ありがとうの代わりに、木曾の後ろ髪をゆっくりと撫でる俺。すると彼女は、自分の首の周りを包み込んでいる俺の腕に軽く、ポンポンと手を。
第五-6話
ザッ…ザクッ……
もう既に日がかなり傾いているので、辺りは薄暗い。スコップを地面に置きながら声を掛け、そのまま屈んで土を手に掬(スク)いとる。
「みんな……ここからは手で、な」
さっきの交戦直前、木曾が水偵で偵察した時に確認した姿……頭部から左右へと生えた角のような白い突起物。雪風の提案で一緒に読んだ国防省ファイルに載っていた。俺たちが今、取り囲んでいるのは泊地水鬼の墓だ。
「はい提督」
「うん、分かったよ」
「分かりました、提督」
俺と同じくスコップで、水鬼が横たわる穴を土で埋め戻していた鬼怒と阿武隈そして海風が、各々の道具を地面に置いた。
パサッ…トントン
パサッ……
パサッ…
今、第八艦隊の鎮守府に揃っている16人の艦娘たちが、土を手で運んで被せていく。スコップを使えば早く終わるんだが、これは効率の問題なんかじゃない……気持ちの問題だ。彼女たち全員が、同じ作業に参加しながら気持ちを1つにしている、ということが大切なんだ。
「あの、提督……あ、いえ、提督さん。お願いです、私たちもお手伝いしたいです!」
少し離れた場所から俺たちの様子を眺めていた2人の艦娘の1人がこちらへと近付いてきて、俺に声を掛ける。あどけなさの残る柔らかな声……そして、どこか芯の通った強さを感じさせる声の主(ヌシ)は第二艦隊に所属する重巡洋艦であり、彼女の自己紹介によれば旗艦であるとのことだった。
「いいのかい古鷹? さっきスコップの作業を手伝うと言ってくれたのを断ったのは悪かったと思っている……でもあなた方は初めて出会うお客さんだ、お客に作業を手伝わせるわけにはいかなかった。このまま見守ってもらうのは無理なお願いかな?」
「はい、無理です!」キッパリ
いきなり間合いを詰めて、水晶のように透き通った目で俺の顔をじっと見つめる古鷹。天龍や木曾ほどじゃないけど、それでも初見なら間違いなくビックリする素早さだ。
「此度(コタビ)の不手際、本当に申し訳ありません…でもお願いです、これじゃ私たち恥ずかしくて帰れません! お願いします」ペコリ
聞けば第二艦隊は今度の海戦で、30体以上の深海棲艦を沈めたとのこと……驚嘆に値する戦果なのに「不手際」だなんて、戦闘能力に関しての自信が強過ぎるんじゃないかと思う。彼女たちの艦隊は、完全勝利しか許されない組織なのか? それとも、出撃せざるを得なかったウチの艦娘の身を案じているのかな? だとしたら、とても心優しい女の子だが……。
「ウチの艦娘は一切、負傷していないから気にしないでほしい。それと手伝いのことだけど……お願いするよ。こちらの言い分を聞き入れてくれたんだ、古鷹の願いもちゃんと聞かなくちゃ不公平だからね」
気を付けるんだぜ。これからお前はしばらく、他の鎮守府から徹底的にマークされるだろうよ
課長の言葉を思い出す。
こうして出会ったからには、こちらも彼女たちに悪い印象を与えてしまわないよう気を付けなくてはならない。他の分室から名取たちを引き取った時点で俺は、他の室長たちからマークされる条件を満たしてしまったのだから。
でも構わない。
艦娘を仲間に迎えて鎮守府が賑やかになって、みんなが楽しく過ごせるのなら、それを実現させるための過程にはツラいことなんて何もありゃしないんだ。
先ずは彼女たちとの会話をきちんと、だな。
「ありがとうございます提督! 加古、早くこっち来て! お手伝いするからね」
古鷹の言葉に応じて、彼女の仲間である艦娘が近付いてくる…背筋をピンと伸ばして歩くその姿は力強さに満ちているが、彼女の表情にはツワモノにありがちな威圧感が全く感じられない。気を抜いているわけではないし……鷹揚な性格なのかな。
「古鷹さぁ、さん付け忘れてるぞ…。ま、この人はそんなの気にしない感じだね。あのさ提督さん、少し暗くなってきたしさ、泊めてもらえないかな?」
「ちょっと加古、ダメだよ。提督、あ、ごめんなさい! 提督さん、加古が言ったこと、どうか許してください。私たち、お手伝いしたら帰ります!」
「えぇ~、鎮守府に着く頃には真っ暗だよ。提督ぅ、ダメ?」
何だかのんびりしたコンビだな…加古も提督さんから提督になってるし。適度な緊張感は必要だが、この2人に対してはあまり肩に力を入れることもないか。
「とんでもない、こちらから聞いてみようかと思ってたところだよ。古鷹、夜中の航行なんて危険だよ。遠慮は無用だ、今晩はゆっくりしていってほしい……それに、一足早く帰った初春には、今晩は帰れないかもって伝言をちゃんと託したんだろう? もしかして第六艦隊の鎮守府に泊まる積りだったのかも知れないけど、あそこは今、無人だぞ……民間警備会社のセンサーが張り巡らせられているから、入港したら騒ぎになる。ここに泊まるといい」
恐らく彼女たちは何回も宿泊したことがあるんだろうな……3つの鎮守府に9人の艦娘しか所属していなかったんだから、いくら小規模とはいえ空き部屋はかなりあったハズだ。
「ええっ……そうだったんですか…。ど、どうしよう、加古ぉ」
「やったぁ、ありがとね提督。古鷹、こういう時は有り難く厚意を受け取るもんだよ。先に行くからね」ザッ
「あっ……もぉ~加古ったら…。提督さん、本当に、いいんですか?」
「勿論だ。古鷹や加古の第二艦隊がダメージを与えていたからこそ、ウチは首尾よく勝利することができたんだ。これは、こちらの感謝のしるしだと思ってくれれば嬉しい」
一瞬、ビックリした表情を見せた古鷹。泊地水鬼を取り逃がしたことで、何かキツい言葉を浴びせられるかと思っていたのかな……そんなことをしそうな提督なら、1人だけ心当たりがあるけどな。
「……ありがとうございます、お言葉に甘えます! 手伝ってきますね」ニッコリ
素直な女の子だな。もしかしたら第二艦隊とは、うまくやっていけるかも知れない。
さあ、話もまとまったし俺も手伝わなくちゃだな。
(司令、お二人とのお話、どうでした?)
雪風には、出撃ではなく職員たちと共に鎮守府防衛の役目を担ってもらっていた。ウチの16人に古鷹と加古が加わり今は18人もひしめいているから、ちょっと見付けにくい。
(雪風か。とても穏やかなコンビだよ、強さを内に秘めていながらそれを誇示する様子が全然ない)
(古鷹は第二室長さんの秘書艦なんですよね。デキる女って印象ですか?)
(艦隊で、とても慕われているんじゃないかな。人当たりが良いから交渉事には強そうだ…ただ)
(?)
(加古のほうも、なかなか手ごわいぞ。古鷹は帰る積りだったが、加古がそうさせなかったんだ。雪風もみんなも知ってる通り、ウチは他の艦隊からマークされてる。呑気なように見えて、実はその任務を忘れずにきちんと旗艦をサポートする冷静さを備えてる。流石だと思うよ)
(ここに泊まって、私たちの様子をじっくり確かめるってことですか?)
(そう。戦闘の後で彼女たちには報告書作成に付き合ってもらったから、その時にウチの内部も見られてる。でも一時間ほどで終わったから観察するには不充分だよ。ここに泊まれば、もっと色々と分かるって考えたんじゃないかな)
(司令、どうしましょう? 雪風、少し気になってきちゃいました…)
(俺たちが二人を警戒している様子なんて見せたら大変だぞ、彼女たちだって心を閉ざすからね。それに、第八艦隊はお客を夜中に帰らせるような連中だなんて評判は絶対にダメだ。雪風、ウチの艦隊はずっと他の鎮守府と交流してないんだよな?)
(はい、おじ様の時代からずっと、私たち十人は他のトコで寂しくお留守番とか、そんなのばかり……)
(だからこそ、だよ。相手のことを知らないから慎重になるのは当然さ……でも、疑いの目で相手を見るのは絶対やっちゃいけない。こちらの感情ってのは、必ず伝わってしまうからね。先ずはフツーにいこうよ)
(フツー、ですか)
(そう、フツーだよ。そして、今まで交流できなかった遅れを取り戻すんだ)
(…そう、ですね……分かりました、司令!)
(のんびりやっていこう。みんなの様子はどうだった?)
(全く問題ありません。みなさん、とても冷静に行動なさいました……おじ様の頃にも、直ぐ近くでの交戦は何度かあったんです。経験がちゃんと生かされてました。やっぱり素晴らしい鎮守府です!)
やや興奮気味の声。まるで雪風の笑顔が目に浮かぶようだ。ここの職員は各自の業務に習熟しているだけでなく、危機対処意識も充分だから心強い。
(それを聞いて安心した。雪風、古鷹と加古が今晩ここに泊まることになったよ……食事と浴衣、寝室の手配を頼む)
(もうできてます! 司令なら、そうするんじゃないかなって思って)
雪風のドヤ顔が目に浮かぶようだ。彼女にはいつも助けられてばかりだなあ。
(ありがとう雪風、本当にかなわないよ……いつもありがとう)
(雪風は司令の秘書艦ですから! それじゃ、できるだけ早くお戻りになってくださいね)
(ああ、分かった……そうだ、雪風)
(はい)
(時間のある時に、お参りを頼む。彼女は敵だった…でも今はもう、憎しみや怨念から解放されたんだ)
(はい……司令、分かりました)
続く
どうか全ての方々のご無事と一刻も早い救助を