「はっ、はい!」ピャッ
急に改まった呼び方をされて、思わず姿勢を正す古鷹。
「俺たちと手を組まないか? 俺は鎮守府を、艦娘みんなが笑顔で過ごせる場所にしたいんだ」
第五-11話
バサバサ……バサッ…
俺たちが毎朝、交替で掲げている国旗が、やや強めの潮風を浴びながらポールの天辺(テッペン)で翻っている。
……空が薄い雲に覆われている……天気は大丈夫かな。
「司令、お二人が」
「分かったよ、雪風」
仰ぎ見る視線を空から離して、有能な秘書艦の方へと振り返る。向こうの岸壁に居並ぶウチの艦娘たちとの別れの挨拶を済ませた古鷹と加古が、こちらへと近付いてくるところだった。
(頑張ってくださいね)ニコリ
(ああ。見ててくれ雪風)
2人に会釈して、他のみんなの方へと歩み去る雪風。さあ、最後の仕上げだ。
「古鷹、加古……会えて良かったよ。次の機会には是非、第六戦隊のみんなで来てほしいと思う。きっと天龍も喜ぶからね」
「はい、提督。楽しみです」ニッコリ
「加古、お前たちが協力してくれた報告書の写しが入っているよ……司令部に提出する報告書を作成する時に、役立つだろう。提督によろしくな」つ
防水加工が施されたショルダーバッグを加古に手渡す俺。たすき掛けにできるから、波で足元が揺れてしまう海上での移動には便利だろう。
「分かったよ……ありがとう提督。コレさあ、貰っちゃってもいいの?」
「勿論だよ加古。それと、雨具を二つ入れてあるから、もしも雨が降ってきたら使ってほしい……一旦どこかに上陸して艤装を外さなくちゃいけないけど、水偵を先行させれば浜辺とか手頃な場所が見付かると思うよ」
「提督……ありがとうございます」ペコリ
「古鷹、どう致しまして。加古、第二艦隊と第八艦隊が手を取り合う関係になれば、これからは加古だって何回もココに来てくれるだろう? その時には是非、そのバッグを活用してくれ」
「提督、ありがと。アタシも、さ……ココのみんなとは仲良くなれそうだと思ってたんだよ。でもね、提督のことは第二艦隊でも話題になってて、中には少し怖がってる駆逐艦もいる。アタシは、見極めなくちゃいけなかったんだ……貴方を試したこと…怒らないで」
「当然だ。加古は古鷹と第二艦隊のためにやったんだからな。怒るなんてとんでもないことだよ……で、今はどうかな? 俺の印象は」
「もう警戒なんてしてないよ。本当だからね」
「そうか、分かった…嬉しいよ加古」
「……あのね。今さっき、あの子たちと話をしててさ……驚いたことがあるんだ」
「あ……私も、ビックリです……」///
この反応は……やっぱりあの件だろうな。
「俺が彼女たち全員を好きだって言った話かい?」
「!! や、やっぱり本当なんですね……」
「本当だよ古鷹。俺はみんなが大好きだし、彼女たちが笑って過ごせる鎮守府にすることこそが、俺の望みだ……二人は仰天してたけど、第一艦隊を探ったのもそのためだ」
「仰天するさ! 提督、そんなこと初対面のアタシたちにバラしたらダメだって~」
「加古を説得したかったからだよ。お前は何かが起きようとしているって言ったけど、それだけじゃなく既に起きてしまったこともあるんだってことを伝えたかったんだ……加古の知らないヤバいことが起きていて、俺はそれを何とかしようとしてるんだよ、ってことをね」
「それは何となく分かったけどさ………。提督はその…つまり、艦娘に何か良くないことが起きてるのを知って、第一艦隊を……いや、それだけじゃないね? アタシたちの第二艦隊も調べたんだろう?」
「ええっ?」
「加古、その通りだ。勿論、敷地の中には立ち入っていない。周囲からだよ」
「結果はどうだった?」
「怪しいところはナシ」
「ほっ……良かったです」
「てコトは他の艦隊だね」
「そうだ。名取たちのいたところさ」
「成る程ね。提督、やるねえ。第五ないし第七艦隊を消滅させたのはやっぱり提督だった……でも、悪いことしてたのは室長たち。提督は艦娘をほったらかしにしないで、ちゃんと引き取ったワケか」ニヤリ
察しのいい艦娘だ。それもこれも、古鷹をサポートしようと頑張ってるからこそなんだろうな。
「ああ。でもまだ終わってはいないぞ。この組織に入り込んでる不穏分子には、一筋縄では太刀打ちできやしない……だから仲間を増やしたいんだ。古鷹や加古の艦隊と仲良くなりたい理由の一つさ」
「理由の一つですか……えっと……提督ぅ、他に別の理由があるんですか?」
「ああ、一番大きな理由がね……仲間が増えたらみんなが喜ぶから、だよ。これよりも重要な理由なんて一つもない。電はね、仲間が増えてとても喜んでくれたんだ……数十年間も離ればなれだった仲間に再び会えるなんて、素晴らしいことだよね。俺は三十三だけど、自分の生きてきた人生の倍の時間を経てから再会する喜びの大きさなんて、デカ過ぎて想像もできないよ。これからも電や他の艦娘が喜ぶ顔を、もっと見たいと思う。だから俺は第二艦隊と仲良くなりたい」
「…………提督…さん……」
「提督……、朝ゴハンの時にさ、艦娘を笑顔にって話をしてくれたね。提督って何ていうかさ、動機が終始一貫してるよね」
「当然だろ? 誰だって自分だけの、たった一つの譲れないモノに従って生きてるんじゃないかな。笑顔といえばね、さっきも言ったけど天龍はお前たちと再会できたら、凄く喜ぶと思うぞ……アイツはクールなとこがあるから、あまり表情には出さないかもだけど」
でも本当は誰よりも熱くて真っ直ぐな艦娘だ。面倒見もイイし。
「信頼してるんだね」
「とっても。ウチの大黒柱だよ」
「古鷹」
「分かってる、加古」
あれ?
それだけでいいの?
今、お互いに何かを確認したって感じだが……よく分からないぞ。ま、この2人なら以心伝心ってヤツなのかな。
「提督。私たち、そろそろ発ちます。元はといえば私の不手際ですが、それでもココの艦隊と巡り会えたのですから、悪いことばかりではありませんでした」ニッコリ
「色々とありがとうね、提督。報告書、ちゃんと届けるからね……あ、そうだ。これから司令部に行く用事があったらさ、帰りに寄ってよ! アタシらの艦隊は司令部に一番近いんだからね!」ニコッ
「そうです! 加古、えらいよ! 提督ぅ、絶対ですよ。必ず来てくださいね」
やべぇ。
一瞬だけどウルッときた。
そしてどうやら、第二艦隊の提督は悪い奴じゃなさそうだ……旗艦とその右腕たる艦娘が、こんなにも明るく溌剌と振る舞っているんだから。
「ありがとうな、二人とも……ああ、いつかお邪魔させてもらうよ」
「待ってるからね」
「きっとですよ? はい、提督」スッ
まず右手を握りこぶしにして、小指だけを伸ばして俺に差し出す古鷹。
あ、コレ懐かしいな……。
子どもの頃にはまだあちこちに残ってたけど、今じゃ殆ど見かけなくなったおまじない。
「提督、アタシも~」スッ
同じ要領で左手の小指を差し出す加古。
「加古もか、分かったよ。それじゃいくぞ……」
彼女たちと小指同士を絡み合わせて、軽く振りながら……
「ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、ゆーびきった!」
海の風を浴びながら、三人で声を合わせて唱える。日本の長い歴史に於て、かつては人々の生活と共に在った呪術や昔話や諺(コトワザ)の数々……これも、その1つだ。やがて忘れ去られ、今や朧と消えゆく言霊たちの後を追うのかも知れない。でもこうして誰かが唱える限り、それはまだ先のことなんだ。
チャプッ
指をほどいて岸壁から華麗に身を翻し、水面へと降り立つ古鷹と加古。艤装を身に纏いながらも無駄のないその動きは優雅ですらあり、まるで白鳥みたいだ。
「じゃあね提督! 待ってるよ~」
「約束しましたからねー! やぶったらダメですよー」ブンブン
「気を付けて帰るんだぞ! またね」
俺も手を振る……彼女たちに向けて。
やがて二人はこちらに背を向け互いに寄り添うようにしながら、水平線へと吸い込まれるように去って行った。
続く
海への畏怖を忘れるのは危険なことだと思います