの夢――野望と言うべきか。とにかく、それを追い求めてこのデビュー戦まで来た。そのためにトレーニングだって、勉学だって、学園相応に努力を積み重ねた。
それでも、負けるかも知れない。控え室にいる時までは特段何も無かったが、いざここに立つと体が少し震える。本心は、未だに怯えている。
…………もしかしたら、本当はここにいるべきではないのでは?棚から牡丹餅の要領で転生したとは言えど、周りが『初めから』を選んでいるのに、あなただけは『引き継いで初めから』を押して、周りよりも高い能力で戦っている。言わば、あなたが嫌悪して止まないチートプレイそのものなのだ。
あのままコインロッカーで野垂れ死んだ方が良かったのでは?その方が周りの結果を変えずにそのまま進むだろう。だったらここで故障して諦めた方がキッパリと諦めがつく。元々いるべきじゃないのだから。そもそも今見ている景色だって怪しい。死んだ訳ではなく、本当は植物人間のまま生きて、ただほんの少し覚えていられるだけの『胡蝶の夢』じゃないのか?本当は――
そこまでいって、あなたは深く考えるのを止めた。
たとえ胡蝶の夢であったとしても試合で全力を出さないというのは舐めたプレイング、煽りプレイでしかないし、それを冗談の通じる親友相手にするならまだしも、見た事の無い相手にやるのは失礼を通り越して不敬罪だ。
それに、今手にあるコントローラーを手放してまで諦めたいのかと言われれば、即答で否と答える位には未だ情熱は燃えている。今さえ楽しければ良い。もし無くなれば別の、代わりになる物を探せば良い。
ともかく、そんな事を考えるよりも先に目の前のレースで勝つ。何せ、あなたは努力したのだ。努力すれば必ず報われる訳ではないが、成功者は全員が努力している。
―OK、走って勝てば良いってものなんよ。それに、負けた所でたった1度きりって訳じゃあない。
あなたは決意の意志を口に出して強め、ゲートへと入った。
あなたが初めて経験する、最初の本物のレース。……なんだか初めてのような気がしない。何度もここに立っているような気がするのはおそらく気のせい。多分、最初に脱稿して企業に送り付けた時と重ねているのだろうな。あなたはそう考えた。
『――今だ、走れ』
ふと、何処からかそう聞こえた気がした。一瞬驚いたが、その通りに前を進む。と、同時にゲートが開いた。
何故、そして何処から聞こえたのかはわからない。でも、助けたのは事実だ。後で感謝の言葉を伝えよう。あなたはその思考を片隅にしまって、勝つ事を優先事項へと変えた。
「お、良いスタート切ってる」
「ええ。あの子、確か…新入生だったかしら?それにしてはかなり良いスタートね」
一方の観客席側。丁度前の方が空いていたのでそこから観戦している沖野――もとい、西崎リョウと1人の女性――東条ハナがあなたの出走するレースを見ていた。
あなたは模擬レースで出遅れというクソガバプレイをした故に、ゲート難だとトレーナー陣からは思われているが、あれは事故であったのを知るのはあなたのトレーナーだけである。ちなみに隣にいる東条ハナは入部テストの準備の為に模擬レースを観戦しておらず、今回のレースが原因であなたの事は模擬レースの頃からゲート上手なウマ娘だと思っている。
「レースの運びも良好、レース自体にも集中している。その上、走りもストライドが大きいのにピッチも早い…シンボリルドルフと同等になれるか、あるいは…もしかしたら、それ以上になるかも知れないわね……中々良いウマ娘を捕まえられたわね」
「ま、復帰した最初のウマ娘がアイツなのは…良いのか悪いのかって所だな」
東条ハナの運営するチーム、〈リギル〉。
学園に所属するウマ娘なら誰もが名前を知り、同時に所属したいと思わせる、最強のチーム。現在はマルゼンスキー、ヒシアマゾン、フジキセキ、シリウスシンボリ、そしてシンボリルドルフの計4人が所属している。このチームは東条ハナの指導に忠実に従う事を前提に、トレーニングメニューを決めていく、管理主義のチームである。
あなたからすれば「なんやこの厨パァ!」と思わず言っても仕方がない位に強く、同時に管理主義である事から最も所属したくなかったチームである。最も、現在は別のチームに所属しているので今はどうでも良かったりする。
またもカーブで大きく膨れて距離差でやや不利になるあなたを見て、少し呆れつつも西崎はボヤく。
「……俺ってさぁ、なんか悪い事したかなぁ?」
「どうしたの?急にそんな事を言い出して」
「いや…なんか出走前にレース後覚えとけって言われてな……」
「……あなた、このレース何日前に登録したの?」
「何日前って、1週間前だけど?」
「妥当ね、たっぷりと怒られてきなさい」
「……ア、ハイ」
そうこうしている間に、デビュー戦のレースの勝者はきまった様子。
クビ差で、あなた。カーブでまたも大きく膨れた事を除けば上々の調子。あなたは、無敗の三冠ウマ娘に向けて、1つの大いなる黄金の航路へと漕ぎ出していっ――
「テメェーッ!おいゴラァこのクソッタレ誰が白髪ハゲ間近のウマ娘だこん畜生が!喧嘩か!売られた喧嘩は買うぞコンチクショウ!離せ!離せ!ハッナッセ!テメーの顔覚えたからな!次あったら天誅だ!天誅の刑だ!ウィニングライブ後絶対にぶちのめしてやっからなァーー!」
「ひぃー!ご、ごめんなさいー!」
……ま、まあ、あなただし、ゴルシの親友なのでしょうがない。