由比ヶ浜の恋と勿来ヶ崎奇譚   作:taka2992

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茅ヶ崎真咲はバク転で平塚先生の攻撃をかわす

 今日の部活はさしあたってやることがなく、部員は二つの長机に散らばって適当に過ごしていた。

 雪ノ下は窓側のイスに座って本を読んでいたし、東雲は何故か男性向けのアイドル雑誌をパラパラとめくっていた。東雲はアイドルというよりもセクシー系のお姉さんという感じなのだが。きっとグラビアデビューしたら、「危険!早熟なフェロモン少女登場」みたいなキャッチがつくんだろう。

 由比ヶ浜と目黒はお互いの髪の毛をいじって乳繰り合っていた。

 由比ヶ浜が目黒の後ろへ立ち、後頭部にある水色の髪留めを取った。すると、髪の毛がうなじや耳や頬を隠すように前に移動して、雰囲気が変わった。俺としてはこっちのほうがいい。

 

「めぐみんはツインテールが似合うと思うよ!」

 

「そうかなぁ」

 

 目黒が髪を顔の前に引っ張って、手で梳いている。

 

「顔も小さいし、原宿ガールするんだったらツインテールが似合うはずだよ」

 

 俺は原宿ガールというのがどういうものか知らなかった。原宿をゾロゾロ歩いている女の子がどんなファッションをしているのか見当がつかなかったし、原宿駅前や、明治神宮の入り口あたりにたむろしている集団は、テレビで見る限り、服装が黒かったような記憶がある。

 

「由比ヶ浜、原宿ガールって何?」

 

「きゃりーぱみゅぱみゅみたいな子のこと。でも、解釈はいろいろあるみたいだよ」

 

「目黒がそんな恰好してんの?」

 

 由比ヶ浜が携帯をポケットから出して近づいてきた。その画面を俺の顔の前に出す。そこには、白と赤のシマシマのニーハイソックス、ピンク色のスカート、黄色いセーターのようなトップスに、虹色のニット帽をかぶった目黒が写っていた。

 

「へぇ、目黒ってこんな恰好してんの? 意外だよな。楳図かずおみたいだな」

 

「ちがうっ! あれは違うのっ!」

 

「どれどれ?」と、雪ノ下と東雲も近づいてくる。画面を見ると、意外そうな顔をしつつ「かわいいね」「ふ~ん」と言う。

 

「ゆきのんなんかこういう恰好したら、ギャップがあってすっごく面白いんだけどなぁ」

 

 と目黒が言うと「それは無理よ。似合わないわよ」と雪ノ下が返す。

 

「そういう格好は似合わなくても、猫耳は似合いそうだよな」と俺が言うと、

「あ! 持ってるよ?」と目黒が携帯を取り出して、写真を探し、「ほら」と見せる。そこには、ピンク色の猫耳をつけた目黒が写っていた。

 

「目黒、どうしてそれを早く言わない! 新聞の写真でその恰好させるべきだったろ。一生の思い出に、いや、一生の恥さらしに」

 

「あ、そうか! いまさらだけど……、じゃあ、今度はそうしよっか!」

 

「みんなやめて。私はそういうキャラじゃないわよ」

 

 雪ノ下が危険を察知して逃げるように自分の席に戻った。伏せていた本を取り上げる。冷静な振舞いの内側では、かつて猫耳をつけた恥ずかしさに襲われているに違いない。

 

「志乃ちゃんがやったら本物になっちゃうよね!」

 

 由比ヶ浜が携帯の画面を東雲に見せる。確かにその通りだ。俺の脳内で積乱雲のように膨れるイメージ。

 そこで、東雲が手首を曲げながら「そんなことにゃいにゃん!」とかやりやがった。やる気満々!? と思ったらそれ以上の期待されたアクションはなく、東雲はまた雑誌をめくり始めた。

 

「おさかにゃ食べたい! またたびも持ってくるにゃ! にゃんこを喜ばせるときっといいことがあるにゃ! こんにゃチャンスにゃかにゃかないにゃ。ヒッキーどうするにゃ?」

 

 ……何の夢見てんだ俺。しっかりしろよ……俺。

 

 しばし時間が経過しても、目黒と由比ヶ浜の乳繰り合いは続いていた。こいつら、こんなことやって楽しいのか? 楽しいんだろうな。由比ヶ浜が「ほよ?」と疑問を表すような声を出すと、目黒が「はふ?」と答えたのがキッカケになり、わけのわからない掛け合いが続いたのだった。

 

「ほにょほにょ?」

 

「にょらにょら!」

 

「にゃむにゃむ?」

 

「めぽめぽ?」

 

「ぽごぽご」

 

「ねぁねぁ」

 

「もにもに」

 

「ひあひあ」

 

「はぉはぉ」

 

「のぇのぇ」

 

「むぃむぃ」

 

「もぃもぃ」

 

 要するに斬新な擬音だな?

思いつくままに、今までなかったであろう俺なりの擬音を並べまくった。あいつらのファンタジーな雰囲気を破壊するために。

 

「グゲグゲ」「ゲレゲレ」「ガベガベ」「ゼボゼボ」

 

「ヒッキーうるさ~い! そして汚~い!」

 

 由比ヶ浜の抗議を無視して俺は続けた。

 

「ゲベゲベ」「ドビドビ」「ジビジビ」「ボグボグ」「ブゲブゲ」「ビゴビゴ」「ガギガギ」「キュベキュベ」

 

「しつこーい! ヒッキー邪魔~!」

 

 由比ヶ浜がとうとう怒り出した。

 

「お前らがあまりにもお花畑でファンタジーな擬音しか思いつかないから、俺が現実を教えてやったのさ」

 

「うっさ~! そしてうざっつ!」

 

 由比ヶ浜が怒っているその脇で、目黒が口に手を当てて笑っていた。

 

 平和な時間が流れていた。しかし、それも平塚先生が扉を開けたことで破られてしまった。

 

「みんないるな? ん? いるようだな。今日は新入部員を連れてきた。やっとこの日がきたな。おい、茅ヶ崎、入れ!」

 

「ったく。うっせ~な」

 

 先生が振り向くと、腕をつかまれた男子生徒が嫌々入ってきた。不機嫌な顔をして室内を見回す。俺は、その顔に見覚えがあった。思わず、雪ノ下のほうに目を向けると、そこにも驚いたような表情があった。

 俺と雪ノ下がショッピングモールに買い物に行き、由比ヶ浜と遭遇したあと、海の公園で喧嘩を目撃した。その中にいたのが茅ヶ崎だった。

 戸口に現れた茅ヶ崎を眺めているうちに、どんどん思い出してきた。ボコられたほうではなく、ボコったあとにバイクに乗って帰っていったヤツだ。あのとき、俺は後ろからのナイフの襲撃を察して声をかけてやった……。

 整髪料でツンツン立てている髪型も、あのときと同じだった。まさか、こんな場所で再び遭遇するとは思わなかった。しかし、こんなヤツがうちの高校にいたのだろうか。

 

 目つきに、獲物を前にした爬虫類のような粘着性が混じっていた。受け口ではないが、アゴが尖っていて、顔の形にキレがある。肌が浅黒く、普通の言い方をすれば精悍。悪い言い方をすれば粗野。身長は俺と同じくらいだが、肩幅が広く盛り上がっている。そして、俺の体よりも二重三重に厚い筋肉の存在感。

 

 茅ヶ崎が、室内を見回したあと、平塚先生に向き直る。

 

「こんなとこに俺を閉じ込めたって無駄だと思うよ?」

 

「無駄かどうかやってみなきゃわからんだろ。とりあえず、君にはこの部での活動を命ずる! 異論反論口答え抗議暴力バックレは絶対許さない! いいな?」

 

「そんだったらしずかちゃんが個人教授してよ。しずかちゃんがやさしくしてくれるんだったらいくらでも更正しちゃうよ? 俺、三十路女のちょっと腐りかけ、大好きなのよ」

 

 それは言っちゃまずいでしょうに。腐りかけって……。

 怖い! 俺は目を閉じてしまいたかった。恐怖の時間が始まろうとしている……。

 先生の目がクワッと開かれた。電光石火の右正拳突きが繰り出される。

 しかし、茅ヶ崎の上体がふわりと後ろへ倒れた。なんだそれ、マトリクスじゃん。

 獲物を逃した先生の体に電流が走り、ほんのわずか揺れた。

 その瞬間、左足の足払いを仕掛ける……。

 だが、茅ヶ崎は上体を後ろへ反らしたままの体勢からバック転した。両足が空中を舞って、先生から4メートルほど離れたところへ着地した。見事な平塚先生の暴力封じだった。やれやれ、最後の理性と言われる暴力が通じないとすれば、先生にもなす術がないわけだ。

 

「くっ」

 

 先生は微動だにしない。

 

「無駄だって言ってるのに。でも先生の顔を立てて、しばらくこの部にいてやんよ。来ればいいんだろ? 時々」

 

「時々じゃダメだ。毎日だ」

 

「でも俺、バイトしてんのよ。生活かかっちゃってんのよ。生活保障してくれんの~?」

 

「屁理屈を言うな。君のバイトで生活ができるわけない。お母さんに感謝しろ」

 

 茅ヶ崎がニヤついた顔で俺たちを見回す。

 

「へぇ~。女だらけじゃん。男が一人? 女のほうは美人揃いだけど、そこの男はシケてんだな。で、何やんの?」

 

「それは部長の雪ノ下の指示を仰げ。あそこにいるのが雪ノ下雪乃、その隣りが東雲志乃、その左にいるのが由比ヶ浜結衣、さらに左に目黒恵、男は比企谷八幡だ。雪ノ下、色々と説明してやってくれ」

 

「わかりましたが、前にも言ったとおり、あまり責任は持てませんので」

 

「雪ノ下? なんか聞いたことあるな。どうでもいいが」

 

「こっちはどうでもよくないのよ。茅ヶ崎君、この部では私の言うことを聞いてもらうことになるから」

 

「は? お前のいうこと? 気が向いたら聞いてやんよ。美人のねぇちゃん」

 

 雪ノ下が本を置いて立ち上がる。

 

「じゃあ、茅ヶ崎君、ちょうどやってもらうことがあるわ。説明するからこっち来てくれる?」

 

「なんだってんだよ」

 

 茅ヶ崎が両手をポケットに入れたまま、雪ノ下の近くの席についた。その様子を平塚先生も眺めている。

 

「Cは行ってないな……BとCの中間みたいな?」

 

「は? 何の話をしているの?」

 

 雪ノ下の疑問には反応せず、茅ヶ崎は隣りの東雲のほうへ目を向けて「Dだな」と断定した。次は由比ヶ浜に疑問形で「F?」、目黒には「C」と断定口調で言った。

 そのころになるとみんな気づいていた。茅ヶ崎が何を目測したのかを。

 

「いや。私はDはないんだけどな~」と東雲。由比ヶ浜は胸を押さえて「最初のご挨拶がそれ? 失礼なヤツ~!」と若干赤くなっている。ということは当たったのか? 目黒は「それがどうしたの?」みたいな顔をしていた。

 

 平塚先生が茅ヶ崎の襟首をつかんでいた。

 

「こら! いたずらにもほどがあるぞ」

 

「いいじゃん。目に見えているところなんだからさ~。触ってもいないし、スカートまくりしたわけでもないじゃん」

 

 茅ヶ崎が悪びれる風もなく言い放つ。

 

「そういうのをセクハラっていうのよ。学校なら見逃してもらっても、社会に出たら一発でアウトね」

 

 雪ノ下が呆れたように言うが、「決めた!」と茅ヶ崎が目尻のシワを濃くしながら笑う。

 

「お前ら、これからB・D・F・Cと呼ぶわ。異論反論口答え抗議暴力バックレは絶対許さない! アーユーOK?」

 

 両手を広げて「はぁ~」と雪ノ下がため息をつき、平塚先生に視線を投げる。 

 

「まあ、こんな調子の野郎だが、滅多に暴力はふるわないんだ。少し慣れるのに時間はかかるかもしれないが、ちょっと付き合ってやってくれ」

 

「我慢が限界に来たら言いに行きます。それまではやってみますが」

 

「そうか。頼んだぞ」

 

 平塚先生が出て行った。

 しかし、茅ヶ崎の態度は変わらない。先生がいようがいまいが関係ないようだった。

 

「比企谷君、今度の日曜日にサッカーの取材があるわね。それに茅ヶ崎君も同行してもらうから、エスコートしてあげて」

 

「なんだと?」

 

「男の部員が欲しいって言っていたじゃない。茅ヶ崎君が来たら引き受けるようなことも」

 

「お、B子ちゃんが男部員に責任押しつけてんな? おもしれぇ。もっとやれやれ!」

 

「残念ながら私はBカップじゃありませんから。直接説明しようと思っていたけれど、あとは比企谷君に話を聞いてね」

 

「あ? 日曜日忙しいんだけど? バイト。行くわけないじゃん。勝手に決めんなよB子ちゃん」

 

 雪ノ下がカッとなりつつも、なんとか抑えているのがよくわかる。ちょっと危険な感じがするので、茅ヶ崎に声をかけ、2人を引き離すことにした。

 

「茅ヶ崎、ちょっとこっち来いよ。明後日の話だが」

 

「なんだ、男に興味ねぇよ」といいつつも、茅ヶ崎が俺の近くに移動してきた。

 

「明後日は何時からバイトがあるんだ?」

 

「12時過ぎだな」

 

「じゃあ、間に合う。運動公園でサッカー観戦。そのレポートを書く。よろしくな」

 

「お前もあのB子ちゃんにコキ使われているのか。可愛そうなこった。行かね~!」

 

「なあ茅ヶ崎、話は違うんだが、お前、海の公園で喧嘩してたろ」

 

 茅ヶ崎の顔つきが急変した。鋭い目つきで俺の顔を刺してくる。

 

「それが?」

 

「あのとき、ナイフを持っているやつを見て、お前に声をかけたのは俺だ」

 

「ふ~ん」と一瞬考え込む茅ヶ崎。しかしすぐに表情が元のふざけた顔に戻った。

 

「お前、俺が恩を感じているとでも思ってんの? ん? あのときお前……、女連れだったよな……、 あ?」

 

 茅ヶ崎が雪ノ下のほうを見る。一人で合点がいったようにうなずく。

 

「そうか。あのときの女がB子ちゃんってわけ。ふ~ん。そういうことになっているんだな」

 

「俺はお前がとんでもないヤツであることは知っているが、理解者ヅラするつもりはまったくない。頼む。という形で行きたい。明後日来てくれないか?」

 

 茅ヶ崎が何かに気づいたような表情をする。

 

「お前、マージャンできる?」

 

「マージャン? 実際のマージャンはやったことはない。けど、ゲームだったら散々やっているけど?」

 

「メンタンピン・ロン・子、いくら?」

 

「ザンク、3900点」

 

「チートイドラドラ、ロン、子、いくら?」

 

ロクヨン(6400点)だろ? 親でクンロク(9600点)

 

「なんだ、できるじゃん。今日な、面子が一人足りない。それに来てくれ。そうしたら明後日、俺も行ってやる」

 

「バイトに忙しかったんじゃないのか?」

 

「わかってねぇな。これもバイトなんだよ」

 

「俺は雀卓を囲んだことも、牌を触ったこともないんだぞ。ゲームの画面だけだ」

 

「大丈夫だ、そんなん。すぐに慣れる。来いや。決まり!」

 

 そんなわけで、俺と茅ヶ崎は早めに部活を切り上げることになった。2人で校門をくぐり、駅に向かうとばかり思っていたのだが、茅ヶ崎は通学路を逸れた。クネクネと細い路地を何分か歩く。

 

「どこ行くんだ?」

 

「まあ、ついて来いや」

 

 やがて、袋小路の少し手前に、自転車がたまっている凹み部分があった。そこにはKAWASAKIというロゴのバイクが停まっていた。茅ヶ崎はポケットからカギを取り出して、チェーンを開錠し始めた。

 

「バイクで行くのか? 勘弁してくれ。怖いわ」

 

「怖くねぇって。ほら」

 

 そういって、茅ヶ崎は野球帽みたいな形のヘルメットを差し出す。それを受け取ってかぶり、ベルトをアゴにかけた。

 

 エンジンが始動すると、太い音がズズズズズズズッと腹に響いてくる。こういう音で興奮する人もいるんだろうな。確かに迫力がある。

 

「ほれ、乗れや」というので、茅ヶ崎の後ろへ跨る。

 しかし、大丈夫なのかよ。こんなことして。学校の帰りに、制服で。俺は大丈夫だろうが、見つかった茅ヶ崎は処分確実だろ。あの学校では原付以上のバイク免許の取得は禁止されている。

 俺は股の下にある皮製の綱を右手でつかみ、左手でカバンを抱いた。

 

 走り出すと、すぐに幹線道路へ出た。やはり、歩くのとはわけが違う。だが、すぐに茅ヶ崎はバイクを路肩に止めた。

 

「おい! バイクが曲がるときに、車体と同じように体を傾けろ! お前は車体が倒れたときに、自分の体を垂直に保とうとしている。それだと重心が狂って曲がりにくいんだ! 怖がらずに体をバイクと同じように傾けろ! わかったか、意気地なし!」

 

 一方的にそう言われて発進された。危うく振り落とされそうになる。幹線道路に出ると、茅ヶ崎は猛スピードを出し始めた。フオォォ~~ンと爆音が吹け上がって、車をどんどん追い越していく。

 

 すげぇ怖ぇ~。体がガタガタ震えた。というよりこれは振動のせいだろうか。風がすごくて目を開けていられない。

 バイクは風と一体となるところがいい、などと誰かが言っていたのを思い出すが、この状況は風の暴力だ。ホースで顔面に水を当てられている感じ。家の近くを通り過ぎた。

こまち~! お兄ちゃんは頑張ってるぞ~!!

 

 そんな恐怖と我慢が20分くらい続いた。このくらいで済んでよかった。

 

 

 

 

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