「おっ………今、身じろぎしたぜ。そろそろ目覚めそうだな」
「よし。この離島棲鬼は降伏させる。戦闘は一切ナシだ。いいな、天龍?」
「分かったよボウズ…オレたちの提督! 仰せのままに、だ」ニッコリ
第五-25話
……ムクリ
「……………?」
「お目覚めか。ウチの連中をずいぶん可愛がってくれたみてぇだな?」ジロリ
「…………。……!?」
ザザッ!
「おぉっと! 待ちな!」
ガバッ!
逃走を試みる離島棲鬼。でも天龍の前でそれは無駄な足掻きだ。岩から地面へと降り立つことすら能わず、背後から一瞬で組み伏せられる鬼。いつでも絞め技に移行できる体勢だ。
「往生際が悪いぜ? 妙なマネすんじゃねぇぞ…艦載機でも出そうなんてしやがったら、もう一度絞め落とす」ギュ
「しないわよ、そんなこと……。私をどうする積りなの? 尋問? 処刑? それとも……」
敵意に満ちた棘だらけの、初めて耳にする鬼の声。でもフツーに喋ればきっと綺麗な響きをしてるんだろうな…そんな印象を受けた。
「そいつの相手でもさせられるのかしら」ジロリ
何とか視線をこちらに向けながら放たれる悪態。精一杯の虚勢だな……その目の奥に、僅かながら怯えの色が浮かんでいるんだから。
「そんなワケないだろ、頼むからそういう下品な発言はこれっきりにしてくれ」
俺たちの大八島國は言霊(コトダマ)の国なんだ。粗暴な言葉にはバチが当たる。
「あらそう。それなら貴方はどうなの? 私たち深海棲艦を片っ端から沈めておきながら、自分は清廉潔白でも気取る積りなの?」
「それなんだが、お前たちがもっと穏やかに事を起こしてくれていれば……と思うよ。この国で暮らしたいのなら、人々に警戒心を抱(イダ)かせるような行動は禁物(キンモツ)だぞ」
「………何を言ってるの?」
「気付いてないとでも思ったか? お前たちは侵略者なんかじゃくて、心に宿る魂の願いを叶えようとしているだけだ。俺たちの司令部はどうか知らないけどな、少なくとも俺はそう判断している。俺の仲間たちも同意してくれているよ。俺はお前を倒す命令なんて出さない。さっき戦ったのは、あくまでも対話をするためだ……強大な軍勢を率いている指揮官に向かってイキナリ説得なんて愚の骨頂だからな。俺たちと一緒に来てくれ」
「………ふざけないで」
「……………」
「ふざけないでよ!! 私たちの仲間をみんな殺したくせに今さら何言ってんのよ!! あんたなんかと一緒になんて、絶対お断りだわ!!」ギロリ
激しい剣幕。でも俺もおんなじ事をしちゃったんだよな……タルトに。
ギュウウウ!!
「あぐぅッ!」
「威勢がいいな……だがテメェの立場を弁えろ。敗北した艦船という立場をな。もう一度コイツを侮辱しやがったら許さねぇぞ」ギリギリギリ
「あ………ぅ…」
「お前の言う通りだ。俺は泊地棲鬼と泊地水鬼を殺した。許してほしいなんて言わない。俺は一生、その事実を忘れずに生きていく。そして」
「…………何…よ」
「お前たちは運河棲姫と戦艦棲姫……空母棲姫と飛行場姫、そして装甲空母姫を殺した」
「……そう…知ってたのね」
だからどうした、と言わんばかりの態度を装っている離島棲鬼。戦いの日々が彼女をこんな風に変えたか。
「彼女たちの指揮官だった戦士がもう直ぐ部下と一緒にここへ来る」
「!!」
「お前が今言った、仲間を殺された怒りと悲しみ……それを胸の奥底に秘めた、かつての指揮官がな。覚えてるだろ、さっき凄まじい攻撃力を以てお前の艦隊に襲い掛かった艦載機たちの主だ…ここは彼女たちの本拠地だよ。好きな方を選ぶんだ。俺の言葉を受け容れて一緒に来るか……それとも彼女に向かって、もう一度さっきと同じセリフを叩き付けるか。どうする?」
「私を連れて………何をさせる積りなの?」
さっきまでの勢いが削がれてしまった声。抵抗は無意味と悟ってくれたようだ。
「先ずは情報の提供。そして、俺たちと一緒に暮らすんだよ……お前自身の目でこの戦いの無意味さを確かめるんだ。残忍な指揮官の命令なんかに振り回されることなく、ね。以上の二つを約束するなら、俺もお前を守ると約束する」
「…………分かった」
「約束だぞ?」
「約束する……もう私は帰ることができないもの。貴方たちに負けた私は役立たず。戻っても追放されるだけ。この国は許せないと思ってたけど、でもやっぱり暮らしたい……白状するわ、貴方が言った通りよ。この国で…ね」
「よし分かったよ。天龍」
「ああ。ほら、起き上がるんだ」
天龍に抱き起こされて地面に降り立つ離島棲鬼。ドレスに付着した埃を丁寧に払い落としている。投げ技で海面に叩き付けられた際の水気は殆ど乾いているな…即座に引っ張り上げられて立ち姿勢で絞められたから、大して海水に浸らなかったんだな。
「……やっぱりお前の言った通りだったんだな。これからの目的は、コイツらを日本で暮らせるようにしてやること……それでいいんだな?」
「ああ、その通りだよ。但し……親玉の軽巡棲鬼だけは難しいだろう。さっきも言ったけど残忍な指揮官らしいからね。いろんな問題が山積みだ…天龍やみんなにはこれからも苦労させると思う。すまない」
タルトにとって軽巡棲鬼は戦艦棲姫の敵(カタキ)だし、ミルディにとっても部下たちの敵だ…でも、軽巡棲鬼にだって人々の魂が宿っている筈だ。何とかして魂を解放したい。どうすりゃいいんだろう。
「あまり抱え込むなよ。ひとつひとつ片付けていけばいいんだ。おてんと様はちゃんと見てるさ、お前の頑張りをな」ポンポン
「ありがとう天龍。そうだ、この子に名前を付けなくちゃ。……よし決めた、リッティだ。早速だがリッティ、確認したいことがある。民間人や船舶には手出ししてないな?」
「するワケないでしょ? 私たちの目的は艦娘を排除してからの上陸。民間人の船に攻撃なんかしてどうするのよ……貴方たちの恨みや怒りを買うだけじゃないの。非合理的すぎるわ」
「確かにその通りだ。安心したよ、リッティ」
あくまでも確認だ。課長から聞いたことがあるが、民間人や船舶の被害は一度も報告されていない……リッティの言葉には充分な説得力が含まれているが、それだけじゃない。谷風にも話したけど、自分の身は自分で守るんだという意識を忘れずに生きる人々がまだまだ居るという事実も、被害が出ていない一因だろう。
「それに、海の民ってのは神様や大自然に対する畏敬の念が強いからな。怪しい気配を察知したら決して近寄ったりしない」
「そうだな天龍。陸では衰えつつあるけど、海に生きる人々は畏敬や信仰を失っていないもんな」
呪術も同じだ。決して消えたりしないだろう。
「あのねぇ。それはいいんだけど」
「うん? どうしたんだリッティ」
「この子って何よ! 貴方みたいなお坊っちゃんに何で子ども扱いされなくちゃいけないのよ!? 大して変わらないじゃない!」
「だってどう見ても十代じゃないか。俺は三十三歳だぞ」
「うそ!?」
あ、そのリアクションいいな。すっげぇ感情豊かで。
「嘘じゃないぞ。お前たちってエルフ……西洋で言うところの妖精みたいにずっと若々しいんだろ? もしかしたら実際は見た目より長生きしてるかもだけど、それでも間違いなく俺の方がずっと年上だな」
「……はぁ。貴方と話してると何だか頭が痛くなってくる。もういいわよ」
呆れられた。
「おい。名前はリッティでいいんだな?」
「い……いいわ。離島棲鬼だなんて、呼びにくいでしょ」
嫌がるかもと思ったけど、けっこう柔軟だな。天龍に対してはまだ緊張しているが、少しずつ慣れていくだろう。
「なあ。俺ってそんなに子どもっぽい?」
「あたりめーだろ。あの時代じゃ三十代の貫禄は今の時代の五十代の辺りだ。お前はオレから見りゃギリギリ二十代ってトコだぜ。髭でも伸ばすか?」ニヤリ
「この前な、暁たちと一緒にゲームしてる時その話をしたら一刀両断された。似合わないからやめてって」
「そうか。雷と電は元気にしてるか?」
「とっても。お前に早く会いたいってさ」
「アイツら……」///
戦場ではドラゴンみたいな迫力と破壊力を発揮する天龍なのに。普段はこんな表情するんだもんなぁ……。
「リッティ。何であんな大規模艦隊を編成したんだ? 確かに攻撃力は向上するが、あれじゃもっともっと指揮官の数が必要だぞ」
「分かってるわよ、そんなこと。でも仕方なかったのよ……泊地水鬼を貴方が沈めたんだから。彼女はね、軽巡棲鬼の右腕だったのよ………まあ副官ってトコね。組織内の命令系統はもうズタズタよ」
タルトは泊地水鬼が、この離島棲鬼を含む三人組の補佐役だと言ってた。しかも軍勢を率いる軽巡棲鬼の副官だったとはな。これは俺たちが優位に立ったということだな……でも気を抜いちゃダメだ。
「あの編成は組織が混乱した結果ということか?」
「そうよ。私は護衛を強固にしてもらいたかっただけなのに。出撃時に集合したらビックリしたわよ! あんなに大きな艦隊なんて、私が束ねられるワケないじゃない!」
「おいボウズ。その泊地水鬼を倒したのは何時(イツ)のことだ?」
「ちょうど一週間前だ。その後で泊地水鬼の代わりを務めた配下の働きぶりが、メチャクチャだったんだろうな。だから鬼グループは混乱してるんだろう」
「貴方たちにとっては好都合でしょうけれど」
「確かにそうだ」
リッティの言葉が少し柔らかな響きを帯びてきた。良い感じだ。
「右腕と言ったな。もしかして軽巡棲鬼は重要なヤツ……総大将なのか?」
「その通りだよ天龍。それからな、リッティを連れて行くから残る鬼は二体だけだ。港湾水鬼、そして軽巡棲鬼な」
「へぇ…やるじゃねえか」ニヤリ
「そこまで知っていたのね。私、捕まったのは幸運だったのかしら……」
「そうであれば嬉しいな。港湾水鬼と軽巡棲鬼が心配だろうが、こちらも心を鬼にしてお前を連れていく。ちゃんとした待遇を用意する積りだ」
「心配…………、か」クスッ
「心配だろ? 仲間なんだから」
「貴方って、変わってるわね。笑ったことは謝るわ。そんな感情を奴らに対して抱いたことはなかったから……今のはただの自嘲の笑いよ」
心配してないってことか? どうなってんだ鬼グループは。
「おいボウズ、話はここまでだ。どうやらオレたちを呼びにきたらしいぜ」
ミルディと仲間たちか。どんな艦娘が居るのかな。
「リッティ、お前は今から姫グループの戦士たちと対面することになる。俺たちも同席するから心配しなくていいぞ。行こうか」ザッ
「わ…分かったわよ。あ、あのね……」
「どうした?」
「別に……大したことじゃないんだけど…貴方の後ろから行きたいから…その、できれば…先頭に…」///
最後の方は消え入りそうな声。怯えているんだ…当然だよな。
「ああ勿論だ。さ、行こう」
「……ええ」ザッ
(天龍。俺は彼女が恐怖心を抱いたりしないように、何とかして会談が少しでも穏やかになるよう努めてみる。援護射撃、頼むぞ)
(ああ。コイツはオレたちと同じで艦娘なんだろ? だったら、ほっとけねぇさ…任せとけ)ザッ
続く
そろそろ今年の折り返し
後半はどうか平穏に