鉄血のオルフェンズ 捧ぐは愛と忠義と憐憫と 作:フラペチーノ
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カインは士官学校の三年間を、宇宙演習以外は平穏無事に過ごした。学校生活では何も問題がなかったとはいえ、長期休暇中は『髭のおじさま』にかなり絞られた。それでも五体満足な上に戦場を経験できたのだから感謝すべきだろう。
宇宙演習以降表向きラスタルとは関わっていなかった。アリアンロッドと関わるような出来事がなかったことと、マクギリスの監視、モンターク商会の実績作りなど多忙を極めた。士官学校の訓練も肉体疲労が多く、宇宙にいることが多いアリアンロッドと接触する機会が少なかったということもある。
ラスタルが地球に降りてきた時も大半はヴィーンゴールヴに用事があった際か、孤児院に顔を出すくらいのもので、長く地球に滞在できなかったという理由もある。だからこそ、カインとラスタルの関係も露見しなかったのだろう。
そしてカイン自身も成績の調整や、エリオン家の研究所に通って能力測定など、やることは山積みだった。それがラスタル側の用事で、ここにマクギリスの同志集めが加わる。
幼年学校ではまだ見込みが不鮮明ということであまり人財発掘を行わなかったのだが、士官学校に進んでギャラルホルンの実態が見えてきた者なら引き込めると少しずつ接触を行ってきた。
士官学校に上がってからは他の地域の士官学校との交流会などもあったので、そこで地道にマクギリスが矢面になって同志を集めた。
カインも裏方ながら人財を集めることに成功する。別にマクギリスに対するスパイとして集めたのではなく、純粋にマクギリスの改革──不平等に支配されない世界の構築──に賛同した者を集めた。
スパイはカイン一人でいい。
カインは勘も用いてマシな人財を集めた。マクギリスに惹かれる者は多かれ少なかれクセが強いのでカインはある程度能力は平凡で性格も過激ではない者を中心に声を掛ける。マクギリスに惹かれるものの、セブンスターズの一角に声を掛けるのは恐れ多い、という心情の相手が多かった。
カインなら孤児な上に、成績を残していてマクギリスとも親交があるので相手も話しやすかったというのもあるのだろう。結果、カインはそれなりの人数を確保することに成功する。いくら優秀な者がいても、ある程度の数がいないと組織とは呼べないのだ。
特に兵站部に進む者と整備科の者をいくらか引き込めたのはマクギリス派閥としても大きいだろう。大きなことを起こす際にはそれらの人物の力が大事になってくる。マクギリスもこの成果に喜びの笑みを浮かべた。
なにせマクギリスに同意するということは成り上がりたい人物ばかり。もしくは過去に辛い想いを重ねて、それでもと立ち上がってきた人物。
そういう人物は簡単に成り上がる手段としてMSパイロットか、指揮官職を目指す。上に立つ人物や前線に立つ人物ばかりいても意味がないのだ。
マクギリスには普段からセブンスターズとしての立ち振る舞いを求められるので暗躍は難しい。できても短い時間が精々だ。その短い時間でかなり優秀なパイロットを集めた手腕は褒めるところである。
カインは飛び級して優秀な成績を残しても、セブンスターズの同期二人に比べれば注目は少なく、成績も二人には劣るように調整していた。二人に追いつくために訓練するとでも言えば自由な時間は割とあった。その時間に様々な人物と接触したのだ。
表は士官学校生として優秀な成績を修めて。裏ではマクギリスが動くための組織の構築を。仮面の奥ではラスタルへの貢献。
正直身体が一つでは全く足りない多忙っぷりだった。
そのせいでジュリエッタの成長記録を残したアルバムを、ラスタルからせめてもの罪滅ぼしとして渡された。それを眺めるのが一番の癒しになってしまった。
この日もその写真を見てから、士官学校の談話室へ向かう。卒業が近く、席次も確定したこの時期に呼ばれるということは確実に、進路に関わる話し合いだ。
カインの席次は三席だった。ちなみに次席がガエリオで首席はマクギリス。
談話室の扉の前にはギャラルホルン本隊の制服に身を包んだ警護兵二人がいて、扉を開いてくれた。カインが入室することを中に伝えて、カインは歩き出す。
「失礼いたします。カイン・ベリアル、ただいま参上いたしました」
「よろしい。掛けたまえ、カイン三尉」
「はっ」
ソファに掛けていた一佐と准将に対面するようにカインは自分側のソファに座る。
どちらも参謀本部人事局の人間だ。この二人が優秀な成績を修めた者の進路を言い渡す。十席以内であればこういう待遇になるが、それ以外は進路希望を提出して審査をして入隊となる。
優秀な者は様々な部隊が欲しがることと、本人の希望を確認したいこと。そして人事局から辞令が出る場合がある。
三尉と呼ばれたために、既に階級は決まっていた。とはいえよっぽど優秀な者でもない限り入隊した直後は准尉か三尉が士官学校卒業生に与えられるのが一般的だ。
「カイン三尉。予想はできていると思うが、貴官の配属についてだ。優秀な貴官のことだ。できる限りの希望は考慮しよう」
「ありがとうございます」
「さしあたっては、これが人事局に提出してきた部隊名のリストだ」
「受け取ります」
一佐から差し出された書類を両手で受け取るカイン。
書類は十枚ほどあったが、部隊名は多種多様だった。地球の地域名まで詳細に書いてある部隊もあれば、ただ単に火星支部とだけ書いてある書類もある。
火星支部があるように、圏外圏の支部から地球の各支部、地球外縁軌道統制統合艦隊にアリアンロッドなど多種多様だ。どこもかしこもパイロットとして引き抜こうとしている。カルタが純粋に引き抜きたいこと、ラスタルが形だけの要求をしたことが透けて見えてカインは思わず笑ってしまった。
書類一枚取ってみて、その書式の丁寧さと雑さを比べれば一目瞭然だ。アリアンロッドのものは優秀な成績を修めた者に一斉に送る当たり障りのない文章が続くのに、地球外縁軌道統制統合艦隊はカルタの直筆だ。
書類を眺めているだけでその部隊の特色が浮き彫りになって面白かった。
「形式ばった書類が多いのは勘弁してほしい。彼らも忙しいのだ」
「選り取り見取りで迷ってしまいます」
「特に三尉はMSの操縦成績が群を抜いていたからな。一回生時の宇宙演習の件も大いに関係しているのだろう」
書類を一枚ずつ丁寧に確認していき、とある本命がなかったことにカインは訝しむ。そこから引き抜きのための嘆願書がないことはあり得ないのだ。
要求書を全て見終わったカインへ、一佐がもう二枚の書類を茶封筒から取り出した。わざわざ後に渡してきた書類だ。これこそが本命。
その本命が二枚あることに首を傾げたくなったが、階級の上位が二人もいる場面でそんなことはできないのでグッと堪えた。
「そしてもう二つ、ヴィーンゴールヴ参謀本部からも届いている」
目の前の二人も参謀本部の人事局の人間だ。つまりはさっきまでの複数枚あった書類は前座。この二つから選べという圧を掛けられた。
俺達が選んでやったんだから従えという圧迫面接をされた気分だ。
「隠すことではないが、各士官学校の卒業トップには毎回この二つが提示される。事務方や整備職以外でこれを渡されるのは選ばれた者だと理解してほしい」
「……? 失礼ながら自分の卒業席次は三席のはずです」
「トップ二人がセブンスターズだろう? セブンスターズは除外対象だ。それぞれの家で進路がほぼ固定されているからな」
「失礼しました。拝見いたします」
渡された二枚はなんてことのない。
ヴィーンゴールヴ本部勤務か、監査局入隊か。その二択だった。
どちらもエリートのみで構成されているという士官学校生が夢見る憧れの勤務先。その二つがカインには手渡されていた。
士官学校でもこの二つに入るには席次が十以内であることが求められると噂が広まっていた。卒業した先輩方の進路からその噂はほぼ事実として広まっていたが。
本部と監査局は十席より下の者が希望を出しても弾かれる。だからこの二つに入るために卒業席次を上げようと躍起になる者が多かった。要らない人材だと思った者はマクギリスとカインが徹底的に潰して自信を喪失させておいたので変な人材は十席には残っていない。
「すまないが、この場で所属を決めてもらう。貴官以降の進路が滞っているのでな」
「わかりました。監査局にします」
「ほう? 即答だな。何故か理由を聞いても? 」
「自分は地球よりも宇宙が好きなのではと士官学校に上がってから思い至ったからであります。ですが、地球は我が故郷。監査局であればどちらにも行くことができますが、本部勤務では海の上でしょう? 」
「フッ、なるほど。忌憚のない理由だな。ではそのように進めよう。詳細は追って伝える。これからも貴官の武勲を期待しているぞ」
「はっ。ご期待に沿えるよう精進いたします」
こうして予定通り、カインはマクギリス・ガエリオと同じく監査局に勤めることとなった。
──
「カイン。
「マクギリスは監査局で良かったの? いや、秘密裏に動くとしたら監査局しかないんだろうけど、将来は地球本部を継ぐと思われてるのに」
カインとマクギリスが定例となった会合の席で進路について話し合っていた。カインは上手く監査局に滑り込んだので士官学校でやるべきことは終わっている。
マクギリスの養父イズナリオは地球本部司令官だ。セブンスターズはお互いの領分を守って一家相続のようにどこかの部隊に所属するか決まっている。その常識に照らし合わせればマクギリスはヴィーンゴールヴに所属しなければならなかった。
だがマクギリスはそのしきたりを破った形になる。だが、それは問題ないとマクギリスは言う。
「経験を積むことで広い視野を持ち、最終的に本部を纏める際に必要な見識を積むということを言えば納得された。それに俺ももう十八だ。奴も用済みになったのだろう。今では俺以外を抱いているさ」
「……本当に、長い間お疲れ様」
「もう済んだことだ。奴としても俺を近くに置いておきたくないのだろう。あっさりと許可は出された。奴はもう権力と幼い子供しか見えていないのさ」
「アルミリアと、婚約するんだって? 」
「そういう話が持ち上がっているだけだ。正式決定ではない」
イズナリオの話題になったので、そのままガエリオの妹の話題になった。
イズナリオは自分の地位を盤石にするためにカルタの後見人を務め、ボードウィン家とも関わりを持とうとマクギリスを用いて家同士の繋がりを強めようとしている。
アルミリアは今の所深く理解しておらず、ただマクギリスやカインを兄のように慕っているだけだ。カインも何度か会ったことがある、まだただの三歳の女の子。
年齢差十五歳。
そこまでするのか、というのがカインの正直な思いだ。
いくら女性を愛せず、本物の子供に恵まれないからといって自分は繁栄しようとしている。
イズナリオはまさしくギャラルホルンを体現する負の象徴だった。
「士官学校は卒業したが、まだ雌伏の時だ。立場を固め、確実にあの男を落とす。他の家は後回しだ」
「了解。でも調べられることはやっておくよ。何が弱みになるかわからないから」
ギャラルホルンに入隊が決まっても二人はまだ万全ではないと準備を続ける。
動き出すには大きな爆弾がもう一つは必要だった。
その起爆剤は、火星で産声を上げる──。
──
後日。
監査局に入隊したカインの元にあるMSが届けられた。監査局は様々な場所へ出張するという職務上、配属は部隊ごとの搭乗艦になる。監査局も有事の際に備えてMSが配備されているが、まさか入隊したその日付けで専用機が渡されるとは思わなかった。
MSハンガーに並ぶ、最新鋭機が
マクギリスの青い機体。ガエリオの紫の機体。そしてカインの紅い機体。
「目立ちすぎる……。あのカラーリングを考えた人は誰だ……? 」
「あっはっはっは! カイン、いくら気に入られたからってこれは……! お前もかわいそーだな! 」
「笑ってやるな、ガエリオ。おそらく私達のカラーリングを考慮したのだろう。青と赤を混ぜれば紫になる。そら、我々を象徴する三色だ」
新しく配属になった監査局三人の機体。
それは最近開発されたばかりのグレイズのカスタム機、シュヴァルべ・グレイズだった。
グレイズは確かに優秀な機体だが、指揮官やエースパイロットにとっては安定性重視で面白くない、もとい物足りないとして独自にカスタムをしていたのだが、ならいっそ同じフレームで強化機体を開発しようとなって着手された物がこのシュヴァルべだった。
カインの機体は装備こそ他の機体とあまり変わらないが、コックピット周りは特殊な実験機というのが正しいところだった。
「カインの宇宙での空間認識能力を活かすために、脳波を観測するユニットを付け。各アポジモーターが反応するように改造された実験機だそうだ。アリアンロッドで運用されている実験機と同様の処置が施されているらしい」
「エリオン公は随分と革新的な人物らしい。宇宙演習のデータをよっぽど面白がったと見える」
「だがガエリオ、確かなデータもあるようだぞ? カインのデータを用いられて作られた実験機、宇宙空間での戦闘行動で通常よりも三十%ほど機動性が上昇され、エースと呼ばれる者からは好評らしい」
「そのデータのお礼ってことか」
マクギリスとガエリオがタブレットでカインのシュヴァルべのデータを見ながら話し合う。
このシュヴァルべの開発をアリアンロッドの研究所が、MS開発費は地球外縁軌道統制統合艦隊とギャラルホルン本部が出していた。
本部は本来であればトップの成績だったカインへの、飛び級もしたことによる期待の現れとして。カルタは引き抜いてやろうという魂胆から予備費をカインの機体作成へ回していた。
「カルタもエリオン公も、カインのことを諦めきれないらしい。よっ、人気者! 」
「さっさと転属しろって強請られていると判断していいのでしょうか? 」
「言外に、そう言っているな。監査局を選んだのはカイン自身だろうに」
ガエリオが煽り、カインが項垂れ、マクギリスがクールに嗜める。
数年ほど続く、この三人の監査局での変わらない姿だった。
こんな終わり方ですけど、原作前にもう一話、カインの監査局での働きっぷりを挟んでから原作突入予定です。