「はい、提督ちゃんをお待たせしている間に、私たちで話し合いました。反対する者は居ません。物資を運ぶのは輸送艦ワ級に任せれば大丈夫です。明日一日で準備を完了できます」
よし……!
「分かった、それじゃ出発は明後日だ。俺と雪風とミルディは、北方棲姫が帰ってきてから彼女と合流して一緒に出発する」
第五-28話
ガタガタ…ゴトッ
「はい秋雲、これで最後ね」
「分かった。あのさ長波、龍田と五月雨はドコか知らない?」ヒョイ
「あれ? アンタを手伝ってココと向こうを行ったり来たり運んでたっしょ。居ないの?」
「戻ってこないの。まあコレで最後だし、いいんだけど」
「二人は今、ワ級への積み込みを手伝ってる。今から秋雲が運んでくれる分でラストだからな、こっちには戻らないでそのまま残ってタルトたちを手伝ってくれるように頼んでおいたんだよ」
出発は明日なのに、今から荷物を背負っていても平気だなんて……ワ級って大したもんだな。お陰で今晩も明日の朝もゆっくりできる。
「あ、そうなんだ。んじゃ私も、向こうでコレ載せるの手伝ってくるわね」
「助かる。ありがとう秋雲」
「いいっていいって。んじゃね提督、また後で」スタスタ
「私も積み込みを手伝いに行こうか?」
「長波は暁たちを手伝ってほしいんだ。みんなの昼食を用意してくれてる最中なんだけど、人手が足りないんだよ…暁たちの居場所、分かる?」
「うんにゃ。連れてって」
「よし。こっちだ」
長波と連れ立って歩き始める俺。しばらくすると彼女が話し掛けてきた。
「……あのさ提督。昨日の戦闘が終わってから他のみんなは先に帰ったけどさ、提督のこと心配してたみたいだったぜ。せめて無傷の阿武隈は一緒に残っても良かったんじゃない?」
「名取と鬼怒が負傷したからな、阿武隈には二人を護衛するという大事な役目があった」
「それは分かるけどぉ…でもほら、小破だよ?」
「中破に近い小破だ」
「もう……過保護だなぁ」
「艦娘のことに関しては頑固だからな、俺」
「もうみんな知ってるよ。提督ってさ、何だか私たちのこと人間みたいに思ってない?」
「普段はね。でも戦場では歴とした艦娘だと思ってる。強くて凛々しい戦士としての艦船だ」
「うわぁ……照れるぜ」///
「昨日だって戦闘の疲れが残る体で帰らせたんだ。往復で五百キロくらいあるんだぞ、本当に無理をさせていると自覚してる」
「五百…キロ……えっと…」
あ、いけね。
「すまん、二百八十海里くらいだよ」
「あのねぇ提督。私たちは昔、それこそ何千海里もの海原(ウナバラ)を駆け巡ったんだよ? 二百八十とか、お散歩とおんなじ!」
う…。確かにそうかも。
「そりゃ姿は変わったし? ちっちゃくなったし? あの頃と全く同じってワケじゃないけどさ。でも、三百にも満たない距離なんて全然たいしたコトないね。やっぱり提督は私たちを人間として見てるね~」ニヤリ
「…反論できねぇよ。でもまさか、みんなを手荒に扱えなんて言わないよな?」
「残念でした、そのまさかでえす! 提督はね、私たちに甘いんだ! いい? 私たち艦船にとって、人間は大切な存在なの! 私たちはそのために造られたんだぜ? 人間の提督が私たちを大切にしてくれるのは嬉しいんだよ…でもそれだけじゃダーメ! 私たち艦娘だってね、もっと提督を守りたいの! もっと手荒でイイんだよ提督…俺を守れ! ってな感じで!!」
ぐはあああああッ!?
な、何だこの衝撃!!
「い…いつも俺のことを守ってくれてるじゃないか! それなのに、もっと守りたいだなんて! 俺を骨抜きにする積りか!?」
ゆるんでしまいそうになる表情を引き締めながら、何とか言葉を絞り出す俺。
「小破ぐらいで帰らせちゃダメなの! 名取と鬼怒は命令通りドック入りするためにみんなと帰ったけど、ほんとは提督と一緒に居たいって表情してたんだぞ。え…気付かなかったって? 提督ってたまにそういうトコあるよねー、戦闘指揮は上々なのにさ。あの時はねえ、みんなココに残れば良かったんだ…そうすりゃ二人は満足できたの! それくらい手荒にしてイイんだからね!!」
「そ……それじゃまるで……二人のケガよりも、俺のことの方が大事…みたいじゃないか……」
「大事なの! 提督は艦娘を人間扱いしすぎ! さっき言ったけどね、私たちは多少のことなんてへっちゃらなんだからな! 提督が甘いから、私たちはますます提督のことが…ありゃ? 提督、どうしたの……何だか…息、荒くない?」
「……長波」ゼーハー
「は……はい?」
「好きだあああああ!」
ガバッ!
「ひいいいいいいィ!?」
「お前って奴は! どこまで俺に優しいんだよ!」
「んうッ!? あふ……んむぅ…」///
(触れるぞ)
ぎゅ……ふにゅん
「ひゃああああん!」
重なった唇が離れてしまうほどの声を出す長波。頬が紅潮している。
「ダ…ダメ…提と…わぷ!」
(いいじゃないか。長波があんなこと言うから俺、ドキドキしてる)
「むふぅ……あふ……あむ…くちゅ……はふぅ」///
(長波って綺麗な髪してるよな。ちょっとだけ撫でさせてくれ)ナデナデ
(そ、そうなの? 照れるぜ)///
しばらく長波を愛(メ)でてから、密着したお互いの体を離す。出発の準備中じゃなければ、もっとゆっくりできたんだけど。
「ふぅ満足した。もう少しで着くよ、行こう」
「スッキリした顔しちゃって……。フツーさあ、逆だよね? だんだん興奮するもんだよね? 提督は何で私たちとスキンシップしたら落ち着くワケ? 」
「艦娘は頼もしい存在だからね、触れ合っていると凄く大きな力に包まれてる感じがする。安らぐのは当たり前だろ?」
「顔から火が出そうだよ。私たちの艤装を部屋に持ち帰ってウットリ眺めたりしてないだろうね?」
「してないよ。できればそうしたいんだけどな」
「うわぁ」
長波を暁たちのトコに案内してからは、あちこち歩き回って、出発準備に追われるみんなの手伝いをして過ごした。昼食のおにぎりがとても美味しかったお陰で俺は、夕方になってからミルディが準備完了宣言を出すまでに一度も休憩をとることなく手伝いに奔走することができた。
「来たなボウズ! こっちだ、こっち!」ノシ
「見晴らしの良さそうな岩山だな。今行くよ天龍」ザッ
「気を付けて登ってこいよ。ゆっくりな」
天龍が南の浜辺にある岩山で待ってるという伝言を、さっき雪風から受け取った。
「ミルディも一緒に来てほしい、との事ですよ」
「分かった、ありがとう雪風。みんなは川で水浴びしてるから、一緒に疲れを癒すといい。悪いがミルディを見付けたらね、着替えてから俺のトコに来てくれるよう伝えてほしい。自分の部屋で待ってるよ」
「分かりました、司令」
「ミルディ、手を繋ごう。足元に気を付けながら登らなくちゃね」つ
「うん、提督ちゃん」ギュ
天龍が俺たちを呼び出した理由には心当たりがある。明日は天龍たちがこの島から離れる日だから、その前に語っておきたいんだろう……。3人で一緒にココへ登ることはせずに、雪風へと伝言を託したのは多分、しばらく独りで物思いに耽るためだ。
「お待たせしました、天龍さん。あの…お隣、よろしいですか?」
えぇ……残念だな。
「天龍でいいぜ……ああ、座ってくれ。ボウズ、お前はこっち側だ」
「二人の間に座りたかったな。ミルディ、しばらくお別れだよ」
「何言ってやがるんだよ」
「うふふ……提督ちゃんったら」ニコッ
まあ仕方ないか。天龍とミルディはこれから戦闘部門を支える2つのグループの筆頭。初対面だし、お互いの距離を少しでも縮めておきたいという気持ちの表れなんだろうな。ここは大人しく引き下がるぜ。
しばらくは2人の艦娘同士が色々と話し合うのを聞いていた。時おり、ツッコミを入れたり相槌(アイヅチ)を打ったりはしたけど、基本的には聞き役だ。やがて彼女たちの会話が途切れがちになってきた頃を見計らって、こちらも口を開く。
「……風が少し吹いてきたな。寒くないか、天龍?」
「ああ、平気だ」
「ちゃんと水浴びしたのかよ」
「お前たちよりも少し早くにな。暁のヤツがな…ここは自分たちに任せて、先に汗を洗い流してきて……だとさ」
「いい子だよな」
「ああ」
「提督ちゃんのことを、とても信頼してるみたい」
「そう……かな?」
「ええ。見てれば分かりますよ。他の子たちも、そう。とってもいい雰囲気の艦隊だから……。提督ちゃんってモテるのかな……」
モテる、か。
「ミルディ、彼女たちは艦娘だ。かつて大勢の人々をその身に抱擁しながら戦った艦船の魂が、現世に目覚めて、縁あって俺たちに結び付けられている。モテてるんじゃなくて……多分、俺を…俺や鎮守府の職員みんなを見守ってくれてるんだよ」
「そうなの? でも私は提督ちゃんのこと好き」
「嬉しい。ただね、ミルディ。タルトの資金集めに協力していた提督たちを、俺が穏便に救い出したみたいに思ってるみたいだが、彼らの身を案じていたワケじゃないんだぞ? あちらに所属していた夕雲たちを引き抜きたかったから、交換条件を提示しただけなんだ。アレが切っ掛けで俺のことを気に入ってくれたのなら……」
「ううん……提督ちゃん、それは違うの」
え?
「勿論、私が好きだった人のお友達を助けてくれたのは嬉しいよ。でもそれは大した理由じゃない。初めて会った時に言ったでしょ、私は提督ちゃんがくーとタルトを素敵な子に変えてくれたから、提督ちゃんのことが好きなの」
「二人はもともと素敵だと思うけどな」
「提督ちゃんの前では猫かぶってるだけ。私にはほんと遠慮しないんだからね、あの子たち」
微笑みを浮かべながら話すミルディ。お母さん……いや、お姉さんみたいだな。
「好きだって言ってくれてんだ、素直に受け取りなよ」
「ああ。ミルディ、俺もミルディのこと好きだぞ。これからもよろしくね」
「はい。こちらこそ」ニコリ
「今のうちに話しておくことあるんじゃないのか? 明日のこととか、な」
「そうだな……北方棲姫を待ってる間は、ミルディの力が頼りだ。今回は電探を置いてきたから雪風の探知能力は発揮できないし、妖精さんたちが留守番だから俺も役立たずだ。頼んだよ、ミルディ」
「あ…それなんだけどね、あの子はもしかしたら、あした一緒に出発できるかも」
「え……そうなのか。もしかして、よっちゃんが?」
「うん、水上偵察機をあちこちに飛ばしてくれているの。危ないから、普段なら絶対にさせないけどね。でも、奴らを敗走させた今なら安全だからって言ってたし、私も賛成したの」
「成る程、確かにね。くーに、ちゃんと確認した?」
「ええ、大丈夫。敵の気配は一切感じられないって言っていたわ」
「なら安心だな。見付かるといいなあ」
「四号の探知能力は、くーの感知能力に負けないくらい凄いの。精度も範囲もね……きっと見付けて、連れ戻してくれるよ」
「期待できそうだね。んじゃ、次だな……天龍、お待たせ。俺たちを呼んだ理由、聞かせてくれ。………天龍?」
両膝を抱えた三角座りの彼女はまるで、俺たち2人の存在を忘れてしまったかのように、心ここにあらずといった様子だった。こちらの声は聞こえているけれども、それに対して自発的に耳を傾けようとする気配がないんだ。その視線は水平線の更に向こう、遙か彼方へと向けられていた……暮れゆく太陽を見る限りでは、方角は南だ。………やっぱりな。
「提督ちゃん……天龍、どうしちゃったの……?」
「硫黄島(イオウトウ)だよ。ここから、ずっと南の……」
「……あの、大激戦、の…」
「その通りだよ。この島は、本土から大体二百五十キロくらいだ。そして硫黄島はここから更に、南へ千キロくらいだよ……。交戦は二六〇五年の二月から。本当に、大勢の人々が、お亡くなりになられたんだ」
天龍の心には今、どんな思いが去来しているんだろう? もしも開戦から1年後に命を落とすことがなかったら、硫黄島の戦いに馳せ参じることができただろうに……そんな気持ちなんだろうか。
「それじゃ、天龍は今……その人々のことを……」
「ああ、間違いない……俺たちが来るまでに、ずっと思いを馳せていたんだろうけど……でも、どうやらミルディとの挨拶が済んだことで、心の中は再び、南のあの島へと引き戻されたらしい。本当は俺たちと語り合う積りで呼び出したんだろうけど、この様子じゃもう無理だろうな。話し掛けるのは、やめておくことにしよう………でも」
天龍に密着して、彼女の肩を抱く。せめてこれくらいは、いいよな。
(ミルディ、そちら側から同じように、天龍の肩を…うん、そんな感じだ……よし、いいぞ)
(しばらく、このまま……なんだね?)
(風が吹いてるからな。でもこうしていれば、三人ともあったかいよ)
(うん………)
薄暗さのせいでやや削がれてはいるけれど、それでも強い彩度の赤色と橙色(ダイダイイロ)に彩(イロド)られた巨大な雲の数々。それらが浮かぶ夕焼け空は、陸で見られる時のそれとは全く別物だ。息を呑む景色ってのは多分、こういうのを指すんだろう……。
天龍は相変わらず無言のままだ。でも今のこの場に、言葉は必要なかった。
続く