鉄血のオルフェンズ 捧ぐは愛と忠義と憐憫と 作:フラペチーノ
「ふむ。バレてしまったか。なら仕方がない」
指摘された仮面の男──マクギリスは辺りを警戒して誰の目線もないことを確認して仮面に手をかける。
金の仮面と銀髪のカツラを外して現れた姿は、確かに火星のトウモロコシ畑で見たギャラルホルンの人間だった。
ギャラルホルンの人間が現れたことで、特にアトラが怯えて三日月の袖を掴んでいた。ギャラルホルンには火星を出る時に襲われたことから、良い印象がないのだ。
「わわ……! どうしよう、三日月っ。逃げるべき? 」
「別にいいんじゃない? チョコの人、俺達をどうこうしようって思ってなさそうだし」
「ああ、今の私は休暇中でね。ギャラルホルンとしては行動していない。君達を捕まえる理由もないのだから、危害は加えないとも」
「何をしに来たのですか? 私に用があったようですが……」
「身近で君を見たかった。アリアンロッドの暴虐を見て、何を思うかと気になったのだよ」
マクギリスは誰かに見られたらマズイと、仮面とカツラを付け直す。センスが悪いと誰もが思ったが、口にはしなかった。
マクギリスは装着が終わると、懐から出した小型の物体を三日月へ放る。宙に浮いたそれは放物線を描きながら三日月の手に収まり、それを見た三日月はそのまま疑問を投げかける。
「何これ? 」
「このドルトにおける情報端末だ。今も様々な放送局がデモ活動の様子を生中継している。見てみるといい。じきに趨勢は変化する」
確かにドルトの様子がライブ中継されているようだった。それを全員で覗き込んでいると、労働組合の者達が労働環境、賃金についての改善を求める抗議をマイクを通して行なっていた。
MWの上にも何人かが乗っていて、オルガに振られたナボナの姿もそこにあった。
「すみません。あなたはなぜアリアンロッドの暴虐があると仰ったのですか? それが真実とすれば、あのデモは……」
「簡単な話、溜まった不平不満のガス抜きだ。君の存在に惹かれて、地球圏では特にあのような状況がどこでも起き始めている。だがギャラルホルンは秩序を司る。このような暴動を抑える立場だ。では、武器を持った暴徒はどうなると思う? 君に続けと交渉のパイプ作りではなく、危険な物を持って立ち上がる愚者はどうなると思う? 」
「武器を持っていることが違法だとでも理由を付けて、上回る暴力で押さえ付ける……? 」
話の流れと、ギャラルホルンの今までの噂から、そしてサヴァランからの情報でビスケットはそう推論を立てる。それが正解だったようで、マクギリスは頷いた。
「力のない者は力のある者に搾取される。その世界を私は否定しない。だが、力にも種類がある。暴力なんて知らないお嬢様の奮闘で経済圏の大物が動いたように。暴力以外にも手段はあるのだよ。個人にあった力を発揮し、その力ある者を認める。そして力ない者は力のある者の庇護下に入る。いつかは力を手にするために。そういった循環こそが理想の世界だが……。あの労働組合の者達はダメだ。ギャラルホルンの力を過小評価し、訴える先を間違えた愚者。それに君達のような者が巻き込まれてはならない」
「難しいことはわかんないけど、アンタが俺達を助けてくれるってこと? 」
「このコロニーから出るまでの、ささやかな支援だがね。宙域から出るまでは、流石に無理だ。どこかに隠れてアリアンロッドをやり過ごし、奴らが去った後に地球へ向かうといい。……ああ、始まるぞ」
マクギリスの言葉の通り、画面の中では爆発が起きたのが見えた。ドルトカンパニーの本社の入り口が爆発したようだ。このコロニーの中のことなので、その振動は三日月達にも届いていた。
その爆発をマクギリスが予見できたのは労働組合が用意したMWがギャラルホルンのMWの迎撃範囲に全機入ったから。アリアンロッドのやり方はギャラルホルンの最大派閥故に熟知しており、今回の作戦の概要も把握していたからできたことだ。
爆発を引き起こしたのは、常識的に考えて労働組合側だ。そして暴力行為に打って出たのであれば、ギャラルホルンは更なる被害を増やさないために迎撃を開始する。
放送局のカメラはたちまちガスによって視界を塞がれた後、多数の銃撃音と爆発音が聞こえてきた。その音の悲惨さと、生の音に女性陣は顔が蒼褪めていた。
「な、なぜこのようなことを……? 」
「効率が良いからだ。一つの行動で地球圏の他の場所の動きも抑制できる。それにこれはエリオン公の善意でもある。たった一箇所の犠牲と、地球圏全ての労働者達の犠牲。どちらが全てにおいて利益が多いか。ギャラルホルンの被害、経済圏への影響。鎮圧にかかる防衛費、労働力の低下。そして反発の意志を削ぐ。このドルトでギャラルホルンの力を見せるだけで、今言ったことのほとんどを抑えられる。
ドルトが選ばれた理由は、地球ではない地球圏でありながら圏外圏への入り口でもあるから。どちらにも話を伝播させるには好立地だったわけだ。それにクーデリア嬢が立ち寄る可能性も高かったからな」
ラスタルはクーデリアを排除できるなら排除しても良いくらいの軽い意気込みではあったが、一応作戦の中にそれを組み込んでいた。死が与えるものもある。それは良いことも悪いこともどちらもあり、どっちでも良かった。
だからクーデリアのことはついで程度だ。
この一件を持って成長しても良い。死んでも良い。クーデリアへの評価は今の所そんなものだった。
マクギリスがこうもラスタルについて詳しい理由は、アリアンロッドに潜らせた派閥の者がいるから。その者がマクギリスへ作戦の本質などを流していた。
そのスパイの存在をラスタルもカインも把握している。ラスタルはむしろその人物を利用してマクギリスがどう動くかを測っていた。クーデリアがついでな理由は、もっと警戒すべきマクギリスの動きを優先したからだ。
「さて。デモの本隊が鎮圧されたことで安全弁が外れた。ここからはコロニーのどこでも暴動が起きるだろう。この近くに信頼できる場所はあるか? 」
「そ、それでしたらドルト6に。俺達を匿ってくれるはずです」
「テイワズの影響力が強いコロニーだな。なるほど、あそこの後ろ盾を得たのか。わかった。そこへ行かせよう。付いて来たまえ」
マクギリスを先頭に、三日月達は移動をする。着いた場所は港ではなく、外にも通じている商業区の会社のようだった。
そこから直接宇宙へ行けるようで、ハンガーに向かうとスペースランチが用意されていた。そのスペースランチに身体を預けていた人物に誰もが見覚えがあり、その特徴的なちょび髭はマクギリスが近付くと陽気に手を挙げた。
「お、モンタークの旦那! 待ってましたぜ! おめえらも久しぶりだな」
「トドさん⁉︎ 生きてたんですか⁉︎ 」
「おめえらがボコボコにしてカプセルを放流したせいで死ぬに死ねなかったんだよ! 相変わらずポッチャリとしてんなビスケット君はヨォ! 」
トド。クーデリアを火星でオルクスに売り飛ばそうとした元CGSの壱番組だ。彼はマクギリスに引き取られて、今ではモンターク商会で様々なことをさせられている。
「トド。彼らをドルト6へ。私の名前を出して良い」
「へい。旦那は? 」
「下手に動くとアリアンロッドに把握されかねん。私はここに残るさ」
「了解です。さあおめえら、乗った乗った! 」
「三日月……。大丈夫なの? 」
「良いんじゃない? 何かあったら撃ってランチを奪えば良い」
「その物騒な発想やめやがれ⁉︎ 今の俺はモンタークの旦那の元で真っ当に生きてんだよ! 」
モンタークの指示に従おうとしたら、三日月とアトラがトドは信用できないと小声で相談していたが、耳の良いトドはそれが聞こえていた。
今は他に取れる手段がないということでランチの中に入り込む。全てのドルトコロニーで港が封鎖された上に、労働者達がコロニー公社のMSや兵器を奪って暴走し、この宙域に来ていたアリアンロッドの艦隊がその制圧に入っていると言う。
その放送を見た上で、トドは無事にドルト6に行けると豪語するのでスペースランチに入るしかなかった。
全員が搭乗した後、乗り込まなかったマクギリスが通信を繋いできた。
「クーデリア嬢。最後のお節介をば。信用することと疑わないことは別だ。なぜああも都合よく君を狙うブルワーズという海賊がやってきたか、考えてみると良い」
「私をよく思わない者がいることは知っています。テイワズも一枚岩ではないでしょうし、マクマード氏も私を試しているのでしょう」
「ふむ。やはり頭の回転は悪くないようだ。だが、それでは足りない。──フミタン・アドモス。これ以上ノブリス・ゴルドンへの報告はしなくて良い。彼は
マクギリスの言葉に、全員がフミタンの方を見た。フミタンも一瞬驚いたものの、すぐにいつもの鉄面皮を作って頷く。
もうバレてしまったなら、どうでも良いというように。
「ふ、フミタン? 」
「申し訳ありません。あの男の言う通りです。私は今までアリアドネを利用してノブリスと連絡を取っていました。あの男は、お嬢様を殺すことで利益を得ようとしていた。私は言われるがままに従っていたのです」
「フミタンさんどうして⁉︎ フミタンさんはクーデリアさんのメイドさんでしょ⁉︎ 」
「私が、バーンスタイン家に拾われる前にあの男に拾われたからですよ」
動揺するクーデリアと激昂するアトラにも、淡々と返すフミタン。
三日月は敵認定していつでも彼女を捕らえられるように身を構える。
「拾われた恩義で、あの男に従っていましたが。……チョコの方。あの男が倒れたという確かな証拠は? 」
「君の能力ならあの会社がどうなったか調べられるだろう。ギャラルホルンへ違法に献金をしていたために我々監査局が
「アイアイサー」
マクギリスは爆弾を起爆だけさせて通信を切った。
ランチは宇宙へ旅立つが、宇宙では大多数の戦艦が集まっていて労働者達は蜂起したものの、まともにMSなどを動かせないままアリアンロッドのMS部隊に制圧されていく。
クーデリアの目には、弱者を嬲る強者の図にしか見えなかった。火星で貧しい者を弾圧する姿と、何も変わらなかった。
トドは戦場から避けるように運転していると、戦場の端の方で見覚えのある赤い戦艦が戦闘に巻き込まれているのを見付ける。
「おいおい! ウィル・オー・ザ・ウィスプが襲われてるじゃねえか! 」
「え⁉︎ 」
イサリビが二本角に特徴的な上に伸びた頭部をしている白いMSと、紫色のシュヴァルべに襲われていた。イサリビもシノが乗ったピンク色のグレイズと明弘が乗った、ブルワーズから鹵獲・改修したガンダム・グシオン・リベイクで応戦していた。
他のアリアンロッドはイサリビには手を出していないようだ。おそらく戦艦の相手は任務外だからだろう。
白いMS──ガンダム・キマリスに乗ったガエリオと元々ガエリオの乗機だった紫色のシュヴァルべに乗ったアイン・ダルトンはイサリビがドルト6に向かうのを見ていて、この好機を逃せないと出撃していた。それほどまでにイサリビという艦に二人は敵意を滲ませていた。
ちなみにシュヴァルべのコックピットは通常の物に換装されている。アインは通常のシュヴァルべを操縦するのが手一杯で、脳波を読み取るコックピットだと余計に動きが悪くなっていた。
「トド。元CGSならイサリビに連絡付けられるでしょ。バルバトスこっちに送ってもらって」
「マジか⁉︎ 俺は巻き込まれるのはごめんだぞ! 」
「俺が引き離す。その間に皆をイサリビに乗せてくれれば良い。そのあとは好きにして」
「くそう、好き勝手言いやがって……」
悪態をつきながらも、トドは三日月に言われたように動き出す。三日月もノーマルスーツに着替えるためにランチの中を移動しようとするが、その前に懐から拳銃を出してビスケットに渡していた。
「ビスケット。あの人が怪しかったらこれで撃って」
「三日月! 」
「良いのです、お嬢様。私を拘束してください。それで彼が安心して戦えるのなら」
「いいえ、フミタン。あなたにはイサリビに着いたらやってもらいたいことがあります。マクマード氏に繋いで、この戦闘を止めます」
「……止められるの? 」
「ラスタル・エリオンが、先程の方の言った通りの人物であるのならば。確実に」
クーデリアの覚悟を決めた貌を見て。
三日月も飛び出す。クーデリアの言う準備までの時間稼ぎのために。