由比ヶ浜の恋と勿来ヶ崎奇譚   作:taka2992

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茅ヶ崎真咲と雪ノ下陽乃の危険な出会い

 

 サッカーの取材の予定が入っている日曜日の朝、俺は目が覚めるなり反省していた。東雲の話をして、彼女を半泣きにさせてしまったことを。それだけ彼女にとっては深刻な話だったのだ。

 

 リビングで母親に何か言われても耳に入って来なかった。コーヒーとかパンを食ったように記憶している。それに、小町が一緒にサッカー行きたいとか言っていたが、俺は拒否した。あそこには茅ヶ崎が来ている。あいつと妹を顔見知りにしたくなかった。

 俺は、色々と考えたいことがあったので、駅まで自転車で行かずに20分歩くことにした。

 空は曇っていたが、西のほうは晴れていた。昼ごろになれば晴れるような気がする。

 

 東雲の話は彼女にするべきではなかった。あのとき、俺はまるで男友達とエロ話をしているかのようにお気楽だった。俺は女心というものがわかっていない大馬鹿だ。

 たとえ恋人であっても、話す必要のないことがある。それは、隠し事とは違う。

 話す必要がなく、なおかつ隠す必要もないこと。聞かれたときに初めて正直に話せばよいだけのことだ。

 

 聞く必要のないことを聞かされ、うっすらと涙を浮かべた彼女の顔を見たとき、罪深いことに俺はその情の深さに気がついて、嬉しく思ってしまった。

 突然、私を汚してと懇願され、俺は狼狽した。しかし、後づけでその懇願がどういう思考回路から出てきたのかが理解できたように思う。

 おそらく、東雲の色っぽさと多数の男性経験、言い換えれば、色気と体の汚れを短絡したのだ。そこへ彼女の負けん気の強さが加わって、汚れたいという願望が生まれた。

 このぶっ飛んだ発想を牽引したのは間違いなく嫉妬。こうしたギリギリのところでの感情機構の作動は、彼女のセーフティ装置なのではないかと思う。しかも可愛い。うまく働くものだ。

 結局のところ、あのあと変態行為は行わず、通常行為を何回かしただけだった。行為が終わってしばらく頭を撫でてやっていると、彼女は寝入ってしまった。平和な寝顔だった。床に転がっているティーカップだけが、あのとき一瞬見せた激情の痕跡としていつまでも残っていた。

 

 今日は自省がずいぶんと捗る。だが、内にこもって記憶と意味のパズルに興じてばかりもいられない。今日は茅ヶ崎にうまく仕事をさせるという難題も待っている。

 それに、茅ヶ崎と由比ヶ浜が接触するとどうなるのだろうか。

 そんなことを考えながら歩くと、すぐに駅についてしまった。まだ由比ヶ浜は来ていない。9時になっても通勤客が多く、人の流れがせわしない。その中に由比ヶ浜を探した。

 携帯の着信。通話ボタンを押すと、由比ヶ浜の声。

 

「もう来てる? わたしホームにいるんだけど」

 

「そうか。お前は改札を出る必要なかったんだったな。すぐ行く」

 

 ホームでは、制服にピンク色のリュックサックを背負った由比ヶ浜が待っていた。俺に気がつくと手を振る。やばっ。俺は私服だった。しかし、学校の正式な行事じゃないので、大丈夫だろうとは思うが。

 

「なあ、今気がついたんだが、私服で大丈夫かな」

 

「わからない。わたしは一応制服着てきたけどね。怒られはしないと思うけど……。サッカー部の顧問の先生しかいないでしょ」

 

 由比ヶ浜が首をかしげいてるうちに、電車が到着した。下り方面だったので座ることができた。座ったとたんに由比ヶ浜が話しかけてくる。

 

「あのさ、わたし色々な人に聞いてみたんだ。茅ヶ崎君のこと」

 

「ふ~ん。どんなことがわかった?」

 

「同じクラスの千佳子ちゃんが同じ中学だったんだって。高校に入ってから、大人しくしているのに驚いてた。中学のときと同じようなことしたら、即退学になるはずだって」

 

「それで?」

 

「うん。茅ヶ崎君は、仲間とつるまない人で……、中学だと偏差値とか関係ないでしょ。だから、生徒もピンキリで、ナイフで刺したりする事件とかも起こってたり。そんな極悪な人たちも茅ヶ崎君を避けてた……。普通の生徒も怖くて近づけず、いつも一人だった」

 

「そうだろうな。あの身のこなし方じゃ、不健康な生活しているそこらへんの不良じゃ太刀打ちできない。5人や10人束になっても無駄だろ」

 

 それに、不良の世界にもぼっちがあるんだな。いや、ぼっちじゃなくて一匹狼?。不良のぼっちにはかっこいい呼び方が用意されている。うらやましいことで。

 

「それから、千佳子ちゃんが言うには、女の子に密かにモテてた。でも、なんというか、付き合っていた女の子は、彼女として認めてもらえなかったらしいんだよ」

 

「ん? どういうことだ?」

 

 なかなか次の言葉が聞こえてこないので、見ると、由比ヶ浜が言いづらそうな顔をしている。

 

「みんな適当にやり捨てられる……って千佳子ちゃんは言ってた。セフレにされて捨てられる。だから、すっごく女の子には評判が悪かった」

 

「それって矛盾してないか? 女の子にモテてたというのと、評判が悪いというのは」

 

「それはね。初めに茅ヶ崎君が言うんだって。セフレにならしてやるって。それでも茅ヶ崎君のことを好きになる子がいたってことだよ」

 

「はあん。なんか最低だな」

 

「でしょ?」

 

 由比ヶ浜が少し怒ったような顔をしている。

 

「でね、千佳子ちゃんがここだけの話だって教えてくれたんだけど、うちの学校にいる子も、一人やり捨てられた子がいるんだって」

 

「それもここだけの話か?」

 

 俺はおかしくなって少しニヤケた。すると、由比ヶ浜が俺の肩に手をかけてゆする。

 

「そうだよ。ここだけの話。ヒッキーと同じクラスの子だよ」

 

「へ? 誰?」

 

鵜木(うのき)うのっていう子。知らない?」

 

 記憶を探ってみたが、鵜木という生徒は思い出せなかった。俺は廊下側に近い席だが、きっと窓側の後ろのほうにでも座っているのだろう。あっちのほうに座っている生徒の顔と名前はまだ全然覚えていなかった。もっとも、俺が同じクラスで覚えている名前といえば、秋川と東山くらいだが。

 

「知らないわ。さすが由比ヶ浜ネットワークだな。よくそれだけの情報を2日程度で集めたな」

 

「まっかしといて!」と由比ヶ浜は胸をはる。

 ふと、あの日のことが思い出された。茅ヶ崎が二人の男相手に喧嘩していたシーンで、あいつは「女に暴力をふるうんじゃねぇ」と言い放っていた。しかも、あの様子からは、幼馴染の女をタチの悪い男から救い出したように見えた。

 

 茅ヶ崎の弱点は女ではないだろうか?

 

 笑った。かつての俺も女が弱点だった。逆の意味で。

 俺の歪んだ性格を形成したのは、ほとんどが女に対するコンプレックスだった。

 その反対に、女にもててきた男は女を大切にするものだ。少なくとも昔の俺みたいに、女とは金と結婚する売春婦であるとか、女子高生はイケメンともっぱら不純異性交遊をするビッチであるとか、女性を憎んだり蔑んだりすることはない。

 茅ヶ崎が付き合う女に対してあらかじめセフレ宣言をするのも、もしかすると彼なりの(おもんばか)りではないのか。本気で、近いうちにこの社会を破壊したり、なんらかの反社会的行動をするつもりなら、自分とかかわりのある人間に迷惑をかけることになる。特殊な運命を背負っているという自覚が、セフレ宣言の理由なのではないか。

 

「由比ヶ浜、くだらないことを聞くようだが、おまえ、茅ヶ崎にどういう印象を持った?」

 

「え? 印象って?」

 

「たとえば、顔を見て生理的に受けつけないとか、近寄りたくないとか、かっこいいとか」

 

 う~ん。人差し指でアゴを上げるようにして、由比ヶ浜は天井を見上げる。

 

「そうだなぁ~。確かに、あんな性格していなくて、普通の人だったらかっこいい部類なんじゃないかな。あれで、サッカーとかやってたら、もててたと思うよ」

 

「だろうな。今日、茅ヶ崎に積極的に話しかけてみてくれ。話題はなんでもいい。とにかくコミュニケーションしてみてくれ」

 

「ええ~!? どうして?」

 

「あいつは、実は、女に優しいんじゃないかと思えるんだ」

 

「そうかな~? BとかFとか決め付けるのは優しくないと思うよ」

 

 俺は苦笑した。由比ヶ浜はFとか言われて少し赤くなっていた。

 

「お前、Fなの? 当たった?」

 

 バチンと肩を叩かれた。

 

「そんなこと真面目に聞くもんじゃないでしょ~!? 失礼だよ」

 

「まあそうだけどさ、今だって俺の肩を叩いて冗談で済んだじゃん。あいつも冗句のつもりなんだよ、きっと」

 

「話しかけるのは別にいいけど、むかついたらやめるからね」

 

「ああ、やってみてよ。ところでさ、雪ノ下の家で前に女子会やったろ? そのとき、姉の陽乃さんに会った?」

 

「うん。会ったよ。ゆきのんの部屋にいるとき、人数分のケーキとか紅茶とか持ってきてくれた。そのあと、少し話したよ。お姉さんもゆきのんみたいに綺麗な人だよね~、驚いた」

 

「そうか。そうなってしまっていたのか」

 

「どうして?」

 

「いや、俺、あの人苦手でさ」

 

「いい人だったよ!?」

 

「で、携帯のデータ交換した?」

 

「みんなしてたよ!? 何か問題でもあるの?」

 

 俺の置かれている環境が、どんどん陽乃さんに侵食されてきていた。残る要素は茅ヶ崎ぐらいかもしれない。まさか陽乃さんと茅ヶ崎は、これから接触することはないだろう。この二人が接触するシーンは怖くて想像できなかった。何か恐ろしいことが起こりそうで。

 

 目的の駅を降りるころになると、雲が薄くなって薄日がさしていた。気温も上昇している。

 俺たちは自動販売機でスポーツ飲料を買った。それをチビチビ啜りながら、10分くらい歩くと千葉県の運営する運動公園に到着した。

 午前10時10分前、サッカー場を囲むコンクリート製の観客席には、チラホラとうちの生徒がいた。30人くらいだろうか。みんな制服だ。

 相手校の生徒も対面に見える。グラウンドでは選手が練習をしていた。

 俺は首にデジカメをかけて、その様子を何枚か撮った。

 

 ホイッスルと共に試合が始ると、隣りの由比ヶ浜が指をさして「あれ! 18番が葉山くんだよ!」と教えてくれた。

 ミッドフィルダーのポジションに金髪の18番が見えた。なんだ、フォワードじゃないのかよ! まだ1年だから仕方がないのか。

 

「戸部は?」

 

 由比ヶ浜があちこちを目で探す。

 

「出てないかも。控えかも」

 

 一応、ボールがゴールに向かっていくような場面で適当にシャッターを押した。

 

 観客席には人が増えていた。何人かの女子生徒の中央に、いつの間にか三浦優美子がいた。炎の女王らしく、長い脚を組んで悠然と場を圧倒している。

 そのとき、「約束どおり来てやったぜ」と声をかけられた。振り向くと、かりゆしウェアのような青いシャツと、デニムの短パンをはいた茅ヶ崎が立っていた。

 

「あ、茅ヶ崎君、おはよう、来てくれたんだね。座ってよ」

 

 由比ヶ浜が隣の席を示す。そこへ茅ヶ崎が座る。

 

「で、何やんの?」

 

「まずはサッカーを見て、それから、選手へのインタビューだな。それは試合後。仕事はほぼそれだけだよ」

 

「3人も必要ないだろが」

 

「じゃあ、茅ヶ崎君、一人でやってよ~!」

 

「あ? お前、おっぱいねぇちゃんのF子だったよな。名前なんての?」

 

「教えるか~! 失礼なヤツ~!!」

 

 フン! と由比ヶ浜が顔をそむけた。鼻息が荒い。いきなりこうなったか……。

 

「茅ヶ崎、お前はあのとき、女に暴力をふるうなクズ野郎と凄んでいたよな。だったら、そういう言葉の暴力もやめてやれ。こいつは由比ヶ浜結衣」

 

「今のが言葉の暴力かよ。どんだけ耐性がねぇんだか」

 

「ヒッキー、無理だよ~~」

 

 由比ヶ浜が眉を八の字にしている。茅ヶ崎が由比ヶ浜の隣りから、俺たちの一段上の段に移動して座りなおした。そして、オネェ系の声に変わった。なんなんだ、こいつは……。

 

「可愛い可愛い結衣ちゃ~ん? そんなにおっぱいが大きかったらお肩がお凝りになるんじゃなくて? つらいんでしょう? あたしに支えさせて欲しいわぁ~。少しだけ乳絞りしなぁい? あたしがミルクを抜いてあげるわよぅ~?」

 

 由比ヶ浜の顔が真っ赤になっている。怒っているのか、恥ずかしがっているのか。由比ヶ浜が歯ぎしりするような顔で茅ヶ崎を睨みつける。

 

「しんじらんな~い!! 頭おかしいんじゃないの? もう最悪~!」

 

 そういって、由比ヶ浜が立ち上がり、「ヒッキー、あそこにいる優美子のところへ行ってくる」と、スタスタ歩いて行った。

 

「今のはひどすぎだろ。いくらなんでも。性格のいい由比ヶ浜でも怒るぞ」

 

「今のはお前が悪い」

 

「なんでだ」

 

「由比ヶ浜の前で喧嘩中の俺のセリフを引用しただろ。あれがなかったらこんなこと言わねぇよ」

 

「人のせいにするなよ」

 

「うっせ。お前は仕事しろ。俺は寝る。偉そうなこと言う前にカネ返せ」

 

 茅ヶ崎がコンクリートの上に寝転がった。しばらく空を眺めていたが、やがて目を閉じて動かなくなった。由比ヶ浜をからかって遊ぶくらいなら寝ていてくれたほうがマシだ。

 由比ヶ浜といえば、三浦の近くに座って、一緒に応援していた。そっちの方向からは、時々「はやとく~ん!」という合唱が聞こえてくる。

 ハーフタイム中に、俺は売店でサンドイッチを買ってきて食った。前半にうちが一点を入れたが、後半に二点返されて試合は負けた。葉山はフル出場し、戸部は控えのままだった。

 

 試合後のグラウンドで、俺と由比ヶ浜は、監督やめぼしい選手のインタビューをした。茅ヶ崎は相変わらず寝ていた。

 由比ヶ浜が葉山を見つけて駆けていくので、俺も追う。

 

「葉山君、おつかれ~! 惜しい試合だったね~」

 

「残念だった。うちらのボールキープの時間も少なかったし、動きも鈍かった」

 

 葉山が汗だくの状態で、タオルで顔を拭いながらあれこれ振り返っているのを、俺はICレコーダーで拾った。疲れていても笑顔を作る爽やかな男だ。まだ俺の名前を知らないはずだ。だが、葉山は俺を見て「君は比企谷君だろ」という。

 

「君のことは聞いてる。同じ部活なんだって?」

 

「この前は新聞でお世話になった。ありがとう」

 

 俺は無難な言葉を返した。

 

「じゃあ、今度遊びに行くから。よろしくな」

 

 葉山が爽やかな笑顔を見せてベンチに歩いていく。

 由比ヶ浜と一緒に観覧席に戻り、寝ていた茅ヶ崎を起こす。眠そうに目を開けると、茅ヶ崎は時計を見た。

 

「帰れんの?」

 

「帰れるよ」と由比ヶ浜が答える。

 

「じゃ、ご苦労さん!」と茅ヶ崎が立ち上がる。

 

「バイクで来てんだろ?」

 

「そうだが」

 

「先生とか他の生徒に見つからないようにしろよ」

 

「遠くに止めてあんよ」

 

「バイク?」と由比ヶ浜が顔をしかめる。

 

「見つかったらまずくない? 処分確実だし……」

 

「別に、こんな学校いつ辞めてもかまわん」

 

「辞めてどうするの?」

 

「働く」

 

 3人で出口の方向へ歩く。すると、思いがけない光景を目にした。入り口の脇にある駐車場に黒塗りのリムジンが止まったのだ。あれは……。

 

 やはり、降りてきたのは雪ノ下姉妹だった。二人とも、ほとんどドレスのように見えるワンピース姿。姉は黒で妹は白だった。髪型も、きれいに数個の髪留めでまとまっている。姉妹揃って今まで見たことのない髪形に仕上がっていた。

 

「やあやあ、ガハマちゃんに比企谷君、仕事は終わったかね?」

 

 こういう場面になると、場を姉が仕切り、妹は控えのように小さく見える。

 陽乃さんが手を振って近づいてきた。由比ヶ浜がそれに手を振り返す。

 

「こんにちは! 仕事終わりましたよ。試合は負けましたけど。二人ともそんな恰好してどこ行くんですか~」

 

「ちょっと家の用事でね。面倒くさいところへこれから行くことになってるんだけど、ガハマちゃん、代わりに行ってくれないかな~」

 

「それは無理かも!? 陽乃さんもゆきのんも綺麗ですね~」

 

「隼人は活躍してた?」

 

「頑張っていました。女子の声援の中で」

 

 由比ヶ浜が楽しそうに陽乃さんと話す傍ら、茅ヶ崎が出口の方へ歩いていく。俺には関係ねぇみたいな態度で。

 それを目に止めた陽乃さんが「そこの君!」と声をかける。

 うわぁ~、マジですか、この状況。

 

「なんだよ、うっせ~な」

 

 茅ヶ崎が振り向く。

 

「君かぁ~。変わり者がいるって聞いてたんだけど。名前は茅ヶ崎君だったよね」

 

「それが? 何か用?」

 

「用ってわけじゃないんだけどさ、元気のいい若者がいると聞いて、どんなのか興味が湧いてね~」

 

「用はないんだな? お前みたいな跳ねっ返りのチンコロねぇちゃんにかまっているヒマはねぇんだよ。じゃあな」

 

 陽乃さんをチンコロねぇちゃん呼ばわりしやがった。それって死語なんじゃなかったか? そんな言葉よく知っているな。陽乃さんは表情の変化もなくニコニコしている。俺、この場を逃げ出していいですか?

 

「ふふふ。期待を裏切らないんだね~。テロリスト君」

 

「ん?」と、茅ヶ崎の足が止まって、瞬間的に考え込み、雪ノ下姉妹の方向へ近づく。

 

「そうか。あの作文だな。先公がそこのB子ちゃんとかに内容をチクって、それがお前に伝わったんだな。それにしても先公が生徒にチクる学校ってのもクソだな」

 

「君、なかなか面白いよ。珍しいし。私も早く君がテロリストとして活躍するのを見てみたいよ」

 

「姉さん」と、妹が姉のひじに手をかけて引っ張る。これ以上の2人の接触は危険だ。誰にでもわかる。

 

「お前ら金持ちをどん底へ突き落としてやっから。楽しみにしてろ」

 

「私も超楽しみだな~。まず、うちから潰してみてくれないかな~」

 

「なんだと?」

 

「うちが貧乏になって崩壊したら、特に雪乃ちゃんなんて喜んじゃうかもよ? 晴れて自由の身になれるから」

 

「姉さん。バカ言わないで。用事に遅れるでしょ。もう行きましょう」

 

「陳腐な跳ねっ返りだな。お前ら。人が仕事してやればチャチャ入れに来やがるし。鳥カゴの中で二匹でキーキー鳴いてろや」

 

 茅ヶ崎、お前は仕事をしていない。それだけは断言できる。

 

「あははは、言われちゃったねぇ~。鳥カゴねぇ。君だったら、まさか鳥カゴにブチこまれるようなヘマはしないと思うけどね~」

 

 茅ヶ崎の顔が険しくなっている。一歩足を姉妹の方へ踏み出したとき、俺は茅ヶ崎を抑えるつもりだった。しかし、それよりも早く由比ヶ浜が茅ヶ崎の右腕を取って引いた。

 

「行こうよ、茅ヶ崎君。ヒマじゃないんでしょう?」

 

 由比ヶ浜がすごい力で茅ヶ崎を引っ張っている。茅ヶ崎もこの場に未練があるような素振りだが、由比ヶ浜に引かれていく。

 

「陽乃さん、どういうつもりですか。あいつは危険です。もう挑発するのはやめてください。あなたの妹も危険になる可能性だってあるんですよ!」

 

「あれぐらい大丈夫でしょ? それより比企谷君、この前の話の続きはいつしてくれんの?」

 

「は? ……まあ、いずれ」

 

 俺は陽乃さんに「では」と言ったあと、少し後ろにいる妹に向かって「のなかをがってきはうたいまあおれ(注1)ねとおえる」と言った。

 

 陽乃さんは「え?」と目を丸くした。が、俺はさらに続ける。

 

「ないがかにてにかげしこでのつたでおなっか(注2)あっいと」

 

 陽乃さんがさらに目を大きくする。

 

「くなんかしと(注3)てれ」

 

「何? なんなの? 何語話してんの?」

 

 陽乃さんが交互に俺たちを見る。その妹が「わかった」と答える。

 

「あんたたち、やっぱりなんかおかしい!」

 

 鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている陽乃さんに背を向けて、俺は由比ヶ浜と茅ヶ崎を追った。

 

 運動公園のエントランスを抜けると、右の方向の歩道に、由比ヶ浜と茅ヶ崎が見えた。依然として由比ヶ浜が茅ヶ崎の手を引いている。早足で歩いていくと、会話が聞こえてきた。

 

「ええ~いいじゃん。乗せてよ、後ろ」

 

「なんでだよ。つまんないだろ、乗ったって」

 

「一回乗ってみたかったんだよ~、ああいうの」

 

 なんと! 由比ヶ浜がバイクに乗せて欲しいと頼んでいるようだった。どういう風の吹き回しだ? やがて、茅ヶ崎も押し切られたようだ。

 

「家までは無理だぞ」

 

「いいよ。近いところまでで」

 

「なんだ、お前ら、仲良くなったんだな。バイクに便乗か」

 

 俺が後ろから声をかけると、由比ヶ浜が振り返る。

 

「乗ってみたかったんだ~」

 

「俺も金曜日に乗せられた。すげぇ怖かったぞ。100キロ以上出された」

 

「マジで~? 死んじゃったらどうしよう!?」

 

「死にゃしねぇよ」

 

 そろそろ俺は駅への方向へ逸れる必要がある。心配だったが、この二人についていくのはやめた。なんとかなるだろ。茅ヶ崎のやつもセクハラ発言していないし。

 

「じゃあ、お前ら、気をつけてな。俺はこっちだから」

 

「ば~い、ヒッキー! 明日部室で取材した内容確認しようね」

 

「りょ~かい!」

 

 後ろから「茅ヶ崎君も明日来ないとダメだよ。原稿書くんだから」という由比ヶ浜の声が聞こえてきた。一方的に由比ヶ浜の声が聞こえていたが、やがて騒音に消えていった。

 

 

 




注1
姉貴は俺とお前の仲を疑っている

注2
出合って二ヶ月で恋仲になったのがおかしいと

注3
なんとかしてくれ
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