鉄血のオルフェンズ 捧ぐは愛と忠義と憐憫と   作:フラペチーノ

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36 告解

 MA騒動が終わった後の火星、アーレスで。

 

 きちんと入港許可を受けて寄港しているハーフビーク級の戦艦の前にクロウリーとジュリエッタがいた。

 

 ジュリエッタの治療が無事に済み、これから軍務を再開させても大丈夫だと軍医からも許可が出たのだ。

 

『ではすまないがジュリス二尉。先に地球圏へ戻ってくれ。私はまだ後片付けが残っている』

 

「了解致しました、クロウリー准将。……また呼び方が戻っていますね? 」

 

『アレは緊急時だったからだ。私は普段からの呼び方を変えようとは思わない』

 

「ラスタル様だけ、名前呼びなのですか? 」

 

『……そうだな。彼と同じ扱いを受けたければ私に心配をかけないように……。これは卑怯だな。MAを倒すために同行を願ったのは私なのに、それ以上を望むとは。すまない。君はよく頑張っている』

 

「結局MAを倒してしまったあなたからすれば、私は力不足でしょう。ええ、それくらいはわかっていますよ。ラスタル様に遠く及ばないことも」

 

 ジュリエッタが拗ねてしまったことでクロウリーはどうしたものかと悩む。

 

 こういう時に気の利いたことでも言えれば良いのだろうが、それが言えていたらこの関係がいつまでも続いているわけがなく。

 

 というわけで、共通の話題である軍務の話になってしまう。間違いなくヘタレだった。

 

『ラスタルはまた激務で首が回らないらしい。君が行って助けてやってくれ』

 

「あなたも戻ればその分ラスタル様が楽をできるでしょう? 」

 

『MAの最期をアリアンロッドの代表として見届けなければならない。もしもがあるからな。その証拠にクジャン公は今も消息不明だ』

 

「あの男は……。散々場を引っ掻き回したと思ったらいつの間にか消えているなんて。しかも任務も放り出して、ラスタル様には何も連絡がないだなんて」

 

『となると、また火星に攻めてくる可能性がある。それを警戒しているという意味合いもあるが、それは可能性が低いだろう。勘だが』

 

 クロウリーの勘が火星そのものに危険はないと告げている。鉄華団周りでまた騒動は起きそうだが、火星そのものに攻め込まれるとは思えなかった。

 

 それにクロウリーが残る意味はある。ギャラルホルン火星支部の被害も大きく立て直しが必要。クリュセへの説明も必要で、そのためには准将という立場は大きい。

 

 ガンダム・ゲーティアも少しの修理で問題なく使うことができる。その修理パーツは持って来ていたので既に修理済みだ。

 

『それと機体はどうする? あのレギンレイズはフレームにガタが出たとトーカ整備長が言っていたが』

 

「その整備長の提案で、とあるカスタム機を受領する手筈になりました。……ガンダム・フレームにも引けを取らない最新鋭機です」

 

『ガンダム・フレームは必要か? 』

 

「もしもの時には乗れと言ったのはあなたですが? 」

 

『今の所その予定はなくなった。ラスタルが君へあの機体を渡さなかったということから、そのカスタム機で十分だと思ったのだろう』

 

 新機体、それもジュリエッタの物ともなればラスタルの裁可がいる。火星という離れた場所にいても通信は送れる上に、実際確認は取った。許可もラスタル本人に確認を取ればいくらでもくれるだろう。

 

「ガンダム・ベリアルですか。……アレを私にはくださいません。なにせアレはカイン兄様のための機体ですから」

 

『カイン兄様、か』

 

「准将は私とカイン兄様の関係性をご存知ですか? 」

 

『……ラスタルから聞いている。同じ孤児院で育ったと。拾われる前も一緒にいたらしいな』

 

「はい。ですので、私の中で特別な人だということです。そして兄様は私よりも凄い。ラスタル様が全てを託そうとするならば、それは兄様になるでしょう」

 

 他人に、兄だということを伝えることは初めてだったジュリエッタ。

 

 それを聞いてクロウリーは自分の存在をどう伝えようかと悩んでしまう。

 

『ラスタルがどう考えているかまではわからない。まだまだ彼も現役だ。それにベリアル特務三佐は監査局。アリアンロッドの全てを知らない人間だ』

 

「おそらく、ラスタル様が情報を流していますよ。兄様は特別なんです」

 

『……ふむ。何にせよ、クジャン公の問題を片付けなければラスタルの跡を継ぐという話もないだろう。まだまだ荒れるぞ、この世界は』

 

「そうですね。私もゆっくり休んでしまったので、その分は仕事で挽回します。准将もお早いお戻りを」

 

『努力する』

 

 お互いに敬礼をして、クロウリーはジュリエッタを送り出した。

 

 この後はセブンスターズ三羽烏との面談だ。ジュリエッタやアリアンロッドの戦艦がいる間がレメゲトン・クロウリーでいなければならなかった。

 

 だがここから求められるのはカイン・ベリアルだ。

 

 マクギリス達の旗艦に向かい、指示された部屋に入る。そこには三羽烏が全員座っていた。防音措置が取られている部屋なのだろうと、クロウリーは仮面を外してカインとしての素顔を見せていた。

 

 そして唯一空いていた椅子に座った。

 

「……カイン。聞かせて頂戴。あなたがレメゲトン・クロウリー特務准将に成り代わっていることをエリオン公は知っているのね? 」

 

「勘違いなされているようなので訂正させていただきます、カルタ様。レメゲトン・クロウリーはラスタル様がオレに与えたパーソナルデータに過ぎません。元々、架空の人物ですよ」

 

「そんなはずは……。准将としての全てのデータが残ってるのよ⁉︎ それが架空の人物? 実績も士官学校の卒業記録も残っているのに⁉︎ 」

 

「はい。正確にはレメゲトン・クロウリーを名乗っていた人物は他にいました。そのデータを残し、エリオン家に仕える人間として適度な戦績と給与のみ払ったオレの隠れ蓑です。ボードウィン家のスレイプニルの艦長のように、普段任務に就いていないセブンスターズ御付きの軍人はいくらか心当たりがあるでしょう? そういった存在の一人です」

 

 カルタの質問に淡々と答える。これは元々『髭のおじさま』のパーソナルデータだ。それをカインが使い回しただけ。

 

 セブンスターズには家ごとに所持する戦力がいる。ギャラルホルンに属している者から私兵まで様々だ。それらを持っていることは公然の秘密となっており、そこに軍人としての給与が支払われていることに異論を挟む者はいない。

 

 マクギリス達も心当たりがあるからだ。

 

「じゃあ、何だ? カインはエリオン公と親しい仲だと? 宇宙演習の時からか? 」

 

「いいえ、その前からです。あの時ラスタル様は演技をされていたのでしょう。詳しくは見ていないので詳細はわかりませんが」

 

「……いつからだ? いつからエリオン家の私兵になった? カイン」

 

「最初からです。マクギリス様」

 

 ガエリオの次のマクギリスの問いにも正直に答える。クロウリーがカインだとバレた時点で隠す必要は無くなったのだ。

 

 ならば全て告解した方が時間を無駄にしないと考えただけ。

 

 そもそも本当に隠そうと思ったらもう一人影武者でも使わなければ物理的にバレるのだ。だがカインもラスタルも影武者を使うということを考えなかった。

 

 クロウリーを名乗っていた目的もほぼ完了し、ラスタルの大目標も成就する目処が立った。

 

 となればセブンスターズの中でも一大派閥であるマクギリス派閥を取り込むことを優先すべきなのだ。

 

「最初ってなると、幼年学校もエリオン公の指示で入学したってこと? 」

 

「はい。……オレは水星の近くで捨てられた孤児です。海賊に拾われ、邪魔になったようで地球に捨てられました。その時に拾ってくださったのがラスタル様です。あの方に貰った命をあの方のために使うのはおかしなことではないでしょう? 」

 

「……ジュリエッタ・ジュリス二尉もエリオン公の孤児院出身だったわね。そういう繋がりなの? 」

 

「一緒に拾われました。そしてオレ達には不思議な力があった。それはMS戦闘で活かせるとなれば、パイロットを志すのもおかしな動機ではないでしょう」

 

 さっきの衝撃的な告白からまだ立ち直っていないマクギリスの代わりに、カルタが質問する。

 

 カインが言う不思議な力というのも今なら漠然と理解できていた。アルミリアも似たような力を持ち、ハシュマルとの戦闘ではそれを実際に感じ取った。

 

 即席のチームが凄まじい連携を取り、更には感応波によって動かす特殊兵装まで使いこなす特殊能力のようなもの。それを知っていればパイロットをさせる理由にもなる。

 

「俺と仲良くなったのも、エリオン公の指示か? 」

 

「そうです。ガエリオ様。イズナリオという前例がある以上、セブンスターズがギャラルホルンにどのような不和を引き起こすかわかりません。事実、あなた方よりも歳下のクジャン公があの始末です、誰がどうなるか、オレはラスタル様の目となりました。一番警戒したのは、ファリド家」

 

「イズナリオが散々だったからな……。マクギリス? 」

 

 一向に会話に入ってこないマクギリスへ、ガエリオが確認がてら目線を向ける。話題になっているのはマクギリスの家なのに一切言葉を話さないのだ。

 

 そしてカインも。マクギリスへ強い視線を向けていた。

 

「……そうか。エリオン公が一番警戒していたのは俺だったのか。カイン? 」

 

「はい。あなたこそを、最大の宿敵と捉えました。そして、最高の同胞にもなりえると」

 

「エリオン公に最初に会ったのは……。そうだな、ヴィーンゴールヴ。俺がイズナリオに拾われた直後だった」

 

「ええ。そしてあなたはバエルが欲しいと言った。……それは今も変わりませんか? 」

 

「……エリオン公が警戒するということは、あの噂は本当だったということか? 」

 

「バエルに乗れる程度でギャラルホルン全てを統べる王にはなれませんよ。それならオレは王になっています。それにラスタル様が協力して、ヴィーンゴールヴを統べているあなたがいる時点で、あなたの目的は叶うはずだ」

 

 カインとマクギリスが話す間、ガエリオとカルタは話についていけなかった。

 

 マクギリスとは長い付き合いだが、ガンダム・バエルが欲しいなど聞いたことがなく、バエルに認められた者にギャラルホルン全てが追随するといった御伽噺がマクギリスを動かしていたと聞いても受け入れられなかった。

 

 ヴィーンゴールヴを指揮する今でも十分セブンスターズのトップだ。セブンスターズ第一席のカルタも協力するのだから、ギャラルホルンをどうこうするあれこれは揃っているのだ。

 

 そこで邪魔になるかもしれないのは宇宙を統べていると言ってもいいアリアンロッド、つまりラスタルだけだ。

 

 そのラスタルがカインを通じて協力できると要請している。

 

「カインはバエルに乗れるのか。アレの起動には阿頼耶識が必要なはず。手術をしたのか? 」

 

「いいえ。阿頼耶識によるパイロットリンクはあくまで代行パイロット選定のための予備システム。アレは基本的にはアグニカにしか動かせない専用機です」

 

「だがカインは起動したと言ったな。フッ、まさか若返ったアグニカとでも言うのか? 」

 

「あながち間違っていないというか。オレは厄災戦の生き残り、アグニカ・カイエルのクローンです。DNA情報はアグニカと変わらないので、バエルというシステムはオレをアグニカと認めるのでしょう。ただ起動できただけで動かせません。あの中にはオレを拒否する『アグニカの意志』がある」

 

「ほう? ほうほうほう! カイン、その話をもっと詳しく! 」

 

 さっきまでの絶望のような顔から一転。

 

 マクギリスは身を乗り出してお目目に星を輝かせてカインに迫っていた。

 

「いやいや、待てマクギリス! 何だか今サラッと流してはいけない情報がたくさんなかったか⁉︎ 」

 

「黙れガエリオ! バエルにはアグニカの魂が残っているのかもしれないぞ! それを聴き逃せるか! 」

 

「お前、やっぱりそれが本性だな⁉︎ 随分と猫被ってたんだな! 」

 

「アグニカの魂と呼ぶには相応しくない成り損ないのような残り香があるだけです。阿頼耶識を通じて機体に残ったナノマシンがアグニカの魂の情報を得て、成りすましているというか。アグニカの思想をコピーしたバイオ脳のようなものがエイハブ・リアクターに記憶されているだけですね」

 

「……それは残念だ」

 

「マクギリス……。カインも普通に答えるのね」

 

 マクギリスの本性を知って幼馴染二人は困惑しながらも、質問に平然と答えるカインには呆れていた。

 

 詰問の場の空気が完全に変わってしまっていた。

 

「……マクギリス、教えて。あなたはバエルを手にして、どのような世界を望んだの? ギャラルホルンをどうしたかったの? 」

 

「正しい世界を作りたかった。身分も年齢も関係なく、その個人が持つ才能を、力を。正しく評価される世界。身分による差別、横行する腐敗、特権階級の増長。これらがある限り俺やカインのような存在がいつまでも世界に使い潰される。ヒューマンデブリや少年兵も同じだな。

 

 差別と搾取が続く限り、この世界は行き詰まる。それはこの二年で特に顕著となっただろう。最初はバエルを錦の御旗に見立て、暴力が支配する世界にするために全てを破壊しようかとも考えた。……だがそれではただの暴君だ。俺の目指したアグニカ・カイエルとは全く異なる姿だろう」

 

「おい。今すっごく物騒な話が出たぞ? 」

 

「ガエリオ坊や、お黙り。その考えを破棄したのなら意味のない仮定よ」

 

 カルタがマクギリスのことを知ろうと聞けば、スラスラと回答が出てくる。その内容はカインも聞いていたものだ。だから口を挟まなかった。

 

 幼少期のようにバエルの威光を利用した暴力的な考えであればカインが排除しただろう。だが徐々に思想を変化させて、マクギリスの思想は固まった。

 

 その変化で大きな要因は、アルミリアだとカインは考える。

 

 マクギリスが本当にアルミリアを愛しているのだとわかってから、マクギリスの棘が抜けたのだ。それを感じ取ってからカインはマクギリスをあまり警戒しなくなった。それからの行動はラスタルに反発するようなものではなかったからだ。

 

 それを言語化してラスタルに説明するのは大変だった。だがラスタルもカインを信用しているようでその説明を信じた。

 

 だから二人が警戒するようになったのはイズナリオやイオク、その他のセブンスターズにギャラルホルンでも上位に来る良家となった。その調査対象が多くて難航したが、そこはカインの監査局での肩書きから何とか調べられた。

 ほぼほぼ調べ終わった頃に、このMA騒動だ。

 

 ラスタルもイオクが成長することを一応願っていたが、その願いは霧散した。

 

 マクギリスにとってのアルミリアが、イオクにはいなかった。それだけの話だ。

 

「カイン。エリオン公のしようとしている革命の内容は? 」

 

「セブンスターズ及び、いわゆる貴族制の廃止。特権階級を全て廃し、ギャラルホルンの清浄化を考えています」

 

「なるほど。……俺は彼の手の上で踊っていただけか」

 

「まさか。本当に踊っていただけならば、あなたはアリアンロッドを仕向けられていますよ」

 

「それは怖い。宇宙演習でカインに牽引された並にな」

 

「妥協点は見付かったでしょう? そして、理想の世界の目安も」

 

「アリアンロッド総司令が味方だと随分と簡単そうだ。それにここには他にも力を貸してくれる友がいる」

 

 マクギリスはカルタとガエリオを見る。

 

 カルタは悠然と頷き、ガエリオは呆れたように頷いた。

 

「いいわよ。手を貸してあげる。散々手助けしてもらってたし」

 

「はぁ。わかったよ。……出身でその人物を測るというのはギャラルホルンの悪しき風習だ。それのせいでアインも苦しんだ。俺も、こんな間違った組織は直したいと思ってたんだ」

 

「──二人とも、ありがとう。カインも手伝ってくれるな? 」

 

「手伝いますよ。オレもジュリエッタを悪く言うこの体制は嫌いなので」

 

「そこは自分じゃなくて彼女のことなのかよ……。というか、宇宙演習といいアルミリアの婚約パーティーといい、お前らはどんだけ俺達を化かしてたんだ……。いや、シュヴァルべの一件とかはあからさまだったか? でもカルタも肩入れしたせいで判断材料に欠けたなあ」

 

「私のせいだって言いたいの⁉︎ ガエリオ坊や! 」

 

「いい加減いい歳になったんだから、そのガエリオ坊やって呼ぶのやめろよ! 」

 

「アンタ、子供の頃から何も変わってないじゃない! 」

 

「どこが⁉︎ めちゃくちゃ変わっただろ! 」

 

 わーぎゃー言い合うカルタとガエリオの様子を微笑ましく見るカインとマクギリス。

 

 この二人は本当に変わらないと、思った。

 

 全てが上手く回り出したと思った頃。マクギリス宛に通信が届く。石動からだった。

 

「何かあったのか? 」

 

「それが、鉄華団のオルガ・イツカが確認したいことがあると。テイワズの輸送部門であるタービンズにアリアンロッドのガサ入れが行われたので、カイン特務三佐に確認してほしいと通信が入りました」

 

「鉄華団との関係は維持したい。カイン、アリアンロッドの予定は? 」

 

「火星に来る前までにそんな調査の予定は入っていませんでした。そもそもタービンズを違法組織として摘発すれば、コロニーの運営のために必須なヘリウムガスの供給が滞りますが……? 」

 

 それがわかっていないラスタルではない。

 

 それこそ禁止兵器でも運んでいない限り、タービンズを摘発する理由がないのだ。MSやMWやその他の武器弾薬を運んでいようが、そんなものは圏外圏で運送業をする上で必須のもの。

 

 核爆弾などを運んでいれば摘発されてもおかしくはないが、ヘリウムガスに、今やハーフメタルまで運んでいるタービンズ及びテイワズがそんな危険を犯す理由がないのだ。利益は十二分にある。

 

 ギャラルホルンに戦争を吹っ掛ける。もしくはそれに準ずることでも考えていない限りタービンズがアリアンロッドに敵視される理由がない。

 

 カインは非常に。非常に悪い予感が脳内で警鐘を鳴らす。

 

 愚者は時に想定外の出来事を引き起こすから、愚者と呼ばれるのだ。

 


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