「……俺がみんなに巡り会えたのは、二人のお陰だよ……まず、女の子のほうの名前は………」
第八-最終話
…………………ザワ……ザワ…
………は……、元気に………
酒保は……まだ……
……ほら、応急配食だ…!
ん…………真っ暗なのに……なんだかにぎやかだな………誰かいるのか?
………見ろよ、戦艦だ!
……戦艦?
あれ……なんだか急にまわりが明るく………な……なんだアレ!? まっくろな山……じゃない!
あれは……菊のご紋章!?
いま聞こえた声の通り……戦艦なんだ! でっけぇ! あ……艦首に立ってる誰かがこっちに手を振ってる! みんなビックリしてるな……ほんとでっかいもんな!!
あれ……?
………みんなって?
…………まわりにいるみんなは……誰なんだ…? さっきから声は聞こえているけど、その声の主(ヌシ)の姿は見当たらないじゃないか。
帽振れええええッ!
父さん!
母さああああん!
うおおおおおおおおおおおおおッ!!
!!?
ガバァッ!
………………ドクン、ドクン!
…………夢かよ。心臓がバクバクいってら……。あ……室内にうっすらと光が差し込んでいる……もう朝なのか、起きなくちゃ。
……いやちょっと待て。
いまのが………夢だって?
違う。
あの戦艦の迫力……海面を切り裂きしぶきを撒き散らす音がいまにも聞こえてきそうだった!
そして最後に見えたのは……たくさんの人々の、顔だった。こちらをジッと見ているまるで武士のような迫力と威厳に満ちあふれた顔、ほほ笑みを浮かべている女性の顔、心配そうな表情の、いまにも泣き出しそうな子どもの顔、顔、顔………。ひとりひとりと実際に対面しているような瞬間だった。夢だったなんて、とても思えない……。
「ゴメンね提督。ビックリさせちゃったね……」
あれ? この声………。
「でもね、提督には聞いてほしかったんだ。鈴谷たち艦娘にはいつも聞こえてる、あの勇敢な人々の声を」
「……鈴谷。おはよう」
「おはよ提督。珍しいね、誰も添い寝してないなんてさ」ニッコリ
俺の布団に寝そべりながら、こちらを見上げて微笑んでいる鈴谷。少しずつ明るくなりつつある部屋の中、朝の光を感じたのかちょっとまぶしそうに瞬きしている。
「みんなが気を遣ってくれてね。局長とサチの手紙を読むんだからジャマしないでおこうってんで、昨夜は誰も来なかったよ」
「え……提督が帰ってきたの、一週間も前じゃん。 ずっと読んでなかったの?」
「もっと早く読みたかったんだけどね。でも読むなら仕事を片付けてゆっくり読みたかったんだ。せっかくふたりが書いてくれたんだし」
「そっかぁ。てコトはもうお仕事、終わったんだ! いよいよ提督が局長補佐になるんだね!」
「あとは着任日時の通達を待つだけだよ……ってか鈴谷、よく知ってたね?」
「金剛が第一艦隊に顔を出してるでしょ、引っ越しの打ち合わせとかで」
「ああ」
「んでね、なんだか金剛の表情がさぁ……ここ数日、ミョーに明るかったの」
「金剛はいつでも明るいぞ?」
「ちーがーうーの! アレは嬉しくてニヤニヤしてたの! ほんの少しだから提督は気付かなかったかもだけど、普段の金剛じゃなかったね! だからさ、夕食のあとで聞いてみたの……何かいいコトあったの? って」
「そしたら?」
「そしたら向こうの艦隊でね、第一室長が教えてくれたんだってさ。提督が局長補佐になるって」ガバ!
瞬時に上半身を起こした鈴谷。猫のような俊敏さだ。
「おめでとう、提督。やったね!」ギュッ…
「ありがとう……鈴谷に抱きしめてもらえるのは二回目だな。気持ちいい」ギュ
「んふふ~正直な提督は好きだよ~! ね、さっきのコトだけど……聞こえたね? 彼らの声」
「ビックリしたよ。あれは鈴谷が聞かせてくれた声だったんだな」
「おめでとうを言いに来たらさ、まだ気持ち良さそうに寝てるんだもん。それでね、鈴谷ひらめいたの。霊力のある提督なら、もしかして鈴谷の中に宿る声が聞こえるかもって」
「確かに聞こえたよ………まだドキドキしてる」
ただただ圧倒されるばかりだったけれども。
「驚かせるつもりなんてなかったの……本当にごめん。でもね、こんなこと誰にでもするワケじゃないからね。鈴谷の大切な魂だもん、提督だから聞かせてあげたかったの……」
「聞かせてくれた声、ずっと忘れないよ。この国には確かに、家族を……大切な人々を守るため勇敢に戦った海の男がいっぱい居たんだ、って」
「うん。嬉しいよ提督」ギュッ
抱擁の腕に力をこめる鈴谷。彼女の体温が伝わってくる……いつも明るくて周りのみんなを元気にしてくれる鈴谷の、あたたかい体温が。
「……ねぇ。局長補佐のチカラで、この組織を変えてくれるんだよね?」
「変えてやる。そのためにここまで来たんだ」
ザッ…ザッ……
きのうの晩に雷がつくりおきしてくれたおにぎりを鈴谷とふたりで平らげてから、彼女から見送られたあとに鎮守府の館内や敷地の中をのんびりと歩き回る。
人々の魂を解放したあの日から1週間が過ぎたが、艦娘のみんなはまだあの時のことを話題に語り合っているみたいだ。ミルディの魂の数…スゴかったねと談話室で子ノ日が興奮気味に口を開けば、卯月はそれに同意しつつ、でもタルトやリッティの解放した魂もなかなかの数だったと付け加えていた。そして思い思いの意見を述べて会話にさらなる花を咲かせていたのは、周りに集まっている他の艦娘たち。他にもあちこちで同じ光景が繰り広げられていたし、この話題は当分のあいだ続くんだろう。あれは間違いなく、戦いの日々が終わりを迎えたという重要な節目だったんだから……。
「あぁっ提督だあ! おはようございます!」
「おはよう! オレに会いにきたのか? ほらほら座れ!」カタッ
館内の廊下の一角に設けられた休憩のための空間。椅子や本棚にテーブル、そしてその上にはポットなどのお茶セットが揃っている快適な場所だ。そこで談笑していた木曾と古鷹が、こちらに気付いて声を掛けてくれた。
「すまない木曾。わざわざありがとう」ガタッ
「なに言ってる、オレはお前の護衛艦になったんだぜ。これくらい当然なんだから礼なんて要らないね」ニコリ
声を弾ませ満面の笑みを浮かべる木曾。なんだか俺まで嬉しくなってくるな。
「うふふ……木曾お姉ちゃん、ほんと嬉しそう。良かったね」///
木曾は古鷹よりも4つと少し年上だ。
「ああ、これからはずっとそばに居てやれるからな」
「書類の山は全部片付いたし、手紙も読み終えたよ。たった今から俺の護衛任務に就いてもらうぞ……これからずっと、よろしくね木曾」
「おう、任せとけ!」///
「提督とずっと一緒、かあ……羨ましいなぁ。それじゃ、お部屋は……?」
「オレの部屋は夕雲に譲ったよ。その代わり、荷物をこの子の執務室に運んでもらったけどな」ニヤリ
「あれ? 提督のお部屋じゃなくて執務室なの?」キョトン
「この子にだってひとりきりになれる時間は必要だよ。オレは執務室で暮らすんだ、あそこは広いからな」
「あ……そっかぁ。でも私ならお部屋にお邪魔するかなあ」
「……お前、けっこう大胆だな。ま、この子が求めればいつでもオレたちみんなで……な?」
「うん……」///
先週の儀式の日、木曾に招かれた俺は晩になってから彼女の部屋を訪れ、一夜のあたたかく、情熱的なもてなしを堪能した。文字通り身も心もすっかり疲れが落とされて、いまや意気軒昴(イキケンコウ)そのものだ。
「ありがとう……どうしてもみんなのぬくもりに触れたくなる時がこれからもあると思うよ。こんどは司令部に巣くう魑魅魍魎みたいな連中が相手だからな……今までとは勝手が違う」
「疲れたらいつでも言えよ……オレが癒してやる」
「私もです。負けないでくださいね、提督。私たちみんながついてるんですから!」
「それならもう百人力(ヒャクニンリキ)だな。負けないよ、絶対にね……話は変わるけどふたりとも、あの儀式の話をしてたのかい?」
「はい。先週のミルディ、とっても綺麗だったねって話を……」
「確かにね。たくさんの魂の光に包まれていて……」
普段のマイペースな彼女を知っているから、あのとき見た美しさはより一層の印象深さだったな。
「なぁ。本当に良かったのか? 姫と鬼の全員が魂を解放してしまったけどさ」
「みんな賛成してくれたからな。それにあの人たちの魂は日本に帰りたいからこそ、姫や鬼のみんなに乗り移り、その代わりにチカラを貸してくれたんだ。あれ以上の遅延は許されないことだぞ」
「そうだけどさ……戦力の低下が……」
「心配するなよ木曾、魂がくれた指揮官補正のチカラはちゃんと残ってる。だから低下といってもほんの少しだよ。それに、パワーダウンしたのは姫と鬼だけだ……もともと乗組員の魂と完全に一体化しているお前たち海軍勢は、相変わらず無敵さ。そうだろ?」
ディーネやトールを救ってくれた復活の力が使えなくなったのは正直、辛い。でも命ってのは本来、たったひとつなんだ。あるべき姿に戻っただけなんだ。
「フフ……そうだな。分かったよ、そんじゃこの話はもうおしまい! あのさ、リックルには魂ではなく怒りや憎しみが宿ってしまっていたんだったな?」
「そう。だから鬼グループは第一艦隊の艦娘に襲いかかったんだよ……海軍を内閣と同一視する魂の怒りや憎しみに呼応して。そしてそれを知ったから、ミルディは鬼との交戦を決意したのさ。姫グループには怒りも憎しみも宿っていなかったからね」
「ムチャで無謀な作戦……ううん、そんなのは作戦なんかじゃない。そんな酷いことが繰り返されていた」
「すべてじゃないが、敗戦が間近となった戦争末期には特に多かったからな。でもそんな命令でもな、みんな懸命に戦ったんだよ……大切な人のためにな。内閣への怒りは当然だぜ」
「リックルやミルディたちは元々、海軍に所属する船だったんだろう。破壊され沈没した船のカケラに魂が宿ったから、復活したんだと思う」
「え……海軍に所属? 提督ぅ、それならどうしてミルディたちには、私たちと違って船名がなかったんですか?」
「こなごなに破壊されたんだよ。それだけじゃない、船そのものに秘められていた、本来めざめるべき魂も……ね」
「そんな……」
目を伏せる古鷹。
「だからミルディやリックルたちは自分の船名を覚えていないんだろう……船体も心も微塵に砕かれたんだから。なにもかも失った船の残骸に、海をさまよっていた人々の魂が乗り移ったんだ……そしてバラバラになった残骸が魂の力で組み合わせられて、新しく誕生したのが……」
「深海棲艦なんだね」
「その通り……姫と鬼、だよ」
「待ってくれよ、リックルはどうなるんだ? アイツには魂が宿っていないんだろう」
「怒りと憎しみ。それらが魂と同じ役割を果たし、リックルを誕生させたんだろうね……復讐してくれ、我々の無念を晴らしてくれ……と。でも、復讐すべき戦時体制はとっくに消滅していた」
「だから、私たちを……」
「……………」
「それとね、海軍に所属する船と言ったけど、日本海軍とは限らないぞ。激戦で破壊されたのは日本の船だけじゃないんだから」
「? 提督、それって……」
「成る程な」
木曾はもう分かったみたいだな。
「ねぇ古鷹……ミルディやタルトの姿を見て、どう思う?」
「どう、って……。えっと、その」キョトン
「彫りが深くて、背も高くて……まるで海外の人々だよね」
「!」
「ほかのみんなも似ているだろう? 彼女たちは言わば、混血の艦隊なんだよ」
「複数の国の船から生まれた、まったく新しい船……なんだな」
「そうだ、あの戦いに参戦した船の国籍はひとつやふたつじゃないからな。付け加えると、軍艦という縛りもない。あの戦いにはたくさんの民間船も赴いたんだからね……戦闘用に改装されてから。船名の特定なんて永遠に不可能だな」
ミルディが国防省ファイルのなかで中間(ミッド)棲姫と呼ばれていたのはきっと、あの諸島海域のあたりで彼女の姿を当時の職員が確認したからなんだろう。もしかするとミルディはその頃、あちこちをさまよっていた途中だったのかな?
いずれにせよ、深海棲艦に呼び名を付けるとすればそれくらいの方法が限界だったんだ。本来の名前はもう誰にもわからない……。
「あ、あの……。衣笠のことなんですけど、彼女もけっこう彫りが深いと思いますっ。髪だって……。もしかして」
「彼女も混血じゃないかって? どうだろう……彼女の故郷は古鷹や木曾の長崎と同じく、異国情緒の名残ある神戸だ。影響をおよぼしたのは、むしろそっちの要素じゃないかなぁ」
同様に古鷹と木曾、ふたりにもどことなくそんな異国の雰囲気があると思う。エキゾチックなたたずまい、とでも言うべきかな。
「あ……そうなんですね」
「でも今の指摘は興味深いな。もしかすると誰かほかにも混血の艦娘が居るかも知れないね」ガタッ
「や、やっぱり……!」
「ま、これから分かるだろうさ。古鷹、オレたちはそろそろ行くよ。この子にはまだ他にも見回るトコがあるからな」カタッ
「うん! しっかり提督をお守りしてね。提督、私のアンケート、ちゃんと書いたから読んでくださいね!」ノシ
重巡のいちばん年上のお姉さん、古鷹。いつも快活なその声はこれからもずっと、鎮守府の艦娘と職員を励ましてくれるんだろう。
「ありがとう古鷹、勿論だよ」
そう、アンケート……艦娘がどんどん集合して大所帯になったから、この機会を利用して鎮守府に対する彼女たちみんなの要望や提案を、無記名アンケートの形式で書いてもらっていたんだ。書き終わったアンケート用紙を入れる箱は、雪風が管理していたな。
(雪風)
(お疲れ様です司令! ただいま稽古中です!)
(いま話しても大丈夫かな?)
(あ、大丈夫ですよ。いまは鈴谷が十人組手をしています)
(いま何人目?)
(七人目です……相手は比叡。さすが戦艦ですね、鈴谷を相手にまったく怯むことなく闘っています)
みんな、それぞれの場所でしっかり頑張っている……俺だって、負けていられない。
(二週間前に始めたアンケートの件だ。そろそろ全員分、集まったんじゃないかな?)
(あ……すみません! お手紙を読まれてから、お渡ししようと思って……今朝お渡しするべきでした。申し訳ありません、司令……)
シュンとした声。雪風はいつも一生懸命で、そして真面目だ。これまで何回、彼女に助けてもらったことだろう……本当に頼りになる大切な秘書艦だ。
(稽古の準備にそれだけ集中していたってことだよ。いまから木曾と一緒に敷地内を見回ってから、執務室に戻る。それまでに机の上に置いといてくれればいいからね)
(分かりました……司令)
(…俺は雪風の元気な声を聞くのが好きなんだ。だからさ、雪風。頼むよ)
(は……はい! 回収箱は司令がお戻りになられるまでに、必ずお届けします!)
うん、これでこそ雪風だ。
(ありがとう、よろしく頼むね)
(了解しました、司令!)
木曾と連れだって外に出て港へと続く遊歩道に差し掛かったとき、楽しそうに会話している時雨と海風に出会った。それからしばらく4人で談笑していたんだけど、やがて話題は第一艦隊と遭遇した日のことに移っていった。
「……ねぇ海風。あの時どうして、提督にキスしたんだい? 少しビックリしたよ」
時雨の声……静かで穏やかないつも通りの声、なんだけど……それだけではないような。
「それはね時雨姉さん、提督がなんだか元気なかったからなんですぅ。きっと船内でアイツらから何か言われたと思うの……ね、提督、そうですよね?」
第一室長と勝負していたあの時に、暁と響が口論したことを思い出す。ふたりは周囲の艦娘たちの冷ややかな敵意を前にしてすっかり平常心を奪われていた。辛い思いをさせてしまったな……。
「海風の言う通りだ。もっともっと経験を積まなくちゃダメだと思い知らされたよ……見ててくれ時雨、海風。俺は変わってみせるから」
「提督」スッ……
ふたりに言い終えるやいなや、時雨が一瞬で目の前に。素早い動きに揺れる美しい黒髪。そして
「ん……あふぅ………」クチュ
「わぁ……姉さんもやっぱり……提督のコト」///
「…………」ニヤリ
「んむふぅ………あむ…ぷはぁ」ペロ
甘美な感触。時雨って、どちらかというと大人しくて控え目な性格だと思ってたけど……。
「ボクはこれからこの艦隊で生きていく。海風ともども、よろしくお願いします。提督」ペコリ
実はとても芯が強いのかも。
「! わ、私も、えと……時雨姉さんともども、よろしくお願いしますぅ!」ペコリ
時雨を見て、あわてて同じようにお辞儀する海風。まるで町でたまに見かける、お姉ちゃんの後を必死に追いかけてる幼い妹みたいだ。
「こちらこそ。あらためてよろしくね、時雨、海風」
「はい。提督」ニッコリ
「はい!」ニコッ
時雨そして海風と別れてから、俺たちは港へと足を伸ばして水平線を横切る雄大な積乱雲や、大空に高々と舞う鳥たちの様子をのんびりと眺めて過ごした。夏の海ってのはどうしてこんなに魅力的なんだろう……そしてこの、潮風のにおい。海……おおきなおおきな、生命を育む、生み……海。
ここは戦争をする場所なんかじゃない……心の底から、そう思う。だが80年前、この国の政府は既に西洋の軍事技術と植民地政策にすっかり魅了されており、どこをどう曲解したのか諸外国を支配する権利と力が我々には備わっているんだという妄想に取り憑かれた。
そしてこの青い海は赤く染まり
青い空は白い閃光と黒い雲に覆われた
それは、力に目がくらんだ体制が迎えた辛苦(シンク)の結末だ。
ファンタジーの小説やゲームを紐解けば、支配欲に我を忘れ強大な権力を求めて禁忌に手を出した王や貴族、あるいは強大な魔力に魂を奪われ悪魔と取り引きした魔法使いたちの悲しき最期が、これでもかと描かれている。
あの戦時内閣は物語やゲームの悲劇的人物と同じ道を辿り、大災厄をもたらした。もう俺たちの大八島國に、あんな愚かな戦争なんて二度と要らない。
そのためにはファンタジーの中から多くのことを吸収していくことも、決してムダではない手段のひとつなんじゃないかと思う。
平和に賢明に生きる術を楽しく学ぶことができれば最高じゃないか。
パカッ……ガサガサ
ドサドサァッ!
「うっひゃあ……凄い量だな。あ……何枚か落ちたぞ。拾ってやるよ」orz
港でゆっくりしてから、あちこちの施設を巡り歩いた。工廠ではクラフィ職長と部下の妖精さんたちと楽しく過ごし、厨房では一気に増えた新しい家族のために奮闘するハヤたちをねぎらい、正門の詰所で目を光らせるギチと仲間たちに声を掛け、食堂ではゲンゴローさんコンビにアユムという組み合わせの面々が、熱く美味しい夕食で頬張っているところに同席した。アユムはふたりから色々と教わっているらしく、その横顔がなんだか以前よりも精悍に見えたのを頼もしく感じた。イダは洗濯場で、山のように積まれた柔道衣を鬼のような形相でかたづけていたが、俺たちに気が付くと一転して笑顔を向けてくれた。みんなとの時間をたっぷり満喫してから戻ってきた執務室で待っていたのは、雪風が届けてくれたアンケート回収箱。さてと、日もすっかり暮れたことだし今日の仕事もそろそろ終わりだな。すべて読むのは無理だから、何枚か読んで続きは明日にしよう。
「オレは扉の外で見張ってるよ。あいつらの気持ち、じっくりと読んでやってくれ」
「え? 何でだよ、ここに居ればいいじゃないか」
「ダメだぜ、昨晩は誰も来なかったんだろ……そろそろ響たちが今晩こそはとやって来る頃だ」
「木曾……」
「このアンケートはな、みんながお前に読んでもらうために書いたんだ。オレや響たちが執務室に入るのはルール違反だぜ……」
穏やかな雰囲気……でも同時に、有無を言わせぬ力強さも伝わってくる木曾の声だ。
「分かったよ木曾。初日から残業だがよろしく頼む」
「うん、任せといて」スッ…
離れぎわ、頬にキスしてくれた木曾が扉を開けて出ていく。ゆっくりと閉じられたのを見届けてから、椅子に腰掛けて机の上に広がる手紙の山を見渡すと……
「何だこりゃ……あ、もしかして響のヤツ」
二つ折り、三つ折り、あるいは折られていないままのアンケート用紙……当たり前だがすべて、記入が終わってからそのまま回収箱に入れられたものばかりだ……たったひとつ、小さくて可愛らしい熊の顔が所狭しとプリントされた便箋を除いて。
「……まったく。無記名アンケートだってのに、これじゃ手紙だろ」
思わず苦笑する。こんなことするのはひとりだけしか居ない。
ガサガサ……
親愛なる司令官へ
いつもありがとう。司令官へのようぼうなんてないよ。がんばる司令官にこれ以上なにかお願いしたら、きっとバチがあたる。でも、健康だけは気をつけて。
響より。愛をこめて。
ぐはああああああッ!?
響、お、おま……お前、いきなり何てこと書いてんだよおおお!?
いつものマイウェイ全開な内容だろうと予想してたから完全に不意打ちくらった! ヤバい! ウルッときそうだったぜ!?
今日こそは艦娘の黒子たる指揮官として仕事をクールに締めくくれそうだったのに!
……響の気持ち、確かに受け取ったよ……かなり驚いたけどな。常に冷静だけど本当は不死鳥の名の通り、とても気持ちの熱い響。できればこれからは、お手柔らかにな!
ガサガサ
正直なところ、困惑している。住み慣れた第一艦隊から離れてしまったのに、なぜか毎日が楽しくてしかたない。それはきっと、お姉さまがそばにいてくれるから。あなたを信じられるかもしれないと、そう思い始めている私です。
お姉さま……第一艦隊。比叡か……あのさ比叡、これ無記名アンケートなんだけどな……書きにくいことを書きやすくするための。でもありがとう比叡。その気持ち、とても嬉しいよ。
(金剛)
(提督!? どうしたの、何かありましたか?)
(今日は会えなかったからね、金剛の声が聞きたくなったんだ)
(まあ……嬉しいです! ワタシもいつか提督と、ゆっくりお話したいですね~)
(俺もだよ。最近、忙しいみたいだけど……疲れてない?)
(あ……ワタシは大丈夫です。でも羽黒が、ちょっと……)
(羽黒?)
(ほら……提督に初めて会ったあの日、羽黒が乱心して……)
ああ。仲間に向けて銃撃してしまったんだよな……幸い、ケガ人は居なかったらしいが。
(もしかして、孤立してるとか?)
(那智が庇っているから、表立った非難はありませんが……)
仲間思いの金剛のことだ、羽黒のことをずっと心配していたんだろうな。
(なんとかできないか検討してみる。色々と大変だろうけど気を強く持ってね、金剛)
(提督……ありがとう、ございます……)
(邪魔したね。おやすみ)
(グッナイト、提督!)
検討とは言っておいたけど実のところ、俺が選ぶ手段はただひとつだけだ。悪いな室長、あなたの艦隊規模は近日中にまた縮小することになる。
ガサガサ
うーちゃんだっぴょーん!
ガタンッ!
……椅子から転げ落ちそうになった。俺、たしかに無記名アンケートだってみんなの前で言ったよな……? だんだん不安になってきたぞ。
(………!?)
(ああゴメン、ちょっとね……。驚いたかい?)
左の胸ポケットにはいっている女神。彼女をビックリさせてしまったみたいだ。
(………、……)
(そうか。窮屈じゃないか? ポケットから出てもいいんだよ)
(………!? ………!)
(アンケートを見たらいけないからこのままでいいって? 分かったよ、それじゃ俺は、続きを読むからね)
うーちゃんだっぴょーん! ここは楽しい。まえの艦隊にはないなにかがある! なんだろう、ゆるい? なまぬるい? それは大切なことだから! これからよろしくね。うーちゃんより。
………一応、褒められているのか? まあ卯月が楽しんでいるのなら、それでいいか……よろしくな、卯月。
ガサガサ
この用紙に就いてなのですが。当世の西洋文化隆盛は重々承知しておりますが、横書きというこの形式には違和感を禁じ得ません。改善の実現を期待しております。
これは……うん、やっとアンケートらしくなってきたな! 横書きには違和感、か……そうだな、次は縦書きの用紙も準備しておこう。
ガサガサ
提督ちゃん、お疲れさま!
…………うん、お疲れさま。無記名アンケートなんだが……脱力するしかないよなぁ……もうね。
要望とか提案なんて、なにもありません。提督ちゃんは、提督ちゃんの信じるとおりのことをするべきです。
ミルディはどうやら響と考えが似ているようだな。
あ、いま思いつきました! わたしたちは儀式をしたけれど、戦闘能力はなんの問題もありません。でも、何人か、心細いとか寂しいとか、不安そうにしています。
……!
これはわたしのほうだけじゃなくて、リックルたちも同じ。だから、元気づけてあげて下さい。提督ちゃんにしか、できないことだから。スキンシップしてあげてね。わたしにも!
最後の部分はさておき、とても示唆に富んだ内容だったよ……ありがとうミルディ。そうだよな、ずっと一緒にいた存在を失ったんだ……不安に苛(サイナ)まれるのは当然だ。みんなの様子にはしっかり注意を払っていこう。強くて凛々しくて、そして本当はとても傷付きやすいミルディ。彼女にはいつも驚かせられたり助けてもらったりだったな……。
ガサガサ
提督、お疲れ様です! 要望とか提案ですか? そうですね、できればいつか鎮守府みんなで混浴の温泉に行ってみたいです! 第六艦隊に行ったときのこと、覚えていますか? みんな一緒で、楽しかったですよね。ギチ君は最近、チ級のひとりと仲良くしています。私は提督のことが好きです。でも、みんなで裸のお付き合いもいいかな、と思います。ここで働く男性に興味しんしんな艦娘、増えてますからね!
これは……。裸のお付き合い、か……そうだな、ギチは以前から艦娘のみんなが気になって仕方ない様子だったし。ギチの同僚や若手のみんなだって同じ気持ちだろう。これは重要な問題だぞ。
(天龍)
(ボウズ、頑張ってるみたいだな。だが健康には気を付けるんだぜ、お前の体はもうお前だけのものじゃないからな)
(気を付ける。みんなを心配させるようでは指揮官として失格だからな)
(それが分かっているならいい。どうした? 何かあったのか)
(相談したいことがある。艦娘と職員の交際……ハッキリ言うぞ、男女関係だ)
(……また頭の痛くなる話だな。だが、そうだな。いずれ何とかしなくちゃいけないとは思ってた)
(だろう? ウチの艦娘はもう五十人を軽く超過している。パートナー選びは重要な問題だ)
(お前が全員の想い人になる積りはないのか?)
…………………。
(まだ艦隊規模が小さかった頃には、そうなることを夢想したことも何回かあった。でも今はもう無理だよ)
(まったく、本当にウチはでっかくなったもんだよな。お前の尽力の賜物(タマモノ)だよ)
(違う。みんなのお陰だ。もちろん天龍だってな。いつもありがとう、天龍)
(言うようになったな……ボウズ。あんなにオレの後を必死で追いかけてたお前が)
あれ? いまの天龍の声……なんだか元気なかったな。
(天龍。どうかしたのかい?)
(!? な、なんでもない! すまんボウズ、この話はまたあしただ! 龍田が呼んでるからな!)
(え……龍田が?)
いきなりテンション高くなった天龍に、一瞬たじろいでしまった。
(じゃあな、おやすみ!)
(お…おやすみ)
……どうしたんだろう、あんな天龍は珍しいな。仕方ない……彼女の言う通り、続きはあしたにしよう。それじゃ次のアンケートは、どれにしようかな……。
コンコン
……っと。木曾だな。
「いいよ、木曾」
ガチャリ
「消灯だ。ほら」
執務室に入ってきた木曾が、まだ閉ざされていない扉の向こう側を五指で指し示す。廊下は真っ暗だ。
「もう二十一時か。すっかりアンケートに夢中だったよ」
「案の定、響たちが来たぜ。残念そうにしていたよ」ガチャ……カチッ
「明日はしっかり時間をとっておくさ。木曾、もうそろそろ風呂にはいって寝るとしよう」
(……………?)
(もちろん三人一緒に、だよ)
(……………)///
「うん……その前に……あのさ、その。本当に、お疲れ様。よく頑張ったな」
こちらをジッと見詰めながら言葉を紡いでいる木曾。その表情は穏やかで、見ていると心がなごんでくる。
「嬉しいな……ありがとう、木曾」
「先代からは何か、言ってきたか?」
先代……つまり俺の前任だった室長だ。雪風はおじ様と呼んでいる。
「まだ何も音沙汰なしだ。どうやらもっともっと結果を出せ、ということらしいな」
「そうか……お前がこんなに頑張ってるってのに!」
「いいさ、あの人にはあの人なりの考えがある。今の俺には、木曾のその言葉だけで充分だよ……ありがとう」
「そうか……うん、分かったよ。なぁ……この戦いって、いろんなことがあったよな」
「そうだね。木曾と雪風と一緒に第七へ忍び込んだのは、いま思い出してもワクワクする」
「アハッ……そうか」
「これからも頼りにしてるよ。木曾」
「お前を傷付けようとするヤツはオレが叩き潰してやる。深海棲鬼は怒りが原動力だったけど、オレは違うぜ……お前を守りたい。ただそれだけだよ」
木曾……。
「これは関西地方の昔話なんだけど……聞いてほしい」
「ん……いいよ、聞かせてくれ」
「山奥に住む鬼がとある村にやって来て悪さをして、村人から懲らしめられたんだ。鬼は指に棘(トゲ)を刺されてしまったんだけど、やがて村にある棘抜きの石……要するにマジックアイテムだね。その石の力で棘を抜いてもらってからは改心して、村人たちと仲良く暮らしたんだよ」
「へぇ……よくある鬼退治と違って、鬼もめでたしめでたし、なんだな」
「そう。素敵な話だと思わないか? この話さ、まるで悪さをした子どもを叱るくらいの感じで、鬼が描かれているんだよ……。鬼といっても、すべてが剛力無双で悪逆無道な妖怪ってワケじゃない」
「…………うん」
「ほんとうに残酷な鬼は退治しなくちゃだよ。でも、その鬼の正体も分からないのに、最初から残酷に違いないと決めつけるのは、絶対におかしいと思う」
「……………」
「この昔話の村人ってさ、とても寛容だろ? これはね……鬼に対する本当の接し方を教えてくれる昔話だと思うんだ」
「だから、オレにこの話を……?」
「ああ。リックルは過ちを犯した……俺もだ。でも彼女には棘を抜いてもらう機会が与えられ、彼女は今や俺たちの仲間だ。これってさ、素晴らしいことだと思う」
「そうだな……わかるよ」
「だから、木曾。お前のその強大な力を振るうときはね、どうか相手をしっかりと見てほしい。鬼そのものを斬るんじゃなくて、心の棘を抜いてやるだけで改心してくれる鬼は絶対に居る。斬るのは、怒りや憎しみだけでいい……それが本当の鬼斬りだ」
そうだよな、リックル?
「…悪かった、少し興奮していたみたいだな。ああ、約束するよ……オレの提督様。力に溺れたりはしないと約束する。相手をしっかり見ることも、な」
「それを聞いて安心した。それとね、さっき木曾が言ってくれた言葉、ほんとうに嬉しかった……ありがとう。さ、風呂にはいろうぜ」
「ああ!」ニッコリ
笑顔を浮かべながら、執務室の一角にある浴室へと向かう木曾。その後ろ姿を追う前に、まだカーテンを閉めていない窓の外を眺めてみると……闇夜に包まれている鎮守府の敷地内、局長とサチの姿を再び目の当たりにした森が生い茂る、100メートルにも満たない小さな山が、本当にかすかにだけど辛うじて見える。その頂上にあるえびす様のお社……ふたりが過ごしている場所は、やっぱりそこなんだろうか? なんとなく居心地が良さそうな感じがするし。姿は見えたけれども言葉はまだ交わしていない……すくなくとも、今のところは。いつかは感応を交わすことができたらいいな……。
ふたりが書いてくれた手紙を読んだのは昨晩のことだった。艦娘みんなが書いてくれたアンケートに触発されたのか、あのとき読んで印象に残っていた内容が、ふと心の中でふわりと浮き上がってくるのを感じた。
特務室長殿へ。
これまでの働きに、心からの賞賛と感謝をおくる。
我が使命とは何であろうか。
何故、我が身はこの数奇なる運命にここまで翻弄されねばならぬのか。
しかし、考えてみれば太古の昔より、この國にて生命を謳歌せし人々は、様々な運命に翻弄されてきたのではなかったか。
天より授かりし日々、ただ一心不乱に邁進すること。それが、幸福への道であるやも知れぬ。
まこと不可思議な縁により結ばれたる我々が会えるその日を、一日千秋の思いで待っている。
よく学びよく食べてよく眠り、いつまでも壮健であれ。
はじめて会うお兄ちゃんへ。
どんな人なのか、楽しみです。
兄さんもわたしも、会えるのを楽しみにしています。
日本は、海のくにです。
どうかわたしたちの海を、まもってください。
おふねのお姉ちゃんたちと、いつまでもなかよくしてください。
~完~