「落ち着いて聞かせてくれ。何があった?」
「はい……。泊地水鬼…です……私たちが埋葬した彼女。提督に会いたい、そう言っています。軽巡棲鬼を止めなくちゃ、と……」
第五-37話
ザザザザア………!
はるか彼方の水平線。どこまでも澄みわたる青空と紺碧(コンペキ)の大海原は、あの向こう側……もっともっと遠くへと続いているんだな。ただ単に、これ以上は目に見えないというだけなんだ……圧倒的なスケールの大自然。そして…そこを戦場として戦い続けた人々の、筆舌に尽くしがたき七難八苦……。
(司令、しっかりつかまっててくださいね!)ザザザザザ
(久し振りだから力加減おかしくなるかも。苦しかったらゴメンな)ギュッ
(あ…ぁん…………だ、大丈夫です! 雪風は気にしません!)///
(頼りになるな雪風は。でもさ……タクシーじゃダメだったのか? 俺はこっちのほうが嬉しいけどさ、いま汗かいてるんだぞ。雪風のセーラー服が汚れちまうよ)
(雪風のほうが速いですからね……運転手のみなさんには天龍への伝言をお願いしておきました。一刻も早く彼女にお会いになってください、司令。それと……雪風は司令の秘書艦です、司令の汗を嫌がったりしません!)
(分かったよ、俺の大切な秘書艦雪風。ちょっと第三しつちょ………うおおおッと!?)ガクン!
(ご……ごめんなさい司令!! おケガは!?)ズザザザ…ッ
(あ、ああ大丈夫だ。イルカでも居たのかい?)
(いえ……その…………司令が、雪風のこと……)///
いけね。さっきの興奮がまだ消えてないな……気持ちが高ぶってやがる。自分の本心を封じている普段通りの振る舞いができねぇ。
(……ビックリしてバランス崩しちゃいました……すみません)///
(いや悪いのは俺だよ……すまない。雪風、どこか痛めてないか?)
(はい、大丈夫です……)
(そうか……よかった。第三室長との話し合いがほんのちょっとヒートアップしてね、ひと汗かいてきたんだ)
(……お顔と腕にアザができてるのに。ほんのちょっとじゃありません……今、みんなは第六で明日の準備中です。キズの手当て、医務室でできる筈ですから寄っていきましょう! さっきはお拭きしただけですから心配です……)
明日はミルディたちの地域交流イベントだ。でも死者が甦ったとあっては……。
(いや、このまま第八へ頼む。俺のキズなら大丈夫だよ、先ずは泊地水鬼だ)
(……はい。分かりました司令)
トーンダウンする声。
(医務室に行くよりも雪風に癒してほしい。なめて)スッ
背後から抱きしめている体勢を崩さないように注意しながら、左腕をゆっくりと彼女の顔へと近付けていく。雪風はちょっと小柄だから、安定感を損なうことのないよう気を付けなくちゃだな。
(あ………はい、分かりました……あむっ……んちゅ…ちゅ……ちゅるるうっ。れろ……じゅる。れろぉ」ペロペロ
(気持ちいいな……痛みが消えていく。もっと強く)
(ちゅうっ……ふあい……わはひまひはあ……ん…ちゅうっ……れろ。じゅるっ! じゅぽおッ」///
(とても気持ち良かったよ……雪風、ありがとう)
「ぢゅる……はむっ…あむう………んふぅ…」///
(雪風?)
「はふぅ………あむ。……ぺろ…」///
夢中になっちゃったのか。何だか嬉しいような気恥ずかしいような。ま、ムリに中断させることもない。俺は彼女の髪を撫でながら束(ツカ)の間の快適な航海を楽しむことにした。
ガチャリ
「おう帰ってきたか! まったくもう、ここは賑やかじゃな~!!」
「あ!」
「司令官!」
「あらお帰りなさい!」
「司令官さん!」
ドドドドドド………ガバッ!
「みんなただいま。暁、泊地水鬼はドコに居る?」
「おかえりなさい。もう雪風から聞いたのね……って司令官、頬にケガしてるじゃない! 救急箱取ってくるわ!」
「だいじょうぶ暁、もう取ってきた。司令官……じっとして」ペタペタ
「アンカー外してる時のお前は神速だな……ありがとう響。……暁、ちゃんと腕でガードしたんだよ。勢いがあって顔に少し当たっただけだ……平気だからそんなカオしなくていいよ。泊地水鬼は?」
「……ほらココよ、司令官のお布団の上。お座布団の代わりに、ね」
俺が使ってる敷き布団と掛け布団が畳まれた状態で積み重ねられている。その上にちょこんと腰掛けているのは………。
「泊地水鬼」
「うむ。お前さん良い部屋で暮らしてるんじゃな。それにこの布団……このまま睡魔に身を委ねたくなりそうじゃ」トローン
美しい黒髪に白く鮮やかな角……このあたりは10日前に交戦した時と全く変わっていない。だが、劇的に変わった点が1つある。まるで人形のように小さな体、およそ30cmぐらいってところか。
「暁たちと談笑していたみたいだな……敵意はない、そう思っていいか?」
「うむ」
「俺はお前を死なせた。なのにお前は、それを責めはしない……と?」
「勿論じゃよ。お前さんは自らの役割を果たしただけじゃ。我の目的はな、お前たちが軽巡棲鬼と呼んでいるあやつを止めることよ」
「不思議なことを言う。奴はお前の仲間だった筈だよな? ……いや待ってくれ。お前はもしかして復活したというより、生まれ変わった…ということなのか?」
「そんな気がしておる。うまく伝わるか分からぬが、お前さんのあの攻撃を食らった時に目の前が真っ白になってな……気が付いたら我は全身土まみれのままで、雪風といったか……そこでお前さんに寄り添ってる艦娘と見詰めあっていた……というワケじゃ。肝を冷やしたぞ、大入道に食われてこの美少女も一巻の終わりかと思うたわ」
「ごめんなさい、森の中で巡回していたらお墓のトコで発見して…何だか可愛くてついジッと見てました」///
「雪風、彼女の遺体は?」
「分かりません……ですが、彼女がいま着用……っていうかぐるぐる巻きにしているのは明らかにあの時の戦闘装束です。ところどころ千切れているのは戦闘の証。もしも遺体がまだあるのなら、この小柄な体ではとても引きずり出せなかったと思います」
「その通りじゃよ、我の体は今やただひとつあるのみ。裸では不便なのでな、またこれを着ることにしたぞ。ツノでちょちょいのちょい、じゃ」ニッコリ
サイズに合わせて角で裁断したのかよ。器用だな。
「司令、余ってる大きいのはちゃんと保管してありますよ」ジーッ
お。雪風の目、もしかして……。
「分かった雪風、頼むよ」
「お任せを!」///
「……なんじゃ? 何の話をしている?」
「ちょっとね。泊地水鬼、お前の変身だけど……何か心当たりは?」
「さっぱり分からん。じゃが不愉快な気持ちは全くないぞ。それよりもな……お前さんこそちっとも驚いてなさそうじゃの。物足りんわ」
「昔話には、忠犬の遺体が埋葬されて、やがて枯れ木に花を咲かせてゆくストーリーがあるからな。お前はいま、現にそうしてそこに居る。それで充分じゃないかな?」
「………ほう。成る程な」
「お前が仲間に加わってくれるなら心強いが、俺たちは軽巡棲鬼を倒す。辛くないのか」
「我も違和感をいだいておったんじゃよ。こんな戦いに意味があるのかと。もっと別の道があるのではないかとな。お前さんに尋ねたい……この戦いの正体は、なんじゃ?」
この戦いの正体……か。以前の俺ならとても答えられない問いだな。
「偽り、だよ。何者かが何らかの目的の為に、お前たちを悪者に仕立てて鎮守府と戦うように仕向けている。本来なら戦う理由なんてないんだ……どちらも艦娘なんだから。お前たち深海棲艦はただ、亡くなられた人々の魂を送り届けようとしているだけなのに。尤も、役目とはいえお前を葬った俺が偉そうに言えたことじゃないんだけど……とにかく、この戦いは偽りだ」
「…………。我の仲間が世話になっておるらしいな」
「リッティか? いい子だよ、少しずつココでの暮らしにも慣れてきている」
「すまぬが彼女に会わせてほしい。二人で話し合って、お前さんの役に立つよう努めてみよう。ところでお前さん、キズは大丈夫なのか?」
「ああ何ともないよ。こうして仲間がいつものようにしっかり癒してくれるからな。リッティの件、確かに引き受けた。ん……終わったのかい響? ありがとな」
「薬の力と私の愛情。どんなキズだって治る……」
「ああ。その通りだ」ポンポン
「…………」///
「司令官さん……おカオ、痛そう。誰です? 誰がこんなヒドいことを」ナデナデ
電の表情がいつになく険しいな……いや、彼女だけじゃない。他のみんなの表情にも動揺と怒りの色が浮かんでいる。誤魔化したり隠したりすると大変なことになりそうだな。
「第三室長だ。でも勘違いするなよ、ケンカなんかじゃないからな? みんなだってこういうのはよく知ってる筈だ。お互いに譲れないものがあったんだよ」
「司令官が譲れないのって私たちのコトに決まってるじゃない。私たちも当事者だわ……司令官お願い、私たちにも何かやらせてちょうだい。あなたのために」
「そうです司令官さん!」
「ありがとう雷、電。でもな……第三艦隊に乗り込んで片っ端から投げ飛ばすなんてのはナシだぞ。もう勝敗は決したわけなんだし、大勢がそれを見届けたんだからね」
「投げ飛ばすのはダメ……なの?」ガサゴソ……パタン
「それと絞め落とすのもダメだ。あと、関節技もな」
「うぅ~! それじゃ行っても意味ないじゃない!」
やっぱり行く積りだったのかよ。
「だからココで待ってるんだよ。いまの雷の話だけどな、お前たち四人には重大な役目を引き受けてもらいたいんだ。もうすぐココへお前たちの新しい仲間が到着する。部屋の割り当てや案内を頼むぞ」
「まあ素敵ね! 今回はどれくらいの規模なのかしら?」
「第二艦隊と第三艦隊だよ。但し第三艦隊は何名か向こうに残るだろう……」
艦娘は義理堅い。あんな野郎が相手でも寄り添わんとする艦娘は必ず居る。
「ざっと三十人ってところだな恐らく」
「司令官さん! やったああああああぁ!」ギュウウッ
俺が第五艦隊に潜入したモチベはこの電の笑顔が見たかったから。何だかもう、ずいぶん前のことみたいな気がするなあ……。
「今まで寂しい思いをさせてきたからな。せめてもの罪滅ぼしだよ」ナデナデ
「罪じゃないのです……罪なんかじゃ………」
「そっか。ありがとな電」
「………」///
「第二艦隊の提督も来るぞ。彼のことは俺が預かる」
「男かぁ……タルトやミルディが放っておかないかも知れないわね。でも司令官はむしろそっちの方がイイのよね?」
「雷はお見通しか……その通りだよ、姫のみんなは対人スキルをもっともっと伸ばせるハズだからな。大切な機会だ」
「司令官……私たちの第八艦隊ってもしかして、第一艦隊よりも大きくなる?」
「どうだろうな……あそこは謎が多いから即答は避ける。でも、間違いなく肉薄はするだろう。何か気になることでもあるのか暁?」
「えっとね………先ずその前に……おめでとう司令官。パワハラ指揮官をやっつけたのね?」
「……俺の自慢話みたいになるとイヤだから適当にはぐらかした積りだったんだが……。くわしくは後で雪風や天龍たちに聞いてもらおうと思ってたんだよ……まあ……やっつけたってことになるのかな。ありがとう暁」
「そんなことだろうと思ったわ……言っておきますけど、響も雷も電もとっくに気付いてるからね?」
ま、そうだろうなぁ。
「まったく……お前たちには敵わないよ。これからも頼りにさせてもらうからな、忙しい日々が続くぞ…覚悟しててくれ」
「ふふ……お任せあれ。本題に入るわね、第三室長…パワハラの元凶をやっつけたってことは……彼の背後に居る親玉にとっては青天の霹靂ね」
親玉? あんな唯我独尊野郎に親玉なんて居るのか……? いや待てよ、あいつのパワハラは個人的な振る舞いではなく、その親玉の指図だったってことなのか?
「暁。すると奴は単なる……」
「ええ、恐らくはその親玉の手先。だって艦娘を相手にしてパワハラなんて、どう考えてもムチャよ。自慢じゃないけど私たちがその気になれば、一個人の室長なんて相手にもならない」
「確かにな。いくら陸上制約を受けるとはいえ、司令部での絶大な発言力はそれを補ってなお余りある」
「そこよ。彼に協力してる艦娘が居たんでしょ? だから彼は無事に過ごせていた……私たちのあなたに倒されるまでは、だけど」ニコッ
高雄と霞だ。あと暁、ここでそのセリフと笑顔は反則だ。今晩のおかず、分けてやるからな……。
「二人居る。さっき俺が、第三艦隊は何名か向こうに残るだろうと言ったのは彼女たちのことだ」
「気になること、何か言ってなかったかしら? 例えばそうね……第三艦隊という組織に関してとか」
組織か……そういえば……!
鈴谷、あなたの所為で……提督が負けたわ! 第三艦隊はね、第一艦隊の支援という重要な役割をどこの艦隊よりも忠実に果たしているの!! 提督は日々の激務で稽古だって満足にできてなかったのに!!
「確かに…言ってたぞ。第三艦隊にとってはな、第一艦隊の支援こそが何よりも重要な役割なんだという口調だったぞ……。待て暁……そうか、親分って……そういうことか!」
俺が予測していたサポート艦隊なんてレベルじゃねえ! もっともっと深くて強い結び付きなんだ。
「間違いないと思うわ。第三艦隊のパワハラは第一艦隊の差し金よ。そう考えれば、単なる職員の室長に艦娘が二人も従っていたことの説明が可能だわ……第三室長個人の力で従わせるなんて絶対ムリ。目的は多分、あなたが言った通りですね……艦娘同士の団結を阻止すること。パワハラで……つまり厳しい訓練と戦闘の日常を押し付けて団結なんて夢にも思わなくさせることね。そうすれば余計なことは考えず、司令部のためだけに働く忠実な艦娘を育成することができる。第一艦隊の提督は私たちの敵よ。それともうひとつ……」
なんてこった……どこまでイカレてんだよこの組織!
「……第一艦隊とは要するに司令部……いや、この国史庁歴史交流局の存在基盤そのものだ……。暁、もしかしてお前が言いたいのはつまり」
「はい。第一艦隊の提督はあくまでも指揮官に過ぎないのです。あの巨大な艦隊を支え、そして意のままに操るためには、この交流局そのものでなければ不可能だわ。つまり真のトップでなければ」
………………!
「パワハラ指揮官の親分は第一艦隊提督。そして第一艦隊提督の親分は……歴史交流局の局長、この組織のトップね。三人は縦の線で繋がっているの。私たちの戦いは、あと二人の男と軽巡棲鬼を倒すことで終わる……心配しないで司令官、私たちはずっと一緒だから大丈夫よ!」
続く