ウイニングファーム興亡記   作:おたま

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1982~1991 コラムといつか

平成3年5月 編集者 貴船絵里  

 

先週、トウカイテイオー号が皐月賞を取り見事一冠目を獲得した。

トウカイテイオー号の父であるシンボリルドルフ号も85年に皐月賞を制覇していたので、これで日本競馬初の親子二代皐月賞制覇となる。

 

素直にトウカイテイオーと簗田貴之(なやだたかゆき)騎手に最大限の賛辞を贈ろうと思う。

 

さて、件の皐月賞はトウカイテイオー(牡3、谷平(やひら))が制したが、なかなかヒヤヒヤしたレースだった。なぜならトウカイテイオーの勝利か。となった中山の直線で猛追してきた馬がいた。シャコーグレイド(牡3、鹿野(かの))である。

16番人気という評価の中大外一気にあと一歩まで肉迫した同馬の能力は遺憾なく発揮されたと言っていいだろう。

 

シャコーグレイドの父はあのミスターシービーである。

 

シンボリルドルフの息子とミスターシービーの息子が対決したのもまた、血統の運命的なものを感じる。

 

ミスターシービーとシンボリルドルフの対決は昭和60年のジャパンカップと有馬記念の2戦だけだが、その両方ともハナ差の大接戦。どちらのレースも3着に圧倒的な馬身差をつけており、今も語られる2戦である。

だが、読者は知っているだろうか。もう一つ。始まりの三冠馬同士の対決を。

 

 

 

その対決は昭和57年の8月頃であった。私、貴舟は期待の2歳馬記事の為に美浦トレーニングセンターに取材に行ったときである。

オークス馬ダイナカールや、ドウカンヤシマ。様々な素質馬を取材し、トリにミスターシービーであった。

 

ミスターシービーの追切を見てから調教師の松本氏の取材を、行おうとしようとしていたのだが、一向に始まらない。

 

松本氏とは、少し離れている吉岡(よしおか)騎手に事情を聞いたら併せ馬がいなく馬主である、〇〇〇〇(名前決めてないので後述は父とします。)氏の息子で現ウイニングファームのオーナーである、〇〇〇〇(こちらは後述を息子とします。)氏かが連れてくると言う話であった。

今では世界に轟く馬主の一人ではある息子氏だが、当時の所有馬はたったの4頭。2歳馬である2頭は栗東トレーニングセンターなので、連れてくるのは費用がかかる。なんの馬が来るのかと思っていると、来たのは話によると一歳半の少し小柄の馬であった。当時の名前で言うと、スイートルナの81、後のシンボリルドルフである。ミスターシービーも小柄ではあったが、それでも一年も差が開いてあるのでミスターシービーのほうが大きい。

 

松本氏と息子氏の会話が終わったあと、松本氏に事情を聴くと、あの馬が併せ馬であり、まだ一歳馬なのだと。一歳半なんてまだ人を乗せる練習をしているくらいなのに併せなんてして馬が壊れてしまうのではないかと心配になったが、今思えば杞憂にも程がある。

スタート地点に立った瞬間場の雰囲気を今も鮮明に思い出せる。重賞の前のような。ただの二歳馬と一歳馬が出せる雰囲気ではない。出してはいけない。

 

始まったのだ。未来の三冠馬同士の初対決。幻の一戦目。

周りを見渡すと皆が見ていた。

 

少し離れている私のところまで風が来た。

 

驚いたことがある。調教なので二頭が競りあっている時もほかの馬がいるのだが、どの馬も二頭の進路上から斜行しそれていくのだ。

最早二頭しかない。

前半はあまり本気を出さず最後の三ハロン。600mからが本気。

吉岡騎手が悠然と鞭を抜く。

見せ鞭のみではあるが、シービーの足の回転が見違えるほど早くなる。

それに合わせルドルフも合わせ加速する。

残り200m。もはやコースになにもおらず疾走するのは両頭のみ。

ルドルフも差し返すが、シービーのほうに軍配が上がる。

だが、忘れてはならない。

シービーに付いてこれるものはただ一頭もいなかった。ましてはルドルフはまだ一歳である。

ただの一歳馬が古馬ですらついてこれない素質馬に付いてこられること自体がおかしいのだ。

 

最初の一戦はシービーが勝利した。併せ馬だから勝利という言葉が正しいのかはわからない。

だがあの並走は誇りをかけた勝負であり、両頭にとっては真剣勝負そのものだっただろう。

でなければあんな光景は見られない。

 

今でもあの光景はよく覚えている。ウッドチップ場で併せが終わった後、シービーが併せ馬が終わり、息子氏の所に寄ってから帰っていった。

 

だがルドルフはその場を動かなかった。

岡安騎手が息子氏のところにルドルフを戻そうと促しているが一向に動かない。

何かを感じ取ったのか、息子氏が走ってルドルフのところに向かい、目の前についた瞬間、息子氏がとても驚いた顔をしていた。

よく見てみると変化にすぐわかった。

ルドルフの双眼から涙が流れていたのである。悔しそうに正面に息子氏を見ながら、何度も何度も前脚で地面を掻きこれでもかと行いながら、悔しそうに涙を流していた。

つい、私もそばに寄ろうと走ってしまった。

 

息子氏かルドルフの顔を抱きかかえ「強くなろう。」と何度も優しい声で語りかけていた。

 

その後の併せは牧場との話し合い上一度だけとなったそうだが、それでも両頭には同等の力を持っているライバルを認識したであろう。

今思えば、当時の古馬と両頭の能力はそこまで離れてはいなかった。だが、古馬も跳ね返す極度の負けず嫌いと闘争心が他馬にも勝てた要因だと感じた。

 

そしてこの一戦がルドルフの闘争心をあげるターニングポイントになったのかもしれない。

 

私が今この話を書いたのは私がまだ新人で、自由にコラムをあげられなかったからである。

あれからもう9年余り。今も私の心中に火が点っている。

この話が書けてよかった。この二頭のようなライバル対決をまた見てみたいものである。

 

 

 

 

 

 

この馬に出会えたのは運命だったのだろう。

突然のアポ無し突入。

若人がやるには無礼もいいところだが、正直短気な私があまり立腹しなかったのは自分でも珍しい。

いや、一歳馬を追いきってくれなんぞ言われたら怒りより呆れが先に来たと言うべきか。

次々に出てくる説得の言葉を聞き流しながら一歳馬を見つめる。

眼前の双眼はじっと私を見つめていた。

名のある騎手には運命の馬がいるという。

シンザンと栗原騎手。スピードシンボリと谷平騎手。そしてキーストンと山口騎手。

どれもその出会いは偶然であり、惹かれるように会うのだと。

一歳とは思えないほどに強靭な馬体。理性の溢れる眼。馬が乗れと話しかけてくるようであった。

 

乗った瞬間にわかる体幹の強靭さ、するべきことを理解できる知能、そしてあのミスターシービーを前にしての闘争心。

三冠の器だ。

 

以前吉岡さんにシービーのことを聞いていた。

あの馬は三冠を取れる器だと。タケシバオーの如く強いと。

少し蹄は弱いがそれこそがシービーの脚の強さの証明だと。

 

ルドルフには当たり前だが経験が足りない。

競馬をわかってもあの追込の鬼の対処がわからないだろう。

私は要らないかもしれないが、それでも私はもう一度乗りたいのだ。

できることなら共にリベンジを果たしたいと。

 

涙を流す背の上でかつての老雄の相棒が走ってくるところをただ見ていた。

 

 

 

 

 

  

 

 

松本調教師はルドルフをニジンスキーの如くと、シービーはシアトルスルーの如くと、言っていたが俺は違うと思った。

 

俺はあの馬を生で見たことがないが、それでも今のルドルフを見た瞬間に合わさったのだ。

逆に言えばあの馬と同列の馬が現れるとは思わなかったのある。

それはアメリカ三冠馬。二代目ビッグレッド。セクレタリアトだと思った。

俺はルドルフをセクレタリアトの如くと、ミスターシービーをアファームドの如くと言いたい。

 

 

負けて涙を流せる馬。勝利し覇道を阻むものとの戦いに備える馬。

 

 

この両頭が戦うところを俺は見てみたい。

 

できることなら世界を二頭で勝ち取った後に。

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