Absolute One   作:宇宮 祐樹

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16 Must go faster! / ダレよりも、速く!

 

 二週間ほど前、皐月賞へ向けた作戦会議をしているところで。

 

「一言で表すなら、バカだな」

 

 トーセンジョーダンというウマ娘について尋ねた時、ゴールドシップはそう答えた。

 

「バカ?」

「おう」

「……えっと、他に何かないの? 得意な作戦とか、走り方のクセとか」

「それも含めてバカなんだよ、アイツは」

 

 納得できずに首を傾げるトウカイテイオーへ、ゴールドシップが続ける。

 

「例えば、アタシらがレースに出るときって今みたいに作戦会議したり、他のヤツらのデータとか見たりして色々考えるだろ? レース本番だってそうだ。実際に作戦通りの走りができるか、できなかったらその場で別の作戦を立てて試してみるか……まあ、そんなこと考えながら走るわけだ」

「うん」

「でもな、アイツはそういうことを考えてない。なんたってバカだから」

「……致命傷じゃない?」

「そう思うか?」

 

 答えたゴールドシップは、机の上に広がる資料のうち、中山レース場の全体図が載せられている一枚を手に取った。それをトウカイテイオーに見えるよう向きを直すと、立てた人差し指をゲートの位置へ置いてから、また話を始める。

 

「なあ、テイオー。レースに勝つにはどうすりゃいいと思う?」

「えっと……出遅れないようにスタートして、自分の得意な位置で走って……最後に、抜ききる」

「普通はそうだよな。けど、もっと簡単で分かりやすい方法、知ってっか?」

「……どういう方法?」

「レースに出てる他の誰よりも速く走る」

 

 にやりと頬を吊り上げる彼女に、トウカイテイオーはすぐさま答えた。

 

「無理だよ」

「どうしてそう思う?」

「だって、仮にそんな方法が通用したら、ボクたちがこうやって作戦とか対策とか立ててる意味がなくなっちゃうじゃん。というか……そもそも、レースをする必要だって無くなっちゃう。だから、無理だよ」

 

 ある意味では、レースへの冒涜にも近い行為だとトウカイテイオーは思った。

 確かに、レースに出走するウマ娘の誰よりも速く走ることが出来れば、容易に一着を取ることができるはずだ。しかし、実際にそうはいかないのがレースというものだ。もしもそれがまかり通るのであれば、このゴールドシップとの会話や、机の上にあるマンハッタンカフェが集めてくれた資料も、必要なくなるだろう。

 そうやって考えたところでふと、トウカイテイオーがあることに気が付いて。

 

「ジョーダンセンパイは、作戦や対策が立てられないって言ってたよね?」

「ああ。バカだからな」

「……だから、そんなものが必要のない走りをしてる、ってこと?」

「よく分かってんじゃねーか」

 

 肩をすくめて、ゴールドシップが笑う。

 

「アイツはバカだから、作戦も対策も考えてない。だからこそ――」

 

 

(――――速い!)

 

 先を行くトーセンジョーダンの背中を睨みながら、トウカイテイオーは心の中で吐き捨てた。

 第一コーナーへ突入し、そのまま第二コーナーへ差し掛かろうとしているところだった。スタートは好調、位置取りも悪くはない。何なら、先日の若駒ステークスより良いスタートを切れたと自負できる。

 それなのに、前を走るトーセンジョーダンの背中は、じりじりと離れていくように見えて。

 

(……少しずつ、加速してる? まさか……この二千メートル、ずっと加速し続けるつもりで……!)

 

 流石に逃げウマより前に行くような大胆な真似はしなかったが、先行ウマとして見るなら、ともすれば掛かりを疑われるような位置取りでもあった。しかし、ゴールドシップの話を聞いた以上、掛かっているとは到底思えない。彼女はあのまま、このレースを走りきるつもりなのだ。

 ――皐月賞は、最も速いウマ娘が勝つ。

 そんな根も葉もない、しかし長く伝わるジンクスがトウカイテイオーの脳裏を過ぎった。

 

(焦るわけにはいかないけど……このままじゃ……)

 

 そうして直線へ突入したところで、トウカイテイオーはペースを上げた。

 最終直線まで脚を温存するとか、そんな悠長なことを言っている場合ではなかった。彼女のスタミナがどれだけ保つかは分からない。だが、このまま彼女の出方を伺っていては確実に負ける気がした。

 直線を全力で駆けていくが、それでもトーセンジョーダンの背中には届かない。そうして第二コーナーへ突入したところで、トウカイテイオーが一瞬だけ後続のウマ娘へと視線を投げる。映ったのはトーセンジョーダンのペースに驚きや焦りを見せるウマ娘たちと、その中で唯一、こちらのことを淡々と狙うメジロマックイーンの姿だった。

 それを認めてからすぐ、トウカイテイオーが正面へと向き直る。

 彼女の背中は先程よりもわずかに、しかし確実に離れているように見えた。

 

(……後続のことを考えてる場合じゃない。もっと、速く……!)

 

 第二コーナーを抜けてから、またトウカイテイオーが徐々にペースを上げていく。

 頬に滴る雫が、風圧で後ろに抜けていくのが分かった。感覚が鋭敏になり、視界がだんだんと広がっていくような錯覚を覚える。今なら、降りしきる雨の雫の形さえ、はっきりと捉えられる気がした。

 直線を抜けて、第三コーナーの中盤に。普段なら先程のように後続の確認をしていたが、今のトウカイテイオーにそんな余裕などなかった。スタミナが切れたわけでもないのに、逃げウマたちが徐々に後ろの方へ下がっていく異常さも、背後からひしひし感じるメジロマックイーンのプレッシャーも、全て無視するほかなかった。

 脚が悲鳴を上げているのが分かる。

 ただ、それでもトウカイテイオーは加速を続けなければならなかった。

 でなければ、ようやく捕まえられそうな彼女の背中を、今一度取り逃がしてしまうから。

 

「な……、マジ……!?」

 

 泥を蹴る音に紛れて聞こえた彼女の呟きに、トウカイテイオーが思わず笑みを零す。

 おそらく、追い縋られるというのがそもそも初めての経験なのだろう。これまであんな無茶苦茶な走りをしていれば、当然だった。だからこそ、ここからは彼女にとっては未知の世界だったが、それはトウカイテイオーにとっても同じことだった。ひりつくような痛みを放つ両脚は、あとどれくらい保ってくれるだろう。

 そうして、ようやくトウカイテイオーがトーセンジョーダンの隣に並ぶ。

 

「ここから……!」

 

 スタミナは思っているよりも残っている。僥倖だった。

 追い込みをかけるにはだいぶ早いが、躊躇なんてできるはずもなかった。枷を外したようにトウカイテイオーが加速を続けていく。周囲に流れる景色が全て後ろへ引っ張られるような、そんな錯視すら覚えた。

 ――ただ一人、トーセンジョーダンを覗いては。

 

(……っ、ほんと……バカみたいな加速……!)

 

 あろうことか、流れる景色に逆らうように、トーセンジョーダンがわずかに前に出た。ここまで来ると最早、意地の張り合いだった。トーセンジョーダンとトウカイテイオー、どちらがこのレースで最も速いウマ娘か。きっと、長く語り継がれているあの噂は、こういうことだった。

 そうして、競り合いを続けて差し掛かった最終直線。

 広がる大地の先に、ゴールがちらついた、その瞬間に。

 

「よう」

 

 後方から凄まじい勢いで、誰かが上がってくる気配を感じて。

 

「アタシも、混ぜろよ……!」

 

 雨で滲んだ視界に、ゴールドシップが映った。

 

「な……! アンタ、いつの間に……!」

「相変わらず飛ばしてんなァ、ジョーダン!」

「うるせー!」

「お前も身に染みただろ、テイオー! コイツは筋金入りのバカだって!」

 

 ……何故、この速度を維持し続けながら、そんなに喋ることができるんだろう。

 瞬時に浮かんだその疑問を振り払って、トウカイテイオーが速度を上げる。それに続くようにトーセンジョーダンとゴールドシップも振り絞るように加速し、ほとんど横並びのような状態になった。

 ゴールまで残り二百メートル。だが、他の二人が後退していく様子は露ほども感じられない。であれば、トウカイテイオーがやるべきことは、ただ全速力でこの二百メートルを駆け抜ける以外になかった。

 

「……ボク、だ」

 

 大地を踏みしめる一瞬、脳裏に言葉が過ぎる。

 

「絶対は、――ボクだ!」

 

 そして。

 

『――こちらからでは着順の判定が……っと、写真判定です! トウカイテイオー、ゴールドシップ、トーセンジョーダンの着順は写真での判定になります! 続いて四着メジロマックイーン、そこから二身ほど離れて……』

 

 どさり、と。

 ゴールを通過してしばらくしたトウカイテイオーの体が、崩れるように地面を転がっていった。

 

「……はは」

 

 速度は十分に落としたが、それでも何度か地面と空を見ることになった。それだけ、今回のレースは激しく、かつ頭のおかしなものだということだった。ひりつく肺では、上手く息ができない。火照った体は、見上げた曇天から降り注ぐ雨が次第に冷ましてくれた。

 そうやってターフに寝ころんだままでいると、ふと隣でまたどさり、と誰かの倒れる音がして。

 

「アンタ、速すぎ……」

「どの口が言ってるのさ……」

 

 トーセンジョーダンの言葉に、思わずトウカイテイオーが笑った。

 

「……ほんと、ジョーダンセンパイって無茶苦茶だよ」

「どこが?」

「色々あるけど……そもそも、なんで常時加速してるの……?」

「知らねー……なんも考えずに走ってたら、結局ああなってるわ。いつも」

「……もうちょっと考えて走った方がいいんじゃない?」

「できたら苦労してねーし……」

「そっかー……」

 

 バカと天才は紙一重、という言葉を思い出した。

 そうやって二人して雨に打たれていると、やがて足音が二つ、聞こえてきて。

 

「そろそろ起きろよ、バカども」

「このままでは、風邪を引いてしまいますわよ?」

 

 こちらを覗くゴールドシップとメジロマックイーンに、トウカイテイオーが手を差し出した。

 

「ごめん、マックイーン。担いで……」

「……まさか、どこか故障を?」

「いや、そうじゃないけど……疲れちゃって。両脚、ほとんど動かないや……」

「あー……ゴルシ、アタシも頼むわ。マジで今すぐ寝たい……」

「お前らなあ……」

「仕方ありませんわね」

 

 互いに顔を見合わせて息を吐くと、メジロマックイーンがトウカイテイオーへ、ゴールドシップがトーセンジョーダンへそれぞれ肩を貸す。そうやって立ち上がったのと、スピーカーから実況の声が聞こえてきたのは、ほとんど同時だった。

 

『ただいま、トウカイテイオー、ゴールドシップ、トーセンジョーダンの着順判定が終了しましたので、お知らせいたします』

 

 地下バ道へと戻る脚を止めて、四人が掲示板へと目を向ける。雨に濡れる掲示板の中でトウカイテイオーが自分の名前を見つけると、そのままじっと視線をそこに留めて、

 

『一着はトウカイテイオー。繰り返します、一着はトウカイテイオー』

 

 表示されたタイムは、一分五十七秒と〇八。

 レコードの文字が、光っていた。

 

「……やった」

 

 漏らした声は、湧き上がる観客の声援に紛れて消えていった。

 

『続いて二着はハナ差でゴールドシップ、三着は同じくハナ差でトーセンジョーダンとなります。繰り返し、順位をお伝えします。一着はトウカイテイオー。二着はハナ差でゴールドシップ。三着はハナ差でトーセンジョーダン……』

 

「だぁー、負けた! クッソ!」

「げ、マジか。ギリギリ追い越せたと思ったんだけどな」

「テイオーはまだいいとして、お前に負けたのが一番ムカつく! つーかなんだよお前! アタシとテイオーでやってたのに、急に来んなし! ズルじゃんズル!」

「作戦っつーんだよ。てかなんだお前、まだ元気あるじゃねーか。一人で歩くか?」

「……控え室まで!」

 

 ぎゃあぎゃあと言葉をぶつけ合いながら、トーセンジョーダンとゴールドシップが先を歩いていく。未だに騒ぐだけの体力があるトーセンジョーダンはともかく、それに付き合いながらも彼女の肩を担ぐゴールドシップは一体何者なのだろう。などと思考することすら体力を使う気がして、トウカイテイオーはそれ以上を考えなかった。

 ずるずると半ば引きずられるようにして、トウカイテイオーがターフを去る。

 

「一着、おめでとうございます。素晴らしい走りでしたわ」

「ありがと……マックイーンもずっと着いてきてたの、知ってたよ」

「そうでしたの?」

「途中まで、だけどね。……なんで最後まで着いてきてくれなかったの?」

「無茶言わないでくださいまし」

 

 呆れたようにメジロマックイーンは呟いてから、

 

「第四コーナーの時点で、既にあなたたちと六身以上の差があったんですのよ?」

 

 続けて放ったその言葉に、トウカイテイオーは思わず乾いた笑いを上げた。

 

「……ほんと?」

「ええ。まったく、こんな滅茶苦茶なレースは初めてですわ」

「あはは……」

 

 かくして、皐月賞が終わる。

 それはトウカイテイオーにとって、最も短い二千メートルだった。

 

 

 それから翌日の昼下がり、チームルームにて。

 

「改めて……二人とも、おめでとうございました」

 

 珈琲と小さなカップケーキを、トウカイテイオーとゴールドシップにそれぞれへ差し出しながらの、マンハッタンカフェの言葉だった。

 

「ありがと、カフェセンパイ」

「そちらは私からの差し入れなので、遠慮せず食べてくださいね」

「おう、もう食ってるぜ」

「アナタは少し遠慮を覚えてください」

 

 既に箱から二つ目のカップケーキを取り出そうとしているゴールドシップを、マンハッタンカフェが睨みつける。そんな二人の様子を眺めながら、トウカイテイオーはゆっくりと珈琲に口をつけた。

 やがて呆れたように息を吐いてから、マンハッタンカフェがまた口を開く。

 

「メディアにも色々と取り上げられていますよ。何せ、テイオーさんとゴルシさん、それにジョーダンさん全員がレコード越えですから。……そう思うと、他に類を見ないほど激しいレースでしたね」

「ほとんどジョーダンセンパイのせいだけどね。あの人が、滅茶苦茶に早かったから」

「それに食らいつくお二人も、お二人だとは思いますが」

 

 自分のことだが、尤もだと思う。もしかすると途中でスタミナが尽きたり、最悪の場合故障に繋がるような走りだった。しかし、そうしなければ勝てなかったのもまた事実である。未だに抜けない疲れに後悔こそしているものの、反省はしていなかった。

 

「SNSでも話題ですよ。特に、二人はそれぞれ一着と二着でしたからね」

「なんて書かれてた?」

「そこまでは詳しく調べていませんか……フォロワーは、その、ものすごく増えました」

「……え? カフェセンパイの?」

「いえ、チームのアカウントですが」

 

 答えた彼女に、トウカイテイオーとゴールドシップが顔を見合わせて。

 

「……あったの?」

「はい」

「いつの間に作ってたんだよ」

「あの人とチームを立ち上げた時、アカウントだけは作っておいたんです」

 

 携帯を操作すると、マンハッタンカフェが二人に見えるように液晶をこちらに向けて。

 

「チーム『モナークス』公式アカウント……」

「もともと、宣伝する気もそこまでなかったので、業務連絡用として作ったんですが……」

「……フォロワーが二十万人超えてるじゃねーか」

「お伝えしておくと、昨日までは二千人いかないほどでした。ここまで増えるとは思っていなくて……」

 

 どこか困惑したような彼女の様子を見るあたり、予想以上に拡散されているらしい。ただ、悪い気にはならなかった。それだけ自分たちのことを応援してくれる人がいるのだ。その事実をトウカイテイオーは純粋に嬉しいと思えたし、おそらくそれは二人も同じだろう。

 ただ一つ、気になることがあるとすれば。

 

「これって、カフェセンパイが運営してるの?」

「篠崎さんにもパスワードは渡してありますが……基本的には、私が投稿を」

「どれどれ」

「あっ」

 

 しゅぽ、とマンハッタンカフェが握ったままの携帯を、ゴールドシップが操作する。

 

『青葉賞にはマンハッタンカフェが出走します。』

『本日は応援ありがとうございました。』

『皐月賞にはトウカイテイオーとゴールドシップの二名が出走します。』

『本日は応援ありがとうごさいました。』

『若駒ステークスにはトウカイテイオーが出走します。』

『今年度からチームメンバーが全員クラシック級に突入しました。』

『本日は応援ありがとうございました。』

 

「……カフェセンパイってさ」

「はい」

「やっぱりこういうのニガテだよね」

「…………はい」

「あはは! なんだこれ、マジで連絡用じゃん! これ二十万人も見てんのかよ! あはははは」

 

 ばぢん。

 

「……フォロワーも増えたことですし、もう少しメディア受けのいい投稿を心がけます」

「例えば……?」

「ちょうどそこに、変な恰好で寝ているゴルシさんがいるので、その写真を投稿しようかと」

「あー……いや、カフェセンパイが買ってきてくれたケーキとかでもいいんじゃない?」

「では、そうしましょうか」

 

 答えると、マンハッタンカフェはトウカイテイオーにカップケーキを手渡して。

 

「……あ、ボクもいっしょに撮るの?」

「一着ですから」

「うしろのゴルシはそのままで?」

「まあ、二着ですし」

「そっかー」

「踏みつけてもらっても構いませんよ」

 

 ホントに遠慮しない人には遠慮しないんだな、とトウカイテイオーは心の中だけで呟いた。

 結局、チームのアカウントに投稿されたのは、ゴールドシップを踏みつけながらポーズを取るトウカイテイオーの姿だった。もしかしたらちょびっと炎上するんじゃないかな、とふいに思ったが、今までの内容よりはその方が明らかにマシなので何も言わなかった。炎上商法という言葉もあるし。

 などと考えながら、ぽこぽこと増える反応をマンハッタンカフェと一緒に眺めていると、ふいにチームルームの扉が開かれて。

 

「お疲れさま、みんな……!」

 

 現れたのは、両手いっぱいに書類を抱えた篠崎だった。

 

「……手伝おっか?」

「ううん、それより机の上とか空けてくれた方が助かるかも……!」

 

 言われてからすぐ、マンハッタンカフェが珈琲とケーキの入った箱を端に寄せる。トウカイテイオーは未だに手のつけていないカップケーキはそのまま口に咥え、珈琲とソーサーをそのまま両手で持った。

 そうして開いた机のスペースに、どさり、と篠崎が書類を積み上げていく。

 

「……これは?」

「皐月賞関係の書類。それについて、ちょっとみんなとお話がしたいんだけど……」

 

 そこでちらり、と篠崎の視線が、床に横たわるゴールドシップへ向けられて。

 

「……ゴルシちゃんは、寝てるの?」

「“映え”のための犠牲になりました」

「お前が勝手にやったんだろうが!」

「あ、生きてた」

 

 起き上がったゴールドシップが、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「で、話ってなんだよ?」

「そうそう。えっとね、テイオーちゃんとゴルシちゃんが、皐月賞で一着と二着だったでしょ? だから、取材とかの話がいっぱい来てて……あ、もちろん信頼できる記者さんのところだけね。学園側で選別してくれたから、偏向報道とかそういうのは気にしなくても大丈夫なんだけど」

「……この時期に、この量ですか」

「そうなの……ほんと、困っちゃうよね」

 

 言葉を交わすマンハッタンカフェと篠崎に、トウカイテイオーが首を傾げた。

 

「多いの?」

「かなりね。これ全部受けるとなると、それだけで二週間くらい潰れちゃうかも」

「……日本ダービーまで、あと一ヶ月ということを考えると」

「ああ……」

「槻谷先輩のところにも、ここまでじゃないけどそれなりの量が届いててね。嬉しいけどめんどくさい〜、なんて愚痴ってたよ」

「だろうな。今回の皐月賞、実質ジョーダンが立役者みたいなモンだし」

「それで、みんなにどうしたい? ってのが聴きたかったの。もちろん全部となるとさすがに受けられないけど……二、三個ならそこまで時間も取られないだろうし、それならいいかなって。もちろん、受けずに日本ダービーまで集中したい、って言うならそれでもいいし。何より、大事なのはみんなの意見だからね」

 

 篠崎の言葉の後に、三人が互いの顔を見合わせる。

 そうして一番初めに切り出したのは、マンハッタンカフェだった。

 

「一つ聞いておきたいのですが、私への取材もあるんですか?」

「もちろんあるよ。今回でカフェちゃんへの注目度もかなり上がったからね。でも……カフェちゃんは青葉賞も控えてるから」

「……そうですね。では、見送る方向で。ただ……」

「ただ?」

「もう少しメディアへの露出を増やした方がいい、という考えはあります。今のところ唯一のSNSが、その……アレ、なので」

「あー……」

 

 彼女にも心当たりがあるのだろう、そこはかとない返答だった。

 

「ボクもいいかな。日本ダービーまで集中したいし」

「そうだよね。皐月賞の疲れもまだあるだろうし。ゴルシちゃんは?」

「アタシもパス。めんどくさいしな」

「あはは……ゴルシちゃんならいうと思った」

「ま、そもそもダービーに出るつもりはねえんだけどな」

「あれ、そうなんだ? じゃあ登録はしないで……」

「………………」

「………………」

「………………」

 

 ………………。

 

「え、で、出ないの!? なんで!?」

「なんでって……ちょっと野暮用ができちまってよ」

「……それは、レースよりも優先するべきことですか?」

「ああ。つーか、やっとかねえと絶対後悔する」

 

 含みのある言い方だった。故にそこから先を質すことはできなかった。そうしてゴールドシップはソファから立ち上がると、不安そうにこちらを見上げるトウカイテイオーの頭を、ぽん、と軽く撫でた。

 

「悪いな、テイオー。チーム全員でのレースは菊花賞までお預けだ」

「……ゴルシは、それでいいの?」

「勿論。アタシだって、本当はお前らと走りたいしな」

 

 にかりと笑うと、ゴールドシップはチームルームの扉へと手をかけて。

 

「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」

「い、今から!?」

「おう。あと、しばらく留守にすることが増えると思うから、それもよろしくな!」

 

 返す言葉も待たずに、勢いよく部屋から出ていった。

 

「……相変わらず突拍子もないことするよね、ゴルシって」

「ええ。ただ……最近は、少なくなってきたはずなんですが」

「浮かれてる、っていうのは流石に考えすぎかな?」

 

 篠崎の言葉は、しかし言い得て妙な気もした。トウカイテイオーの知る限り、ゴールドシップというウマ娘は気分屋という言葉がいちばん似合うウマ娘であった。であれば、先程のような支離滅裂な行動も無理やり納得できた。というか、そうせざるを得なかった。何とか言い聞かせたり、彼女の思考を理解しようと言う方がそもそも無理だという話もあるが。

 

「……とにかく。カフェちゃんは青葉賞、テイオーちゃんはダービーに向けて頑張ろうね」

「うん!」

「はい……」

 

 高らかに頷くトウカイテイオーの隣で、マンハッタンカフェはただ。

 ゴールドシップが出ていった扉を、じっと見つめていた。

 

 

 それからしばらくの時間が経ち、太陽がほとんど沈み切ったころ。

 

「……で? 結局これはどういうメンツなのよ、ゴルシちゃん」

 

 トレセン学園から少し離れた路上にて、自動販売機の前で今さっき買った炭酸飲料を開けながらの、槻谷の問いかけだった。

 

「んー……アタシの話が通じそうなヤツ?」

「それで、()()?」

 

 ゴールドシップの回答に、今一度槻谷がゴールドシップの向こうにいる二人を見やる。

 片方はアグネスタキオンだった。これはまだいい。自分ともかなり関わりの深い人物であるし、自分と彼女だけが集められたのなら、まだどのような目的で集められたかの推測はつく。

 ただ、問題はその隣にいるもう一人で。

 

「……エアシャカールちゃん、だっけ?」

「次にちゃん付けしたら蹴り殺すから覚悟しとけよ」

「うわ怖。初対面だよね、俺とキミ」

 

 答えの代わりに舌打ちを返しながら、エアシャカールは槻谷のことを睨みつけた。

 

「ッたく……なんでオレがわざわざ」

「そう言わないでおくれよ、シャカールくん。君にとっても重要なことさ」

「……テメーもグルなところが信用できねェんだよ」

 

 ぎろりとした鋭い視線に、けれどアグネスタキオンは慣れたように笑って返す。そんな二人のやり取りを見て、改めて槻谷は自分の呼ばれた理由を考えたが、思い浮かぶはずもなかった。ただ、ゴールドシップの招集という時点で、ろくでもないことだというのは確かだった。

 

「じゃー、始めっか。題して『日本ダービー後の対策会議』第一回!」

 

 高らかに宣言するゴールドシップに、槻谷とエアシャカールが怪訝な表情を浮かべる。その間に挟まれたアグネスタキオンだけが、ただ一人だけ笑みを浮かべていた。

 

「全員、昨日の皐月賞は見ただろ?」

「……あァ。お前ンとこが勝ったのは知ってるよ」

「一着から三着までがレースレコード……いやはや、何とも滅茶苦茶なレースだったねえ」

「その通り。あのレースは、誰がどう見たって滅茶苦茶なレースだった」

 

 アグネスタキオンの言葉に答えながら、ゴールドシップが一つ指を立てる。

 

「じゃあ、そこで問題。次の日本ダービー、どうなると思う?」

「ま、ほとんど皐月賞のメンバーにプラスアルファでしょ? だったら、昨日と同じような……」

「同じなわけねェだろ。昨日より数倍は酷ェレースになるはずだ」

「…………」

 

 言葉を失った槻谷へ、ゴールドシップが立てていた指をそのまま向けて、

 

「チーム『セレスティア』からは誰が出る?」

「……トーセンジョーダンとツインターボ。もっとも、ターボはまだ確定しているわけじゃないけど……青葉賞なら、入着してそのまま優先出走権まで獲れるはず。おたくのカフェちゃんと一緒にね」

「ジョーダンは確定してンのか? ……あんな走りで耐えられンのかよ?」

「入着してるし、本人もテイオーにリベンジしたいって言ってたからね。……やめるべきとか言わないでよ? 俺もそれくらいは分かってるし、その上であのコの気持ちを汲み取ってあげたいんだから」

「何というか……君も大概だねえ」

「タキちゃん、静かに」

 

 参ったような笑みを浮かべる槻谷から、ゴールドシップがアグネスタキオンへ指を動かした。

 

「チーム『アリストクラット』は?」

「マックイーン君だけだよ。スカーレット君はまだジュニア級だし……私もシニア級だからね。他に飛び入りでチームに参加して出走したい、という者も今期はいないだろうから、これでほぼ確定かな」

「……チーム『モナークス』からは、テイオーとカフェが出る。テイオーはそもそも皐月賞一着っていう特急券があるし、カフェも槻谷が言ったみたいにターボと同時に出られるはずだ」

 

 そうしてゴールドシップは最後、エアシャカールへ指先を向ける。

 

「チーム『プライム』からは誰が出る?」

 

 しばらくの沈黙のあと、エアシャカールは深い溜息を吐いてから、

 

「オレだよ。エアシャカール、一人だけだ」

 

 面倒くさそうにそう告げた。

 

「……あ、マジで? シャカっち出んの?」

「そうだよ。なんか悪ィ……いや待て、シャカっちって何だ。おい、テメー……」

「皐月賞には出なかったのにかい、シャカっち」

「オメーも言ってんじゃねーよ!」

「シャカっち少し前まで故障してたしなー。仕方ねーよ」

「……もういい。帰る」

「待て待て待て! 悪かったって!」

 

 くるりと踵を返すエアシャカールを、ゴールドシップが引き留める。その行動に、思わず槻谷は驚いて目を見開いていた。そしてそれはアグネスタキオンも同様であり、それだけ彼女がこの謎の面子に重要だと言う事を、互いに理解していた。

 

「つーか、出る出ねェの話ならゴルシだってそうだろ。お前は出ねェのかよ?」

「……それなんだけどなー」

 

 するとゴールドシップは、おもむろにその場にしゃがみ込んで。

 

「実は昨日、()()()()()()さあ」

 

 スカートの下から、赤く腫れた膝元を覗かせた。

 

「……それ、は」

「昨日のあのバカ共の速さ見てたろ? あれに、アタシのいつもの位置から追いつくためには……まあ、こうするしかなかったワケでさ。だから、ダービーも見送り。ホントは出たかったんだけどな。……あ、コレうちのチームには内緒で頼むわ」

「幸い、重たいものではないからね。夏までにしっかり休養すれば、菊花賞には出られるはずさ」

「正直、元々ダービーってか三冠そのものに興味はあんまりなかったしな。菊花賞にでられりゃ、アタシは何でもいい。つーか、菊花賞に出られないのが一番困るんだよ」

「……何かあンのか?」

「強いて言うなら……弔い、かもな」

 

 答えたゴールドシップがゆっくりと立ち上がってから、改めて三人の顔を見やる。

 

「……あのレースで故障したのがアタシだけってのは、正直運がよかった。下手すりゃ、ジョーダンかテイオー、あるいはどっちもやらかしてもおかしくなかった。だろ?」

「まァ……お前には悪いが、そうかもなァ」

「けど、今度のダービーはどうだ? ジョーダンとテイオー、マックイーンは続投。そのうえシャカールにターボ、カフェまで出てくる……不吉だなんて言わねえ。確実に誰か一人は()()なるはずだ」

「……なるほどな、だからこのメンツなのか」

「今になってみると分かりやすいだろ?」

 

 エアシャカールに、アグネスタキオン。そして、槻谷自身。

 そう考えると、普段の彼女にしてはかなりマトモな人選だった。

 

「……マックイーンくんにも協力を仰いでみるよ」

「ああ、頼むわ。アタシが言うより協力してくれそうだしな」

「オレはデータ要員ってワケか?」

「そーゆーこと。つっても、お前自身がその対象になるかもしれねーから気をつけろよ。それに、出走者のうち一人はこの話を知ってるヤツが居た方がいい」

 

 そんなやり取りのあと、最後にゴールドシップは槻谷の方をくるりと向いて。

 

「お前は財布な」

「……だろうと思ってたよ」

 

 にっかりと笑う彼女に、槻谷は溜息を吐きながら携帯の電源を入れた。

 

 





【挿絵表示】


これ多分いちばん最初に書くべきことだったんですけど、この話はアニメでも史実でもゲームでもない完全に独立したお話になってるのでよろしくお願いします。
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