鉄血のオルフェンズ 捧ぐは愛と忠義と憐憫と   作:フラペチーノ

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39 エピローグ0.18

 カインはヴィーンゴールヴに着いてすぐラスタルにアポイントを取っていた。極秘の話がしたいと。こんな情勢だから通信ではなく直接会って話したいと。

 

 ラスタルはそれを了承。ラスタルの執務室で会うことにしていた。もちろん誰の目にも留まらないよう人払いもしてあった。ジュリエッタも呼ばない徹底ぶりだった。セブンスターズの招集にも時間がかかるからこそ、このタイミングしかなかった。

 

 ラスタルはカインが来たということは、そして本人から会いたいと言ってきたということは特務が終わった、または失敗したということだ。

 

 どちらでもカインは答えを出したのだろうとラスタルは意を汲んだ。長年の不安だった問題が解決するなら過程などどうでもいいとさえ思っていた。カインならさほど大きな失敗はしていないだろうという信頼もあった。

 

 だからラスタルは、現れたカインに朗らかに問う。

 

「カイン、答えは出たか? 」

 

「はい。マクギリスは力による支配を求めていません。バエルはアグニカへの憧れ程度で、あの眉唾な噂は信じていません。信じても信じなくても同じです。彼はセブンスターズ過半数の賛同を得るのですから」

 

「私と協力できると踏んだのか。何もかもを暴力で否定する人間ではなかったと。私も目が濁っていたかな? 」

 

「そういう危うさは確かに幼少期にありました。やはり大きかったのはアルミリアの存在と、アグニカの救世主像が崩れたことですね」

 

「話したのか」

 

 ラスタルの言葉に頷くカイン。

 

 アグニカは今のギャラルホルンで神聖視されているが、彼は神ではない。人類の四分の一を抹殺されてしまった、ただ機械殺しが上手く自己犠牲精神の強く、少し大局が見えていただけの英雄(人間)でしかない。

 

 神聖視の原因は厄災戦を生き残った人間達が無理に持ち上げたからだろう。タブレットに残っていた記録からも、当時からそういう人間はいたのだ。

 

 MAという天使に勝てる存在は神しかいないと、そんな風潮が流れてしまった結果だろう。

 

「皮肉なものです。当時意識のなかったオレが、一番アグニカに詳しいなんて」

 

「その身体とバエル、アンドロマリウスに残ったナノマシンに適合した結果、アグニカの血を継ぐお前が唯一の生き字引になっただけだ。厄災戦の情報はとても少ない。今の世の中でアグニカを正しく理解している人間はいないからな」

 

「人間性を剥奪され、都合の良い神輿になる。時とは残酷です」

 

「だな」

 

 時間が経ってしまったことで余計に神聖視される。過去を知る術が限られているからこその現象だ。

 

 もしもカインという当時を知る人間がいなければ、この時代でもっとアグニカを崇拝する人間がいてもおかしくはなかっただろう。

 

 それほどまでに鮮烈すぎるのだ。アグニカの伝説は。

 

 その幼少期の光だったアグニカと同等になったアルミリアが凄いと言うべきか。

 

「マクギリスはこれからどうするつもりだ? 」

 

「長期的な案としては、セブンスターズの特権階級の廃止。ギャラルホルンの登用条件の見直しに、監査局の拡大。武力に寄りすぎず、情報戦に長けた部隊の構築をして、世界に正しく秩序をもたらそうとしています。力のある者は出自に関係せず出世できるような改革を為すつもりです」

 

「短期的には? 」

 

「イオク・クジャンを始めとしたギャラルホルン内の膿の切除。そして、自身の孤児であるということの公表です」

 

「自ら起爆させに行ったか。なるほど、よく分かった。では現状を考えると──私が邪魔だな? 」

 

 ラスタルはカインを通してマクギリスの状況を全て把握する。

 

 途方も無い愚者がいない限り、宇宙を動かせるラスタルだ。自分の状況を俯瞰することはわけない。

 

「イオクの責任を取れという声は必ず上がるでしょう。総司令であるのならばイオクの手綱を握らなければならないと考えるのが人情です。たとえ相手がセブンスターズで、独自裁量権があると思っている破綻者だとしても民意や一般兵は納得できません。特に、火星の民は」

 

「そのイオクがだんまりだからな。農業プラントを丸ごと焼失。しかも行動を見れば火星にいたずらに被害を出しただけだ。火星の復興を優先したら今度は禁止兵器の使用。しかも謂れもない組織を勝手にな。これでまたテイワズへ負債ができた。

 

 ……イオクの上司として、私がただいるだけで邪魔だろう。イオクを止められなかったこと。今も行方がわからないこと。これだけで今のギャラルホルンの運営に支障が出る。私が倒れたとしても、クロウリーという替え玉がいる」

 

 それにラスタルが倒れた程度で崩れる部隊ではない。確かにラスタルへ忠義を捧げている者ばかりだが、ラスタルがいないならいないなりに動ける組織となっている。

 

 そうでなければラスタルは度々地球へ降りられない。

 

「ラスタル様が対応できなかった理由は既に凶弾に倒れていたから。次の指揮権を持つクロウリーは火星から帰る途中。イオクはこの有様。こうすれば溜飲も下がるでしょう。今は言葉を発しないことこそ、すべきことです。隠遁場所は『髭のおじさま』に護衛を頼んであります。情勢も実力も心情も含めて最上の守りかと」

 

「そうか。アイツにも手を回していたのか。……撃つのがお前だとしたら、少しシナリオを変えてもらおうか。撃ったのはあくまでイオクの陣営の者。理由は適当にイオクを庇わなかったとか、火星の騒動から助けなかったからとかでいい」

 

「……よろしいのですか? 」

 

「イオクを討つ理由の足しにしろ。その後はクロウリーとしてアリアンロッドを率いろ。任せたぞ」

 

 その変更要請に、カインは頷いてすぐに協力者の石動へメールを送る。

 

 そしてラスタルを撃つための銃をラスタルへ渡す。弾丸などを確認してもらい、どういった弾丸かわかると笑ってカインへ返した。

 

「おもちゃだな」

 

「あなたを本気で撃てるとでも? あなたはオレの父です。親に実弾は撃てませんよ」

 

「偉大なる英雄と比べると、酷い父親だっただろう? 家族とも引き離して、幼少期からスパイにさせる親など親失格だと思うが? 」

 

「それを言ったら本当の父親はオレを兵器として宇宙へ送り出して、もしもの時は人類のアダムとイブにするつもりでしたよ? 護衛も付けてくれませんでした」

 

「護衛を付けたらむしろMAに襲われかねないだろう。合理的な判断だったさ」

 

「それ以外だと名前をくれただけですよ。あなたはオレとジュリエッタに苗字と家をくれた。生きる術を授けてくれた。オレ達の出自が分かっても変わらず接してくれた。オレをアグニカの代わりに据えることもできたのにしなかった。オレの好きな人を守り、育ててくれた。

 

 ですので──お父さん。ジュリエッタをオレにください」

 

 その告白に、ラスタルは破顔する。

 

 まさかこのタイミングで言われるとは思わなかった。あまりにも場違いだった。

 

「これから撃つ親に言うことか? 」

 

「はい」

 

「お前も私の息子だぞ? 」

 

「挨拶が一度で済んで楽です」

 

「ジュリエッタには気持ちを伝えていないくせに。ジュリエッタを連れて出直せ。このバカ息子」

 

「そうします」

 

 終始真顔だったのに、最後は苦笑してカインは了承の返事をする。

 

 そして部屋の外に視線を向けた後、銃を構えた。

 

「すみません、イレギュラーです。撃ちますね」

 

「ジュリエッタが来たか? 全く、あの娘の勘も大概だな」

 

「……」

 

「何でわかったって顔をしているな。お前達のような特殊な力がなくても、子供の表情を見れば言わんとしていることを察するのが親だぞ? 」

 

「御見逸れしました」

 

 頭を下げた後、すぐに左手で構えた銃の引き金を引く。

 

 ラスタルの左脇腹に突き刺さる弾丸。パァン!という音と飛び散る血飛沫。

 

 その衝撃に、ラスタルは近くにあった執務用の机へ寄りかかるように倒れて、苦悶の表情を浮かべていた。

 

 カインは銃を構えたまま、後ろから聞こえる扉の開閉音に視線を向ける。

 

 開いた扉から現れたのは同じように銃を構えて突撃してきたジュリエッタだった。

 

 ジュリエッタはこの部屋の惨状を受け入れられないようで、銃を持っていない左手で頭痛を抑えるように手を当てながらうわ言のように呟く。

 

「ら、ラスタル様……? 」

 

 ラスタルが血溜まりに沈む姿を見て。

 

 警戒はしていないものの、銃を持ったままのカインの姿を見てようやくカインを認識したようだった。

 

「か、カイン……? あなたが、あなたがラスタル様を撃ったのですか⁉︎ 」

 

「状況判断が鈍いぞ、ジュリエッタ。オレ以外の誰が、ラスタル様を撃ったという状況証拠が残っている? 」

 

「マクギリス・ファリドの狗に成り下がったというのは本当のことだったか! 」

 

 そうなるようにラスタルの命令で動いてきた。そう見えるようにマクギリスと関わってきた。だからジュリエッタの勘違いはカインの想定通りだった。

 

 その勘違いのまま、ジュリエッタに銃を向けられることも。

 

 いつかラスタルと話した、ジュリエッタと敵対するかもしれないという未来予測。それがこんな茶番で実現するなど、カインも当時から思いもしなかった。

 

「や、めろ……ジュリエッタ……」

 

 ラスタルの呟くような声。まだ脇腹に受けた衝撃が残っており、まともに声を出せていなかった。だから、そんなか細い声は頭痛に苛まれながら放ってしまったジュリエッタの弾丸によって掻き消える。

 

 それと同時に、ジュリエッタの瞳からは二人が全く見ていなかった液体が滝のように零れていた。

 

 ラスタルへ当てた場所と同じ場所に、カインも衝撃を受ける。それは間違いなく実弾で、その衝撃にカインは口の中を切って血を吐いていた。

 

(父親を撃って、最愛の人を騙し続けて……。これくらいの罰は受けないと、ジュリエッタに申し訳が立たないな……)

 

 そのまま床を転がる。それ以上ジュリエッタが撃つことはなかった。それどころか銃を持つ手は震えていて、照準も全く定まっていない。

 

 息も荒く、涙も止まらない。頭も抑えたまま、ラスタルの治療という取るべき行動も思い至っていない様子だ。

 

 ジュリエッタが困惑している間に、石動含むヴィーンゴールヴの警備隊がやってくる。

 

「……! 全員、彼女を取り押さえろ! 」

 

「この、マクギリスの狗が! 貴様らが、貴様らがカインを誑かしたのか⁉︎ 何をした⁉︎ この人にラスタル様を撃たせるなど……! 」

 

「落ち着けジュリエッタ! カインの治療が先だ! 」

 

 そう叫んだのは脇腹を撃たれたはずのラスタル。血溜まりからしっかりと二本足で立ち上がり、ジュリエッタの銃を上から取り押さえて弾が発射されないように抑え込んでいた。

 

「ら、ラスタル様……? 」

 

「お前の能力も完璧ではないな。カインも下らない煽りをしおって……。石動一尉。カインからこの後のことは聞いているな? 」

 

「はい。まさか特務三佐が撃たれるとは……。彼女には説明をしていなかったのですか? 」

 

「カインの密命については全てを伝えていない。カインをすぐに病院へ。私も担架で運ばれた方が良いか?」

 

「そうしていただけると」

 

 マクギリスの狗として有名な石動とわかり合っているように話すラスタルに、ジュリエッタは困惑を隠せない。

 

 手際よくカインとラスタルが担架に乗せられていき、ジュリエッタは叫んでしまう。

 

「ラスタル様っ、カインに撃たれたのでは⁉︎ 」

 

「暴徒鎮圧用のゴム弾に血糊を付けたおもちゃだ。私が倒れるというシナリオが必要だった。カインはマクギリスの部下の前に、私の息子だぞ? 」

 

「あ……! あああああああっ⁉︎ 」

 

 ジュリエッタは顔を蒼褪めさせてカインの担架に駆け寄る。カインも当たりどころが良かったので弾は貫通していた上に意識があった。

 

 息は荒かったが。

 

 この執務室に来るまで嫌な予感と頭痛が収まらなかった理由が全て分かって、ジュリエッタはカインに縋るように手を取っていた。

 

「か、カイン! ごめんなさい……! わ、私……! 嫌な予感がしたのに、あなたのこと、ずっと感じていたのに……! あなたがずっと、ラスタル様のために別行動を取っていたと知っていたのに……! 」

 

「オレも、黙ってたことがたくさん、ある……。お前に酷いこともしたから、おあいこだよ……」

 

「実弾で撃つようなことを、私はされていません! ダメ、死なないで……! お兄様っ! 」

 

「この程度で死ぬか、バカ。……ジュリエッタ、愛してる。だから泣き止んでくれ」

 

「「「……は? 」」」

 

 ジュリエッタ、ラスタル、石動は声を揃えてその単語を発していた。

 

 言われたジュリエッタは言葉の意味を考えて顔を青くしたり赤くしたり。

 

 聞いていたラスタルは心の中でこのタイミングで?と呆れていたし、石動も同じようにムードも何もない告白に目を逸らしていた。

 

 そんなカオスな場が出来上がった中、マクギリスが動く。

 

「ギャラルホルン全ての将兵よ。聞いてほしい。私の名前はマクギリス・ファリド。本当の名前をマクギリス・モンターク。ただのギャラルホルンの准将だ」

 

 全ギャラルホルンへ向けた演説が、始まった。

 




続きますよ?

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