鉄血のオルフェンズ 捧ぐは愛と忠義と憐憫と   作:フラペチーノ

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37 無知の罪科・1

 イオクは火星の一件の後、木星方面にあるジャスレイの拠点の一つに身を寄せていた。

 

 MAが起動して部下をやられてイオクは自分の戦艦に撤退。その後火星でのゴタゴタの間にジャスレイの拠点まで逃げることができていた。

 

 イオクはラスタルの命令に逆らった挙句、部下を死なせたのだ。地球圏におめおめと逃げることは叶わず、家出をした子供のように実家以外の場所へ逃げ込んでいた。

 

 ジャスレイとしても、MAの性能が予想以上でまさかMS七機があっという間にやられてしまうほどのものだとは思っていなかったのだ。厄災戦でかなりの被害が出たことは知っていても、それを成したMAを過小評価していたと言える。

 

 なにせギャラルホルンでもない限り、MAを倒したガンダム・フレームですらちょっとレアで特殊なMSくらいの認識でしかないのだ。ギャラルホルンが新造したMS以外はほぼ全て厄災戦のフレームを再利用した物。

 

 厄災戦で使っていた物程度は今の時代にも溢れかえっているのだ。

 

 そしてそんな驚異のMAを鉄華団が手にしたと思い込んでいる二人。

 

 MAが自律兵器だという事実を知る者が、この場にはいないのである。

 

 MAが火星をうろついていたのも、イオクを倒すためだと思い込んでいる本人。もしくは試運転をしていたのだろうとしか思っていない。何故か火星でガンダム・ゲーティアとジュリエッタの乗るレギンレイズを見ていたので、アリアンロッドの二人を倒すために暴れたのだろうと考えていた。

 

 確かにイオク視点では鉄華団とマクギリス一派が手を組んでいて、MAが起動。MAはイオクの部隊を壊滅させ、()()()()()()()()()()()()イオクだけを取り逃した。そのイオクが決死の一撃を与えたら援軍で来た同じ所属であるアリアンロッドのクロウリーとジュリエッタを襲った。

 

 まるでアリアンロッドを壊滅させようという動きだが、当然のことながらMAを止めようとしていた側に鉄華団やマクギリス達がいる。その姿を見ていないだけで。

 

 しかも火星のゴタゴタのせいでイオクもジャスレイも今の火星の状況は掴めていなかった。鉄華団の粗を探そうと高い金を払って送っていたジャスレイの密偵はMA騒動でイオクが火星に来るということで撤退させていた。

 

 イオクの手の者も今は戦艦ごとジャスレイの拠点に身を寄せている。つまり彼らは今火星の状況を知る術がなかった。

 

 マクマードなどテイワズの一部は鉄華団やタービンズを通して状況を把握しているが、その者達がジャスレイに情報を流す理由もない。

 

 だから勘違いが更に続いていく。

 

「鉄華団がMAという戦力を手にしても、それだけじゃ奴らはただの犬です。マクギリス一派や奴らの首輪を持っている連中がいなければまともに戦う脳もないガキどもの集まりなんですから」

 

「マクギリス以外にもそういう連中がいると? 」

 

「ええ。鉄華団はテイワズの、正確にはタービンズの下部組織です。そのタービンズさえ潰せば、MAを扱えるのはマクギリス一派だけ。タービンズは間も無くマクギリス一派に加わるでしょう。ですが、今は分断している。このチャンスを逃せば後々面倒になります。タービンズも武闘派の組織なので」

 

 ジャスレイはMAの危険性を理解しても、せめて自分の目的だけは果たそうとイオクを利用しようと思っていた。MAが厄災戦の時の敵だと知っているので、ギャラルホルンがどうにかするだろうと楽観視して、目障りなタービンズを排除することを優先する。

 

 そのためにとある資料をまた用意する。

 

「タービンズが新造している兵器の名前がわかりました。ダインスレイヴ、というらしいです」

 

「ダインスレイヴ⁉︎ ギャラルホルンが禁止した兵器ではないか! 」

 

「そうなのですか? 何しろこちらには資料がなくて、どうやら弾頭だということはわかっているんですが……」

 

 写っているのは細長い槍のような形状ではなく、まさしく弾頭という名前が相応しい形状だ。大きくなったピストルの弾に似ている。

 

 その形状の差はテイワズで開発したダインスレイヴがあくまでガンダム・フラウロスが使うための通常弾頭であって、ギャラルホルンが禁止するダインスレイヴとはまた別物であるからだ。

 

 イオクもその差はどういうことかと疑問に思ったが、ダインスレイヴという名前だけで判断した。

 

「これが本当ならば、タービンズは違法組織となる。そしてタービンズに繋がる鉄華団も同罪だ! これなら大手を振るって摘発できる! 」

 

「そうですか。情報提供した甲斐があった。身内に危ない組織がいたらこっちも危なくなります。あなたに相談できて良かった」

 

「こちらこそ例を言う。……しかし、ダインスレイヴを撃ち込まれたらこちらもタダでは済まない。目には目を、歯には歯を! こちらもダインスレイヴを用意して徹底的に潰そう! 」

 

 そうしてイオクは地球圏に残してきた動かせる戦力を総動員して第四倉庫からダインスレイヴとそれを運用するための付属品を取り寄せる。

 

 ジャスレイもタービンズの最後を見るために同行する。

 

 この頃、ラスタルは通常業務で月と地球から離れていて、マクギリス達も火星の復興や説明、三日月の容態などもあって火星から動けずイオクの様子など確認していなかった。

 

 タービンズの拠点の一斉捜査が始まる。

 

────

 

 カインは即座にアリアンロッドの権限を使って情報を精査し、ラスタルに確認のための通信を行なっていた。

 

 ラスタルも一度、MAの事後処理で火星に残っているカインの状況を把握していたのでカインから連絡が来るのはおかしくはないとすぐに受け取っていた。

 

「ラスタル様は今どちらに? 」

 

「月とは少し離れた、クジャン家保有のコロニー群だ。イオクが行方不明となればこちらに来るだろうと網を張っていたのだが、外れてしまってな」

 

「まさかラスタル様が不在中に禁止兵器倉庫群からダインスレイヴを持ち出すとは……。しかも一企業を潰すためにかなりの数を持ち出すなんて予想できません」

 

「タービンズは武闘派とは聞くが、アレが必要だとは全く思わないな。命中率も低く、資源衛星やコロニーに当たってみろ。決定的な被害が出て二次災害が出かねん。核のように環境問題にはならないが、やり方次第では環境被害も起こせる。そして高威力過ぎて地表などが簡単に割れるからな。味方も巻き込みかねんのに、それを持ち出すとは」

 

 その威力から、基本当たったらMSだろうが戦艦だろうが落ちる。そして宇宙では何かに当たらない限りずっと弾頭は突き進む。その先に無関係な宇宙船やコロニー、資源衛星があれば簡単に穴が空き、爆散するだろう。

 

 それほどの危ない兵器を、ギャラルホルンの優位性を保つためという裏の理由があったとしても持ち出すとは愚かとしか言いようがない。

 

 一つのコロニーには百万人以上が住んでいる。外壁に穴が開けばその人員の八割以上が死にかねない。

 

 そうした被害を出すことを恐れて禁止兵器にした代物を、民間企業を潰すために持ち出すというのはギャラルホルンに属する者として有り得ないことだ。

 

「そちらの情勢は? 」

 

「マクギリスが矢面に立って火星へ説明をしています。そして我々准将全員が立会いの元MAハシュマルを解体、コアユニットを徹底的に破壊しました。マクギリス達はまだ火星に残って説明を続けるそうです。火星支部や火星の農業プラントが焼かれたことで死者が多数。責任の所在や賠償問題などを取り纏めています。もちろんこちらからもイオクのことを隠蔽するようなことはしていません」

 

「それでいい。MAの解体が終わったなら、すぐに動けるな? 」

 

「いつでも」

 

 アリアンロッドのクロウリー准将としての仕事は終わりだ。ここからはカインとして動ける。監査局の権限でイオクを捕らえることも可能だ。

 

「これ以上火種を増やすわけにもいかん。イオクに追い付き、奴を止めろ。火星からの方が近いだろう? 」

 

「火星と木星の間のようです。鉄華団に問い合わせたところ、既にいくつかの事業所を摘発されていて、今はタービンズ全員で集結して逃げているそうです」

 

「マズイな……。ダインスレイヴで一掃される可能性がある。カイン、ゲーティアの修理状況は? 」

 

「ヤマジン整備長が終わらせてくれました。アサルトビットも限界量を搭載済みです」

 

「負担をかけてすまん。お前しか頼れない。イオク・クジャンを捕らえよ」

 

「はっ」

 

 ラスタルと通信を切った後、カインが向かったのは鉄華団の本部だ。クロウリーの格好をして向かったために鉄華団の団員には白い目で見られていた。

 

 カイン=クロウリーだと知っているのはマクギリス、ガエリオ、カルタ、石動に鉄華団だけだ。他のギャラルホルンには伝えておらず、クロウリー准将が今回の騒動を丸く収めるために残っていると思われている。

 

 そのため鉄華団本部で案内をしてくれたビスケットに変な顔をされた。

 

「まだその仮面をしていたんですね」

 

『誰の目があるかわからないからな。ここにいるのはクロウリー准将でなくてはならない』

 

「ギャラルホルンも大変だ」

 

『生きていくのはどこでも誰でも大変だとも』

 

 ビスケットの案内で団長室に着くと、そこにはユージンやシノ、明弘がオルガを説得していた。

 

 オルガは名瀬に助けに来るなと告げていたが、鉄華団は全員がタービンズに世話になっていたのだ。ただフラウロスの宇宙慣熟訓練に出ていたところ()()()()()()()()()()()()助けただけだというシナリオで通すらしい。

 これにはビスケットも、今来たカインも納得していた。

 

「すまないが、力を貸してほしい。オレ一人では取り零す命があるだろう。だが君達が来てくれればどうにかできるかもしれない」

 

「あったりまえだろ! タービンズを助けるんだったらなんだってしてやる! 」

 

「お前一人で背負ってんじゃねえよ、オルガ。たまには副団長の俺も頼れ」

 

「そうそう。相談役の俺だからこそ回せる手もある。タービンズはクーデリアさんの護衛の時から助けてくれた、一番お世話になっている企業だ。そこが困ってる時に何もしなかったら俺達鉄華団の信用が落ちる。そういう経営事情からしても、介入すべき案件だよ」

 

 カイン、シノ、ユージン、ビスケットがそれぞれ主張する。明弘も言いたいことは言われたのか力強く頷くだけだったが、意思は固いらしい。

 

「お前ら……。カイン、さんも」

 

「カインで構わない。……頼んでおいて悪いが、戦場にはダインスレイヴが出てくる。フラウロスにも搭載された高火力レールガンだ。当たればMSも戦艦も一撃で沈む。……そんな戦場へ君達は来られるか? 」

 

「くどいぜ!むしろ俺の流星号が撃ち返してやる! 」

 

「危険なら尚更俺達が身体を張らなきゃならねえ。ラフタ達だけじゃ限界があるはずだ」

 

「自分達が危険だから行かないなんてことはないですよ。それにオルガの隣はいつだって危険ですし」

 

 全員すべきことを固めていた。その様子を見て、オルガがテイワズ式のお辞儀をした。

 

「すまねえ、お前ら! 兄貴達を頼む! 」

 

「任せろ! 」

 

「オルガ、『夜明けの地平線団』からかっぱらった戦艦一隻借りるぜ。ダンテとチャドも護衛として連れていく。俺とビスケットが保護してくるからお前はこっちを頼むぜ」

 

「ライドも行くと聞かなくてな。クタンで先行部隊に入れる。あー、カインさんも乗っていくか?あと一機くらいなら積めるはずだ」

 

「助かる。すぐに行動しよう」

 

 彼らはすぐに共同宇宙港に上がり、クタンは戦場へひた走る。

 

 その後を追うように、エイハブ・リアクターを偽装した戦艦が出発した。

 

 クタンは燃料を気にすることなく最大出力で吹っ飛ばした。悪魔三機と、産みの親と育ての親を持つ黄色い獅電が恩人を守るために、間に合えと焦りながら拳に力を入れる。

 

────

 

 タービンズは戦力を二つに分けていた。一つは名瀬とアミダだけの囮部隊。もう一つは非戦闘員を乗せた避難船の護衛だ。守るべき人間が多かったので戦力比を偏らせるのは当然のことだった。

 

 ある程度避難したところで、名瀬はアリアンロッド艦隊に降伏宣言を送る。だが、それをイオクは一蹴した。ここで確実にタービンズを倒さなければ鉄華団が増長するとジャスレイに言われたからだ。

 

 何も返答がなかったことでハンマーヘッドのブリッジで名瀬がコンソールを叩く。

 

「クソ! 降伏宣言を受けねえだと⁉︎ しかもあんな悪趣味な金色の戦艦、見間違えるはずもねえ! やっぱりテメエだったか、ジャスレイ! 」

 

「名瀬、変な装備をしたグレイズが並んでる! おそらく拠点を破壊した新兵器だ! 」

 

「アミダ、無理するんじゃねえぞ! 」

 

 アミダが専用の辟邪に乗って先行する。あまりにも多勢に無勢だったが、名瀬を一人で撃沈させるわけには行かなかった。隠し拠点としていた資源衛星をダインスレイヴによって追い出されたのだ。そんな兵器を使ってくる連中に戦艦一隻で向かうよりはMSもあった方が良いと判断した。

 

 もっとも、一番の理由は愛した男を死なせたくないからだ。

 

 その名瀬達の様子を見て、たった一機のMSと戦艦ならばいつでも落とせると思い、イオクはダインスレイヴ隊の標的を逃げようとしている艦隊へ向けた。

 

「一人たりとも逃さん! ダインスレイヴ隊、標準敵後方艦隊! 撃てえ! 」

 

 イオクの号令に十を超えるダインスレイヴが放たれる。ダインスレイヴの軌道を邪魔するものはいない。確実に撃沈したと、イオクが口角を上げた瞬間だった。

 

 戦場で何かが光り、いつまで経っても戦艦が爆発しない。艦隊は一つ残らず、相変わらず逃げ続けていた。

 

「ええい、外したのか⁉︎ いくら直前で目標を変えたとはいえ……! 次弾装填用意! 一番から四番は正面の戦艦とMSを目標に、残りは今度こそ後方の艦隊を撃ち落とせ! 」

 

 イオクが命令した頃、ダインスレイヴ隊の八から十番が何かの攻撃を受けて損傷した。八と九に至っては完全な撃破判定だった。明灰色をした特殊なグレイズは、仕事も完遂できずに散ることとなった。

 

「な、何が⁉︎ 」

 

「いよっしゃ! 当たったぜ! 」

 

「シノ、このままあの色違いをぶっ倒すぞ! 」

 

「任せろ! 」

 

「明弘⁉︎ シノにライドまで⁉︎ 」

 

「ラフタさんアジーさん、助けに来ました! 後、そこの人も味方なんで! 」

 

 シノと明弘が放った長距離射撃で、まともに動けなかったダインスレイヴ隊のグレイズが狙撃されていた。シノに至ってはダインスレイヴ弾頭を使ったので敵が爆散していた。

 

 突っ込む二人に少し遅れてライドも向かう。

 

 一方カインは、戦場には着いたものの最初の一撃でかなり消耗したためにそこに浮かんでいるだけだった。

 

「そこのアンタ、大丈夫? 」

 

「……いま、話しかけないでくれ。集中が途切れる」

 

「ご、ごめん。って、その声、エドモントンで会ったギャラルホルンの? 」

 

「そうだ……。民間人の護衛は任せた」

 

 アジーとラフタの問いかけにカインはゆっくりとそう答える。

 

 ダインスレイヴの横腹にアサルトビットで攻撃を与えて逸らしたのだ。そんな曲芸をやって消耗しないわけがない。

 

 カインは機体の操縦を放棄し、アサルトビットの操作にだけ集中した。感知範囲もできるだけ広げて、ダインスレイヴやその他の弾薬がタービンズの避難民に当たることを避けるためだ。

 

 タービンズが経済圏やギャラルホルンに悪影響が出ることをやったかと言われればやっていない。秩序を乱すような悪事を働いたかと言われれば、それもやっていない。

 

 この摘発行為そのものが間違っているのだから、死者を被害者側に出すことそのものが間違っているのだ。

 

 そのために持てる能力を全開にして、感覚を研ぎ澄ませる。

 

 十六基もののアサルトビットが、戦場へ散らばっていった。仮初めの役職とはいえ、今のカインは圏外圏の秩序の番人たるアリアンロッドの一員なのだから。

 


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