「変わらないものだって、きっとあるんじゃないかな………行こう、みんな」ザッ
「ああ、分かったよ」
「海から陸へ、か……」
「人の業(ゴウ)、じゃのう」
ザッ……ザザッ……ザッ……
第七話「局長と最後の対面をせよ!」
ガサッ……ガサガサ
電車から降りてから暫くの間、無人駅に興味津々なディーネとリッティが駅舎のあちこちを見てまわり、すっかり満足してから商店街で水などの必需品を買い求め、俺たちは駅の裏手にある山道を登りはじめた。舗装などまったく施されていないにも拘わらず木曾とリッティの足取りは軽快そのもの。さすがだ。
「なあ。地元の役所との話はもうついてるのか?」ザザッ
「勿論だよ木曾。総務課がお膳立てしてくれたんだ。さっき俺たちが商店街から戻ってくる時に、白い車がついてきてただろ?」ザッ
「ああ、気付いてたぜ」
「俺たちが山に入るのを見届けるために来てくれてたんだよ。役所の関係者に間違いない」
「よそよそしいわね。声くらい掛けてくれてもいいと思うんだけど」ザッザッ…
「それは仕方ないさリッティ。この地方の人々にとって、本土決戦の施設なんてのは忌まわしき負の遺産そのものなんだ……この山を見る度にあの敗戦を想起させられるんだからな。そこにやって来た俺たちは彼らにとって、単なる邪魔者だ。追い返されたりしないだけでも充分ありがたいよ」
「……そう。ま、あなたが納得してるのなら私は構わないわ」
そう語るリッティの表情は穏やかだ。ミルディの島の近くで対戦した彼女だけど、ほんと変わったもんだよなあ……。
「ありがとなリッティ、同行してくれて。お前とディーネは呪術に詳しそうだから心強いよ」
「べ、別にいいわよ……。まあ頭領ほどじゃないけど、私だって霊力は強いほうだし」///
「リックルってやっぱりすごく強いのか?」
「あなたの念話に割り込んだでしょ? 霊的な能力に関して彼女は天才。あれで火力も高ければもう手のつけられない暴れ者ね」
あれは霊力の発露だったのか。すげえな。
「リックル……それが頭領の新しい名前か。お前さんは次から次へとよく思い付くもんじゃのう」
小さい頃からゲーム好きで自分でもよくストーリーを創作してたからな。地名や人名なんてしょっちゅう考えてたし。
「巡洋艦を意味するクルーザーにリトルのリを付けてリックルだ。復活したトールと会話させた後に名付けたんだけど、照れながらも喜んでくれていたよ。ディーネもありがとう、局長がまさかこんなに離れた場所に潜んでいるなんて夢にも思わなかったよ」
「いろいろ彼に関する話を聞いてからというもの、なかなか姿を見せないなど不審な点があったからのう。調べてみれば案の定じゃ……礼なら艦隊の職員に言うてやるとよい。本当によく協力してくれたぞい。お陰ですこぶる捗(ハカド)ったわ」
ディーネの言葉を聞きながら、そこまでの違和感を持たなかった自らの不明ぶりが恥ずかしくなる。どうやら彼女たちからは、まだまだ見習うべきことがありそうだ。
ザッザッザッ………
渓流のせせらぎに沿って登山を続けることおよそ1時間。やがて樹林は途切れ、それまで木々にさえぎられていた陽光と共に、ひろびろとした空き地が目の前に広がっていた。その向こう側に見える大きなトンネルは……。
「ここか」
「ああ、着いたよ。本土決戦のために軍部が各地に建設させた地下施設……そのひとつだ。ここで休憩しておこう。シートを広げるからちょっと待ってくれ」ガサガサ
「緑豊かで素敵なところね……こんな場所で戦おうとしていたのね、日本軍は」
「そうだな。戦線が一気に後退したにも拘わらず降伏を拒んだんだ。よりによって本土決戦などと……信じられないよ」
そしてその結果、ふたつの都市はピカドンの悪夢を味わうことになった。制空権を失っていながら、自分たちはまだ戦えるなどと妄想していた軍令部がもたらした悲劇だ!
ポン……
「……木曾?」
「そんなカオするなよ。今から局長と対面するんだからな……心を研ぎ澄ませておかなくちゃダメだぜ」
俺の髪を優しく撫でる木曾。どうやらまた、内心のざわめきが表情に表れていたらしい。
「悪い……」
「お前はよく頑張ってる。疲れがたまってるんだよ」ナデナデ
う……気持ちいいけど、リッティやディーネの前だと恥ずかしいな。
「鳳翔を海面に叩きつけ、トキシラズを台風一過のごとく水浸しにしたお前さんも、この男のこととなると別人じゃな。好いておるのか?」
「決まってるだろ………本当はな、オレがこの子の秘書艦になるハズだったんだ。それなのに………ッ」ギュウ
地面にひろげたブルーシートに体操座りしている俺の頭を、膝立ちの姿勢で抱きしめる木曾。体がほんの少しだけ震えている……彼女にとって俺の秘書艦の一件は、今でも区切りがついていないんだな。
「頼りにしてる。今日もたのむぞ木曾」ギュッ
「……ああ。任せとけ」
「ディーネ。鳳翔は海面に叩きつけられたわけじゃないぞ。そうだな木曾?」
木曾のふくよかな胸に顔をうずめたまま話す俺。
「あ、ああ……。加古や鈴谷と同じように衝撃を減らすよう、小さな水柱を立てておいたからな。鳳翔にケガはないと思う」
「あれは着水のしぶきではなかったのじゃな。すまぬ、我の失言じゃ」ペコリ
「いいさ、気にするなよ」ニッコリ
木曾の体から震えが消えている。どうやら落ち着きを取り戻したみたいだ。
「もう少ししたら中に入ろう。恐らく地縛霊や餓鬼のたぐいが徘徊しているだろうけど、こちらの準備にだって抜かりはない」
背負ってきた大きなリュックサックをチラリと見ながら、みんなに声を掛けた。
コツ……コツ……、コツ………
「………………」
コツ……コツ……カサ………
「木曾。これを」つ
「わかった」つ
パラパラッ………
「ギャギャ!」カサカサ! パクッ
「……」
「ギャ………クウウ……」シュウウウウ………
浄化されたな……辛うじて日光が射し込んでいたトンネルと違い、眼前にひろがる起伏だらけの通路は漆黒の暗闇だから俺にはほとんど何も見えない。でも、あやしく輝くふたつの目は、一瞬だけど見えた。
「餓鬼が消滅してゆくわ……お米の力って矢張り偉大ね」
「そうだな……あと、木曾の霊力もたいしたもんだ」
「オレの霊力を吸収したのか?」
「うん、ハヤに頼んで町に行って取ってきてもらった特製の呪具、ご祈祷を受けたお米さ……単体でも強力だが木曾の霊力も加わったんだから無敵だよ。いまの餓鬼はきっと何の苦しみもなく旅立ったろうな」
「うむ、安らかな声をあげておったからの……」
イザナギ様とイザナミ様が国生みの最初におつくりになられた淡路島には、おにぎりを放り投げて餓鬼の注意をそらし、ご先祖の魂を守る呪術がある。呪術の国日本とお米は、切っても切れない関係にあるんだ。
ペタ……ペタ……ペタ
「ん。今までとは違う足音……新手のお出迎えか」
「安心しろ。お前はオレが守る」
「あなたっていい耳してるわね。私たちも居るわ、大丈夫よ」
「大船に乗った気でおるがよい」
「ありがとう木曾、リッティ、ディーネ。みんな頼りにしてるよ」
ペタ…………ペタ
「よく道がわかったね? お兄ちゃんたち、何しに来たの?」
俺たちの目の前、3メートルほどのところで立ち止まったのは……おかっぱ髪が防空頭巾の下からのぞいている小さな女の子だった。背中には白い風呂敷包みを背負い、それをボロボロの帯でたすきがけに固定している。暗闇の中なのに姿が見えているのは……彼女自身が、朧げながらも青白い光を放っているからだ。
「ここで一番偉い人に会いに来た。この人たちは海軍に所属しておられるんだ。俺は軍人ではないが、訳あって行動を共にしている者だよ。通ってもいいかな?」
そう言って一歩前に進みながら、木曾たちを彼女に紹介する。
「海軍の……。それなら、いつもの人はどうして来ないの?」ジーッ
いつもの人か……第一室長のことだろうな。彼が単独でこの場所へと何回も足を運んでいることは、既に調べてある。
「いつもの人というのは、髪が白くて日に焼けたたくましい人のことかい?」
コクリ。
首肯する女の子。やはりな。
「柔道の稽古で膝を痛めたんだ。いまは療養している」
「まあお気の毒に。だからお兄ちゃんが来たんだね。わかりました、どうぞ」
自分が今やって来た方向へと振り向いて、そのまま歩き始める彼女。どうやらついて来い、というわけだな。
(……ずいぶんと油断ならぬ相手じゃな。くれぐれも見た目に惑わせられぬようにな)
(分かるのか?)
(うむ。霊力も高い)
(そうね。さっきの餓鬼なんて相手にもならないわ。気を付けて)
(そうしよう。彼女は……もう?)
(残念ながら、ね。幽明の境を自在に行き来できる存在よ)
(ここを見張っているってワケか……行こう)ジャリッ……
瓦礫だらけの通路を何とか転倒することなく歩み続け、やがて辿り着いたのは大きな空間だった。扉すら取り付けられていないその内部は、大きなドームになっているようだ。あちこちに浮かびあがる青白い無数の鬼火が、全体の姿をハッキリと浮かびあがらせている。だが………不気味さはなかった。少なくとも俺はむしろ、穏やかな印象をその光景から受けていた。
(ちょっとよいか? この地下基地はちと肌寒いというか………。できればお前さんのその、暖かそうなポケットなんて良さそうじゃな~、なんて………)
(体が冷えたんだな? いいよディーネ、おいで。左のポケットは満室だから、右なら……)
バッ!
俺の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで右胸のポケットに飛び込んできたディーネ。体のサイズを自由に変えられるのは妖精さんたちと同じだな。
(何よ、私の肩じゃ不満なの?)
(許せリッティ。あぁ~極楽極楽じゃ)///
温泉客かよ。ほんとディーネはマイペースだな。
「今日の客人は五人か! いや結構なことだ! なにもないところだが、まあゆっくりしていけ!」
朗々と響き渡る声。見ればさっきの女の子の隣に立つ大きな人影が。彼女と同じく青白い光を放っていて、六尺近くはあるだろう……肉付きもがっしりしている様子だ。
「もうご存知だと思うが、海軍艦船の力を借りて任務を遂行する組織から来た。あなたが……局長か」
自らの言葉にあまり感情をこめてしまわないよう、できるだけ冷静に話した積りだったが……果たしてどれだけ成功したのか自信はない。この男は第一・第三室長の行いを知っていて不問に付していた筈なのだから、俺にとっては好意的に会話のできる相手じゃないんだ。しかし男の返答は……
「無理もないが、まあそう熱くなるな。貴様の働きに関しては評価しているのだ! これからは貴様が思い描く通りに歩めるよう計らうからな……局長として保証してやろう!」
とても明るくて、こちらのわだかまりなど易々と打ち砕いてしまうような言葉だった。
続く