【完結】ウマ娘プリティーダービー ー夢のおわりのその先でー   作:プレリュード

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 このナイスネイチャ、個人的にすっごく気に入ってたり。


 ともかく、今回はネイチャ回です。


カケラ

 

 

「相変わらず強いねぇ、テイオーは」

 

 トレセン学園経理課。食事を取るための談話室にはちいさな液晶テレビが置いてある。お昼のお弁当を食べながら、なにげなく点けたニュース番組では先日のレース結果が報道されていた。

 3バ身の差をつけて1着。ぶっちぎりの大勝利。

 同期の活躍というものはいつ見ても嬉しいもの。もぐもぐとアスパラガスのベーコン巻きを食べながらアタシは感心していた。

 本当にテイオーはすごい。ウマ娘の肉体は衰えるのも早いというのに、そんな衰えをものともせずに現役で走り続けている。人間のアスリートだって、30を過ぎると着実に身体が衰えを感じる時期だというのに。

 未だ現役で走り続けるテイオー。それに比べてアタシは……。

 かぶりを振って浮かびかけた考えを払う。

 今の生活にアタシは満足している。好きな人と夫婦の契りを交わして、平穏に暮らす生活。安定した職を得て、旦那と共に安定した収入を得て。福利厚生も含めて老後まで安泰であることが約束されている。

 アタシが選んだ生活。アタシが望んだ生活。

 誓って言える。この生活にアタシは満足している。文句なんてまったくない。

 けれど、ずっとアタシの中に残っているしこり。その正体が未だにわからない。

 

……わからないフリをずっとしている。

 

 

 

 トレセン学園に勤務している事務員は公務員じゃない。

 ただ、ほとんど公務員よりであることも事実。農林水産省の監督を受けて設立されている特殊法人の形態を取っているからだ。

 アタシはこれを「実質的公務員」と呼んでいる。

 そんなわけで繁忙期でもなければ、基本的にびっくりするほどホワイト。主婦と事務員の兼業だってできる。

 そしてトレーナー業を仕事とする旦那を支えることも。

 

「やほー。どう? 練習は順調?」

「順調、順調。万事恙無くって感じだよ」

「それは重畳だねえ」

「ネイチャは?」

「退勤。定時バンザイ」

「お、いいなぁ」

「繁忙期じゃないからね、今は」

 

 のんびりとトラックをアタシは眺める。体操着で顔を真っ赤にしながら疾走しているウマ娘を見ていると、あんな時代があったなー、なんて懐かしくなる。

 

「あの娘。スプリンター?」

「ああ。本人の希望が走れるならどこでもってタイプでよかったよ」

「お、そいつは本当にいい話だね」

 

 いくら望んでも脚質の相性で、出ても結果が残せないなんてことはザラにある。人気があるレースの天皇賞やジャパンカップなどに出たい、と望んでも距離適性のせいで涙を飲んだウマ娘はたくさんいる。

一番は本人の希望通りにいくことだけれど、結果が出せないとわかりきっているレースにはトレーナーとしては出せない。ここがトレーナーという仕事の難儀ところだ、と以前に彼がこぼしているのを聞いたことがある。

 

「おーい! いったん休憩。息整えろー!」

「は、はいっ。わかりました!」

 

 トレーニングを急に止めると身体に負荷がかかる。ゆっくりとペースを落としていき、呼吸を整えてからそのウマ娘はアタシたちのところまでやってきた。

 

「どう、でしたか?」

「悪くないペースだった。タイムも縮んでるし、競り合っても負けないパワーも備わってる。このペースでトレーニングは続けていくよ。それでいいか?」

「は、はい。私もそれでいいと、思います」

 

 ちょっと自信なさげな娘だ。視線がうろうろとしていて定まっていない。さっきからの会話でもう2回もアタシと目が合った。

 

「それじゃ……っと。わるい、ちょっとトレーナー室に忘れものした。取ってくる」

「あ、はい。いってらっしゃい、です」

 

 ぺこん、と彼女は丁寧な一礼。わぁ、なんていい娘。

 

「それくらいアタシが取って……ああ、行っちゃった」

 

 せっかちだなぁ。言ってくれればトレーナー室までくらいのおつかいはやってあげた。昔、さんざん入り浸った場所だ。このトラックから目をつぶっていたって行ける。

 彼が担当しているウマ娘に遠慮して、ずいぶんとトレーナー室には立ち入っていない。久しぶりに入りたかったのにな、と思うと少し残念だった。

 

「あ、あの! ナイスネイチャさん、ですよね?」

 

 普通の鹿毛と比べて赤みのある髪色で、くりっとした目のかわいらしいウマ娘。隣に座っていた彼女がおずおずとアタシに話しかけてきた。どうやらアタシの名前を知っているらしい。

 アタシの名前が知られていたのはもうだいぶ昔の話だとばかり思っていた。そもそも現役時代、アタシは奮った成績を残していない。なにせブロンズコレクターだ。これだけ時間が経ってなお、覚えてもらえていることにちょっとだけ嬉しくなる。

 

「今はもう、オフィスネイチャさんだけどね」

「おふぃす、ねいちゃあ……?」

「あー、ヘンな言い方してごめん。現役で走ってないってコト。今はトレセン学園で事務員をやってるからさ」

 

 思いっきり首をかしげられてしまった。以前にも彼から「ネイチャのギャグセンは古いしズレてる」と言われたことがあるけど(翌日のお弁当は日の丸弁当にしてやった。ささやかな復讐だ)やっぱり若い世代には通じないんだろうか。アタシも年を取ったようだ。31歳というアラサーな年齢にげんなりとする。

 

「あ、あの!」

「ほいな。なんでしょう」

「さ、サイン! いただいてもいいですか!」

「えっと、だれの? イクノ? それともマチタン? ターボとか?」

 

 あのふたりはファンが多い。クール系のイクノは女子人気も高いし、マチタンはあの天然っぷりがかわいいから、と競バファン以外からも名前を知られていた。ターボも全力全開なキャラが見ていて元気になれる、と人気がある。

 

「え、っと。そうではなくて……」

「あ、テイオーか! 今も現役で活躍してるものね」

 

 一応、連絡先は知っている。お願いしたら応えてくれるとも思う。ただ、あまりにも忙しそうなテイオーの邪魔になってしまうのもなぁ、と思うと少し気が引ける。

 けどかわいい後輩のためだ。ひと肌脱いであげようか。

 

「と、トウカイテイオーさんのもほしいですし、イクノディクタスさんやマチカネタンホイザさん、ツインターボさんのサインもほしいです、けど」

「手広くほしがるね」

「で、でも私はナイスネイチャさんのサインがほしい、です!」

「あ、アタシ?!」

「は、はいっ」

 

 一生懸命な目。他の人たちのサインがほしいけれど、アタシのはいらないって言ったら角が立つ。だから一応、もらっとこう。そんなところかな、と思っていたけれどあの目はマジだ。本気でアタシのサインをねだっている。

 遅まきながらようやくアタシは気付く。

(あんにゃろ、さてはトレーナー室に忘れものなんてしてないな?)

 この娘とアタシをふたりっきりにするために気をまわした。大方はそんなところだろう。

 

「私、ナイスネイチャさんの走りが好きなんです! レース後半になって一気に後ろからぐあーってあがってくるの、とってもかっこよくて! 子供のころにすごく興奮したんですっ! だからトレセン学園に入ろうって思って!」

「お、おおう」

「赤い流れ星がぎゅんって先頭集団に食い込んでいくみたいで素敵で! あ、だからこの髪も実はちょっとだけ赤みのある色に染めてるんです!」

 

 あー、やばい。これはホントによろしくない。

 たぶん今、アタシの顔は真っ赤だ。

 こんなにストレートにファンの好意をぶつけられるのは久しぶりすぎる。そもそも現役時代だってアタシのファンはほとんどが商店街のみんな。ファンというより、むしろ家族みたいな人たちだった。世間一般がイメージする「ファン」からぐいぐいと押された経験がアタシは少ない。慣れないことをされて、しどろもどろになってしまう。

 おずおずとして遠慮がちそうな娘だと思った。けれど、その評価は一部を訂正しよう。自分の好きなことだと、熱量が大きく跳ね上がる娘だ。

 

「だから私、差しの練習を主体にしてもらってるんです!」

 

 本当に一瞬だったと思う。アタシの顔がこわばった。

 そしてこの娘はそんなアタシの表情を見逃さなかった。上気していた熱が、すぐに冷めていく。

 

「わかって、います。スプリンターで差しの作戦は難しいって」

 

 アタシが思っていたことを見事に当ててみせた。

 短距離において有利な作戦は一般的に「逃げ」か「先行」と定石が決まっている。全体の距離の短さからスパートをかける距離も相対的に短くなり、後方から追い上げることがとても難しいためだ。

 もちろん、絶対に勝てないわけじゃない。ただ、同格と競い合う場において厳しい戦いになることはまず間違いない。

 それをこの娘は理解している。理解した上でなお、差しのスプリンターという定石破りをしようとしている。

 

「どうして差しにこだわるの?」

「憧れをあきらめたくない、です」

 

 この質問はアタシが馬鹿だった。

 気弱でもなんでもない。評価を一部訂正する、とか。なんておこがましいことをアタシは考えていたのだろう。

 この娘の中で燃え滾っているのは「自分の望んだ戦い方で勝ちたい」という純然たる闘志だ。難しいと理解していても、あえて差しのスプリンターという険しい道を選んだ。

 言葉の節々は自信なさげでも、その芯はとてもしっかりしている。アタシなんかと違って。

 

「だから、ナイスネイチャさん。私と、併走してくれませんか?」

「……参ったなぁ」

 

 競争バは引退した。だからといって完全に走ることを辞めたわけじゃない。

 適度な運動は健康にいい。だから週末にちょっとトレセン学戦の空いてるトラックを借りたりして走っていた。

 まあ、その量が世間一般に照らし合わせて「ちょっと」かどうかはさておき。あえて言い訳をするなら、一応アタシも競争バとしてGⅠを駆けたウマ娘なんだよ、とだけ。

 ともかく。

 走っていないわけじゃない。だからフォームは身体に染みついたままだし、スタミナもゼロまで落ち込んだとは思わない。

 その一方で競争はしていない。勝負のカンは絶対に鈍っている。それほどのブランクがアタシにはある。

 年齢を重ねて体力も年々目減りしていく。すでにアタシの身体は衰えが始まっている。どれだけ彼女に協力できるか。

 

「でもその言い方されたら断れないじゃん」

「そ、それじゃあ!」

「いいってさ。よかったね。ほら、ネイチャ」

 

 彼の声。同時にアタシに向かってなにかを投げて寄こした。

 取り落さないように慌ててキャッチ。

 彼が投げたのはきんちゃく袋。中身はなにか知らないけれど、この手触りと重量をアタシは覚えている。

 ジャージ。そしてシューズ。しかもアタシのもの。

 

「忘れものを持ってくるのに時間をかけすぎたよ」

 

 にやっと笑っている彼をアタシはひと睨み。この人はこうなることをわかっていた。

 でもこっそりと「ありがとね」と口の中で言った。

 持ってきてくれた忘れものは、アタシが過去に置いてきてしまった忘れものだ。

 

「知らないからね! ブランクあるし、短距離走ったことないし! ロクな練習相手にならなくっても!」

 

 それでも久しぶりに競い合って走れることにワクワクしているアタシがいることは認めないといけない。

 やっぱりアタシは引退しても根っこは競争バだった。

 





評価と感想、お待ちしております。めっちゃお待ちしてます。久々の投稿で赤バー乗りたい。
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