思わず見とれそうになる自分を制しつつ、彼女たちへの感謝を込めて俺は…
「みんな、お疲れ!」
第二話
チチチ…チュンチュン…
枕元の置時計に目をやる。
九時をたっぷり過ぎているのを確認して心地よい布団から抜け出て、制服に着替える。
今日からしばらく、ここ鎮守府では休養日が続くので、別に私服を着用しても構わないんだけど、やはり何かあったときに即応できる服装がいい。
また、彼女たち艦娘の強大な力に頼りながら作戦を遂行している組織の一員としては、たとえ休養日でも、ある程度は緊張感をまとうべきだと思うのも理由の一つだ。
雪風からは時おり、制服では疲れを癒やせない、と言われるけれども……。
部屋の扉を閉める前に、室内を見渡す。俺の布団の隣にはスヤスヤ眠る雪風、反対側は…誰だ?
段ボール箱やガラクタで隔てられた隣の執務室で、艦娘たちと共に書類の束を片付けた昨晩。ここで眠ったのは俺と雪風だけだったはず。
布団から小さな足だけ見えてて頭は完全に隠れてる…苦しくないのか?
気になるな。
起こしてしまわないよう注意しつつ、かまくらみたいな布団をゆっくりと平らにしていくと…。
(おはよう…司令)
かまくらから現れたのは雪風と同様、昨晩のメンバーだった響の顔と、そして鈴の音を思わせる透き通った声。念話だ。
(気をつけたんだが。すまない、起こしてしまった)
(だいじょうぶ…起きてた。司令が着替えたとき)
(どっちにしろ俺かよ…でも今日から休養日だ。俺が眠ってからここに来て布団に入ったんだな? 遅くまで手伝ってくれたんだ、もう少し寝ているといい)
(でも…)
(昨晩はありがとう、助かった)
彼女の頭を撫でる。
(うん)
(おやすみ、足を冷やさないでな)
眼を閉じたのを見届けて、今度こそ廊下へ。
非番の艦娘は立ち居振舞いがとても穏やかで、彼女たちが歴戦の強者ぞろいであるという事実を忘れてしまいそうになる。まるでおとぎ話に登場する妖精みたいだ。もともと謎だらけで神秘的な存在だし。
でも忘れちゃいけない。
艦娘は、自らに乗艦した兵士たちの魂や気迫を受け継いでいる。その彼女たちにしてみれば、指揮官を見る眼は厳しいだろう。
適度に気を引きしめるか。
「おはよう!」
階段を降りて1階の大広間を通り抜けるとき、凛々しさに満ちあふれた声が。
「おはよう、木曾。元気だなぁ」
「ああ。一日の始まりだぜ、当然だろ」ニッコリ
「戦闘が終わってから、まだ一週間だぞ…今さらだけど、艦娘って本当に活発でしかも精強だよな。みんなのチカラを借りて戦える俺は運がいいよ」
「おいおい、お前はオレたちの指揮官だぜ。もっとこう、部下をグイグイ引っ張っていく気概を見せてくれよ。オレたちとの訓練時間をもっと増やして、ついてこい! てな具合にな」
「あぁ…またその話か」
今までに何度か話し合ったことがあり、お互いが納得に至るためにはもう少し時間のかかりそうな問題。
「オレは真剣に言ってるんだぜ」
じっくり話さなきゃいけない流れみたいだな。でも艦娘に対する俺の考えだって、中途半端なものじゃないんだ。
「座って話そうか」
「ああ」
大広間の一角にある扉を開けて中に入る。応接用のソファその他いろいろが置かれた大きな部屋だ。俺たちは靴を脱いで、向かい合うかたちで腰掛ける。
さてと。
俺は木曾に、艦娘をどう思っているのか、率直に伝えた。
艦娘は一騎当千の戦士集団であり頼みの綱。
新米提督の俺は彼女たちから学びたい、率いるのではなく支えたい。
かつての海軍提督、海の男たちの真似ごとができるなどとは思わないでほしい、等々……。
そして付け加える、
「俺はみんなと同じ目線に立って一緒に戦うんだ。他のトコには、艦娘を平気で酷使する連中もいるって聞いてるだろ?」
「まあ…な」
小さくなる声。俺がこの件に言及するのは意外だったか。実は知ってたよ、以前から。
よしココで一気に押すか。
「俺は絶対にあんなことしたくない。お前が言ったように艦娘をグイグイ引っ張ってた連中が今や、ああいうふうになってしまったんだぜ。あくまでも俺のやり方で、お前たちを支えさせてくれ。強大なチカラを手中にした人間ってのは、本当にヤバいんだ…まさに今の俺だよ。万能感に酔い痴れた挙げ句、下手すりゃヒトとしての感情を忘れてしまう危険だってあるんだ…。もちろん助言してくれる木曾の気持ちは嬉しいさ。
でもお前やみんなとの関係をヤバくしそうなものは、何であろうと全力排除だ。お願いだよ、これからも今まで通り俺と一緒に戦ってくれ」
「……本気なんだな」
「もちろんだ。そのためにここにいる」
じっとこちらを見つめる木曾の隻眼。
声も凛々しいが目も負けちゃいないな。やばい見とれてしまいそうだ。
「言い出したら聞かない奴だな、お前は」
「頑固なだけじゃないぞ、みんなへの気持ちだって本気だからな」
「わかってるさ。お前が後任の提督としてここに来てから二年、ずっと見てたんだ。オレの目は節穴じゃねぇぞ」
「でもなかなか納得してくれないじゃないか」
「したよ。たった今な。お前のような子どもは、あれこれ言うよりも黙って見守ってやるほうがいいのかもな」
子どもって…31歳なんだが。しかも今年で32、数え年なら33歳だぞ。大正生まれの彼女にしてみれば、そう思うのが自然なのかな。パッと見、俺より一回り以上は年下の女性に言われるとスゲー違和感だ。
「やれやれ…毎日オレたちと付きっきりになれば、お前が抱えてる余計な仕事に振り回されることもなくなると思ったんだけどな」
え…もしかして俺の身を案じて、今まで何回もこの話題を?
「…知ってたのか」
「節穴じゃないって言ったろ。お前が深夜になっても眠らずに、執務室で考えごとしてるトコを何度も見れば、鬼どもとの戦闘とは別の事案に首を突っ込んでることぐらい分かるさ。戦のほうは順調なんだからな」
「気付いてるのは?」
「今のところオレだけだ。でも時間の問題だろうな。響がお前の隣で眠ってたのは、単なる気まぐれじゃないと思う」
なるほどな。木曾だけじゃなく、響にも心配させたのか俺…。もう隠す意味はないな。
「さっきの話に出た連中のことだよ。俺は他の鎮守府を探ってる」
「危険なことしやがって」
やや苛立ちのこもった声。
「でも、お前らしいな。さっきも言った通り、お前の言い分はよくわかった。もう反対はしないさ」
「分かってくれて嬉しいよ。ありがとう、木曾」
「そんじゃ話はおしまい。ほら」
両手をひろげる木曾。
意図を察した俺は、テーブルを回り込んで彼女に近づき、その体を抱きしめる。彼女は座ったままなので俺は膝立ちの格好だ。そして木曾も同じように俺を。
ここはスキンシップを受け容れる艦娘が多い…他の鎮守府では違うらしいけど。
「まったく。本当に頑固な奴だ」
さっきの議論とは真逆の柔らかな声…やばいよ反則だろ。そのうちマジで魅了されてしまうのかな俺。彼女だけじゃない。なんで艦娘にはこんなに、心を惹かれるんだろう?
心地良いけど気をつけないとな。
「頑固にもなるさ。艦娘のことなんだから」
「お前はいつもそうだな。オレたちのこととなると、やたらとムキになって」
呆れたような、でもどこか楽しそうな声。
「ま、いいさ。でもな…気を付けろよ。戦前の軍部はお前の想像を絶する世界だったんだ。オレたち艦船を再び指揮下に置いたことで、カン違いしてる輩が過去の亡霊に憑かれないとも限らない」
「気を付けるよ。ちゃんと」
「約束だぞ。ん……誰か近付いてくるみたいだな」
「ああ、足音が聞こえるな。でもこのままでいいだろ」ムギュー
「あのなぁ…。お客かもしれないだろ」
「今日は来客の予定なし」
「何だ、そうか」ナデナデ
コンコン。
「いいよ、入って」
「失礼します」ガチャ
「よかった! ここにいらっしゃったのね、おはようございます提督。…あら、おはようございます木曾。お二人はほんと仲良しですね」パタン
「おう、おはよう」
「おはよう、明石。俺を探してた?」
「はい提督、司令部より連絡です。先週の戦闘についてですが、海上保安省からの反応は問題ないようです」
「そうか、ありがとう。明石の特製オイルフェンスが大活躍だったからな。あ、座って」
「はい、失礼します」
さっきまで俺が座っていたところに腰かける明石。そして木曾成分をしっかり補充した俺も、明石と向かい合って木曾の隣に着席。
「通常のオイルフェンスは大きいから、数十噸以上の船舶で曳きながら設置するんだけど。明石は凄いよ、あんなにコンパクトで運びやすいフェンスを作っちゃうんだから」
「いえ…。油の拡散規模はそれほど大きくありませんから。深海棲鬼たちの艤装って、私たちのものと同じくらいの大きさですからね。作るのは短時間で済みました」ニッコリ
「本当に助かる。ウチは余所と違って大型船舶を買うゆとりなんてないからね。保安省の人たちが及第点を出したのなら、明石の仕事は一流ってことだ。あとはプロの彼らが引き継いでくれる」
「私たちが処理もできれば理想的なんですが」
「いろいろ処理方法があって、どれも非常に困難な作業らしい。適材適所、俺たちにできるのは拡散防止までだよ。それにしても、海上戦闘を続ける限り、この問題につきまとわれるわけだな。あれが初めての実施だったけど、その前の初陣(ウイジン)には間に合わず海を汚してしまった」
「それは仕方ないだろ。オレたちの鎮守府はまだまだこれからなんだ」
「ありがとう木曾。ま、何とかできるだろう。ここにはみんなが居るんだ。明石、他には?」
「それだけです、司令部からは。ただ…その…」
あれ? 珍しいな、竹を割ったような性格の明石が口籠(クチゴモ)るなんて。
「何でも言ってくれ。明石の身近なこと?」
「はい。実は、第六駆逐隊のみなさんが」
「暁たちが?」
「司令官はエッチなのに、なぜ誰にも手を出さないのかな、と」
おいいいいいいい!?
真剣な打ち合わせの流れが一瞬で吹き飛んだぞ!
「ブフッ」
あ、木曾が笑いやがった。
つーか明石も目が思いきり笑ってね?
いや、それよりも。
ここ鎮守府では、マスコット的な存在の暁たちが言ったことはそこそこ大きな影響力を持つ。
戦闘では木曾たちが、非番では第六の駆逐艦娘たちが存在感を放っているというわけだ。
尤も、俺の中ではマスコットから小悪魔にクラスチェンジしたばかりだが!
「そうか。先週、明石が開いたお茶会だな。もしかして…」
「はい、鎮守府では今や、みんな知ってるホットワードです」クスクス
うわあああああああ!
やっぱりか!
あと明石、笑いすぎ。お前って素直だな。
「……まいったなあ、俺はそんな驚愕デビューしてたのか。ここ数日、食堂や中庭で会った職員が妙な雰囲気だったのは、気のせいじゃなかったんだな」
艦娘との距離が近すぎた?
それがこういう結果に?
いや、それより…何だろうこの虚無感。ゲームに出てくるメンタル系バステ魔法って、リアルで喰らえばこんな感じかもしれない。
「気にするなよ。でも怒ったりしないんだなフフフ」
「当たり前だろ、彼女たちが悪気で何か言ったりするもんか。…ちょっとグラッときたけどな。ありがとう明石、助かったよ。知らずに過ごすところだった」
「さすがにこれはお伝えしようと…では、これで私は失礼しますね! 大丈夫です、ウワサなんてあっという間ですから……あら?」
「明石?」
「何だか、騒がしいです」
ドタドタ
本当だ。こちらに向かって駆けてくる複数の足音…。
緊急の事案か?
さっきまでのムードは霧消、気を引きしめる。
ガチャリ!
現れたのは…。
「司令官!」
「司令官さん!」
「司令官、報告なのです」
来たか第六の小悪魔(×3)。
引きしめた気がしぼみそうになったぞ。
落ち着け俺、心を澄ませて穏やかになるんだ。
お茶会トークに狼狽する指揮官など噴飯ものだ…。
そう…俺は…冷静な男。
「落ち着くんだ。さあ、ゆっくりと話してごらん…」クール
「え…司令官? ええと…」
「何でもないさ雷。ほら、何かあったんだろ暁」
木曾が先を促す。
「そうなのです! さっき、姫が…」
「姫」? まさか……
「先週の戦闘に於て拘束した深海棲姫が、目覚めました」
続く
新年おめでとうございます
何とかして月イチのペースを守り書いていこうと思います