よろず短編集 作:機械学習はいいぞおじさん(仮)
ヒカルは一手目を置くと咲は「ふーん」と呟いた。
「へえ、これがあなたの打った一手なわけ?」
「そうだよ。本因坊秀哉さんの一局だ」
「じゃ私は……チー」
そう言って咲は牌を切る。
囲碁vs麻雀の異種格闘技戦は意外にも序盤から白熱した展開を見せていた。どちらも実力伯仲といったところで、なかなか勝負がつかないのだ。
二人とも序盤は定石通りの展開を見せるものの、中盤以降になると奇策に打って出ることが多かった。特にヒカルの方はその傾向が強く、そのせいで咲に遅れを取ることもしばしばだった。
「ねえヒカル君、あなたは囲碁いつから始めたの?」
「今年に入ってからだよ。ほら、去年の年末にオレが風邪引いて寝込んだことがあったろ? あの時に佐為が囲碁のこと教えてくれてさ」
「あら、それはいいわね。私もやってみようかしら」
「ああ、うん。でもお前にはちょっと難しいかもなあ」
「ヒカル君も麻雀やってみる?」
「いや……遠慮しとく」
ヒカルは苦笑して首を振った。
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囲碁と麻雀は似通った遊戯であり、実際このように異種格闘技戦のような対局を行うことが出来るのだ。
しかし両者の間には決定的な違いがある。囲碁の場合は盤面が広大であるが故に相手の石の配置を読むことが容易であるのに対して、麻雀の場合には卓上に限られたスペースしか存在しないため、相手の石の位置を把握することが困難であるのだ。またリーチをかける際など、両手を用いる必要のある局面も多く存在する。そのため囲碁では有効とされる戦術が麻雀においては悪手に映るというケースがしばしば発生するのだ。
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「それでさ、囲碁って結局何かしら?」
「囲碁が何なのか、か……。うーん、説明が難しいんだけど、まあ一言で言うなら"人間社会の縮図"かな」
「人間の社会……? なんかもっとこう抽象的なものじゃないの?」
「抽象的というよりむしろ単純と言った方がいいかもしれない。囲碁は複雑なゲームだけど、そこにはパターンがあるんだよね。ルールブックを読めばすぐにわかるけど、それぞれの石には役割があって、それを如何にして活用していくかというところにゲームの面白さはあると思う」
「ふうん……」
咲は腕組みをして考え込んだ。
「それじゃあ例えばさ、ヒカル君は自分の石を何に使う?」
「そりゃもちろん敵の石を攻撃するよ」
「どうして?」
「だって敵がいるから。敵を倒さないことには何も始まらないじゃないか」
「そういうことね。何となく理解したわ」
「咲お姉ちゃん、逆に麻雀って何なんだろ?」
「麻雀もね、人間社会そのものよ」
咲はそう言うとニッコリ微笑んだ。
「どういうこと?」
「要するにみんな自分の利益のために行動するの。誰よりもたくさんお金を儲けた人が偉くて、他人を出し抜いて利益を得た人こそが勝者になるの。つまり勝つためには手段を選ばないのよ」
「ふうん、そうなんだ」
「だから私はいつも負けないように頑張ってるわ。他の人にどんな汚い手を使われても決して負けたりしないで最後まで勝ち残るように心掛けているの。たとえ相手が子供であっても容赦はしないわ。……さて、おしゃべりはここまで。勝負を再開しましょ?」
「そうだね」
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二人は再び黙々と石を置き牌を切り続けた。
それから三十分後、ヒカルの石はほとんど無くなり、形勢は明らかにヒカルの方が不利になっていた。一方咲の方は相変わらず優勢を保ったままで、このまま行けば間違いなく咲の勝利に終わるだろうと思われた。
だがその時突然、ヒカルは捨て身の一手を打った。
「カン!」
咲が驚いて顔を上げた。
「あら?……まさかこんなところで鳴くとは思わなかったわ」
「オレはもうここで終わりだと思ってる。だからこの手で一気に決めるつもりだよ」
それはヒカル起死回生の一手だった。確かにこの一手が入れば形勢は大きく逆転することになるのだが、同時にこれまでの手順を全て無に帰してしまう危険もある。そのことは当然咲にもわかっていた。そして咲がそんなリスクの高い一手に安易に乗るはずがないということもまたよく知っていた。
「ごめんなさい、私の勝ちね。ロンです」
しかし咲は冷静な表情のままそう宣言すると、ヒカルが打った石のすぐ隣にある石を素早く打ち返した。
「えっ?」
ヒカルはその予想外の動きに思わず声をあげた。
「はい、これであなたの石は全部落っこちたわ」
「でもまだオレにはツモが残っているはずだよ」
「いいえ、あなたにはもう次のツモはないわ。なぜならヒカル君が切った石が当たりだから」
「ええー……そんなぁ」
ヒカルは情けない声で言った。
「嘘みたいだけど本当よ。私が引いたドラ表示牌の中に『西』があったでしょう?」
「うん」
「あれは実は私にとっては一番欲しくない牌だったの。だからあなたに切られてすごく困ったわ。でも、だからこそ逆にチャンスでもあると思ったわ」
「……どうして?」
「もしもヒカル君が自分の石の心配ばかりして、その辺に転がっている石ころなんかを適当に手に取りながら切ってたら、おそらく私はそこで勝負を決めていたわ。でも、あなたは最後の最後でちゃんと私の石を狙ってくれた。それが嬉しかったし、何より楽しかったわ。ありがとうヒカル君」
そう言って咲は優しく微笑んだ。
「そっか。オレ、咲お姉ちゃんのことずっと強いなって思ってたけど、本当は全然違ったんだね。咲お姉ちゃんはただ単に強かったんじゃなくて、自分の石を守るために必死になって戦ってただけなんだ。相手の石を取ることしか考えてなかったオレとは違うんだね」
「そうよ。私はいつだって自分が一番大事。だから今度からはもっと気をつけることにするわ。それにしても、囲碁と麻雀が人間の社会そのものなら、囲碁と麻雀はどうやら相容れないものらしいわね」
咲はクスリと笑った。
「囲碁は相手の石を取って自分のものにすることしか考えていないけど、麻雀にはもっと大切なことがあるから……さてもうひと勝負する?」
「いや、今日はもういいや。オレが勝てる日が来るとは思えないもんなあ」
「それじゃあ今度は一緒に麻雀やってみる?」
「うーん……ちょっと待って。考えるから」
「別に無理に考えなくてもいいのよ?」
「いや、そうじゃないんだ。ちょっと思いついたことがあってさ。今からやってみるから見ててくれるかな?」
「何を?」
「オレが囲碁以外のことで誰かに勝つところ」
「へぇ、それは楽しみね」
雰囲気麻雀 vs 雰囲気囲碁