【完結】ウマ娘プリティーダービー ー夢のおわりのその先でー   作:プレリュード

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次、テイオーです。


トウカイテイオー30歳

 

 トウカイテイオーというウマ娘は才覚に溢れている。

 それはボク自身が自認していることであり、そして周囲からの評価でもある。かの三冠ウマ娘であるカイチョー、シンボリルドルフさえその才覚を認めていた。

 そしてその才能はトウカイテイオー自身の想像さえもはるかに上回っていた。

 齢30にして未だ現役で走り続けることができてしまうくらいに。

 

 

 レース直前。ゲートの中へボクは歩を進める。周囲の視線がボクへ注がれていることが否応なく意識させられた。

 当然、ボクが一番人気だ。それゆえ、観客の視線を集めるのはあたりまえ。

 そして競争相手の視線も。

 ギラついた目。勝ってみせるという闘争心が空気を伝ってビシビシと伝わってくる。ボクは真顔でそうした対抗心をそよ風のように流した。

 どれだけ熱烈な視線を受けても結果がすべて。それを知っているからボクは流せる。いつものように出走の準備をして、呼吸を整える。

 

「ゲートが開きました。各自、一斉にスタート!」

 

 出遅れずに出走。まずは様子見。先頭集団は形成するに任せる。中団よりも後方にボクは位置を取った。

 次にするのは観察。

 レースは生もの。ほんの一瞬が大きく展開を左右する。その一瞬を見逃してはいけない。

 それが「差し」で勝つボクの作戦。

 

「ここまでレース中盤。先頭集団は5番、7番、11番。続いて4番と1番、12番。その後ろに9番トウカイテイオー」

 

 周囲に目線を走らせる。追い込みをかけようとしている8番のウマ娘が視界の端に見えた。

 ここで上がられるとめんどうだ。さりげなく横にボクはずれた。すると競り合いを嫌う2番が外に動く。結果的に8番のウマ娘が進行しようとしていた先は塞がれる。

 そろそろ先頭集団が最終コーナーへ突入する。ボクの順位は現在、5位。

 仕掛けどころだ。

 右、左。競り合い、時に躱して最短ルートで先頭を目指す。

 どう避ければいいのかは経験が知っていた。競り合いにはどう勝てばいいのかは、知識で理解していた。

 その知識と経験を咄嗟に最良の形で出力をするやり方は直感が導き出せた。

 そして、出力したやり方を実現する肉体も整っている。

 4位、3位、2位。あっという間に抜き去って置いていく。

 足首が柔軟にしなり、踏み込んだ衝撃を流す。脚を前へと出す速度は順調に早くなり、風を切る肉体が加速していく。

 1位と並んだ。勝てると確信したのか口の端があがっている。競り合いに持ち込めば、年齢を重ねて肉体が衰えているだろうボクが不利だと考えたのだろうけれど。

 それで負けるなら、ボクは最強を名乗っていない。

 よく勘違いされることだが、競り合いはパワーだけで決定するわけじゃない。体格、重心、身体の柔軟さ。そういったものを込みにして決定する。

 やり方は簡単。競り合いに備えて身体が外側へ反るとき。

 その本当にわずかな時間、重心は外側に移る。

 その一瞬に身体をねじ込むだけ。

 衝突はロス。競争バとして刷り込まれた直感が咄嗟に避けることを選択する。

 それがすべてを決定する。ほんの少しだけ崩れたフォームが空気抵抗を受けることで、加速度が落ちる。

 加速度が落ちると言ったって一瞬だ。毎秒何センチの世界で加速度が変わるくらい。

 だが、一度でも落ちた加速度を元に戻すのは難しい。

 なにが起こったのかを理解したウマ娘の顔色が絶望に染まる。なにか呟いたようだったけれど、風切り音に紛れて音はボクの耳に届かない。

 でも、ボクはなんと言ったかわかった。口の形で。

 嫌だ。その一言だった。

 

「トウカイテイオー、ゴールッ! またしても一着! 彼女の辞書に衰えという文字は刻まれているのか? 齢30にして敗北を知らず! 無敗伝説に新たなページが加えられましたっ!」

 

 降り注ぐ称賛の声。テイオーコールの雨あられ。そんな中でボクは淡々とタオルで汗を拭く。

 ボクの意識はもうレースから離れている。ウィニングライブのメロディーとダンスを頭で反復していた。

 

 

 

 

「今回のレースがいかがでしたか?」

 

 取材陣の中から質疑が飛んでくる。ボクはいつものように無邪気な笑顔でそれに答える。

 みんな強い娘だったよ。でもボクは最強無敵のウマ娘、トウカイテイオーだからね! Vサインと共に答えればおおっ! と取材陣が感心したようにどよめく。

 

「じ、次回のレースの予定は?」

「あー、ごめんね。その質問、ちょっと今は答えられないかなぁ」

「なぜでしょう?」

「えっらーいオトナのツゴウ、ってヤツなのだ!」

 

 おどけで答えてみせる。取材陣に笑い声が小さく伝播する。ボクの狙ったとおりに。

 

「次に出走するレースが決まったら、またみんなを呼ぶよ。だからそれまではお楽しみに、ってことで!」

 

 それじゃあね! と言い残してボクの記者会見は幕を閉じる。

 

 

 

 楽屋。勝負服から着替えて、ようやく一息をついたところで部屋のドアが丁寧にノックされる。

 

「はいはーい。どうぞー」

「失礼するよ。久しぶりだな、テイオー」

「あっ、カイチョー!」

「もう会長ではないのだがな」

 

 目を細めてカイチョー、シンボリルドルフは微笑む。

 

「なになに? カイチョーは来てたの?」

「もちろんさ。なにせ可愛い後輩のレースだ。……もちろん、仕事でもあったがね」

 

 そう言って、カイチョーはカバンから吊り下げ名札を取り出してボクに見せた。そこにはカイチョーの名前と一緒に「ライター」、「フリーランス」という文字が踊っている。

 シンポリルドルフ。クラシック三冠バであった彼女は今、現役を退いてフリーランスでライター業を営んでいる。

 

「いけないんだー。関係者以外は立ち入り禁止なのに」

「ふふ、昔の縁があってね。だが取材はなし、という条件をつけられてしまったよ」

「じゃあ、なんでカイチョーは来たのさ?」

「愛しい後輩に直接称賛を伝えるためだよ。万夫不当。すばらしいレースだった」

 

 凛としたカイチョーに褒められると、今でもボクの背筋はピンと伸びる。背筋を思わず伸ばしてしまう雰囲気をカイチョーは持っている。

 

「しかしテイオーの活躍は止まらないな。まさかトレセン学園卒業後に実業団に入ったと思えば、現役を続けてなお勝ち続けるとは」

「ふふん。ボクは無敵のテイオー様だからね!」

「本当に君のいう通りだったよ。それが我々の想像以上だっただけだ」

 

 卒業を迎えたボクにはありとあらゆる企業から声がかかった。そしてその中でも一番の企業を選んでボクは入った。

 オトナの都合で次に出走するレースは言えない。まさしく雇い主(オトナ)の都合、というわけだ。

 

「ねえ、カイチョー」

「なにかな?」

「どうしてフリーランスのライターなんてやろうと思ったの?」

「ふむ」

 

 ちょっと考え込むカイチョー。

 

「どうしてかな?」

「だってさ。カイチョーならURAの要職にだって就けたよ」

 

 競争バとしての功績。そして生徒会長としてトレセン学園の生徒のために働いてきたという実績。

 そもそも歴代トレセン学園生徒会長も卒業後にURAなどの要職に就いているケースは多い。

 だからこそ不思議だった。どうしてカイチョーはフリーランスを選んだのか。

 

「懐かしいな。確かにURAから声がかかったよ」

「じゃあ、どうして?」

「そう、だな……。これは言葉にすると難しいんだよ、テイオー。それに私が今の君に対して口にしていいものか」

 

 珍しくカイチョーが眉間にシワを寄せている。あ、でもそれ自体は珍しくないか。生徒会長時代のカイチョーは(なんかこれ日本語ヘンかな?)よく難しいことを考えてこんでは眉間にシワを寄せていた。

 珍しいのはカイチョーが答え方に悩んでいること。

 

「うん……。うまく言えないな。ただ、組織に所属する以外のアプローチをしたい。そう私が思ったのも確かだ」

「う、ん?」

「もうひとつ別の理由もあるが。厚顔無恥。それこそ、ここで語ってみせるのは冗長だ」

 

 いまいちボクにはぴんと来なかった。

 でもあのカイチョーだ。きっとなにか深い考えがあるに違いない。

 カイチョーはなにかボクの理解できない信条に従って生きている。ボクが憧れ、追いかけたカイチョーは最強の座を退いてもカイチョーだった。

 その事実にボクはどこかほっと安心していた。

 

「そろそろ帰るよ。レース後に邪魔してしまってすまなかった」

「ううん。ゼンゼン大丈夫だよ! また来てね、カイチョー!」

「ああ。今度は仕事になるかもしれないが」

「カイチョーなら独占取材だって受けちゃうよ!」

「ははは。それは助かる」

 

 ではまた会おう。帰っていくカイチョーの背中をボクは見送る。

 瞬間。

 あの日のがリフレインした。

 カイチョーが引退を宣言した記者会見。6着という入着にすら届かなかった戦績を出したレースの後の電撃引退宣言だった。

 どこか困惑を隠しきれていない報道陣からの取材に対して粛々と答えていたカイチョー。ボクは競争バとしての最後を迎えるカイチョーから目を離すまいと記者会見の会場のいちばん後ろから一生懸命に背伸びしていた。

 その時、確かにカイチョーとボクの目が合った。

 会見をしているカイチョーとボクはとても離れている。遠くのカイチョーはボクの人差し指と同じくらいに小さい。だからそんなわけないと思われても仕方がない。

 それでもボクは錯覚じゃないと断言できる。

 だって、目があったカイチョーが少しだけ目を伏せてから頷いたから。

 あの瞬間がボクにとってカイチョーの時代が終わった瞬間だった。ボクの前にずっと立っていた最強が終わりを告げた瞬間だった。

 そしてボクはカイチョーの首肯をこう受け取った。

 

 次は君だ、テイオー。

 

 背筋が震えた。次の最強はボクだ。その事実に悦びが全身を駆け抜けた衝動だった。

 今日も勝った。この間も勝ったし、その前も勝った。

 勝って、勝って、勝ち続けて。

 最強はボクになった。

 

 トウカイテイオー、30歳。

 アスリートとしての限界を迎えてもおかしくない年齢になってなお、彼女の最強伝説に終止符は打たれない。

 未だにボクは勝ち続ける。勝つために出走し、勝利を収める。簡単な話だ。 

 たぶんボクは次も勝つ。その次も、そしてその次も。

 勝って、勝って、勝ち続けて。勝つためだけに走って、気づけばこんなところまでやってきた。

 この先にはなにがあるんだろうか。

 最近、そんなことばかり考えている。

 




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