季節はもう夏である。朝起きると汗まみれ。暑苦しくて夜中に何回か目覚めてしまうために、気だるさと寝たりなさが吹っ切れない。
はっ! やだ朝だ、ひぃ! 今何時、ふぅ! まだ平気あと五分。そんな鼻歌を歌いながら顔を洗いに行く。歯磨きをしたあとにシャワーを浴びる。
嫌々登校準備に励む俺。だが、あと二週間もしないうちに夏休みだ。例年のごとく家のソファで毎日過ごそうと思っていたら、今年はどうやら部の合宿がありそうな雰囲気。
「三泊ぐらいでどっかに行こうよ!」という話になっている。
ここ数日、部活動は、新聞部からの委託記事作成の最終段階に入っていた。記事の締め切りは明後日。タブロイド判の半分を俺たちの作った記事が占めることになる。
すでに原稿はできていた。雪ノ下と目黒が千葉県の数ある怪談を、いくつかピックアップして紹介し、俺はかなりの文字数をもらって勿来海岸でくり返されてきた悲劇を紹介した。なるべく独断を避け、新聞記事のように客観的な文章を心がけた。はっきり言って、もっと俺なりの書きかたで文才を見せ付けてやりたかったのだが。
由比ヶ浜と東雲はというと、学校の近くのパワースポットを中心に、10ヶ所の神社仏閣をとりあげていた。一番近くて、恋愛成就にご利益があるとされるのは、学校から北東に約5キロのところにある
天戸神社はこじんまりした神社だったが、祭神はあの出雲大社と同じく
で、あと必要なのは写真だった。目黒が撮ってきた、人を迷わせる森の写真がすでにあったが、俺の勿来海岸の写真も欲しい。ネットにはいくつか写真が転がっていて、それを無断借用するというと、雪ノ下に断固として拒否された。
仕方がないので、俺は勿来海岸のマップを手書きでトレースしてイラストを作った。外房の勝浦まで出かける時間がもうなかったのだ。
これで、必要な写真はあと一枚になった。天戸神社の写真を手に入れれば、必要なものはすべて揃う。ネットの写真を使えないのであれば、撮ってこなければならない。
この件に関しては、由比ヶ浜がなんとかすると申し出ていた。
雪ノ下が息抜きの紅茶を入れ始めた。いつものようにホットティーだ。このクソ暑い季節なのになぜホットティーなのかというと、この部室にはエアコンが付いているのだ。
一般の教室が集中している棟には、たいていエアコンは付いていないが、この棟には職員室や特殊な教室が多いため、所々にエアコンが付いている。部室にこの部屋を押さえた雪ノ下の遠謀深慮には感謝したい。
六月の末から、俺もあまりに暑い日は、昼休みにこの避暑地へメシを食いに来た。すると、女子たちは涼しい顔で食後のホット紅茶を啜りながら、談笑しているのだった。
人数分の紅茶を入れて、雪ノ下がティーカップを配る。俺の右で、プリントアウトした原稿を校正していた茅ヶ崎にも、紅茶が配られた。
「茅ヶ崎君、あなたのカップはまだないから、紙コップで我慢してね」
雪ノ下がそういうと、赤いボールペンを握り、原稿を読みながら「ありがとう」と茅ヶ崎が答える。
しかし、あれだけ悪態をついていた男が、こうも素直になるものか。ちょっと信じられなかった。最近はちゃんと言われたことをやっている。
今日も来るのは遅れたものの、原稿に書かれている用語や言い回しを、ノートPCで検索して調べている。まさに校正の仕事を真面目にしているのだ。
茅ヶ崎が紙コップに手を伸ばして持ち上げる。紅茶を覗き込んで「ん?」と動きを止める。
「俺、ミルクティーがいいな」
ぼそりと呟く。それが聞こえたのか、雪ノ下が「コーヒーフレッシュとか砂糖といった類は置いてないので、欲しい人は自分で持ってくることね」と、遠くのほうから言う。
「ミルク? ミルクだったらあるじゃん!」
茅ヶ崎が何かを急に思いつき、俺にニヤケた顔を向ける。
「え?」
俺はどこにミルクがあるのかわからなかった。
「男の比企谷だったらわかると思ったんだが」
少し残念そうな顔をする茅ヶ崎。いったい何のことなのかわからない。
「あっ!」
左からの声を出したのは由比ヶ浜だった。左を向くと、由比ヶ浜と目が合った。
「何?」
俺が訊くと、由比ヶ浜は少し動揺しながら、問いかけを無視してまた作業に戻った。パソコンで何かをやっている。
すかさず、右から声が聞こえてくる。
「由比ヶ浜、早くしろ。冷めちゃうだろ」
由比ヶ浜が画面から目を離さずに「うっさい! ありえないし!」と応じる。
まだ、俺には何のことだかわからなかった。
「新鮮なの頼むよ」
「……………」
「由比ヶ浜ちゃ~ん」
「マジうざっ!」
「わかった、暑いから冷めるまで待って、アイスミルクティにしてくれるんだ?」
「んなわけないし! しつこいし!」
茅ヶ崎を見れば、今にも噴き出しそうな顔をしている。一方の由比ヶ浜は、顔を赤くしてフン! とそっぽを向いている。その向こうで目黒と東雲が肩に力を入れて笑いを耐えている。二人の掛け合いを心配そうに眺めていたのは雪ノ下だった。
「なんだ、残念だな。そのお礼に天戸神社まで連れて行ってやろうと思っていたのに。近いから十五分もかからないで着くだろ」
「え?」と、由比ヶ浜が男二人の方へ顔を向ける。
「それって、結局連れて行ってもらえないってことじゃん? ミルクなんて出ないし」
ようやく理解した俺もクスクスと笑ってしまった。だが、ヤツのミルクネタには少々粘着性を感じる。よっぽどミルクが好きらしい。
「じゃあ、ミルクは出世払いということでいいよ」
由比ヶ浜が目を天井に向けて考えている。
「出世払い? イミフ~……。ミルク出るのはずっと先だし……。そんな約束していいのかなぁ~??」
「おまえ、ミルク出す気満々だな!」
おかしくて、俺は噴き出しそうな口を押さえた。すると、由比ヶ浜が真っ赤な顔をしながら俺の背中をバチン! と叩いた。
「痛ぇよ。なんで俺が叩かれるんだよ!」
「ミルク出す気なんてまったくないし~!!」
「どうする? 行くのか? 今日行っちゃえば、もう仕事終わるぞ。三十分くらいで帰ってこれるぞ」
「せっかくだから行ってくれば? あそこは駅から離れているからバスに乗らないと行けないみたいだよ。近いんだけど結構面倒だから」
同じくパワースポット担当の東雲が、髪の毛を机に垂らしながら、目黒の胸の前に出した顔をこちらに向けている。
「じゃあ、連れて行って、茅ヶ崎君」
「OK、じゃあ今すぐ行っちまおうぜ。まだ部活が終わらないうちに戻れる」
おずおずと由比ヶ浜が立ち上がり、カバンからデジカメを取り出す。その素振りには大丈夫かなぁ、なんだかなぁみたいな迷いが混じっていた。
二人が出て行くと、内容はわかないが、廊下から声が聞こえてきた。何か言い合っているらしい。そして、最後にバチン! という破裂音が、廊下の壁に反射する残響音と共に響いてきた。あの音は俺のよりも痛そうだ。
「あの二人、仲良くなったのかしらね」
雪ノ下の問いかけに、目黒が「逆にいえば、仲悪いようには見えないよね」と答えた。
★ ★ ★
翌日の昼休み、教室の戸口に雪ノ下が立って、手招きした。
「おい、比企谷、今回は本妻の登場だぞ」
横の席にいた秋川が、尖らせた口を使って、ほれ、ほれ、と戸のほうを指す。
立ち上がって雪ノ下のほうへ行くと、「これ見て」とケータイ画面を近づけてくる。
そこには、ほんのりと茶色がかって見える程の茶髪、大きなサングラス、薄いピンク色でヘソ出しタイプのトップス、白いピチピチのショートパンツ姿の女が写っていた。太ももからスネあたりのスラリとした細さが際立っている。
いわゆるギャルだ。
胸が大きいし、ヘソと共に露出しているウエストがくびれていて、スタイルがすこぶるいい。
二枚目の写真は上半身のアップ。斜め上にあるカメラを意識して、ピースサインをしていた。
「なんでこんなの見せる? 誰?」
俺の質問に、質問が返ってきた。
「よ~く見て。誰だか当てて」
ケータイを受け取って、目を近づけた。この輪郭は……。
明らかに見覚えがある。目の前にいる雪ノ下の顔つきと似ている。写真に写っているのは………。
「まさか!」
驚きのあまり、雪ノ下の顔をマジマジと見つめた。自然に口がポカンと開いてしまう。
「そのまさかよ」
「なんでこんなことに……。しかし、すげぇ似合っているから恐ろしい」
写真に写っていたのは間違いなく陽乃さんだった。髪を軽く茶髪にして、まるで由比ヶ浜のようなギャルファッションをしているのだ。
噂をすればなんとやらで、そこに由比ヶ浜が通りかかった。目黒も一緒だ。
「あ、ゆきのんたち、何してんの?」
雪ノ下が由比ヶ浜と目黒に写真を見せた。彼女たちも最初は誰だかわからなかったが、陽乃さんと聞いて「うそでしょ~」と驚いていた。
「どうしたの? イメチェン?あの清楚系でお姉さんスタイルの陽乃さんがどうしてこんなことに?」
由比ヶ浜もポカンと口を開ける。
「最近の姉さんはちょっとおかしいのよ。私のところに居ついてしまったし、こんなファッションするし」
「コスプレしてんの?」と目黒が携帯画面に目を釘付けにしたまま訊く。
「いいえ。数日前からずっとこんな感じ。このスタイルで出歩いたり学校へ行ってるの」
「へぇ~」と由比ヶ浜も目を丸くする。
「由比ヶ浜、仲間が増えたな。まるでお前みたいな恰好だろ」
「そういえばそうだね。でも顔とプロポーションが違いすぎるよ。この人、テレビのバラエティにそのまま出ててもおかしくないし」
「ふむ。俺にもそんな風に見えるな」
「どうしたものかしらね」
「要するに、あれがショックでこんなになっちゃったんだろ?」
「おそらく、そう。もう家のことやらない、って言っているし、家出するとか脅してクルマ買ってもらったし。やりたい放題なのよ」
「今ごろ反抗期かよ。妹のマネか? それにしても十九歳でギャル化するのかよ! ギャル乃、おかしいよギャル乃!!」
「ファッションを楽しむのに年齢は関係ないよ」そう言って目黒が微笑んでいた。
「素行の悪いやつが一人消えたと思ったら、意外なところで一人発生したな」
「さすがに姉さんは身を持ち崩すようなマネはしないと思うけれど……」
「まあ、そうだろうな。あの人はなんだかんだいっても賢い。遊んでいるだけだろうな」
放課後、俺は由比ヶ浜が撮ってきた写真を一枚ピックアップしていた。新聞部へ渡すDVDに入れるためだ。由比ヶ浜のデジカメから抜いたメモリカードをPCに差し込む。そして写真を読み出すと、天戸神社を色々な位置から撮った写真が二十枚くらいでてきた。
やはり、正面から鳥居を写したものが最適と判断し、それをDVDに移した。
だが、写真の中には、鳥居の前で由比ヶ浜と茅ヶ崎が、仲良さげに並んで写っているものがあった。明らかに通行人を呼び止めて撮ってもらっている。
二人はにこやかな笑みを浮かべ、茅ヶ崎にいたってはピースサインをしている。
はぁ~。とため息が漏れた。なんだ、こいつら。雰囲気的にカップルだろ、これ。苦笑が漏れる。貴重な写真になるかもしれないので、俺のPCにコピーしておいた。
作業が済むと、新聞部に原稿や写真を収めたDVDを渡した。こうなるともう、やることがなくなってしまった。
しばらくすると、長机の上では由比ヶ浜の補習が行われていた。目黒から出された問題をうんうん言いながら解いている。
そこへ、扉が開いて顔見知りの同級生たちが入ってきた。
「やあ、比企谷君だったね」
葉山隼人が入り口近くに座っている俺に、いつもの爽やかな笑顔を投げかける。その後ろには三浦優美子、戸部翔、戸塚彩加までいた。実に濃い奴らがこの部室に揃ってしまった。
葉山の爽やかな接近には、未だに圧力を感じる。「インタビューの際は、どうも」と答えるのが精一杯。部室の変化に気づかず、茅ヶ崎は例のごとく長机に突っ伏して寝ていた。
「ここに来るの初めてだね! 葉山君に優美子、それに彩ちゃんまで。遊びに来てくれたの?」
由比ヶ浜が立ち上がって迎える。しかし、この四人は何しに来たのか。戸部はせわしなくあっち行ったりこっち行ったりして、部室を見てまわっている。別に珍しいものが置いてあるわけじゃなかろうに。戸塚……。戸塚は一番後ろで目立たない。何故かモジモジしている。
この学校に再入学してから、初めて訪れた戸塚と友達になれるチャンスだ。しかし、戸塚は俺のほうを見ようともしない。
「例の、雪ノ下ペーパーを優美子からコピーさせてもらったから、ちゃんとお礼を言いに来たのさ」
葉山が来た理由を爽やかな口調で述べる。その隣りで、三浦がなんか居心地悪そうにしている。
「あ、そうか。優美子にペーパーあげたから、みんなでコピーしたんだ? それって別にいいよね?」
由比ヶ浜が雪ノ下のほうを向く。
「もちろん、誰でもコピーしてくれてかまわないけれど。お役に立てているのかしらね」
雪ノ下が立ち上がって葉山たちのほうに歩いてくる。
「でも、葉山君だったらあんなもの必要ないでしょ」
「いや、あれがあると部活にもっと入れ込めるし、ほかのことができるからね。助かるよ」
葉山が後頭部を掻く。その脇から戸部が顔を出してくる。
「そ~そ~! 雪ノ下サンのペーパーのおかげで、勉強時間ハブりまくりっしょ~! 二学期もオナシャ~ス!」
そんな会話がなされている中で、三浦が俺の隣りで寝ている男を、やはり胡散臭い目で見ていた。そして、俺のPCを覗き込んでくる。そこには、茅ヶ崎と由比ヶ浜のツーショット写真が表示されたままになっていた。
それを見た三浦がさらに険悪な表情になり、寝ている茅ヶ崎と、葉山たちと談笑している由比ヶ浜を見る。だが、言葉を飲み込んで、何も言わなかった。
三浦が何を思ったのかうかがい知れなかったが、余計な情報を与えてしまうような写真は閉じておいたほうが良かったのかもしれない。
その予感は的中した。次の日の午前中、休み時間に茅ヶ崎と三浦が対峙しているのをみかけたのだ。一番北側の廊下の外れに階段があり、その踊り場で、三浦が一方的に何かを言っていた。
この二人は同じクラスなので、三浦がここまで茅ヶ崎を連れ出したのだろう。俺は、出っ張りになっている柱の陰に隠れて、会話を聞いた。その内容は由比ヶ浜に関することだった。
「あんた、結衣にまで手を出すの? あ~し、絶対に許さないし!」
陰に隠れているので三浦や茅ヶ崎の表情は見えない。どうやらオカン体質の三浦が由比ヶ浜を心配しているようだ。
「そんなことはしてないだろ。ただ、部が同じだから一緒にいることが多いだけだ」
「だったら神社か何かの前で一緒に撮った写真はなんなの? まるで仲良しだし」
「あれは由比ヶ浜が神社の写真を撮りに行くというから連れて行ったときのだ」
「そんなん、信じられると思ってんの? バカじゃん? それに、あんたのやってきたひどいこと、カツアゲに傷害、いま五~六人が警察に相談しようって話になってんだけど、わかってんの?」
「かまわない、やってくれよ」
「ふ~ん。わかった。あんたもこれで退学だし、ざまぁ~って感じ」
過去の悪因縁は簡単には切れないらしい。しかし、三浦は茅ヶ崎が改悛したらしいことを知らない。由比ヶ浜の決死の行動が茅ヶ崎を変えたことを知らないのだ。それに、茅ヶ崎の退学は由比ヶ浜の望むところではないはずだ。
俺は二人の前に出て行った。
「すまん、立ち聞きしていた」
「は? ヒキオじゃん」
やっぱりヒキオですか……。
まあいいや。三浦は完全に頭に血が上った顔をしていた。少し赤いし怖いし。
「三浦、聞いてくれ。茅ヶ崎はつい最近、変わったかも知れん。まだわからないが、まともになる意思はあるようだ」
「は? ヒキオはこいつの肩を持つわけ? バカじゃん」
三浦が険悪な目で俺を睨んでくる。
「なあ、三浦、おまえの由比ヶ浜に対する心配はよくわかった。さすがだと思う。同じ部員としてもすごく嬉しい。だが、由比ヶ浜が茅ヶ崎を変えたかもしれないんだ」
少しバツが悪そうな茅ヶ崎が話をさえぎる。
「比企谷、何のことだ? そんなことがあったか?」
かまわず、俺は話し続けた。
由比ヶ浜が、決死の覚悟をして茅ヶ崎のアジトに行き、犯罪をやめさせたこと。茅ヶ崎が悪行をすべて止めると誓ったこと。そして、ここが肝心だった。由比ヶ浜が、茅ヶ崎の退学を望んでいないこと。
「そんなことがあったん? 結衣がそんなことしたん? それって結衣が茅ヶ崎のことを……?」
三浦も一番重要なことに気がついたようだ。信じられないような顔をして、肩に垂れた金髪をいじり始めた。茅ヶ崎は無表情で話を聞いていた。
「それはわからない。誰も確かめてないからな。だが、由比ヶ浜は非常にわかりやすい性格だろ。とにかく、由比ヶ浜は茅ヶ崎にまともになって欲しかったことは確かだ」
「結衣がねぇ……あの子もバカじゃん……」
明らかに三浦が動揺している。
「確かにバカっぽいが、それが由比ヶ浜のいいところだ。お前たちが茅ヶ崎を告発するのは仕方がないかもしれないが、退学になるのは由比ヶ浜の望むことじゃない。それだけはわかって欲しい」
「だけどさ、今、茅ヶ崎がまともになったって、過去は変えられないじゃん。被害者も消えない。今さらなんだって話じゃん。どうすんのさ」
茅ヶ崎が目を瞑っている。そこへ三浦がたたみかける。
「どうすんのさ、茅ヶ崎、ずいぶんとムシの良い話じゃん。このまま被害者を無視するってわけ?」
「茅ヶ崎、この際だから、過去をすべて清算しろ」
おそらく、受け入れられないだろうと思いつつも俺は提案した。茅ヶ崎はまだ目を瞑っている。
「迷惑かけたやつに謝罪しに行け。辛いだろうが、それをやらないと、これから先、悪因縁は消えないぞ。どうするんだ? せっかくの由比ヶ浜の行動も無駄になるんだぞ」
「どうすんのさ、あんた」
三浦と俺が茅ヶ崎に詰め寄る。すると、茅ヶ崎が目を開けた。
「わかった。謝罪しに行く。まず三浦の言っている奴らに。カツアゲした金も返す」
三浦が信じられない顔をする。白眼が目立つほど目を開いて、口も大きく開けている。しかし、その口が動くことはなく、声も出てこない。
俺は固まっている三浦に声をかけた。
「な? 変わっただろ? 由比ヶ浜が変えたんだ。驚いたろ」
「う、うん……。はっきり言って信じられないし……。でも、あ~し、こいつのことは監視するし」
三浦が幽霊でも目撃したかのような、ざわついた背中を見せながら、廊下を歩いていった。
傍らの茅ヶ崎に声をかける。
「まだ、残務整理は残っているんだな」
「ああ、大量に残っている」
背中で茅ヶ崎の呟きを聞きながら、俺も自分の教室の方向へ歩いた。