由比ヶ浜の恋と勿来ヶ崎奇譚   作:taka2992

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由比ヶ浜の傷心~俺のデジャヴ

 

 東雲と茅ヶ崎のカップルが校内を練り歩くこと2日。ストーカー行為は消滅した。メールもぱったりと来なくなった。恋人を作ったことをなじる内容のなんらかのメッセージもなかった。

 だが、それでメデタシ、メデタシとはいかなかった。新たな問題が発生したのだ。悪魔祓いをしたら、新たな悪魔を召喚したという感じだ。ある意味ではストーカー行為よりも恐い。

 新たな問題は、例によって下校しようとする下駄箱の前で発覚した。うちの学校では、外履きとして、男女ともに革靴が指定されている。東雲が靴を履き替えようとして外履きを取り出すと、革靴がズタズタに切り裂かれていたのだ。

 ボロボロになった靴はゴミ箱に捨てざるを得ず、東雲は上履きで帰宅することになった。

 新しい靴を購入して登校した翌日、今度は上履きがズタズタに切り裂かれていた。こうなると、東雲は売店で購入した上履きを教室に持ち込むしかなく、下校時も上履きを持ち帰った。

 

 嫌がらせはまだまだ続き、机の中にゴミが入っていたり、イスに画鋲が置かれていた。教室の後方にある小型ロッカーは、ハチミツのようなものでベトベトにされていた。

 そういったことが三日続くと、さすがに東雲も耐えられず、四日目には学校を休んでしまった。

 雪ノ下が連絡を取ってみると、別に体の調子が悪いわけではないということだった。

 

 東雲のいない部室では、嫌がらせの原因について議論になっていた。今日は茅ヶ崎もバックレているため、非常に話しやすい環境だった。

 

「こんなことになるとは想像外だったわね………」

 

 雪ノ下がため息混じりで切り出すと、みんなが俺のほうを見た。だが、東雲攻撃の原因については、およそのことはわかっていた。原因がわかっているので、解決法についてもだいたいの目処はついている。

 

「そうだな。俺がニセ彼氏なんか提案しなければよかったんだが……」

 

「でも、そのおかげでストーカーは消滅したわけでしょう」

 

 目黒が一応フォローしてくれるが、さらに事態が悪化したことは明白だった。

 

「でもさ、すごい憎しみを感じるよね。あの靴を見たとき、驚いたもん。もしかすると、階段で後ろから突き落とされたりするかも……」

 

 由比ヶ浜が心配そうな顔でいうと、「そんなことになるんだったら、ストーカーのほうがマシだったかも」と目黒が怯えた顔をする。

 

「だが、ストーカーだって逆上したら何をするかわからんぞ」

 

 嫌がらせは、明らかに東雲に対する嫉妬だった。ということは、茅ヶ崎に思いを寄せている人物がいるということだ。それは校内の女子生徒以外に考えられない。

 俺は、東雲の受けた嫌がらせが、物理的な被害だけにとどまっていることが不幸中の幸いのような気がしていた。東雲憎しの攻撃だったとしたら、援助交際していたという怪文書が、一番打撃を与えられるからだ。援助交際の件は俺たちだけしか知らない。

 とりあえず、全員で東雲と茅ヶ崎の二人が別れたという噂を流した。やり捨てられたショックで今日休んでいるみたいな尾ひれをつけて。

 

 犯人についてはまったく心当たりがなかった。しかし、俺はあることが気になっていた。それは、放課後に部室に来るとき、何回か鵜木うのが部室の方向から歩いてくるのに出くわしていたことだ。

 最近、鵜木うのを近くで見ることが増えたように感じていた。教室でも、窓側の前から5番目に座っている鵜木の視線と、俺の視線が度々ぶつかっていた。

 鵜木うのに関しては、由比ヶ浜から同じクラスだと指摘されるまで、その存在すら知らなかった。秋川に鵜木って誰? と訊ねると、あいつだよ、と指をさして教えてくれた。その方向を見ると、こちらを見ていた鵜木と目が合った。それ以来、変な意識が俺と鵜木の間にはできてしまったようだ。会話を交わしたことすらないのに。

 

 鵜木は基本的に目立たない生徒だった。いつも5~6人の女子とつるんでいて、その中には派手で騒がしい女子が多いためだ。仲良しグループを率先するような性格でもない。

 しかし、鵜木一人に注目してみると、俺には美人タイプに見えた。サラリとしたセミロングの黒髪で、授業中はたいていメガネをかけている。痩せ型で身のこなし方が機敏。背も高いほうだ。

 だが、友達と話して笑っているとき以外の顔は、きついものがある。気が強そうに見える。

 個性といってしまえばそれだけだが、どこかに少し異質なものが潜んでいるような雰囲気だった。俺には、茅ヶ崎にやり捨てられた女という先入観があるためか、どうもネガティブに見えてしまうのだろう。そんな先入観がなければ、普通の女子に見えるはずだ。それもかなりの美形に。

 そして、俺は鵜木が東雲攻撃の犯人という、心の中に濃くなりつつある観念を振り払おうと務めた。その先入観は俺にも鵜木にも災いをもたらしかねない。しかし、茅ヶ崎と東雲が別れたという噂を流しても、嫌がらせが終わらなかったら、真っ先に調べ始める必要のある人物には違いなかった。

 

 そんな心配をしているうちに、東雲への嫌がらせは終わった。彼女も普通に学校生活をするようになっていった。

 そんな事情があったものだから、創発部の女子は、茅ヶ崎とツーショットで校内を歩くことを避けるようになった。触らぬ神に祟り無しである。

 しかし、由比ヶ浜だけは以前と変わらずに、放課後に茅ヶ崎のクラスへ出向いて連れてきたり、連絡事項があると伝えに行ったりしていた。俺は心配していたが、それは杞憂に終わった。由比ヶ浜には何事も起こらなかった。

 

 東雲ストーカー&脅迫事件が収束すると、今度は茅ヶ崎が学校に来なくなった。3日目になると、部室に平塚先生が聞きに来た。

 

「君たちは茅ヶ崎がどうして学校来ないか知っているか?」

 

「いえ、まったく知りませんが」

 

 俺がそう答えると、先生は困った顔をしてアゴを掻いた。

 

「学校にも何の連絡もない。保護者に聞いても、家にも帰っていないという。事件とかに巻き込まれていなければいいが」

 

「行方不明ということは、やがて東京湾で発見されるとか?」

 

「ええ~!」と由比ヶ浜が声を上げる。

 

「比企谷、そうなったらこの学校もタダでは済まない。縁起の悪いことを言うな」

 

「確かにバイトとか何やっているかわからないですからねぇ。危ないことやってなけりゃいいんですけどねぇ」

 

 そう言うと、さすがの平塚先生もほんの少し、不安そうな表情になった。

 

「誰か、茅ヶ崎がどんなバイトしているか聞いたことのある人いる?」

 

 俺が問いかけても誰も応じない。一体彼は何をやっていたのか。麻雀をバイトの一つとは言っていたが、俺も参加させられた賭博行為を先生にチクるのは気が引けた。あいつのことだから、普通のバイトはやっていないことは確かだ。人に言えないバイトってどんなんだろう。

 

「では、同じ部活の仲間として、私たちが何人かで彼の家に行ってみましょうか?」

 

 やめればいいのに、雪ノ下がそう提案する。

 

「う~む。そうだな……。おそらく空振りになるだろうが、今後のこともある、有志で行ってみてくれ。万が一、本人に遭ったら、私に連絡するように伝えて欲しい」

 

 茅ヶ崎の家には、部活が終わったあとに、俺と雪ノ下と由比ヶ浜の3人で向かった。最初は俺と雪ノ下の2人で行くつもりだったが、由比ヶ浜がどうしても行きたいという。

 最寄の駅を降りて、目的地の住宅街に着くと、すぐに茅ヶ崎の住む2階建てアパートがわかった。赤サビが浮かぶ鉄の外階段をあがって2階の部屋のドアの前に立ち、呼び鈴を押してみる。

 中からピンポンと音が聞こえたが、応答はない。

 

「やっぱり親御さんは働いているから、この時間だといないわよね」

 

 雪ノ下が時計を見る。時刻は午後6時少し前だった。

 

「そうだね……。まさか中に茅ヶ崎君がいるってことはないよね」

 

 由比ヶ浜が覗き穴から中を見ようとしているが、それは内側からしか見えない。

 

「たぶんいないな。脇に駐輪場があっただろ。そこにバイクもない。あいつはバイクで移動するからな」

 

 3人はドアの前を離れ、階段のほうへ歩いた。

 

「バイク、カワサキバイク。ストップBKB、ひ~や! バイクだけにブンブン! レッツゴ~!」

 

「由比ヶ浜、突然どうした?」

 

「あれ、カワサキバイクでしょ?」

 

「そうだな。でもBKBは最近見ないな。消えたのか?」

 

「茅ヶ崎君と一緒だね」

 

「あなたたち、何の話しているの?」

 

「やつのバイクのメーカーがカワサキだったという話をしている」

 

「そう。トヨタとかホンダじゃないのね。バイクって」

 

「ホンダはバイク作っているが……。あとはヤマハだな」

 

 そんな会話をして階段を降りると、18歳くらいの不良っぽい男が近づいてきた。茶髪にサングラス。首には金のネックレス。猫背でそれほど体格は良くない。ポケットに両手を突っ込んでいる。凄んでいるつもりかもしれないが、たいして怖くない。

 

「あんたら、茅ヶ崎んとこ行ったみたいだな。どんな関係なの? 同じ高校ってか?」

 

「そうですけど。あなたは茅ヶ崎君とどういうご関係でしょうか」

 

 俺がそう答えると、男はサングラスをおでこの生え際までずらして、顔をマジマジと見つめてくる。

 

「お前ら、カタギだよな。茅ヶ崎のダチには見えねぇよな」

 

「そういうあなたはどなた?」

 

 男は問いかけた雪ノ下のほうに体を向ける。

 

「俺は見張ってんの。追い込みかかってんだよ。お前ら、ヤツがどこにいるか知ってんのか?」

 

「知ってたら、家になんか来ません。茅ヶ崎が何かしたんですか?」

 

 そういうと、男は俺のほうを向いた。

 

「ヤツが俺らの仲間をいたぶってくれたもんだから、ちょっと用があるのよ。見かけたら、ここに電話してくれ」

 

 男は紙切れをポケットから取り出して「書くもん貸してよ」という。俺はスクールバッグからボールペンを取り出して渡した。

 

「いい? 絶対連絡しろよ? お前らの顔覚えたかんな。シカトしたら今度はお前らの番だかんな」

 

 俺は、一応「わかりました」と答えた。すると、男は張り込みの定位置があるのか、アパートの裏手へ歩いて行った。

 

 俺たちは早足で歩いた。駅が近くなって、やっと会話を再開した。

 

「なんか怖いね~。BKBとか言ってふざけている場合じゃないじゃん!?」

 

 由比ヶ浜が、誰かつけて来ているのを心配するように、後ろを振り返る。

 

「茅ヶ崎のやつ、トラブルに巻き込まれているのは確かなようだ。どうする? 先生に言うか?」

 

「そうね。あんな状態になっているんだったら、警察にも言ったほうがいいかもしれない」

 

 雪ノ下が当然のことを言う。俺もそれしかないような気がした。もし彼らに見つかったら、茅ヶ崎はタダでは済まない。俺は、脳裏で東京湾に浮かぶ溺死体を想像してしまった。ぷっくりと膨れてゆらゆらと波に揺れる背中。だらりと下がった首と手足。だが、茅ヶ崎だったらそんなピンチを切り抜けられる。まんまとやられるはずがない。

 

「でも、そうすると、茅ヶ崎君も警察の厄介になるかもね。なんとかならないかなぁ」

 

 そういう由比ヶ浜の気持ちはわかる。俺もなんとかしてやりたい気がするが、あんな半グレみたいな連中が相手では、できることはない。

 

 俺たちは電車の中で、とりあえず、今日見たことは先生には報告しないと決めた。それぞれがそれぞれの最寄の駅で降りて解散した。

 

 

  ★    ★    ★

 

 

 茅ヶ崎が学校に姿を現したのは、その2日後だった。一時間目の最中に、由比ヶ浜からメールが着信した。

 

「茅ヶ崎君が来てるって、優美子からメールが来たよ。優美子と茅ヶ崎君は同じクラスだから、頼んでおいたんだ。創発部のみんなにも教えておくよ!」

 

 俺は、休み時間になると、茅ヶ崎のクラスへ行ってみた。後方の戸口から入ると、一番後ろの席に三浦がいた。その隣りには葉山がいた。

 茅ヶ崎は三浦の席から前に5つ目で、部室でよく見るように、机に突っ伏していた。

 近づいていくと、背中に赤い滲みがある。露出している腕にも引っかき傷が多数。髪の毛は乱れて、首すじにもアザが見えた。

 声をかけても茅ヶ崎は動かなかった。

 

「おい、茅ヶ崎、起きてくれ」

 

 しつこく肩をゆすると、やっと上体を起こした。その顔にも打撲痕がかなりあった。

 

「んだよ。疲れてんだよ」

 

 周囲を見回すと、やはり茅ヶ崎は噂になっているらしく、俺たちは注目を集めていた。ヒソヒソ声が聞こえるし、衆目の中には戸塚彩加や川崎沙希もいた。微かなデジャヴ。このクラスは濃い連中が揃っている。葉山に三浦に戸塚に川崎。由比ヶ浜と俺がいたら昔と同じだ。

 

 他の生徒に聞こえないように、俺は茅ヶ崎の耳に口を近づけた。

 

「お前の家に行ったら、見張りがいたぞ。追い込みかけているとか言ってた。大丈夫だったのか?」

 

 茅ヶ崎の息が一瞬止まり、ジロリと睨まれた。

 

「大丈夫だ。問題は解決した………」

 

 その後に何か言おうとしていたが、由比ヶ浜が入ってきて中断した。

 

「茅ヶ崎君、大丈夫なの?」

 

 心配そうな顔をして近づいてくる。その後ろからは目黒も歩いてきた。

 

「大丈夫みたいだな。元気そうだが、なんか傷がすごい」

 

「どれどれ?」と由比ヶ浜が茅ヶ崎の腕を取ろうとするが、その手が払われる。

 

「うるさい! 構うな! なんだよ、大勢来やがって。大げさな奴らだな」

 

 その後ろから葉山が顔を覗かせた。背中に注目している。シャツの上からも明らかに出血がわかるからだ。

 

「茅ヶ崎君、背中の傷はヤバイんじゃないかな。ちょっとめくるぞ」

 

 その様子を創発部の面々が見ている。

 葉山が茅ヶ崎の背中のシャツをまくり上げた。そこには7~8センチ程度の裂傷があった。

 

「筋肉の繊維の方向に合わせて切れているから出血はあまりないけど、放置しておくと、みっともない傷になるよ。これは。縫合しないとダメだと思うよ」

 

「どうでもいいわ。傷だらけの天使で結構だよ」

 

 茅ヶ崎がシャツを下ろす。

 

「茅ヶ崎君、病院行こうよ。葉山君の言うとおりだよ」

 

 由比ヶ浜が茅ヶ崎の肩を揺する。会話を聞いて、他の生徒も集まってくる。ガヤガヤと声が高まってきた。

 大勢の注目がまずいと思ったのか、茅ヶ崎は「わかったよ。行きゃいいんだろ」とカバンを持って立ち上がった。歩いてゆく方向の人垣がすっと割れて道が出現し、茅ヶ崎は教室を出て行った。

 

 教室内は依然としてガヤガヤしていた。茅ヶ崎がいなくなると、俺に注目が移ったようだった。なんでそうなる? 

 衆目の中、創発部のメンバーも教室を出て行こうとすると、座っている三浦に呼び止められた。

 

「あんた、茅ヶ崎の友達なの?」

 

 相変わらずの金髪のゆるふわウェーブ。周囲を睥睨する圧力を発してはいるものの、その目つきは少し畏怖の念が混じっていた。

 

「同じ部活にいるだけだな」

 

 俺の隣りで由比ヶ浜がフォローする。

 

「ヒッキー、あ、比企谷君ね」

と俺を指差す。そして、三浦を指差して「こっちは三浦優美子。茅ヶ崎君と同じ中学だったんだって」と紹介する。

 三浦の目はかなり俺を胡散臭そうに眺めていた。というよりも、少し怖がっているように見える。もしかすると、茅ヶ崎と同じような種類の人間に見えているのか? よく見ろ! まったく違うじゃないか。先入観とは恐ろしいものだ。

 

「そう。よろしくね」とだけ三浦は言って、顔をそむけた。

 

 その後、茅ヶ崎は病院で手当てを受けて、また昼ごろに学校へやってきた。そのまま職員室に呼び出され、事情聴取。今日も部室に来ないだろうと思っていたら、その予想に反して茅ヶ崎が現われた。

 いつものように無言で入ってきてイスに座り、長机に突っ伏した。

 その様子を見て、真っ先に声をかけたのは、やはり由比ヶ浜だった。

 

「茅ヶ崎君、何があったの? 心配していたんだよ」

 

「心配無用だね。山にこもって修行していたのさ」

 

「つまらないことを言うんだな。何があったか知らないが、解決したって言ったよな。かけられていた追い込みが無くなったってことか?」

 

「追い込みだ? そんなん知るか。来いって言うから行って片っ端からボコッてやっただけだ」

 

「ずいぶん苦労したみたいだな」

 

「確かにな。人数が多かったからな」

 

「たいしたもんだな。お前」

 

 俺と茅ヶ崎の会話を雪ノ下が本に目を合わせながら、目黒はノートパソコンを叩きながら、東雲は髪の毛をいじりながら聞いていた。茅ヶ崎の話からは、事実のほんの一端しかうかがい知れない。

 

 ガラッと扉がスライドして、平塚先生が入ってきた。

 

「茅ヶ崎、放課後も職員室来いと言ってあっただろ」

 

 なるほど、職員室から逃れるためにここに来たわけか。茅ヶ崎は机に右頬をつけていた姿勢から、上半身を立てた。

 

「そうだったっけ? しずかちゃん。どうして休んでいたか、もう言ったじゃん」

 

「バカか! そんなの誰が信じるか」

 

「俺は山篭りしてたんだって。養老渓谷のあたりに。武井荘みたいに、百獣の王を目指しているもんで。山奥のもののけと闘って来たんだよ。この怪我は、沢を駆け下りているときに足が滑って転落したから。これ本当!」

 

 茅ヶ崎が先生に向かって親指を立てる。それを呆れて見つめる先生。

 

「茅ヶ崎、理由はどうであれ、もう無断欠席するなよ。これ以上かばい切れないぞ」

 

「別に、かばってくれなくてもいいよ」

 

 茅ヶ崎が先生から顔をそむけた。小声で「何ができるってんだ」と呟いた。

 

「君があくまでそう主張するならそのように報告するしかない。警察からの問い合わせ等もない。正直いえば、事なかれ主義の学校としては、そのほうが都合がいいことは確かだ。

 しかしな、茅ヶ崎、高校生として、普通の人間の活動範囲から逸脱するようなことはもう止めろ。周囲の人間も心配しているんだぞ」

 

「だから、心配無用だって。こんな程度のこと、俺にとっちゃ屁でもねぇから。些細なことだし」

 

「そうよね。茅ヶ崎君はもっと大きなことを目標にしているものね。世の中を破壊するという」

 

 雪ノ下が急に割り込んできた。

 

「なんだ、チンコロ2号か。偉そうに。だからどうした?」

 

「なんだ、チンコロ2号というのは。女性に向かって失礼だぞ」

 

 茅ヶ崎の顔が、先生へ向いた。

 

「なんか、あのチンコロ2号の姉貴みたいなのがこの前、俺にからんできてさ。ちゃんと仕事に行ってやってんのに。姉貴の印象はチンコロ姉ちゃんだったから、妹は2号にしただけ」

 

「君は陽乃に会ったのか。ふ~ん。あの好奇心というか、じゃじゃ馬根性というか……」

 

「じゃじゃ馬? 陳腐なチンコロ女だろ?」

 

「だから、そのチンコロというのはやめろ! 女性がこれだけいる場所では」

 

「じゃあ、先生の顔を立ててコロチンにしといてやるわ」

 

 目黒や東雲がクスクス笑い始めた。俺もおかしくてたまらなくなった。陽乃さんもコロチンとか言われているとは夢にも思わないだろうな。そんな中、雪ノ下は笑っていなかった。

 

「さっきの世の中を破壊するというのは、例の作文のことなのか? 君はふざけてあんなこと書いたんじゃないのか」

 

「本気ですよ。もちろん。そのためにバイトして金ためているわけだし」

 

「そうでしょうね。あの文面からは幼稚な本気さが感じ取れましたから」

 

 雪ノ下が一番遠いところから言葉を投げかける。そういえば、彼女も今では遠い昔に、「世界を変える」と言っていたことがある。実は、何か共感する部分があるのではないだろうか。だから、その部分に引っかかっているのか。

 

「うるせぇ。コロチン姉妹。余計なこと言うな」

 

「だったらあんなこと書かなきゃいいでしょ」

 

「うっせカス、てめぇに書かなきゃいいとか言われる筋合いはねぇ」

 

「まぁまぁ、とりあえず、茅ヶ崎君も無事だったことだし、よかったよかった」

 

 由比ヶ浜が無理に場をおさめようとするが、矛先が由比ヶ浜に向いてしまった。

 

「お前もウザイんだよ。人のこと心配する前に、乳搾りしとけ、破裂しそうじゃないか」

 

「茅ヶ崎! そのセクハラ発言をよせ!」

 

 平塚先生がたまりかねたように、茅ヶ崎に近づいていく。

 

「先生、私だったらもう慣れましたから」

 

 由比ヶ浜が笑顔でそう言うと、平手打ちでも食らわせそうだった先生の足が止まる。

 

「だがな、もうこれ以上、君たち創発部に迷惑をかけ続けることも不適切だと判断できる。あまりにひどい」

 

「先生。茅ヶ崎君は、実は、私たちを助けてくれたこともあるんですよ。詳しいことは言えませんけど……」

 

由比ヶ浜が言ってはいけないことを言ってしまったのか? みたいな不安な顔をする。

 

「そうか」

 

「いや、それはあのエロ姉ちゃんにセクハラしたいだけだったんだよ」

 

 茅ヶ崎がニヤケ顔をすると、はぁ、と先生がため息をつく。

 

「その件を詳しく聞こうか?」

 

「あ、いや、その……」

 

 眉毛を八の字にした由比ヶ浜が、東雲や雪ノ下の方へ助けを求めている。東雲が切り出した。

 

「それは、私がストーカー被害を受けていたんです。それで、茅ヶ崎君がニセ彼氏になってくれて……、すると、被害が無くなったんです」

 

「そうか。人の役に立つこともしていたんだな」

 

「だ、か、ら、セクハラ目的ですよ」

 

「わかった、茅ヶ崎はもうしばらくここに置いて様子を見ることにする」

 

「あ~!」

 

 茅ヶ崎が残念そうな顔をして、部室を出て行く先生を見守った。

 

「よかったね。茅ヶ崎君」

 

 由比ヶ浜が茅ヶ崎に微笑みかける。

 

「何がだ?」

 

「居場所ができて。仲間もできたし。これ、今後、茅ヶ崎君がやることの箇条書きだよ」

 

 由比ヶ浜が数枚の紙を差し出す。すると、足を机の上に投げ出していた茅ヶ崎が立ち上がり、由比ヶ浜の座っているイスに近づく。

 由比ヶ浜の顔に人差し指をすっと突きつける。

 

「勘違いするな。俺はお前らの仲間なんかじゃない! くだらねぇ同情や友情なんか押し付けんな。わかったか」

 

 冷厳で力のある言葉だった。それを受け止めた由比ヶ浜の心の深くに突き刺さっているのがよくわかる。

 茅ヶ崎が差し出された紙をつかんで、ビリビリと破き、机の上に放り投げた。そして、カバンをつかんで部屋を出て行った。

 

 残された由比ヶ浜が、うつむいて涙ぐんでいた。

 

 デジャヴ……。

 

 見ていた俺の心も傷つけるほどの、痛みがあった。

 

 

 

 

 

 

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