鉄血のオルフェンズ 捧ぐは愛と忠義と憐憫と 作:フラペチーノ
24 戦乱の間に
エドモントンでの一件から数日が経って。
鉄華団は火星に帰る準備と並行して、蒔苗の手引きもあって負傷者は費用も気にせず入院できていた。選挙で勝つことができた大きな要因に関わっているので、これくらいの援助は蒔苗としても当然の措置だった。
幸い鉄華団は損耗を抑えた戦いを仕掛けていたこともあって死者は少なかった。多かれ少なかれ怪我はしているものの、MWでの戦闘は阿頼耶識があったこともあり、終始有利に進んだ。
怪我人の中で一番重傷だったのは三日月だ。グレイズ・アインとの戦闘で負った怪我ももちろんあるが、一番は阿頼耶識を通じたバルバトスとの適合率を高めてしまったこと。人とマシンを一体化させるには粗悪品の阿頼耶識が三本あっても容易ではなく、右腕が動かなくなり、右目も光を捉えることができるだけになってしまった。
バルバトスと繋がればどちらも十全に動かすことができるのだが、日常生活には確実に影響が出るようになっていた。
このような症状は一般の病院では治療することができず、治る見込みもないとのこと。
そんな折、鉄華団を訪れる者達がいた。
モンターク商会の名前で来たマクギリスとカインだった。
その来訪者に、鉄華団の面々は驚きを隠せない。ギャラルホルンの隊服を着ずに変装はしているものの、グレイズ・アインがもたらした被害のせいでギャラルホルンの一般兵はこの辺りを巡回しているのだ。
鉄華団はお目溢しをもらっているだけ。そんな敵対組織へセブンスターズの一人がやってくるなど正気の沙汰ではないだろう。
一応マクギリスはモンタークの変装を。カインも赤髪のカツラを被り、サングラスをつけている。
「よく来られたな……。外、ギャラルホルンで酷いだろう? 」
「いや、それも今日までだとも。オルガ・イツカ。市民がMSを市街地に入れたギャラルホルンを信用できなくなったようでな。復興作業はギャラルホルンではなく、地元の土木業者に任せるようだ」
病室でオルガの質問にマクギリスは本部での決定を告げる。エドモントンでは現在ギャラルホルンへの不信感が高まっている。そんな中、壊したギャラルホルンが大きな顔で修繕作業に当たられても住民は困るのだ。
「んで、そっちのは? 」
「ライオンの人じゃん」
「ライオン? ミカ、知ってるのか? 」
オルガが見覚えのない人物がいたために尋ねると、ベッドの上に寝かされた三日月が例の愛称で呟く。カインは一応バレない程度の変装をしてきたつもりだったが、直感で見破った三日月には失笑を隠せない。
ビスケットと明弘は三日月のその愛称を聞いていたので誰だかわかった。
「火星でモンタークさんと一緒にいた人だよ。確かその時はカインって呼ばれてたはず」
「よく覚えているな。今はジェーン・ドゥと名乗っている」
「クク。ジェーン、君がライオンとは彼の感性もなかなかではないか? 」
「それは背負うには重すぎる愛称です。彼には今すぐやめてもらいたい」
「何で? 」
三日月は純粋な疑問を投げかける。ただ動物に例えただけなのに、やたら辛気臭い顔をカインはしたのだ。
「……ライオンとは、ギャラルホルンを象徴する生き物。全てを率いる存在、強者の暗喩だ。そんなモノを一介の兵士であるオレが背負うには、重すぎる称号だ」
「ふーん。言葉一つで大変なんだね」
「言葉で人を殺すこともできる。逆に生かすこともできる。軽視しない方がいい」
「そうですよ三日月。言葉には力があります。文字や言葉に籠められたものは想像以上に大きいものですよ」
「……クーデリアが言うなら、そうなんだろうな。言葉だけでギャラルホルンを止めたんだし」
三日月も最近は文字や言葉というものを大事にしていた。将来的に農場を経営したいと考えている三日月は、文字が読めないと大変だと今更ながら思い至ったのだ。
「さて、本題に入ろう。クーデリア・藍那・バーンスタイン。この度は革命の成就おめでとう」
「あ、ありがとうございます。あなた方の支援のおかげでもあります」
「それはハーフメタル利権あってのもの。今回来たのは三日月・オーガス。君のことだ」
「俺? 」
「ああ、その症状についてジェーンが見たいと言ってな。ジェーン」
カインは三日月の身体を診ていく。彼は本業が医者というわけではないので本格的な治療はできないだろうが、阿頼耶識とガンダム・フレームが起こした現象と聞いて興味深くなったのだ。
カインは三日月の右腕を握る。
「感触は? 」
「あるよ。動かないだけ」
「どこから動かない? 」
「右肩から先が全部。動かそうとしても全く動かない」
「なるほど」
今度は右目の様子を見ていく。光は感じても、視力自体は全くないらしい。
だが、バルバトスと繋がっていた時は問題なく見えて、動かせたという。そのことからカインは結論を出した。
「阿頼耶識システムによる、情報制限ですね。彼の身体はバルバトスと同化現象を起こしている。そうすることでガンダム・フレームはありのままの性能を引き出すので。もちろんMSの中でも高出力のガンダム・フレームの情報量にただの人間が耐えられるはずがありません。ガンダム・フレームによる警告の現れです。そして、これならどうにかできる」
「ハァ? 医者が匙を投げたんだぞ? 」
「ガンダム・フレームと彼を繋げているのは阿頼耶識システム。これは粗悪品なので純正品に変えられればまだ症状は和らぐのですが、それはそれで彼の命が危ない。……失礼」
オルガの言葉を聞きながらも、カインは施術を続ける。カインは阿頼耶識の突起に触る。入院着越しとはいえ、どんな感触なのかカインはわからないので一応断りを入れる。
触られた三日月は感触こそあるものの、何ともなかったのか表情を動かさなかった。
「集中。この背中に意識を向けてくれ」
「阿頼耶識に? 」
「そう。正確には阿頼耶識が送り出すナノマシンに。まずはそこに集中して、その後全身のナノマシンを把握してもらう」
「難しいことを言うな……」
「目を閉じて、耳も塞ぐといい。身体の内側にだけ集中すること。呼吸をゆっくりするように」
まるで坐禅をさせるように三日月へ意識を向けるように指示を出す。
約一時間ほど深呼吸を繰り返した頃に、カインは頷く。
「そう。それがナノマシンだ。そのナノマシンを右腕と右目に集中する」
カインはCTで見たわけでもなく、三日月がナノマシンを把握したことを理解していた。三日月は言われた通りにナノマシンの動きを右腕と右目に集中させる。
すると。
「……ん? 」
三日月が両目を開ける。まずは包帯で吊っていた右腕を自力で取り出して軽く動かした。
「お、動いた」
「ま、マジか……。医者が無理だって言ったのに」
「三日月っ! これ何本に見える⁉︎ 」
アトラが駆け寄って、右目に向かって三本指を立てる。三日月の右目の瞳孔が動いて、頷いた。
「ちょっとぼやけてるけど、三本? 」
「よ、良かった〜! 三日月見えるようになった! 」
アトラは嬉しそうに三日月に抱き着く。三日月はベッドの上にいるので避けられず、動きはゆっくりながらも右腕も動かしてアトラを抱きしめていた。
その感動の場面に、カインは水を差したりしない。
「団長さん。彼の目と腕はあくまで最低限動かせるようになっただけです。重い物を持たせたり、右腕を激しく動かせることはしないでください」
「……アンタ、何者なんだ? 何をしたんだ? 」
「オレはただの孤児ですよ。それと、身体の中にあるものならどうにかする方法を知っていただけなので、今回はそれを応用しただけです。彼をバルバトスに乗せるのは良いですが、白兵戦はさせない方がいいでしょう。右目の弱視はそれだけ致命的だ」
オルガに今後の三日月について伝える。
実質的に彼はバルバトスに乗るだけの兵器に一歩近付いてしまった。それを意識させないようにカインは応急処置をしただけだ。日常生活はある程度送れるが、先程の状態よりはマシというだけ。
「……阿頼耶識って、何なんだ? 」
「元はと言えば、ガンダム・フレームを操る為の外付けハードウェアだ。最終的にMSと一体化させるためにナノマシンが身体を作り変える。そんな悪魔のシステムだよ」
「ガンダム・フレームのための物だと? 」
「そうだ。そして最強のMSが動かせるなら他のMSや戦艦、MWだって動かせる。……アグニカ・カイエルは、人類のためにその肉体を捨てた。──まさしく英雄なのだよ」
「誰だ? それ」
カインに代わってマクギリスがオルガの疑問に答える。
オルガはアグニカについて知らなかったが、火星圏の人間であれば知らなくても当然だ。ギャラルホルンなら知っているが、地球圏の人間でも知っている人間はどの程度いるものか。
「団長さん。彼にこれ以上リミッターを外させないようにしてください。次の段階に進んでは、今回のような誤魔化しも効きません」
「あ、ああ。それは気を付ける。ミカにこれ以上負担を掛けさせるつもりはねえよ」
「では、我々の鉄華団に対する用事は終わりだ。次はクーデリア・藍那・バーンスタインと利権に関わる話をしたいのだが」
マクギリスが目線を向けると、そこには三日月の右手を掴んで自分の胸元へ運んでいる『革命の乙女』の姿が。
抱きついている栗毛の少女といい、『革命の乙女』といい。病室で人目もあるというのにピンク色の空間が出来上がっていることに驚く。
「……クーデリア嬢? 」
「は、はいっ⁉︎ 」
「出直した方が良いと見た。馬に蹴られる趣味はないのでね、連絡先を置いていこう。鉄華団にもこれを。何か困ることがあったら連絡してほしい。できる限り力になろう」
「それでは失礼します」
「あ、ライオンの人。ありがとう」
「……どういたしまして」
女の子に抱きしめられて『革命の乙女』にも手を握り締められている三日月にお礼を言われて微妙な気分になったが、一応言葉を残して病室を去る。
カインとしてはそういう恋愛を捨てて生きてきたので、なおさら羨ましく映る。
アルミリアと婚約者ごっこをしようと、どれだけジュリエッタを想っていようと。寂しいものは寂しいのだ。
ヴィーンゴールヴに戻り、本来の監査の仕事に打ち込んで。
イズナリオの腐敗を散々見付けて確実に左遷をさせてマクギリスがファリド家の実権を握り。
ガエリオもボードウィン家を継承することとなり、セブンスターズが代替わりを始める。
そしてカインも、人事部に呼び出されていた。
「カイン一尉。貴官の実績を鑑みて、異動を勧告する」
「は。受領します」
配属先が示された紙を受け取る。
そこには昇進についてと、配属先について書かれた書類を受け取る。この人事についてラスタルからもマクギリスからも聞いていなかった。なので全く心当たりのない人事だ。
どこに飛ばされるのだろうと警戒して目を通す。
「……監査局、特別監査顧問。ですか? 申し訳ありません、聞き覚えのない異動先ですが説明をいただけるのでしょうか? 」
「もちろんだとも。カイン・ベリアル特務三佐。職務は貴官個人による全てのギャラルホルンの監査だ。行く先も自分で決め、監査の期間も全て独自裁量を与える。MSの整備と移動用シャトルの人員のみで構成された部隊を率いて監査を行なってくれ」
「一人、ですか」
「アリアンロッドの監査を一人でしたことを評価してな。監査結果を本部に伝えるだけで、行き先も期間も本部に伝える必要はない。先日までしていたように、本部を監査してもいい」
ある意味自由で、ある意味閑職に飛ばされたようなものだ。そんな失態をやらかしたかとも思ったが、これはカインが原因ではないと知る。
むしろギャラルホルン側の問題だと。
「本部や火星支部での腐敗のせい、でしょうか? 」
「耳の痛い話だが、その通りだ。先日のエドモントンの事件のせいで武装蜂起を考える者も増えるとギャラルホルンは判断した。火星の弱小組織がギャラルホルンに一矢報いたのだ。ヒューマンデブリを使えば自分達もできると驕る組織も出てくるだろう。その対処に追われる中、内側から崩れるわけにはいかん」
「わかりました。部隊はいつまでに選定すれば良いのでしょうか」
「詳しい内容はこちらの資料に書かれている。目を通してくれ」
「はっ」
人事が決まり、これからのことについて動き出す前に監査局の面々であるマクギリスとガエリオで集まっていた。これからは全員バラバラだ。
「俺達はセブンスターズだからバラバラになるとわかっていたが、まさかカインも誰とも一緒にならないとはな」
「カルタが悔しがっていたぞ。次は引き抜くって言ってたのにな」
「シュヴァルべにも出資していただいたのに申し訳ないです。監査局から出る時には地球外縁軌道統制統合艦隊に行かなければカルタ様に怒られそうです」
そんな話題を出したことから、次は適当に地球外縁軌道統制統合艦隊にでも監査に行こうかなと考えていたカイン。カルタに顔を出した方が良いだろうと直感が告げていた。
「行く道が違っても、これからも頑張っていこう。俺達はいつだって、この宇宙で繋がっている」
「フ。ガエリオ、良いことを言ったつもりだろうが、私とお前は基本的に地球にいるのだぞ? 」
「ぐ。カインは方々に顔を出すんだから、そう言うしかないだろ」
「休暇を合わせて、カルタ様とアルミリア様も含めて会いましょう。幼年学校からの腐れ縁として」
「ああ、そうだな。全員で会おう。約束だ」
マクギリスが拳を出したことで、カインとガエリオも拳を合わせる。
この別れからすぐ。宇宙は混沌に包まれた。