私の母は、私が物心ついた頃から少しおかしかった。
いろんなものや人に怯えていて、拠り所であるはずの家族にさえ心を開くことなく、小さく小さく、泣いていた。
それが私のせいだと気づくのは、母が亡くなった後のこと。
◆◆◆
「勝助ェ!!いい加減に起きろ!!」
町内に響き渡りそうな母の怒声で目が醒める。
なんだって朝はこんなに眠いんだ。出来ることなら昼過ぎまで寝ていたい。
重い瞼を持ち上げてなんとか身体を起こす。
いつもならもう一発怒鳴られるまで寝ているところだが、今日に限ってはそうもいかない。
今日は待ちに待った入学式だ。
「あー…いまいく…」
気持ちは前向きだが身体が睡眠を欲している。すぐに寮生活が始まるが、俺のこの寝坊癖はどうしたものか。
国立雄英高等学校。
数々のスーパーヒーローを輩出する超名門校であり、No.1ヒーロー「オールトニック」を筆頭に、現ランキングヒーローTOP10のうち実に8名が雄英高校の卒業生である。
それが彼、
「おい、寝癖ぐらい直してから行けよ。あと朝飯もちゃんと食べろ」
ぶっきらぼうに言い放つのは俺の母、兎山ルミ。
俺が生まれる直前までヒーローをしており、当時のことはあまり話さないが、調べたところ最高ランキングはNo.2、紛れもないスーパーヒーローである。
とはいえ周りからはヒーロー「ミルコ」の息子ということで囃されていたので、母が特別な人物だったと知るのに調べる必要はなかったのだが、母の輝かしい活躍に憧れていたのは間違いない。
「じゃあ行ってくる。間違って晩飯作るなよ」
「分かってるよバカ。お前こそすぐ泣いて帰ってくんなよ」
なんでも急な用事ができたからと、入学式には参加出来ないそうだ。今日はそのまま寮に入るため、これから暫くは会えなくなる。
背中を向けてはいるが、きっとちゃんと心配しているのだろう。
料理上手な母が、珍しく指に絆創膏を巻いていた。
雄英は母の母校でもある。…立派なヒーローにならねぇとな。
◆◆◆
想像よりもずっと普通な入学式も終わり、教室に向かう。
みんな目を輝かせて、自分が多くの人を助ける未来を目指している。
…私は何を期待して、この学校に来たのだろう。
わかっていた。私は彼らとは違う。私は私のためにここにいるのだ。
自分の存在価値を示すため……或いは、存在価値がないことを再確認するため。
私にとっては、ヒーローはその手段に過ぎないのだ。
「なぁお前、推薦のやつだよな」
「…それが何」
しまった。少し冷たい返しをしてしまった。
ただ初対面でお前呼ばわりする人間はどちらかと言えば嫌いだ。
黒い癖毛にピンと伸びた兎耳。…入学式の前に噂されてたのはこの男か。元プロヒーロー「ミルコ」の息子…。
「どんな個性なんだお前!いやその前に名前は!?どこ出身なんだよ、県内か?」
「待って質問が多い。…名前は
今度は敢えて突き離した言い方をする。どうにも馴れ馴れしい人は好きになれない。
「そのうちわかるんだし今教えてくれてもいいじゃんかよ…。
まあいいや、俺もお前と同じ推薦組なんだよ。宜しくな!錬磨!!」
いきなり下の名前を呼び捨てか…。推薦枠は4つだけだった筈だし、このクラスは私とコイツってことになる。
"親の七光り"が通用するほどこの学校は甘くない。それにイメージでしかないけどミルコはそういう小狡いやり方は嫌いそうだし、ちゃんと強いんだろう。
「よろしく…でもそのテンションは疲れるからやめてほしい。」
「おぉ悪いな!」
ガラガラと教室のドアが開くと、スーツ姿の男性が入ってきた。
髭は綺麗に剃っているし髪型も清潔感があるのに、何故かだらしなく見えるのは、ハの字に上がった眉と薄い垂れ目のせいだろうか。
「はい、お喋りはやめて席につけよーヒヨコども。
一応入学式でも紹介されたが、今日からこのクラスを担当する
ライブラ…天秤座?知らないヒーローだ。
出来れば抹消ヒーロー…あのオールトニックの担任を務めたというイレイザーヘッドに教わりたかったが、彼は今2年生の担任をしているらしいので仕方ない。
この学校では密度の高い教育のために3年間同じ先生が担任を務めるという。つまりライブラが私たちヒーロー科A組を一人前に育てていくわけだ。
「あーそうだな先ずは…。
お前ら知ってるか?随分期待されてんだとよ。特に今年度は現役ヒーローの親戚多いからなぁ。
ミルコの息子、セルモグラシアの娘、シンリンカムイの姪っ子にインゲニウムの娘と…こっちのクラスだけでこれだ。
ぶっちゃけそこらのヒーローより自分の方が強ぇなんて思ってる者もいるんじゃないか?」
と、言うわけで。
「俺相手に一発も攻撃当てられなかったら全員退学な」
楽しい学校生活が始まった。