鉄血のオルフェンズ 捧ぐは愛と忠義と憐憫と 作:フラペチーノ
Z一番好きなのに……。
襲ってきた少年──三日月・オーガスのことだ──の同僚であるビスケット・グリフォンと友達であるアトラ・ミクスタがカイン達に頭を下げてきて、三日月も頭を下げた。轢かれたと思っていたビスケットの妹であるクッキーとクラッカーが無事で誤解だとわかったからだ。
襲われた側のカインも快く許した。それにガエリオが口を挟む。
「いいのかカイン? お前、蹴られそうになってただろ? 」
「当たっていませんから。ガエリオ特務三佐、ここは現地の者と諍いを起こしても仕方がないかと」
「それもそうか。おい、ガキ。本来だったら捕まえてるからな? 特にこのマークを見たら気を付けろ」
ガエリオは車体に記されていたギャラルホルンのシンボルを叩く。むしろギャラルホルンに手を出して無罪放免という方がおかしいのだ。二度目はないとして注意喚起に留めた。
ギャラルホルンのマークを見てアトラは顔を蒼褪めさせて、ビスケットはガエリオが特務三佐というお偉いさんだったことに驚いていた。二人とも身なりは良かったのでそれなりの人だろうと予想はしていても、その予想を超えていた。
カインが敢えて隠した苗字を知ったらもっと狼狽するだろう。そういう意味でもカインは情報を隠していた。それは三日月の背中の突起を見たからだった。
「もう、三日月! 気を付けてよ! 」
「ごめん、アトラ。二人が轢かれたと思って……。そっちの人も、ごめん」
「構わない。ただ、こんな道でも車は通るだろう? 飛び出しについてはもう一度指導すべきだ」
「気を付けます。妹達がすみません」
ビスケットがペコペコと頭を下げる。轢かれそうになった二人は今やビスケットに抱きついている。どうにか立てるようになっていたが、それでも轢かれかけるという経験は怖くて兄にしがみついているようだ。
そんなビスケットの上半身を沈めた様子からガエリオは背中の突起に気付いて、三日月には三つも付いていることに目を見開く。
「お、お前達……。その背中のやつは、なんだ? 」
「ガエリオ。アレは阿頼耶識システムだ。厄災戦の遺産、体内にナノマシンを入れることで人間の知覚領域を広げるものだ。ギャラルホルンが禁止したために、残っていても少数だと思っていたが……」
ガエリオの疑問にマクギリスが答える。ガエリオも阿頼耶識システムについては知っていたが、火星でそんな非合法の物が出回っていて、
阿頼耶識をつけている人間は宇宙ネズミと呼ばれるヒューマンデブリばかりだ。つまりは奴隷と変わらないはず。女子の背中を確認して手当たり次第ではないことに気付くが、それでもこの在り方を許せなくてガエリオは戻していた。
カインはガエリオのプライドを刺激しないためにも背中をさすったりはしなかった。彼は高潔だからこそ戻しているのだ。受け入れるかどうかはガエリオ次第。
そして戻しているガエリオよりも重要な案件があった。少し離れている場所に隠れ潜む一人の少女と一人の女性。重要な方は少女。ただ畑の中に姿を隠しているだけだが、軍人などではないようで気配そのものは隠せていない。だからカインは気付けた。
実際姿は隠れているし、息遣いが聞こえる距離でもないのだが、カインの感性に引っかかった時点で隠遁は無意味となってしまう。特に疚しい気配を隠そうとしているのなら、畑という近場ならカインにはすぐにわかる。
その少女がどう動くか、カインはそちらに意識を向けていた。
カインが何かに気を払っているとはわかっても、マクギリスは自分のやるべきことをするために地面に膝をついて双子の少女に目線を合わせる。そして懐からある物を取り出した。
「怖い思いをさせて済まなかった。これは地球から持ってきたチョコレートだ。二人で食べるといい」
「わぁ! ありがとうございます! 」
「ありがとうございます! チョコレートだぁ! 」
「す、すみません! そんな高価な物を……! 」
「気にしないでくれ。我々がここを通らなければ起こらなかったことだ。お詫びの品を渡すのはおかしなことではないだろう。……代わりと言ってはなんだが、質問したいことがある。最近この辺りで戦闘行為などなかっただろうか? 」
お詫びの品というのも本音だが、マクギリスとしてはこちらが本命。ビスケットもその本心に気付いていたが、ここで自分達が関わった戦闘ですなんて話したら拘束されかねないと一瞬の内に頭を働かせて誤魔化すことにした。
ちなみに。
マクギリスがクッキーとクラッカーに優しくしているのはアルミリアと被ったから。カインが今回の件を不問にしたのは幼い頃のジュリエッタと重なったからである。
「近くに民間警備会社があるんです。よく訓練とかをしているので、それを間違えたとかではないでしょうか? ね、三日月」
「うん。地雷とかよく爆発してるし……」
「なるほど。ありがとう。有意義な情報だった。ガエリオ、帰るぞ。カイン、運転を頼めるか? 」
「はい」
カインが後部座席にガエリオを入れて、運転席に座る。そのまま三人を乗せた車は走り去っていった。
なんとか誤魔化せたことと、クーデリアがここにいることがバレなくてビスケットは安堵の息を深く吐いていた。
車の中では。
「ふむ。民間警備会社CGSか。だが最近廃業しているな。その土地から所有物まで全て新しい会社の鉄華団に引き継がれている。これだ」
「……そことウチの火星支部が戦闘したってことか? マクギリス」
「確実にな。しかしまだ青い。あれで誤魔化したつもりとは」
「ん? どういうことだ……? 」
「頭が回っていないな、ガエリオ。一般人が阿頼耶識手術なんて受けているはずがない。さっき会った二人はこの民間警備会社の関係者だ。ヒューマンデブリか、家族がいた彼は会社に入るために手術を受けたというところだろう」
タブレットで得た情報も合わせたマクギリスの予測を聞いて横になっていたガエリオはガバッと起き上がった。一瞬表情を歪めたが、それでも助手席に乗るマクギリスへ詰め寄る。
「そこまでわかっていて見逃したのか⁉︎ 」
「この事実はそこまで大事じゃない。
「そりゃあまあそうだが……。カイン、お前も気付いてたのか? 」
「はい。それにさっきの畑に、クーデリア・藍那・バーンスタインが居ましたね」
「……ハァ⁉︎ 『革命の乙女』が⁉︎ 」
ガエリオの驚きは更に増す。ガエリオは気付かなかったが、カインが言うなら確実だと思っている。
マクギリスはフッと小さく笑うだけ。
「繋がったじゃないか。かの乙女はクリュセの少年兵を頼り地球にやってくる。それを知ったコーラルが点数稼ぎに籠の中の小鳥ごと襲撃したが返り討ち。どういう理由かはわからないが組織を新しくして改革の旗頭を送り届ける騎士になろうとしている。……彼らを頼ったのはただの同情心からか、火星の人間だからか、それとも何かがあるのか……」
「カイン、車を戻せ。クーデリアを捕まえれば厄介ごとの芽を摘める」
「無駄でしょう。そもそもどんな名目で捕まえるのです? まだ彼女は火星の独立を訴えているだけの少女ですよ? 」
「……可能性があるだけで、まだ俺達には何もしていないか」
そう、やっていることはギャラルホルンにとっては不都合があるかもしれないが、それでも捕まえる名目がないのだ。彼女が交渉している相手もアーブラウの人間でギャラルホルンは関われない。
経済圏とはある程度の線引きをしているのだ。経済圏とはある種独立した組織なのだから、過干渉はしない方がいい。
そこからまた腐敗に繋がる可能性があるからだ。
「我々は予定通り、火星支部と士官学校、幼年学校の監査をしていればいい。コーラルのあの性格を考えれば、もう一つくらいはバカをしてくれると思うぞ? 」
「まあ、しそうだよなぁ。それこそクーデリアが地球に向かう時に、どうにか情報を手にして捕まえるとかだろうが」
「我々が居座る中で無断出撃をすればどうなるかわかっているだろう。そうとなれば我々にも出撃要請をしてくる。クーデリアにはそれだけの価値があると思っているのだろう。正確には火種を処理できなかった汚点がなくなるだけで、ギャラルホルンとしては彼女の首を取ることで得られる加点などないわけだが」
つまるところ、カイン達は当初の目的通りいつもの仕事としての監査を始める。それに出発前の不安も当たってしまっていた。
というわけで仕事をしつつも、MSの整備は万全にしておいた。
監査の仕事でも色々とマズイ物を見付けてしまって、これだけでも十分コーラルの今後は真っ暗になることが確定。
地球に応援を頼むこともする。あまりにも腐敗が進みすぎていてたった一隻だけの監査局員では足りないほどに問題があったのだ。
資金の横流しはもちろん、金銭のやり取りがあった組織への優遇、接待の甘受。暴動鎮圧要請の無視など多岐に渡る。コーラルは随分と甘い汁を吸っていたようだった。
地球へのアリアドネを介した通信ではそこまで細かい情報を伝えられず、長い間映像を繋ぐわけにもいかなかった。長く通信していればコーラルにも閲覧され、夜逃げされかねない。そのため文章だけで応援を呼んだ。
鉄華団が地球へ行く準備を整えている間に、コーラルを軍事裁判に出席させて確実に葬ることができるだけの準備が整った頃。
アリアドネをチェックしていたカインがマクギリスを訪れる。
「ファリド特務三佐。この基地に入ってきた通信を確認したところ、コーラルとオルクス商会の代表なる者が密会をしていました。どうやらクーデリア嬢のスケジュールを密告していたようで……」
「なんともまあ、杜撰だな。我々がいる間は様々な通信を確認していると思わなかったのか? 」
コーラルはアウトすぎてカインは既に上司として扱っていない。だから呼び捨てだ。
オルクス商会という地球への航路を知っている業者がクーデリアについて話したいと切り出してきたためにそのまま通信を繋げたコーラルの迂闊さが現れていた。
それだけ追い詰められていたのだろう。安全を確保するということも考えられないほど崖っぷちのようだ。
「コーラルは自分で確保して、こちらへ手柄を明け渡すようです」
「……火星の暴動は全てコーラルのせいにできる。それにこれはきっかけになり得るか……? ギャラルホルンは愚か、世界全てを巻き込む騒動になれば今の世界にヒビを入れられる。それほどまでの器が彼女にはあるか……。カイン、いつもの勘で答えてくれ」
「クーデリア嬢は、今は少女です。ですが、幼いということは逆に強さになる。成長をするということです。片鱗はあります。地球への旅がキッカケでその器へ昇華する可能性は大かと」
「そうか。では我々は彼らへ一当たりして見逃す。ガエリオにはそれを伝えたら臍を曲げるな。敢えて言わずにコーラルに乗せられたと言っておこう。カイン、今一度出撃用意を」
「はっ」
カインが敬礼したのと同時に。
マクギリスへコーラルからの通信が入った。