鉄血のオルフェンズ 捧ぐは愛と忠義と憐憫と 作:フラペチーノ
称号手に入らないだけだから良いけどね…。
一方鉄華団は、木星圏に着くとそのままマフィアでありながら木星で一番力のある企業テイワズの傘下に入ることとなり、タービンズの弟分となることが決定した。そういった関係性が構築されたことでガンダム・バルバトスが修理を受けたり、テイワズからの紹介ということで船医が派遣されたりした。
木星から改めて地球へ向かう旅が再開したが、ここで宇宙海賊の一つブルワーズの襲撃を受ける。ブルワーズの一員に明弘の弟昌弘がヒューマンデブリとして所属していることを知った鉄華団はブルワーズを倒し、昌弘達ヒューマンデブリを救おうとする。
ブルワーズは装甲の堅いロディ・フレームを主に用いていたことと、ガンダム・フレームの一機、ガンダム・グシオンがいたために鉄華団とタービンズのMS部隊も苦戦する。戦闘の結果昌弘や鉄華団のメンバーを数人失うことになったが、それでも勝利を収めた。
残ったヒューマンデブリを鉄華団の一員として受け入れて、彼らは地球へ降りる前にテイワズのボス、マクマード・バリストンから地球へ行くついでにと受けた依頼があったため、補給ついでにドルトコロニーへ寄港する。
そこに、テイワズとギャラルホルンのクーデリアを見極めようという試練があるとは知らぬまま。
──
『マクギリス』は火星監査の功をもって休暇を取得していた。婚約パーティーの時も一日だけ取得していたが、それもヴィーンゴールヴで仕事をしていた間の短い休みだ。パーティーの後は火星での出来事の報告や処分者への対応などで仕事をしていた。
次の監査先が決まるまではマクギリスの部隊は動く理由はなかった。長い航海も仕事に含まれるので休む時は一斉に長い休暇が与えられる。特に今回は火星でのやらかしの規模が大きかったために火星に残っての後始末も、地球に戻ってきても報告などで様々な事務処理を行なっていたために時間が余計にかかった。
一つの案件に充てる予定を大きく超過したため、纏まった休暇が与えられたのだ。
ファリド家に戻るわけもなく、『マクギリス』がやることは一つ。ボードウィン家を訪れることだ。
「いらっしゃい、マッキー! 」
『ああ。お邪魔するよ、アルミリア』
「お父様から聞いたわ。マッキーの部隊が一斉休暇をもらったって。なのにお兄様ったら宇宙に上がってしまったのでしょう? 」
『火星でできた因縁の相手が近くに来ているとどこからか聞いたらしくてね。スレイプニルまで借りて出ていったそうじゃないか』
「そうなの! 折角のお休みだからマッキーとカインも誘ってスレイプニルで宇宙旅行にでも行こうかと考えてたのに! 」
アルミリアは立てていた予定をガエリオに壊されてしまったことにプリプリと怒っていた。その年齢相応の怒り方に『マクギリス』は苦笑を零してしまう。
スレイプニル。ボードウィン家が所有する宇宙艦だ。戦闘も行えるれっきとした戦闘艦なのだが、それを宇宙旅行に使いたいと考えるアルミリアは幼くてもセブンスターズの一員だった。
『カインにもカインの都合があるだろう? 』
「それはそうかも。カインって長いお休みは何をしているの? 」
『お世話になった孤児院に顔を出しているそうだ。そこがカインにとっての家らしくてな』
これは正しくない。長期休暇であってもカインはマクギリス派閥の人間と連絡を取り合ったりモンターク商会の状況を確認したり、エリオン家の研究所を訪れて実験を受けていたりと、一切孤児院には帰っていない。
だがそれでも表向きカインの休暇を要請する理由は孤児院へ帰ることとなっている。それがギャラルホルンの目から逃れるのに適した言い訳だからだ。
「そっか……。カインにとっては、そこが家なのね。カインはご両親の顔も知らないのかしら? 」
『知らないそうだ。名前も孤児院で付けてもらったらしい。だが、孤児院の運営も大変らしくてな。迷惑をかけないように給料ももらえ、寮生活ができる幼年学校を選んだそうだ』
「わたし、カインのことは士官学校の頃からしか知らないから、あんまりそういうこと聞けなかったな……。もう立派なお兄さんだったのだもの」
十一も年齢が離れていれば幼い少女の目からすれば大人のお兄さんにしか見えないだろう。年齢が五も上だったら凄くお兄さんに見える。カインの場合はその倍も上の年齢。本当の兄であるガエリオとも仲良くしている様子を見れば、一回りも年齢が異なるために余計に大人に見えてしまう。
物心が付いた頃にはもう入隊して軍人になっていたのだ。働いていて、しかも優秀だと知れば色眼鏡でしか見えなくても仕方がないだろう。
しかもアルミリアの場合、自身のよくわからない力についても指導してくれたのはカインなのだ。ガエリオでもマクギリスでもダメで、両親や教育係も首を傾げる中カインだけは正しく教育してくれた。
子供の頃の、苦労していた頃のカインなんて想像も付かないのだ。
いつまでも玄関で話しているわけにはいかなかったので、アルミリアの私室へ向かう。そこで使用人にお茶を用意してもらって、お菓子をつまみながら話をする。
それから数日、『マクギリス』とアルミリアは乗馬を楽しんだり、車でどこか遠くへ一緒に出掛けたり、街へショッピングに行ったりと休暇を楽しんでいた。
ギャラルホルンで何かがあればすぐに連絡を受けることとなっていたが、そんな連絡は一切『マクギリス』に届かなかった。そのためゆっくりと婚約者との逢瀬へ費やす。
アリアンロッドの一大作戦、ドルトコロニーの反乱鎮圧作戦が実行されることは知っていたが、地球にいる『マクギリス』にはできることはない。そういう作戦があるのでアリアンロッド以外の部隊はドルトコロニー周辺へ近付くなというお達しがあっただけ。
『マクギリス』は想像以上の火種になると直感していたが、動くつもりはなかった。それこそアルミリアの兄ガエリオはこの作戦に乗じるようにスレイプニルを動かしたが、あくまでボードウィン家として動くのなら『マクギリス』にできることはない。
ガエリオは一応マクギリスの部下だが、そのマクギリスが休暇の内に自分の家の戦力を動かすことは止められない。マクギリスも一緒に乗って戦うとなったら監査局として動くことと変わらず、そうしたらアリアンロッドの邪魔をすることとなる。
ガエリオも作戦区域にはなるべく入らず、どうにか言い訳を並べて戦線に加わるつもりなのだ。マクギリスが手綱を握っていないからこそできる暴挙でもある。
カインもボードウィンの手駒というわけではないので、その行動には参加しなかった。休みは休みなのだ。やることもあったので誘われたものの拒否した。
そんなカインの代わりに、火星で部下に加えたアイン・ダルトン三尉はガエリオについていった。尊敬する上司を殺して、乗機も奪った鉄華団が許せないという理由でガエリオの部下になった男だ。
鉄華団が近付いていると知れば是が非でも参加するに決まっていた。
そんなドルトコロニーの騒乱が近付いている頃。
この日もボードウィン家の庭でお茶を楽しんでいた『マクギリス』とアルミリアだった。
「マッキー、カインったら酷いのよ? 力のことは教えてくれても、カイン自身のことはとんと話してくれないんだもの! 」
『孤児だった、なんて話したくないのだろう。カインも同情を引きたいわけではない。辛いことをアルミリアには話したくなかったのさ』
「私、そこまで無知な女の子じゃないわよ? お父様達のお陰で裕福な生活はしてこれたけど、カインのような人がいることも知っているもの」
『知っていることと、実体験を得ていることは何倍も理解度が違う。私だって知識では戦場のことを知っていても、初めての戦いは困惑したものだ』
「マッキーでもそうなの? 」
アルミリアが首を傾げながら聞いてきたことに、『マクギリス』は頷く。
今思い出してもマクギリスの最初の作戦はメチャクチャだった。
『一応ギャラルホルンの戦闘記録に含まれているから詳しいことは話せないが。私発案の作戦でカインに無茶をさせてな。MSで私のMSを牽引させたのだよ。しかもデブリ帯で。正直、敵と戦うよりカインに引っ張られる方が怖かった』
「それ、マッキーの自業自得だよ? 」
『その通りだ。完全にMSを動かさずにカインに全てを委ねるなど、二度とやろうとは思わないよ』
「でもそれだけカインのことを信頼してるってことでしょう? 」
『幼年学校からの付き合いだからな』
共犯者などとアルミリアに言えるわけもなく、幼馴染のような存在だから信用していると答える。
マクギリスがファリド家に引き取られて最初に友となったのはガエリオとカルタだが、カインともそう違わない時期に出会っている。十分幼馴染に入る範疇だった。
『しかし、カインの話題ばかりだな? 私としては少し嫉妬してしまうぞ? 』
「うふふ。安心して、私が好きなのはマッキーだけ。カインはもう一人のお兄ちゃんみたいなものよ」
『兄、か。私にはわからない感覚だな。……いや、今後はガエリオが兄になるのか』
「複雑? 」
『兄というにはしっくり来ないだけだ。今後も公的な場やおふざけ以外でガエリオを兄と呼ぶことはなさそうだな』
関係性で言えばやはり義兄弟というよりは幼馴染となってしまう。たとえそれはアルミリアと結婚しても変わらないだろうと『マクギリス』は確信していた。
「私とカインの関係性と、マッキーとお兄様との関係性は別だもの。同じ言葉で括ろうとしても、きっと同じ関係なんて一つもないわ」
『おや? 今日は随分と詩的だ、レディ』
「マッキーの隣に相応しくなれるよう、教養は必要だもの。それにカインが力のことを信じてもらうなら語彙力を増やすと良いって言ってたの」
『言葉に当てはめて、共通認識を探すというのは大事だな。相互理解に最も便利なものが言葉だ。未知を既知に変えるには、隣人との共通項を増やすことが一番の近道だろう』
「マッキーも難しいことを言ってるわ。でも、気持ちを伝えるには行動で示しても良いはずよ」
そんな身辺の話を、ゆったりとした時間の流れに身を任せてお茶が進む。
だが、この時間も終わってしまう。ボードウィン家に来客があるとのことでお茶会は中止。そんな話を『マクギリス』もアルミリアも聞いていなかったので、お茶もお菓子も用意してもらったものを片さなくてはならなかった。
『マクギリス』は用意してくれて片してくれた使用人に申し訳なくなってしまう。孤児なので食材を無駄にするというのは遣る瀬無いのだ。
ボードウィン家に来たので用事があるのはボードウィン公だと思ったのだが、なんと来客の目的はマクギリスにあるという。アポイントもなかったので『マクギリス』は訝しみながらも応対のために来客を出迎える。
そこにいたのは。
「マクギリス・ファリド! 休暇中にファリド家に帰らずボードウィン家にずっと滞在するとは何事か⁉︎ 道理で文を出しても返事がないはずだ‼︎ 」
クジャン家の当主、イオク・クジャンだった。年下ではあるが、セブンスターズという括りであれば当主と次期当主ではイオクの方が立場は上になる。イオクはまだ士官学校を卒業していないが、去年当主を襲名した。
『マクギリス』はファリド家に帰る予定がなかったので、ずっとボードウィン家に滞在していただけだ。将来嫁になるアルミリアと、義父になるボードウィン公と少しでも親睦を深めようとした結果がボードウィン家滞在の理由だ。
ボードウィン公もアルミリアの外泊を許可しなかったのでファリド家に連れて行くことはできなかった。『マクギリス』もファリド家に近寄りたくなかったので、アルミリアの側にいるとなると泊まるしかない。
まさかずっとホテルか、一々家に帰る意味もない。婚約者と過ごすのにそんな無駄なことをする意味はなく、マクギリスが泊まることをボードウィン公も認めていた。
流石に寝室は別だったが。
今はマクギリスは休暇中だったのでギャラルホルンの階級は意味を為さない。そうなると一応タメ口もおかしいことではない。
一緒にいたボードウィン公とアルミリアは嫌そうな顔を隠さなかったが。
『マクギリス』もそういう微妙な力関係を一旦置いて対応することにする。
『クジャン公。あなたも士官学校が休暇中でしたか』
「ああ、そうだ。マクギリス・ファリド。貴様に聞きたいことがある」
『何でしょうか? 』
「貴様が妾の子というのは事実か? 」
『マクギリス』の後ろで、ボードウィン公とアルミリアの息を呑む音が聞こえた。たとえそれが事実であっても、問い質すとはなんたる無礼か。
いくらセブンスターズを引き継いだとはいえ、他家に殴り込んでまで聞き出すことではない。マクギリスがファリド家にいたのなら、実家で問い質していたのだろう。
ボードウィン公もアルミリアも、その事実を受け入れて婚約を結んだ。だというのにセブンスターズとはいえ若輩者であるイオクに文句を言われる筋合いはなかった。
『マクギリス』は少しだけ逡巡するが、知っている者も多く、セブンスターズともなれば知っている者ばかりなのだから素直に答える。
オルフェンであることがバレたわけではないのだ。表の素性がどうこうと言われても大丈夫だろうと判断した。
『ええ、正妻の子ではありません。それが何か? 』
「そうかそうか! いや何、ギャラルホルンは血統と秩序を重んじる。妾の子がセブンスターズを継ぐなど、認められなくてな」
『……それで? 』
「マクギリス・ファリド! イオク・クジャンが貴様に決闘を申し込む! 」
厄介なことになったなと。『マクギリス』は心の中で溜息をついた。