【完結】ウマ娘プリティーダービー ー夢のおわりのその先でー 作:プレリュード
ネイチャとテイオーがレースする話を書きたかったはずなのに、メインのところまで5話分も使ってしまった……。
長らくお待たせいたしました。ここまでお付き合いしていただいた方々はありがとうございます。ようやっとクライマックス突入です。完結までもうしばしお付き合いください。
◆
講演が無事に終わって夕暮れ。だんだんと陽が落ちて、風も心なしか冷たくなってきた。
ちゃんと講演ができただろうか。ボクは不安だった。ネイチャとの勝負がずっと頭の中の大半を占領していて、なにを話したのかだいぶあやふやだ。
そこまでまずいことは話していないはずだけど。たぶん。
とにかく、それほどにボクはネイチャとの勝負を楽しみにしていた。
ネイチャと走るのはいつぶりだろう。ちょうど、ネイチャがトレセン学園を卒業する前の有馬以来かな。昔馴染みと走れる機会とこんなところで巡り合えるなんてラッキーだ。
楽屋が今回の更衣室がわり。練習着は直前までトレーニングに参加していたおかげで持ってきている。
かつて通ったトレセン学園。ネイチャが押さえたトラックの場所は知っていた。いつもならいろんなウマ娘たちが練習に励んでいるコースも、今日はボクとネイチャの貸し切りだ。
実際、トラックに到着するとウマ娘は準備運動をしているネイチャしかいない。あとはかつてネイチャのトレーナーをしていた人だけ。
「ホントに貸し切りなんだね」
「トレセン学園事務員ですから」
「職権乱用じゃない?」
「オーディエンスが多いとテイオーは立場的にやりにくいでしょ?」
ああ、これネイチャの気遣いだったんだ。
でも、実際にそう。非公式でレースはしないでほしい、と強めに言われている。併走だから厳密にはレースじゃないよ、と主張してもあまりいい顔はされないと思う。
「オトナのしがらみってめんどくさいんだよねぇ。ありがと」
「いやいや。貸し切りにした方がいいって助言してくれたのあの人だからアタシは受け取れないお礼だよ」
「ネイチャの旦那さん?」
「そそ」
ボクの視線に気づいたようで、ネイチャの旦那さんは会釈。急いでボクも頭をさげる。
「じゃ、時間もあんまりないし始めよっか」
「そうだね」
「あなた、よろしくー!」
「了解。ホイッスルの音でスタート。それでいいか?」
「アタシはオッケー!」
「ボクもそれで大丈夫だよ」
「ならスタートラインに並んでくれ」
あなた、か。口の中に留めてボクは呟く。
別にネイチャが嘘をついているとは思っていなかったけど、本当に夫婦なんだなぁ、と改めて考えさせられた。
ネイチャとネイチャのトレーナーは現役時代から仲がよかった。だからこのふたりが結ばれていても、驚きこそすれ変だとは思わなかった。
プロポーズはどっちからなの? 聞こうとしてボクは自重した。
ネイチャの周囲がピリピリしている。視線はこれから走るトラックを睨んでブレていない。極度の集中状態だ。邪魔できない。
トラックの中をネイチャと一緒に歩く。ほどほどの距離を空けながら、スタートラインに並んだ。
短く息を吐いて、吸って。夕方の少し冷えた空気が肺腑を満たす。雑多なことを考えている頭を走ることだけに集中するように切り替えていく。
これは併走であって併走じゃない。ネイチャとボクの一騎打ちだ。真剣勝負に真剣で挑まないのは失礼。ボクも本気で挑戦するネイチャに対して受けて立たないといけない。
「それじゃ、いくぞ」
カウントダウン。ネイチャの旦那さんがホイッスルをひょいっと咥えて息を吸い込んで。
びっくりするほどあっけなく開始を告げるホイッスル。
同時にネイチャがボクを置き去りにした。
嘘!
ネイチャとボクは同じ時代を走った。だからネイチャが差しを主体としていたことをボクは知っている。
だからネイチャが逃げてくるなんて想像だにしなかった。
完全に想定外。スタートはお互いに差し狙いで並ぶものだと思い込んでいたボクは虚を突かれて出遅れてしまう。
短距離では逃げか先行が一般的。だけど、ネイチャには短距離の経験が少ない。だから慣れている差しで挑んでくる。早合点をしたボクの失態だった。
スタミナに不安がある、というのもネイチャのブラフだった。
でも、あのスピードはなんだ。しばらくレースの場に立っていなかったとは思えない。
そっか。ネイチャは本気でボクを下すつもりなんだ。
ネイチャの背中を追いかける。ボクの脚がうずうずしてきた。
差しをネイチャは選んでくる。そう読んで敢えて同じ差しでいこう。ボクはそう計画していた。
やめやめ。こんなところでちんたらしていられない。
作戦変更。
ああ、そういえばずいぶん久しぶりなんじゃないだろうか。ここのところ、差しばかり使っていたから。
トレセン学園時代。ボクが好んで使った作戦は差しじゃなかった。
ボクの最強無敵伝説。その始まりは先行だ。
速度をあげる。置いていかれこそしたものの、勝負はまだこれからだ。
ボクは勝つために走っているのだから。負けることだけは許されない。
◇
案の定、テイオーはアタシに追いついてきた。
でも序盤の駆け引きはアタシの勝ちだ。テイオーはアタシが差してくると踏んでいたし、だからテイオーも差してくると思った。逃げというアタシが選んだことさえない作戦にテイオーは戸惑った。
彼と担当の鹿毛の娘に頼んでトレーニングに付き合ってもらった甲斐があった。
テイオーの足音が聞こえる。音でどれくらい離れているか推測できる。最初の大逃げがうまくいったおかげでまだ余裕があるけど、着実にリードは縮めらている。
だからどうした。
アタシは逃げが得意じゃない。
それは脚質とかそういう問題以前の話。
後ろを振り返らず、自分を信じてひたむきにゴールを目指す。アタシは逃げという作戦をそう考えていた。
そして、自分を信じるという気質は最もアタシから縁遠いものだ。
アタシは自分に自信がない。
キラキラした主役になんて絶対になれない。そこらにいくらでもいる有象無象の庶民なアタシは脇役がいいところ。
素晴らしい素質、なんて名前はアタシに過ぎた名前だと思う。
それでもデビューから走り続けられたのは、きっとどこかでキラキラに憧れていたから。
あの有馬の日、あの瞬間。
アタシはテイオーに並んだ。アタシが望んだキラキラで主役の舞台に主役級のテイオーに並んで立つことができた。
あと少し。ほんの少しでアタシは主役になれた。
でも、アタシは諦めた。
勝てないかも、と感じてしまった。手が届きそうなところまで来ておきながら、それをやめてしまった。
今ならわかる。アタシはあの笑っているテイオーを見たとき、怖くなったんだ。
だから言い訳した。
最初から勝てる相手じゃなかった。だからこの結果は至極当然のもの。そうやって言い訳をして納得させた。
それをアタシはずっと後悔していた。
あの有馬に置いてきてしまった忘れもの。それは後悔だった。
最後まで全力を尽くして走らなきゃいけなかった。アタシは諦めちゃいけなかった。
勝負から逃げちゃいけなかった。
テイオーとの一対一。この結果がどうなってもいい。究極、負けてしまってもいいとさえ思っている。
ただ、アタシは全力で挑みたかった。あの有馬でアタシが諦めて、ずっと引きずってきた忘れものの清算がしたかった。
脇役じゃなくて、主役の輝く舞台でアタシもキラキラしたかった。
ま、こんなこと言ったけど。
「負けるつもりなんて毛頭ないんですけどね、ネイチャさんってば!」
中盤を過ぎた。さあ、
アタシはもう逃げない。あの時に諦めたものを二度と離したりなんかしない。
傷つくのを恐れるな。全力で走れ。あの日、直前で手放してしまったものを目指して。あの日の、さらにその先へ。
絶対に手を届かせてやる!
ナイスネイチャは気づいていない。
その顔が勝利を求めた獰猛な笑みを浮かべていることに。
◆
そろそろネイチャと並ぶ。
先行に途中で作戦を切り替えたボクは順調にネイチャのリードを詰めていた。
序盤の駆け引きはネイチャに軍配があがった。でもレースの勝敗を決定するのはレース開始直後の展開じゃない。
最後にいちばん早くゴールしたものが勝者だ。
ネイチャの背中がだんだんと大きくなる。開いていた距離が縮まってきた証拠だ。
そして、ついにネイチャと並んだ。
ここまで来てしまえばあとはいつも通り。競り合って一歩でも先にゴールのラインを越えればいいだけだ。
ここでネイチャを抜く。そしたらあとはウィニングランだ。
久しぶりに楽しませてもらった。ブランクがあるとは思えないほどいい勝負だったと思う。でも、これでおしまい。
ボクは勝つ。それは絶対だ。
「まだ、まだあ!」
ネイチャが吼える。速度がまたひと回りあがった。
「ここで加速?!」
でもまだ最終コーナー手前……ん?
最終コーナー、手前?
そうだ。これは短距離だ。最終直線はいつもボクが走っている中距離、長距離よりも短い。
最終コーナーに入る前からスパートに入る判断は間違っていない!
コーナーを曲がる難易度があがるだけだ。でも逆に言えば曲がり切れればいいだけ。
ネイチャは曲がる気だ。勝つための一点賭けで勝負をしている。見惚れてしまうくらい綺麗な姿勢で一切の減速をせずにコーナーへ突入した。
ボクは嗤ったんだと思う。
あれは曲がりきる。根拠はないけど確信できた。
うん、困った。あのペースでネイチャがコーナーを曲がるとなるとボクの勝ち筋が薄い。
上等!
ばちん、と横っ面を張られたような。ボクの中でなにかが破裂した。
トレーニングウェアの擦れる音。芝を踏みしめる足音。ネイチャとボクの息づかい。肉体が風を切っている音。
すべての音が消えた。
走っている。でも自分が走っているとは思えない。空の上からふわふわと見下ろしているようだ。
一種、トランス状態とでもいうのだろうか。
透明な集中だった。
未だかつてないほどに熱狂している。身体の芯がぐつぐつと煮えたぎっている。
同時にすさまじいほどの静寂だった。脳髄が凍てついたみたいに冴え渡っている。
身体が水の中で漂っているみたいだ。走れ、と命令していないのに脚は勝手に前へ進んでいる。最高効率の体勢で空気抵抗を殺している。
自然に身体が動き続けた。
今まで感じたことのない感覚だった。少しでも速く先へと走る高揚感だけがボクを支配している。
でも疑問は持たなかった。
視界に入るものはネイチャの姿。さらに遠く、ゴールのラインが空中に浮かび上がっている。
それだけ。他はなにも目に入らない。
あそこまで走れ。だれよりも早く辿り着け。
ああ、なんて楽しいんだろう! 静かな興奮がボクの中をなみなみと満たして離さない。
ずいぶんと長く忘れていた。全力で相手と競り合う歓喜を。後先なんて考えず、ただ掴みたい勝利のために無心で走り続ける快感を。
「最高だよ、ネイチャ!」
ネイチャは強い。この勝負のためにあらゆる手を用意してボクに勝ちに来ている。
そんなネイチャと勝つか負けるかのギリギリで戦っている。それがたまらなく楽しい。
楽しいレースだ。だからこそ、ボクは!
◇
◆
キラキラはアタシのものだ!
負けたくない。勝ちたいんだ!
◇
◆
きっとその先へ――!
絶対は、ボクだ――!
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