鉄血のオルフェンズ 捧ぐは愛と忠義と憐憫と 作:フラペチーノ
戦局は一気に右翼に偏った。イオクの宣言は『夜明けの地平線団』にとってこの戦況を唯一変えられる希望の光となってしまい、街灯に群がる蛾のようにMSも戦艦も右翼へ向かっていった。
迎え撃つアリアンロッド第二艦隊だが、その動きは緩慢だ。それもそのはずでこれまでもかなりの稼働率で任務に当たってきており、今回はマクギリスに功績を渡さないために強行軍でここまで来ていた。
いくら優秀な部隊とはいえ、人間である以上疲労には勝てない。火星まで地球から二週間ほどかかるとはいえ、その間だって警戒しながら航海を進めなければならない。ギャラルホルンだって宇宙であれば襲われる可能性はあるのだから。
そういった事情もあってアリアンロッド所属のMS部隊の動きに精彩さがない。向かってくるMSを迎撃できているが、倒すまではいかないようだ。
「このっ! 」
ジュリエッタが自分の感応波を活かして動かせる蛇腹剣で確実に相手を屠っていく。相手からすればどう動くか軌道が読みづらい兵器だ。それに絡まれて武装を失ったり、コックピットを貫かれたりしていた。
カインも近付きたかったが、黒いレギンレイズの下手な射撃でそちらへ近寄り難くなっていた。相手がいない見当違いの場所へレールガンを放っているが、そのレールガンの威力がギャラルホルン謹製の最新型であるばかりに高火力なため、強化装甲を施したカインのシュヴァルべでさえ当たったらマズイ火力だ。
鉄華団は石動の指示で『夜明けの地平線団』の頭領サンドバルを確保するように言われる。カインは最短距離で右翼への道を切り開いた。機体につけているミサイルポッドは全て使い切ってしまったが、必要経費だと切り捨てた。
「ジュリエッタ二尉、無事か⁉︎ 」
「無事です! 援護ありがとうございます! ……私、昇進したこと言いましたか? 」
「とあるツテで聞いた! 」
「なるほど! 」
それだけの短い会話をしながら、まるで二人でダンスを踊るかのように迫っていたユーゴーをシュヴァルべの鉄剣とレギンレイズの蛇腹剣で斬り裂いていた。
そこからは言葉もなく迫る弾丸をマシンガンで撃ち落とし、片方がMSを蹴り飛ばした先にもう片方の攻撃が置かれて撃破したりと、二人は感応波を全開にしてこの戦場でワルツを踊っていた。
言葉もなく、それこそ戦場で一緒に戦うのは初めてのはずの二人。なのに息が合っていて二人が撃破していく数が時間経過と一緒に増えていた。
弾丸なども無駄にせず、時には片方が足止めを。もう片方がトドメを。そんな役割分担を言葉もなしに完璧にこなしていた。
たったの二機に翻弄されて戸惑う『夜明けの地平線団』。途中から補給明けで戦線に加わろうとしていた鉄華団も、二人の快進撃に息を飲んでいた。
「凄いな、ライオンは。アレが前言ってたライオンの大事な奴……」
三日月は直感でレギンレイズに乗っているジュリエッタがカインにとっての大事な人だとわかっていた。
先程補給に戻った際に、三日月はご飯を送り届けてくれたアトラが可愛いと思って唇を奪っていた。暖かいご飯を食べに帰ると約束したために、三日月も仕事をこなそうとスラスターを吹かす。
敵から鹵獲したMSから、ダンテがハッキングしてサンドバルがMSに乗っていることがわかった。そのMSのエイハブ・リアクターの信号が鉄華団の全員に送られ、全員がその反応の元へ向かう。
一方カインはジュリエッタとMSを撃破していたが、一向に下がらないイオクへ進言をする。
「イオク様、お下がりください! もう趨勢は決しました! 」
「その声、カインか⁉︎ 趨勢が決まったとはどういう意味だ! 」
「そのままの意味です! 敵の六割方を撃破しました! 壊滅と言っていい戦況です! ここからは撃破ではなく確保に移行すべきかと! 」
「それを決めるのは貴様ではない! 監査局の人間が、アリアンロッドの行動に口を挟むな! 」
予想通りであったが、話を聞いてくれるわけがなかった。彼はクジャン家に仕える家臣の言葉すら聞き入れないおぼっちゃまだ。
階級で言えばカインの方が上。そしてこの作戦を任されているのは石動の部隊で、その部隊にカインも編成されている。軍の規律を考えればカインの指示に従うべきはイオクの方だ。
だが、イオクはこれがアリアンロッドの正しい活動だと考えている。活動範囲も内容も確かにアリアンロッドの業務の範疇だが、今回はラスタルの許可を得たマクギリスが部隊を動かしているのだ。
後から来て横槍を入れているのはイオク達アリアンロッド第二艦隊の方。だがイオクは絶対にアリアンロッドの業務の正当性しか主張しないだろう。
カインが舌打ちをしようとした瞬間、敵のガルム・ロディが接近していた。
「仲間割れとは好都合! くたばれセブンスターズ! 」
「このっ! 」
「この至近距離で
カインが忠告しても避けようとしなかったため、カインがイオクのレギンレイズを体当たりで横に飛ばす。飛ばされる前に放ったレールガンは相手に命中せず、ガルム・ロディのアイアン・ハンマーがイオクと場所を入れ替わっていたカインのシュヴァルべの左腕へ当たる。
それと同時にリアクティブアーマーが機能。小さな衝撃波でハンマーを弾いたのと同時に右手に持っていた鉄剣をコックピットへ突き刺した。
沈黙するガルム・ロディ。
まさか長距離支援用に改造された機体で、接近されて避けないとは思わなかった。距離を縮められたらマズイとわからないのは二年前の決闘の頃から変わっていなかった。
「カイン、無事ですか⁉︎ 」
「ああ、問題ない。左マニピュレーターが動かなくなっただけだ」
「利き腕側ではないですか……」
「もう終わりだよ。ほら」
心配するジュリエッタへ、打ち上がった信号弾を知らせる。
『夜明けの地平線団』が頭領のサンドバルを三日月に確保されたことで諦めたのだろう。戦力としても七割が撃破され、残っている戦艦やMSもボロボロ。鉄華団もヴィーンゴールヴ本部部隊もアリアンロッドも大きな損害がなく健在。
『夜明けの地平線団』側のエースは全て撃破されている。勝ち目がないとようやく悟ったのだ。
後処理も鉄華団と石動の部隊が行なっていく。イオクもそれを見て部隊を動かそうとしていたが、動かない。
イオクがどういう名目でここに来たのかわからないが、『夜明けの地平線団』を捕縛する権限があるのは石動の部隊だ。
「民間企業とマクギリスに手柄を取られるな! 残っている艦隊を確保しろ! 」
「イオク様、帰投しますよ」
「なっ⁉︎ ジュリエッタ、離せ! ここまで来て一隻も確保しないなど……! 」
「休暇を利用した部隊の練度を上げるための演習だと申請したから部隊を動かせたのに、こんな火星の端まで来て本来の業務なんて行えるはずがないでしょう⁉︎ ラスタル様に言われてついて来ましたが、やはり私では止められませんでしたね……」
ジュリエッタもラスタルに、一応『夜明けの地平線団』の頭領を捕縛できそうなら捕縛してもいいと言われていた。だがそれはあくまで
マクギリスとの決定もセブンスターズの定例会合で正式決定した内容なので、不慮の事態を除き介入できない事案だ。仮に『夜明けの地平線団』が火星近郊以外の場所に移動していて、そこに偶然アリアンロッド艦隊が通りかかれば捕縛しても問題はなかっただろう。
宇宙は広い。マクギリスの部隊と行き違いになることだってある。そういう状況下を想定してジュリエッタには許可を出していただけのこと。
ジュリエッタはラスタルの指令を守ろうと思っていたがイオクが戦闘配備に移させ、MS部隊の出撃準備と艦砲射撃を行なってしまった。戦闘を吹っ掛けてしまったのでジュリエッタも出撃した次第だ。
ジュリエッタがワイヤーアンカーを用いてイオクのレギンレイズを確保して戻っていった。カインも石動に確保などの後処理を任せてイオクの艦に降りる。
本部の人間としての任務は戦闘が終了した時点で終わりだ。ここからは監査局の人間として動かなければならなくなった。
イオクの艦にいたMSデッキの整備班に一言断ってシュヴァルべを置かせてもらった。仕事さえ終われば石動と一緒に地球に戻る。
アリアンロッドと帰る予定はなかった。まだラスタルとの関係を公表する段階ではないからだ。
アリアンロッドの面々には何故カインが来たのかという目線と、来た理由に心当たりがある者、監査局で噂の人物がやって来たことに驚いている者など様々な反応が見られた。
カインはある種監査局特有の特権を持っているのでどの部隊にも顔を出せるし、入れない場所はない。むしろカインを入れさせないようにしている場所というのは疾しいことを隠している場所だ。
カインは宇宙戦艦の構造を把握していたので、真っ先に事務室へ向かった。こういう戦艦にも事務室は存在する。使った弾薬数などを取り纏めて本部に提出するために文官はどの戦艦にも乗っているものだ。
その事務室へ訪れると、第一種戦闘配備が解除されたからか文官もデスクに戻っていた。
カインが敬礼をして入室すると、向こうも慌てて返礼をしてきた。三佐の階級章が見えて階級の高い者がいきなり来たことに驚いたのだろう。パイロットスーツにも階級章は刻印されている。
「伍長、戦闘が終わったばかりだというのにすまない。監査局所属のカイン・ベリアル特務三佐だ。今回の演習の航路日程と、諸君ら全員の勤務状況を教えてくれ」
「しょ、少々お待ちください」
伍長も心当たりがあったのか、すぐにパソコンを起動してカインが言った物を提示してくれる。それを紙に印刷し、伍長にお礼を言って退室した。次に目指すのは司令室だ。この艦はクジャン家の物なので、いるのはイオクになる。そこに居なければブリッジにでもいるのだろう。
カインは直感を信じて司令室に行くと、イオクはそこにいた。扉を三回ノックする。
「イオク・クジャン三尉。カイン・ベリアル特務三佐です。入室してもよろしいでしょうか? 」
「カインか。着艦を許可した覚えはないが、良いだろう。許可する」
「失礼します」
階級が下でも相手は艦隊司令だ。尊大な態度を取られてもカインはスルーした。
本来セブンスターズだろうが何かしらの役職に就任するのであれば付随するように昇進するものだが、イオクは昇進していない。
普通はカルタのように地球外縁軌道統制統合艦隊の司令に就任するのと同時に一佐に昇進したり、マクギリスやガエリオのようにヴィーンゴールヴ本部や経済圏の一つを任されれば准将に昇進する。
イオクが昇進していないのは、他のセブンスターズの当主
クジャン家当主を継いだので第二艦隊司令には就任したが、完全にお飾りだ。ギャラルホルンにおける昇進資格を得るような功績も立てておらず、本人はMSに乗ってばかり。司令として指揮官として昇進するには作戦立案や戦場を俯瞰しながら指揮を執らなければならないが、本人はMSの操縦で手一杯。
この様子から指揮官として昇進させるには功績不足とし、MSパイロットとしては本来レギンレイズという最新鋭MSを与えられないほどに落第だ。
この評価をラスタルというアリアンロッドで一緒のセブンスターズが下したため他の家も同意。こうしてイオクは昇進していない。
イオクが昇進できないために、階級が下ながら過分な役職に就き、階級が上な者も下手に出るしかないような状況が出来上がっていた。
カインはそれらの諸々をスルーすることにする。監査局はその職務上、かなり特権的に振る舞うことができるからだ。
「何用だ? カイン」
「アリアンロッド第二艦隊の稼働状況を査察いたしました。明らかな超過労働です。演習という名目は目を瞑ったとしても、この艦隊は即時休暇を与えなければならないほど、勤務日数を超過しています。このままでは過労死が発生しかねません。そして今回、演習には希望者が参加ということになっており、書類上は今回のアリアンロッド全てに与えられた休暇がこの演習に当てられています」
「……それで? 」
「全員が任意の上で演習に参加した以上、超過労働に対する特別休暇が適応されません。その特別休暇を演習に当てたわけですから。休みの日にMSで訓練したとしてもギャラルホルンは更なる休暇を与えられません。休暇の過ごし方は本人に委ねられていますので。その上で申し上げますが、このままでは軍人に与えられる年間の休日が確実に足りません」
「何⁉︎ まだ年度始めだぞ⁉︎ 」
カインが語る言葉に、イオクは机をバン! と叩きながら立ち上がって反論する。
だが、カインが持ってきた資料にはカインの言葉を肯定する事実しか書かれていない。
「昨年度から既に超過労働が進み、有給なども今年度に持ち越しになっている隊員ばかりです。出動などがなかった日なども半休として消費されていますが、艦内にいる間の休日とは別に、コロニーや地球など艦外で取得しなくてはならない休暇が一定数あります。そちらの休暇が足りず、このままではギャラルホルンが秩序を乱し、弾劾されるでしょう」
「わ、私が秩序を乱していると⁉︎ 」
「軍規に基づき、将兵との契約を照らし合わせるとそうなります。ですので、地球圏に戻ったら即時彼ら全員の休暇の申請を。これらの申請は各部署が本部に許可を取り、直筆のサインを必要としますのでヴィーンゴールヴに出頭願います。超過理由なども聞き出されるのでその用意も」
「わ、わかった……」
「資料は置いていきます。それでは失礼します」
カインは仕事を済ませてその足でシュヴァルべに乗って帰る。石動の艦に着く前に今回のことについてボヤいた。
「これで指揮官としての自覚が出るかどうかをラスタル様は見極めたいのだろうな。そして、芽が出なければ切り捨てる。……ジュリエッタの休暇を取得したんだから、それで十分か。ブラックなのはオレだけで十分だ」
カインはこの後FAカスタムの使用感などのレポートを作成して提出し、次の仕事の準備をしなければならない。休みは自由に取得できる立場だが、その休みも蝙蝠のように動いているために本当の休みはないようなものだ。
これはラスタルの駒として動くことを決心した時から覚悟していたことだが、自分の出生を知って余計に自分で動くことが多くなった。この世の中を少しでも良くするのが残された自分の役割だと強く認識してしまったためだ。
カインも疲れが溜まっている。それでもと、彼は動いた。
三百年前から取り残された彼が、この時代で居場所を作りたいかのように。