「ありがとうミルディ。そのためには、この方針に賛同してくれる大勢の仲間が必要になる。ミルディが賛同してくれるのなら、俺は喜んで部下として迎えたいと思うんだ」
第五-16話
ギュッ……
ミルディのひんやりとした両手が、俺の手を包み込む。スベスベの手触りがとても気持ちいい………姫グループを率いる最強の艦娘って、こんなに柔らかな手をしているんだな。
「提督ちゃん、勿論よ。アナタの方針、素敵だと思う……だからミルディね、賛同するよ。提督ちゃんが鬼を倒すなって命令したらね、ちゃんと言うこと聞く。私の軍勢のことは心配しなくていいよ、ミルディに逆らうヤツなんていないんだからね」
俺の目をジッと見つめながら話すミルディ。言葉は穏やかだけど、指揮官としての自信を感じさせる響きに満ちている。そして彼女の表情からは、迷いの色が感じられない……うん、大丈夫だな……これなら。
「分かったよミルディ………第八艦隊の戦闘指揮官として、お前の軍勢との同盟を結ぶ。そしてこの同盟関係に於て、ミルディを部下として迎えるよ。これから、よろしく頼む」ギュッ
彼女の両手に、もう一方の手を重ねる。
「よろしくお願いします、提督。我らの力をご覧になってください……」///
パチパチパチパチ!!
拍手の音で満たされてゆく執務室……みんなが俺たちのテーブルまで近付いてきて、祝福してくれている。この同盟の締結を見届けた、艦娘のみんなが。
「………うわー。ほんとにやっちゃったかー」8888
「いいじゃないか、この艦隊は裕福そうだぞ? この規模だからな」8888
「まーねー。もうハダカの写真を撮られることもないのかー………ならイイや」8888
「何言ってる。けっこう楽しそうだったろうが」8888
拍手に混じって聞こえてくるリ級とネ級の話し声。
第六艦隊の鎮守府で木曾の水偵が見付けた写真……恐らく招待客を勧誘するための道具 ……のことだな。撮影していたのは多分、第六室長だろう。ミルディが好きになった男ならきっと悪い奴じゃないだろうし、その友人である室長だってタルトやリ級たちが嫌がる注文はしなかった筈だ。
「みんな、ありがとう。この同盟に、堅苦しい書類は一切不要だ……みんなが立会人だからね、それで充分だよ。深海棲艦を敵視していた俺が何を今さら、って感じだけどな……でも俺はみんなのお陰で、何とかギリギリでバッドエンドを回避できたと思ってるんだ。そして勿論、くーのお陰でもあるんだぞ……ありがとな」
「ここがおうちだって、いったこと?」
「そうだよ、くー。お前のあの言葉は俺を悩ませ、考えさせ、そして気付かせてくれたんだ。見えなかった真実にね」
「………うん」
「だから、ありがとうだよ、くー」ナデナデ
「………」///
「あらあら……提督ちゃんったら」///
「……信じらんない。アタマ撫でられて、あんなに嬉しそう………」
「ああ。すっかり馴染んでるな。私も驚いてる」
(くーが普段、どうやってケーキ食べてるか知ったらもっと驚くぞ。気を付けなよ提督)ニンマリ
(雷と明石には、なるべくマフィンやクッキーを用意してくれるよう頼んであるよ長波。くーがフォークを怖がるなんて、想像もできなかったな………)
(あれあれ~自分から嬉シチュフラグ折ったの? 勿体ないことするね)
(それは認める。でもこれからはタルトやくーを陸上での生活に慣れさせないといけない。見ず知らずの他人と接する機会も増えるから、抑えるトコは抑えないとな)
(いつもお疲れさん。でもね、提督)
(うん?)
(自分を抑えるあまり、あの子たちとのスキンシップが疎かになっちゃダメだからね? 私の見た感じ、あの子たち…特にタルトは男に対する興味………ううん、衝動が強いよ。ちゃんと発散させてやった方がいい)
長波も気付いてたのか。
(分かったよ、目を離さないようにする)
(色々と大変だろうけど、しっかりね)
(ありがとう長波)
姫グループとの同盟を結ぶことができたのは、とても嬉しい。でもそれは同時に、彼女たちとの距離が近くなり、今までは起きなかったようなことが起きてくるということを意味している。ただ単に喜んでばかりいるようじゃダメだな。
「コイツらのことも忘れるなよ? みんな、お前を支えようと頑張ってるんだからな」
「それだけは絶対に忘れないぞ、木曾。見ててくれ」
「ああ」ニッコリ
「みんな、本当にありがとうな……繰り返すけど、最悪の事態を避けられたのも、こうして同盟を結べたのも、全てみんなのお陰だ……みんながチカラをくれるから、俺は戦える。これからは司令部の指示を鵜呑みにせず、自分で考えてみんなと話し合いながらやっていく積りだよ。これからも、よろしくな」
「任せて任せてー」ニッコリ
「楽しみですわ……これからの提督が」ニコッ
「私もですぅ」///
「司令官、何だかオトナみたいだよ………遠くに行っちゃヤだ」ショボン
お前の中での俺は30過ぎてピーターパンこじらせてるのか?
「もう、響ったら。本当はちょっと嬉しいクセに」クスクス
「ん……雷、黙って」///
「………さてと、ミルディたちがわざわざ来てくれた用事は片付いたんだ、みんな、楽しくやってくれ。雷、明石、すまないがもうしばらく……」
「いいのよ、私たちに任せといて。司令はゆっくりすること」ニッコリ
「そうですよ。 提督、今日はお疲れ様」///
ガチャ
「あ、提督! やっと用事が終わったんだねー、もうこっちはみんなご馳走様しちゃったよ?」
「ああ、ちょうどギチは引き継ぎで忙しいところだったからね。しばらく待ってから、色々と話をしたんだよ」
「差し入れ、喜んでたでしょ?」
「とっても。雷と明石は職員のみんなの間でも大人気だからね……秋雲はもう、お腹いっぱいか」
「うん…もう大満足。あの二人さあ、お菓子もゴハンも上手だね。あのさ、提督。ココってね、何だかいつもみんな一緒にお食事してるみたい」///
「イベントが続いたからな……俺は嬉しいよ。賑やかなのは、見てるだけで楽しいからね」
「そっかー。夕雲から聞いたんだけどさ、提督は食事の費用を出し惜しみしないんだって?」
「いつも必ず、ってワケじゃないけどね……他の出費がキツい時とかは仕方なく減らすんだ。でもそれ以外なら、可能な限り出すようにしている」
「鬼怒ね、トレーニングが捗るって喜んでたよ。食事が栄養満点だからって。ほら、もう居ないでしょ? さっき出ていったよ、食後の運動するんだって」
「あ、本当だ。そうか、鬼怒は運動好きなんだな。職長のトコに木箱を運んだ時は内心、驚いたよ……陸上なのにあれだけ力があるんだからな」
「あれはキツかったなー。でも提督が一番重いのを運んでたことには、気付いてなかったみたいだけどね」
え。
「秋雲、知ってたのか?」
「私、イラスト描くの好きでさー。観察するクセって言うの? そういうの、割とね」
「それぞれの木箱の目方なんて、詳しくは判別できないだろう?」
「みんなの表情見てれば分かるって。運ぶのに苦労してるコなんて、一人も居なかったよ。陸上で私たち駆逐艦娘が両手で運べる荷物はね、頑張っても二~三貫が限界。軽巡艦娘の名取や阿武隈は少し増えて四貫、鬼怒なら……五~六貫ぐらいかな。でも提督はあの時、三十キロ? そう言ったよね? 確か三十キロってさ、十貫ぐらいでしょ」
「八貫だよ。そうか、俺の言った数字とみんなの表情を勘案して、俺の木箱が一番重いって分かったんだな……。頼む秋雲、鬼怒には黙っててくれ。あの子は厚意で言ってくれたんだ…俺の方が重かったなんて知ったら、きっとガッカリする」
「うん、私もその積りだから安心してよ。それとね、提督。私たちはこの時代に顕現してから日が浅いから、今の度量衡(ドリョウコウ)には戸惑うばかりなんだよね。換算するのは面倒だし、キロとかグラムとか何それって感じ」
「日本は昔と比べて本当に変わったからな……艦娘のみんなは多分、どの艦隊でも苦労していると思う」
思い出すのは古鷹と加古の顔。数え年の話をした時の、朝食の場面だ。
「鬼怒もね、同じなのよ。まだ換算に慣れていないから、提督の言った数字が何貫なのか分からない。もしも慣れていたら、きっと鬼怒は提督のが重いって気付いたと思うよー。注意してあげてね」
「そうか、俺はもう少しで鬼怒をガッカリさせるところだったんだな。数字なんか言わないでフツーに、ありがとう大丈夫だよって言えば良かったんだ。秋雲、気を付けるよ」
「ま、鬼怒は元気だから直ぐに元通りだって。気にしない気にしない」ニッコリ
「そうかもね。秋雲、俺はミルディと話があるんだ。今から隣のくーの部屋に行ってくる」
「まだ仕事するの!? 提督ぅ、ちゃんと健康管理しなくちゃダメなんだからね……………ちゅう…はむっ」
秋雲のキス。フルーツっぽい味と香りがする………デザートかな。やべぇ、甘くて気持ちいい。
「元気でてきた。頑張ってくるよ」
「行ってらっしゃーい」ノシ
コンコン…
「あいてるよ、はいってー」
「お邪魔するよ、くー」
「あ、しれいだー!」ガバッ
飛び付いてくるくーを柔らかく受け止める。何だか電みたいだ。最近のタックルはとても穏やかになったけれども。
「みるでぃと、おしごとのおはなしするの?」
「そうだよ、くー。みんなの寝る時刻までには終わらせるからな」ナデナデ
「しれえ………」///
うっとりした表情を浮かべるくー。
「というわけだ。待たせてすまないミルディ、始めようか」
「はい、提督ちゃ……あ」
ミルディが慌てて口に手を当てる。うーん………これじゃ少し、やりにくいな。
「ミルディ、肩の力を抜いてくれ……部下としての振る舞いを意識してくれてるのは嬉しいけれどね。呼びやすいように呼んでくれて構わないからさ」
「え……本当ですか!?」パアアァ
「ああ、本当だよ。この鎮守府ではみんな、俺のことを好きなように呼んでくれてるんだ……もうミルディも仲間なんだからな」
「良かったぁ………もう、提督ちゃんって呼べないかもって、気になってたんです……あ、それでね、提督ちゃん。本題に入る前に、お願いがあるの……」チラッ
傍らに立つリ級とネ級を素早く一瞥したミルディ。どうやら彼女たちに関することらしい。
「いいよ、遠慮しないで何でも言ってくれ」
「はい…ありがとうございます。……ほら、聞いての通りだ。お前たち自らの言葉で、お願いするんだ」
「は、はいっ」
「………分かったよ……」///
リ級とネ級。
こうして対面するのは初めてだな。2人ともタルトほどの背丈はないが、姿勢が良いから実際の身長よりも高く見えている気がする。髪の色はそれぞれ、黒と白……コントラストを成していて、何だか印象に残るコンビだ。
「ミルディの護衛だね。遅くなったけれど、はじめまして。この第八艦隊で戦闘部門の責任者を務めている。これから、よろしく」
「…!? こちらこそ、よろしくお願い致します!」ペコリ
「……先手を打たれるなんて……不覚……よろしくお願いします……。あの、お願いがあります……聞いてくれますか?」ペコリ
「ああ、勿論。何かな?」
「………あの、私たちに…」
「二人に?」
「名前を………下さい……」
「お願いします!」
続く
あさって29日は鬼怒の100歳の誕生日ですね
天龍や龍田や木曾と同じく20年以上も戦い続けた軽巡洋艦の