鉄血のオルフェンズ 捧ぐは愛と忠義と憐憫と 作:フラペチーノ
地球近郊の宇宙で、ギャラルホルンの内ゲバとも言える決戦が始まろうとしていた。ギャラルホルン正規軍は地球を背にして陣形を構築し、イオク達反旗側は圏外圏から出てきたように戦艦を展開。
正規軍は総司令をカルタ、第二司令をガエリオとして陣形を構築していた。矢面に立っているのはアリアンロッド第一艦隊であり、カインとマクギリスがガンダム・ゲーティアとガンダム・バエルに乗って前線司令を務める。
ジュリエッタも専用のチェーンナップをされた現代の技術でガンダム・フレームに勝ろうとする傑作機レギンレイズ・ジュリアに乗って前線に立っていた。
ガエリオは予備戦力としてカルタとは別の場所でスレイプニルに乗って司令官として待機していた。カルタはグラズヘイムで指揮を執る。前線には出ずに指揮官として徹するようだ。
一方イオクは予備戦力がほとんど用意できなかった。戦力差が激しく、虎の子のダインスレイヴは初手で放とうと思えばバレて避けられる可能性が高い。それにダインスレイヴとはいえ必殺の兵器ではなく、過剰な弾幕を放たれれば迎撃されることもある。
MAにはそうやって防がれたという記録もあるのだ。イオクは知らないが。
イオクは自分が乗る機体や虎の子の兵器だけを予備戦力として、それ以外は全部展開することにしていた。戦力で劣る分、食料や弾薬の問題からも短期決戦を仕掛けるしかないのだ。
イオク派閥は今や世界の敵で、彼らに物資を融通してくれる組織は少ない。食料や弾薬といった消耗品はギャラルホルンに切られた貴族達が用意した物で全てだ。それ以上は用意するアテもなく、この一戦の撤退は死を意味している。
それを知っているのは融資した貴族達や第二艦隊でも上位の一部だけだ。イオクはもちろん、一般兵や雇った海賊達も知らない事実。それがあるからこそ一部はこの戦いに賭ける意気込みが桁違いだった。
勝てば官軍という言葉があるように自分達の正しさを証明するためにイオクの艦隊はやる気だけは高い。追放された者達も負ければどの道処刑が待っているだろうと思っているので全ての資産をイオクに賭けた。
負ければ全てを失うのは戦の常。万が一負けそうになっても撤退して次の機会に備えれば良いと思っている者もいるが、その次が存在しないとわかっている者は躍起になっていた。
撤退した上での餓死という惨めな死を選ぶくらいならここで戦死しようと、事情がわかっている者はある意味潔い決意を固めていた。
開戦は世界時計で時刻を指定していた。その前から攻撃を始めればそれは相手に付け入る隙を与えることになるのでそこは両軍とも律儀に守った。
これは世界に正しさを示す戦いなのだ。そこでズルをすればその後の経済圏との共同統治に悪影響を及ぼす。後々に禍根を残さないためにも、そこは断固として死守した。
そして世界時計が十二時を示した瞬間。
ギャラルホルン最大の戦火が、幕を開いた。
艦砲射撃から始まり、すぐにMS戦へと移行していった。MS同士の衝突は、いささか予想通りに推移する。
ギャラルホルン本隊の練度が高すぎるのだ。いくら海賊が百戦錬磨でヒューマンデブリが阿頼耶識を搭載していても、それらを二年間鎮圧してきたギャラルホルンだ。二年前のように困惑してやられるような無様な様子を見せることはなかった。
阿頼耶識のデータも集まり、仮想敵を阿頼耶識搭載MSとしたシミュレーターも開発したためにヒューマンデブリが相手でも問題なく迎撃していった。
その様子に慌てるのは海賊達とイオクだ。阿頼耶識の優位性を実体験として経験している者からすればギャラルホルンがなんてことないように対処していく様は悪夢でしかない。
「何故ああもヒューマンデブリがやられるんだ⁉︎ 機体に不備があるのか! 」
「ありません、イオク様! おそらく実力で突破しているのです! 」
「阿頼耶識とはその程度のものだったのか⁉︎ 」
イオクと似たようなやり取りを海賊の頭目やヒューマンデブリに出資した、この戦場に来ていた資産家達もしていた。戦力になるからとヒューマンデブリと乗機へ金を掛けたのに、簡単に撃破されていってはたまったものではないのだ。
この戦いは正規軍に喧嘩を売っているのだから、勝てなくては意味がない。その頼っていた戦力の一部がアテにならないとなれば憤るのも無理はない。
ヒューマンデブリは主にアリアンロッドとカインやジュリエッタ、マクギリスに撃破されていった。彼らは阿頼耶識を用いた機動に見慣れている。しかも練度は高くなかったために対処ができていた。
阿頼耶識による機動が人体の動きに似ていて予測がしづらいとは言うものの、その阿頼耶識を用いていても技量の差はある。素人がMSを動かせるようになるとはいえ、特異な動きができるとはいえ。
戦闘経験と戦場への恐怖、戦術的な思考や共闘に関する連携などとはまた別の話だ。ナノマシンを埋め込んだからといって戦闘で万能の存在になれるわけでもない。
ヒューマンデブリの多くは年端のいかない子供だ。しかもここ二年でMSの需要が急拡大したために急いで確保した存在のため実戦経験も少ない。そんな子供がしっかりと連携をしてくる正規軍や、ギャラルホルンの中でも一騎当千を誇るエースの進撃を止められるはずがなかった。
そんな彼らに対抗できるのは歴戦の海賊達だけだ。アリアンロッド第二艦隊の残りメンバーも戦闘が優秀だった者は全てMAとの戦闘で戦死している。戦力としてアテになる者は海賊と一部の天才だけ。
正規軍は予備戦力を控えさせていたので今の戦況はまだ拮抗していた。エースが既に三人も出ているが、ガエリオや石動が控えているなどまだエース級は残っている。しかしイオク軍はダインスレイヴととある二機を除いて全戦力が出ている。
その拮抗具合に、イオクが痺れを切らす。
「ダインスレイヴ隊を発進させろ! 一気に戦況を動かす! 」
「はっ! 」
イオクの命令で一般のグレイズにカラーを変えたダインスレイヴ隊が出撃する。六発しかないダインスレイヴなので全部装弾した状態で出撃する。随伴機もなしに出るが、ダインスレイヴ隊を守護する機体も既にいない状況だ。
出撃してすぐ発射準備に移る。レールガンの発射機構を開き、グレイズのセンサーユニットも開いて目標へ照準を定める。
「目標はグラズヘイム1・2! そして中央のガンダム・バエルとガンダム・ゲーティアだ! 」
イオクの指示でダインスレイヴ隊が通信を取り合って誰がどこを狙うのか決めて目標を確定させた。
ダインスレイヴは放てばMSも貫通して一気に戦況を変えることができる貫通力と破壊力を秘めている。グラズヘイムの後ろには地球があることを気にした指示ではない。イオク達は既に勝つことしか頭にない。
禁止兵器を放った後の被害を、もしもを考える余裕などなかった。
その悪意は戦場においても強すぎた。
地上に残ったアルミリアも空を見上げ、最前線で戦っているカインとジュリエッタにもシャープに頭に響いた。
「ジュリエッタ! 」
「はい! 」
「「アサルトビット/ソードビット! 」」
カインとジュリエッタはそれぞれの機体の背面に装備されていた遠隔操作兵器を放出した。
ソードビット。アサルトビットのように弾丸を射出する兵器ではなく、それ自体が細剣のようになった一つの質量兵器となっていて、それを遠隔操作で突き刺すことで目標を撃破することを目的としたジュリエッタ専用の兵装だ。
二つのビットがダインスレイヴ隊に接近する。そして発射する前にレールガンへ弾丸が炸裂したりソードビットそのものが突き刺さることで爆発。発射機構がなくなったことでダインスレイヴはただの物質に成り下がった。
「ダインスレイヴ隊、全機中破! ダインスレイヴ、発射できませんでした⁉︎ 」
「またか⁉︎ あの時もクロウリーが戦場にいたが、まさか奴に邪魔されたのではないだろうな⁉︎ 」
イオクは珍しく正解を言い当てる。
そしてカイン達がダインスレイヴのためだけにビットを温存していたことを知っていたマクギリスは二人がビットを使用したために一つの通信をするようにカルタへ伝える。
カルタも即座に信号弾を発射。緑色の花火が四つ、地球を背景に
その意味は『雌伏の時は終わり也』。
これは正規軍にだけ伝えられた意図があるために、イオクの軍は四つの緑色の信号弾の意味がわからなかった。警戒する者はいたが、何を警戒すればいいのかわからないまま。
信号弾を確認した者達はエイハブ・リアクターに火を入れる。
「「「出番だ、
マクギリスが、ガエリオが、カインが。口を揃える。
イオクの艦隊の後ろから、鉄華団とタービンズを中心としたテイワズの武装組織の一団が一斉に姿を現した。今まではイオクの艦隊の動きを確認してエイハブ・リアクターの反応を感知されない距離を保って後ろからついてきていたのだ。
「後ろから、多数の艦隊! MSも複数出撃しています! 」
「挟撃されただと⁉︎ 」
イオク達は慌てるが、これは正規軍にとってのシナリオ通り。一応一般企業であるテイワズの参戦はギャラルホルン同士の揉め事なので難しかったが、禁止兵器を使用する悪の集団に成り下がったイオクの軍相手になら世界も納得できる。
しかもその禁止兵器たるダインスレイヴを使用されたタービンズの親元だ。一企業として世界中の企業の代表として意思を示すには条件が揃っていた。
「お前ら、これが最後の戦いだ! デケエシノギを邪魔する奴らを蹴散らすぞ! 」
「わかったよ、オルガ。アイツらをぶっ飛ばす」
オルガの声を受けて、三日月が我先にと突撃する。他の鉄華団の機体もそれに続き、挟撃戦が始まった。
「私が出る! 例の機体を後ろの部隊へ回せ! アレなら後ろの奴らを蹴散らせるはずだ! 」
部下の返事を待つこともなくイオクは出撃するためにMSデッキへ向かう。
戦力比は倍になったが、それでもイオクは諦めずに戦場へ向かう。
自分だけの正義を信じて。