鉄血のオルフェンズ 捧ぐは愛と忠義と憐憫と 作:フラペチーノ
素材集まんねえよ……。
カインはマクギリスと契約を結んでから、放課後に一緒にいることが多くなった。
大抵の場合はガエリオとカルタもいるのだが、時たまマクギリスと二人だけの時がある。そういった時は未来に向けての打ち合わせが多かった。
幼年学校の中でもできる限り人目のないところへ行き、そして聞かれても大丈夫な会話をするように心掛けてはいた。たまには危ない発言も出てしまうが。
「やっぱり同志は必要だよ。たった二人じゃ手が足りない」
「それはそうだ。MSを使うにしても、整備士がいなければ運用に困る。武器弾薬の確保も必要だろう」
「弾薬とかはほら。海賊とか倒して押収品をどこかに一纏めにしておいて、後で回収したりすればいいんじゃないか? 馬鹿正直に全部をギャラルホルンに渡す必要もないし、工場を抑えるのは大変だよね? 」
「そうだな……。では俺の方でペーパーカンパニーを作っておこう。そこに集めた弾薬などを隠しておけばいい」
ギャラルホルンを改革するにしても、力は必要だとカインとマクギリスは共通の認識を持っていた。力がなければ訴えも通らない、ただの弱者の嘆きになってしまう。
意見を述べるにしても、それをまず述べられる立場。そして説得力を持たせられるような実績。いざという時に動ける戦力が必要だった。
そのために今からできること、できないこと。準備しておいた方が良いことなどをリストアップしていた。
二人集まれば文殊の知恵、ではないが片方に欠けている視線を補えるのでこのディスカッションはマクギリスの改革について具体性が増していった。
「集めるのは早い方が良いけど……。幼年学校で優秀な人が一番身近かな? 」
「いや、それは早計だ。カインは特殊パターン、こんな幼少期から優秀な人間なんて英才教育を受けたか、俺達のような過酷な生活を受けたか。その程度だ。幼年学校の最上級生、もしくは士官学校に入ってからでも遅くはない。まずは名声稼ぎだ」
「じゃあ当分は表向き凄い所を見せて注目を浴びておけばいいってこと? 」
「そんな所だ。特に今の年代では深く物事を考えられないだろう。俺達の理想を理解できるかどうかもわからない」
軍事学校とはいえ、通っている人間はまだ幼い。この段階から同志を増やすのではなく、羨望を集めて信望者を作り、そこから選別する方が良いとマクギリスは判断した。
この幼年学校から先へ進むたびに、この場にいた者は目となり耳となり、口となる。知らずのうちにマクギリスを褒める宣伝塔になる。それを見越してマクギリスは幼年学校で伝説となるべく様々な記録を塗り立てていった。
カインはそのフォローだ。カインが目立ってしまっては本末転倒で、他のセブンスターズも圧倒する素晴らしい人という印象を与えるための、黒子。それがカインの役割。
ラスタルからもマクギリスからも手を抜けと命令されているので、どっちも同じことを言う分には楽だった。カインの年齢のことを考慮すれば、マクギリスやガエリオ達に及ばないことこそ正しい姿なのだから。
「セブンスターズが繁栄した最大の理由は三百年前の厄災戦でガンダム・フレームを駆りアグニカ・カイエルと共に人類を守ったからだ。厄災戦直後はギャラルホルンも人類も秩序が残っていた。──となると、俺達もMSを、ガンダム・フレームを最大限使える程強くならなければならない」
「海賊や反逆者を倒すための力。悲しむ人を減らすための、正しい力。……一番は人類を滅ぼそうとしていたMAでもいて、それを倒せたら良い宣伝になるんだろうけど」
「MAは殲滅されたはずだ。たとえ残っていたとしても、また人類が苦境に立たされる。眠っているならそれが一番良い」
マクギリスはファリド家に秘蔵されている歴史書を読み解き、三百年前に何があったのか大まかなことを把握していた。それをカインにも伝え、どうすれば理想の世界が作れるか考え込む。
この辺りの知識について、カインはラスタルに情報の正否を問わなかった。そこで齟齬が出てしまったらマクギリスに怪しまれるからだ。セブンスターズ由来の情報をカインが別口で知っていれば、裏にいるラスタルに辿り着かれる可能性がある。
知識の調整については、カインとラスタルはうまくやっていた。ラスタル側がほぼ情報を遮断し、カインだけがラスタルへ情報を流すことで齟齬が出ないようにしていた。
あとはマクギリスから習ったことを他の人間に言わなければいいだけ。
「ガンダム・フレームもMAも、一般のギャラルホルンの隊員は知らなくて良いんだろうか? 」
「良いのさ。歴史を作り、管理する者が世界の統治者なんだ。それが今の世だとセブンスターズに当たる。……そしてその歴史を隠したということは、不都合な何かがあるはずだ。それこそが逆転の一手になるだろう」
「MAが人類を滅ぼす脅威だってことはわかったけど、ガンダム・フレームは凄いの? 七十二機でMAを殲滅したのは凄いことだろうけど、三百年前の機体でしょ? 技術は積み重ねを経て進化する。MSもそれは変わらないはず」
ギャラルホルンがMSの製造技術──正確にはエイハブ・リアクター技術──をほぼ独占しているため、発展性は少ないかもしれないが三百年前と比べて進歩しているだろうとカインは考えた。
幼年学校でもMSのシミュレーターはあるのでグレイズ・フレームの有能さは理解しているつもりだった。傑作機たる量産機。カスタムさえすれば海賊達の使うMSなどには負けないスペックを有している。
ガンダム・フレームとはそんな技術の足跡を超えるほどの代物なのかカインは純粋に疑問だったのだ。
「
「それは……出力が段違いな筈だ」
「ただ整備性と操縦性が劣悪で人を選ぶそうだ」
「それくらいの不便がなきゃ、インチキすぎるよ」
エイハブ・リアクターは機械の動力炉だ。一つだけでもMSや艦船、スペースコロニーの動力にもなっている優れもので、そのエネルギーは莫大なものだ。
それを二つ使っているのだから高性能にもなる。じゃじゃ馬にもなったようだが。
「現在ギャラルホルンが確認できているガンダム・フレームの数は二十六。セブンスターズとバエルで八だが、それ以外はギャラルホルン外で運用されている機体もある。ギャラルホルンには半分以上の十八が残されているが、大半は整備もされず骨董品扱いだ」
「二十六……。勝者側だからだろうけど、それなりに残ってるな。けど今も使ってるのは海賊とか、傭兵くらい? 」
「そうだな。ギャラルホルンとしては安定性と量産性を鑑みて、新造フレームの方が良いと考えている。それに数が数だ。量産できない機体を主力にするより、カスタムもできて数を揃えられる機体の方がギャラルホルンという組織が運用する兵器としては合っている」
ガンダム・フレームなど、幼年学校では習っていない。他のフレームと、採用された機体などは教えられているが、今のギャラルホルンが教える歴史は厄災戦以降発展してきた新機体についてばかりだ。
厄災戦の時に大量生産され、今でも海賊や傭兵が再利用しているフレームや機体についても敵性戦力を知るために学んでいるが、厄災戦の英雄はアグニカ・カイエルとセブンスターズという話ばかりで活躍した機体については学ばない。
そもそもMAという単語すら、学ばないのだ。人類が脅威に晒され、それを防いで統治したのがギャラルホルンという程度の話で終わってしまうのが厄災戦について。
MAという強力な敵がいたとわからなければ、それと対になる英雄の機体についてもわかるはずがない。
「そうなんだよな……。今のギャラルホルンの任務はほとんどが暴動・内紛の鎮圧くらいで、大きな戦いも海賊退治くらいだ。凄く強い敵もいなくて、エースという存在も必要なければ量産機で十分になる」
「量産機で物足りない者にはカスタムした機体か指揮官機を与えれば終わってしまう。相手の規模と組織の形態からして、ワントップの超高性能機など過剰なだけだ。むしろ整備費の方が高くつく」
「ガンダム・フレームが使われないわけだ。それにバエルは動かせたらギャラルホルンの全権を与えられるってことは、動かせない理由があるんでしょ? 」
「ああ。必要でもなく動かせないのなら、倉庫で埃を被らせる者も多くなる。当然の帰結だ」
ガンダム・フレームが強力ながら使われない理由がわかったカイン。ガンダム・フレームが戦うべきMAもいないのだから、使わなくてもいいのだ。
それに現在のグレイズ・フレームはとても良い量産機だ。訓練用のゲイレール・フレームよりもよっぽど安心して操縦できる。そんな機体が量産されているのだから、操縦性の悪い機体は飾りになる。
「だが将来的に、カインにはガンダム・フレームに乗ってもらうぞ?整備さえできて操縦できる腕があればこれ以上ない戦力となる。俺がバエルに乗るから、ファリド家のガンダムを使うと良い」
「奪うの? 」
「そんなことをしなくても、イズナリオを引き摺り下ろせばあの家の物は全て俺の物だ。イズナリオもMSに興味などない。奪うまでもないさ」
マクギリスは養父であるイズナリオへ強い侮蔑の感情をあらわにして吐き捨てる。
イズナリオを陥れるのは計画の第一段階とも言えるだろう。マクギリスがファリド家の実権を握らなくては、理想の世界の構築など不可能だ。
イズナリオのことを思い出したのか、マクギリスは懐から懐中時計を取り出す。そして時刻を確認して、席を立ち上がった。
「すまない。あの男と会う時間に間に合わなくなる。今日はここまでだ」
「えっと、あの。頑張って? 」
「何を頑張れと言うんだ……。いや、良い。カインはまだ知らなくて良い」
「あー、うん。えっとオレはMSのシミュレーターで訓練しておくよ。また明日」
「ああ、また明日」
マクギリスは校門に来ているであろう迎えの車に乗り込むために帰っていった。これからマクギリスがされることはカインには想像も付かないが、辛いことだということはわかっている。
部屋から出てシミュレーター室へ向かう。シミュレーター室は時間が許す限り使うことができるが、あまり人気があるとは言えない。何故ならMSの性能は実機と変わらないため幼年学校の生徒では扱いが難しく、その上自習をしても成績には反映されない。
それにMWならまだ実機演習やシミュレーター練習も授業で行うが、MSは基本的に士官学校に上がってからの項目だ。セブンスターズの子息も通う学校なので名目上置いてあるが、使う者はほぼいない。
下手な者が使えば、酔ってしまって次の日からに差し障ってしまう。使うとすれば、勤勉な最上級生である九回生くらいだろう。卒業試験にMSの操縦技能は含まれていないために、無用の長物となってしまっている。
そんなMS用のシミュレーター室に着いて準備を進めていると、外から懐かしい感覚の人物が近付いていることにカインは気付く。
その人物は自動扉を潜って、室内に入ってきた。
「カインおにぃ──」
「
入ってきたジュリエッタは、面を食らっていた。ここには二人しかいないのに、初対面のフリをする必要があるのかと。
だが、ここはギャラルホルンの施設。どこから誰に何がバレるかわからない。そしてジュリエッタはともかく、カインは表向きのラスタルとの関係性を一切断ち切っている。
ジュリエッタはエリオン家が支援する孤児院出身ということを偽らずに入学している。だからこそ、カインは対応を徹底した。
ジュリエッタは最初こそ戸惑ったが、カインの目を見て合わせなくちゃいけないと察して不器用な敬礼をする。
「は、初めまして! 私は、カイン五回生の模擬戦を見て興味を持ちました! 手合わせお願いいたします! 」
「操作方法は知っているのか? 」
「はい! シミュレーターならバッチリです! 」
ジュリエッタの返答を聞いて、カインは隣のシミュレーターに座るように促す。それを見たジュリエッタは目を輝かせて隣のシミュレーターに座った。
「一度だけだぞ。……まあ、良い成績だったら次も考えなくもないが」
「頑張ります! 」
「どちらも機体はグレイズで。……酔うなよ? 」
そして始まる、久しぶりの二人のワルツ。
お互いがお互いを感じ合い、そして二年振りの手合わせだったために最高潮まで共感し合ってしまい、かなりデタラメな試合になってしまった。
シミュレーターなのにお互いが撃ったバズーカの弾を予測したように撃ち落とし、片方が近接ブレードを持てば同じように近接ブレードを出して打ち合い。
決定打が決まらないまま時間切れ。
それでは収まりがつかないとすぐに再戦。同じような試合結果をいくつか残した。
冷静になったカインが最後に試合のデータを消したが、ジュリエッタは大汗を掻いていたものの凄く満足したのかムフーと得意げな顔をしていた。
「有意義な時間だった。ありがとう。もうすぐ寮へ帰る最終バスの時間だ。……オレは毎週火曜日のこの時間なら一人でいる。暇なら来ると良い」
「わかりました! 毎週来ます! 」
カインがジュリエッタにしてあげられることはこれくらいだった。そして関係を偽った上でできる最低限の接触方法が、この模擬戦。
誰かに知られたら、ファンの子と遊びでシミュレーターをやったら腕が良かったのでそのまま訓練に付き合ってもらったとでも言うつもりだ。
セブンスターズの面々は放課後に家の用事ですぐ帰ることが多いので、バレることはないだろうとカインは勘が告げていたので信じることにした。
その勘の通り、ギャラルホルンに入隊してもジュリエッタとの逢瀬はバレることがなかった。
原作一期でガエリオがガンダム・フレームのこと知らなかったのは許さないからな……。
セブンスターズが知らなかったら誰が知ってるんだよ。