由比ヶ浜の恋と勿来ヶ崎奇譚   作:taka2992

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先生!女子のエロい水着が見たいです!

 翌日の部活では、やはり勿来海岸に行くことに決まった。現実的な話として、獄釜旅館しか空いているところがなかったからだ。日取りは、7月30日から3泊。3回泊まるということは、4日間、海に出て遊ぶことになる。

 

「その日程でいい? 都合の悪い人は?」という雪ノ下の問いかけに、全員が賛成した。渋っていた東雲も特に文句は言わなかった。

 

 全員? 今日は茅ヶ崎が来ていた。しかし、無言で話を聞いているだけで、何の意思表示もしていない。俺は聞いてみた。

 

「茅ヶ崎、おまえは行くのか?」

 

「俺はバイトがある、といっても夜の7時からだが」

 

「バイトって、まさか……」

 

「安心しろ、コンビニだ。コンビニの店員なんて恥ずかしいぜ。金にならんし。仕方ないから年齢誤魔化して深夜2時までやらせてもらうことにした。深夜だと時給1200円だからな」

 

「年齢誤魔化しかよ」

 

「そんぐらいは目を(つむ)れ。そうだ。おまえ、いい加減に金払え」

 

 茅ヶ崎がニヤニヤしている。こういう顔は以前と同じだ。しかしコンビニでバイトとは退化したな。航空自衛隊のF-15(イーグル)ドライバーが遊園地の飛行機に乗って遊んでいるようなもんだ。その店にひけらかしに行ってやりたい。

 

「金はもう少し待ってくれ。いま貯金している」

 

「すんごいスローペースだな。そんな金、一日で稼げ」

 

「無理いうなって。海は行くのか?」

 

「昼間だけなら参加するぞ。昼ごろそっちついて、夕方に帰る。近いから可能だな」

 

「ほう。意外にあっさり参加するんだな」

 

 すると、茅ヶ崎が背すじをピシッと伸ばして挙手する。

 

「先生! 女子のエロい水着が見たいです!」

 

「ぷっ」と噴きだす俺。そして「やだぁ~」「露骨~」という女子の声が聞こえた。

 

「先生! デジカメ持参していいですか?」

 

 真面目な顔で茅ヶ崎が聞く。

 

「俺は先生じゃないし責任者でもない! まあ、デジカメ持参は普通のことだろうな」

 

「じゃあ、先輩! 長玉(ながだま)持ってっていいですか?」

 

「長玉ってなに?」と女子の誰かが言っている。

 

「長玉って望遠レンズのことだろ? そんなの持ってんの、おまえ」

 

「やだぁ~」と軽蔑的な声を出したのは目黒か東雲か。

 

「望遠レンズ持ってウロウロしていると警察に捕まるだろ。やめとけよ」

 

「先輩! わかりました! うちの女子どもで我慢することにします!」

 

「茅ヶ崎君、やっぱり来ないでいいわ。お願いだから来ないで。行く前からそんな盗撮宣言されたら、連れていけるわけないでしょ」

 

 雪ノ下が立ち上がって、本気で怒った顔をしている。

 

「だけど、もう、場所と日にちを知っちゃったからなぁ。来るなと言われても行っちゃうかも」

 

「では、カメラを持参しないという約束がある場合に限り来ていいわ。カメラ持っていることがわかったら帰ってもらうから」

 

「来なくていいとか言われちゃったな。俺は茅ヶ崎にボディガードになって欲しくて、絶対来てもらいたかったんだよ。こいつら絶対目立つだろ?」

 

「ボディガードだ? そんなのお前が一人で頑張れ」

 

「無理言うなって。俺じゃ役に立たん」

 

「自分をよくわかってんだな。最終的に俺が出てってやるから、最初はお前が頑張れ。日米同盟みたいなもんだ。夜は知らん」

 

「なんで日米同盟?」

 

 由比ヶ浜が不思議そうに俺に聞いてくる。

 

「人に助けてもらう前にまず自助努力しろってことだよ」

 

「なんだかわからないけど、そうだよね」

 

 由比ヶ浜がニコリと笑っているが。そういえば……。

 

「ん? お前の体調は大丈夫なのか? 昨日は調子悪かったみたいだが」

 

「大丈夫だよ。ぜんぜん。あれって貧血だったのかなぁ。なんか獄釜旅館のホームページ見てたら気分が悪くなってきたんだけど」

 

「そうか。まあ気をつけろ」

 

「では、決定? それでいいかしらね」

 

「あ、ちょっと待ってくれ。妹の小町は行っちゃだめかな」

 

 この話を聞くと、小町は行きたがるだろうと思っていたので聞いてみた。

 

「小町ちゃん? 来て欲しいな。会いたいし。ねえ、ゆきのんいいでしょ?」

 

 そういえば、由比ヶ浜と小町はまだ会っていない。会うまでに意外に時間がかかっている。

 

「そうね。いいと思う。うちの姉も強引に行くことになってしまったし」

 

 俺は小町にメールした。日程と場所を記して。すると、1分もかからずに返事が来た。当然「行く!」だった。よく見ると「そっちにもすぐ行く!」と続いていた。学校帰りにどこかをうろついていたようだ。来るってここに来るのか?

 

 数十分後に本当に制服姿の小町が扉を開いて入ってきた。

 

「みなさん、こんにちは。はじめまして、比企谷の妹の小町です!」

 

 うやうやしくおじぎをする小町。すると、由比ヶ浜が立ち上がって近寄る。

 

「小町ちゃん。そのせつはありがとう」

 

「え?」と一瞬固まるが、俺の話を思い出したのか、「ああ、あなたが結衣さんですか。はじめまして。兄がお世話になってま~す」と調子を合わせた。

 

「あ、ゆきねぇ。久しぶりで~す」と小町が手を振る。すると、雪ノ下も近づいてきて、目黒と東雲を紹介していく。東雲については一回目撃しているが、小町は「はじめまして」とおじぎをしていた。

 最後に茅ヶ崎を紹介されたとき、小町は珍しく物怖じしていた。俺に寄ってきて「あの人、お兄ちゃんより目つき悪いね。というより、なんか全体的にするどいね。猛獣みたい」と耳打ちする。

 

「あいつは夜はいなくなるから安心しろ」と、俺もコソコソと耳打ちし返す。

 

「ねぇ。この部って美人ばっかりだね。やっぱりお兄ちゃん、頭おかしい。ファンタジスタだよ」

 

 小町が小さくクククと喉を鳴らして笑う。

 

「さて、行く場所と人数も確定したことだし。さっそく予約しましょうか。獄釜旅館に」

 

「あ、部屋は一つ? 泊まる人で男子なのはヒッキーだけだよね。もう一つ部屋取る必要はあるのかな」

 

 東雲がそう言う。俺もその点に初めて気がついた。一応俺は男だから同じ部屋に寝るのが嫌な女子もいるかもしれない。

 

「う~ん。お兄ちゃんは小町が一緒だし、ゆきねぇもいることだし、いくら変態な兄でも変質的な行為はしないと思いますねぇ~」

 

「くっ、なんてことを!」

 

 正直、今の言い方はムカついた。「お前、泣かすぞ!」と脅す。みんな笑っている。くやしい。

 

「では部屋は一つということにしましょう。12畳の部屋が空いているようだし、予算的にもそれがいいかと」

 

「両隣にゆきのんと小町ちゃんが寝ていれば、ヒッキーはいたずらしに起きれないもんね。それに、着替えるときはトイレに押し込めばいいし」

 

 由比ヶ浜がそう言ったあと、小町が「あ! でも……」と何かを思い出している。

 

「お兄ちゃんには前科があるからなぁ……。このまえ、ゆきねぇがウチに泊まったとき……」

 

 その後の俺の行動は素早かった。茅ヶ崎の動きを凌駕していたはずだ。大腿四頭筋とハムストリングを緊張させて立ち上がり、小町の真後ろに飛ぶのに0・5秒。そして、小町を羽交い絞めにしつつ手で口をふさいだ。

 

「うぐうぐぐぅ……」

 

 もがく小町。その耳元で「それ以上言ったら首をひねる」

とささやいた。

 目黒と東雲が「なに? 何があったの?」と興味を示している。

 

 咳払いをして、雪ノ下がすました顔で携帯を取り出す。

「めぐみちゃん、ホームページ出してくれる?」と促す。すぐに電話するつもりらしい。

 PCを操作する目黒の隣りで由比ヶ浜も覗き込む。その後ろでは小町も背中を丸めていた。

 

 そのとき、由比ヶ浜にまた異変が発生した。小さく「うっ」と声を漏らして、体を震わせ始めたのだ。

 顔色が急変して、口を押さえている。上半身を前後に振っている。

 

「どうしたの? 結衣ちゃん!」

 

 目黒が叫んだ。由比ヶ浜の様子が普通ではないので取り乱している。

 全員が由比ヶ浜を取り囲んで肩を抑えたり手を取ったりした。茅ヶ崎も寄ってくる。

 だが、由比ヶ浜の体の震えは止まらない。それに、何の声も出さない。

 

「由比ヶ浜!」俺はその横顔に向かって大声を出してみた。しかし答えはない。東雲が後ろから肩を抱くようにして、震えを止めようとしている。

 

「由比ヶ浜さん! どうしちゃったの!」

 

 雪ノ下も動揺して大きな声を出す。しかし、異様な痙攣は止まらない。

 

「寝かせたほうがいいかしらね」

 

 全員で由比ヶ浜の体を机の上にあお向けに乗せた。露出している手足や顔が真っ青になっている。血の気がない。

 

「冷たい!」

 

 手を触った目黒が叫ぶ。

 

 茅ヶ崎が近づいて、手首をつかむ。手首の裏側に指を当てている。そして、由比ヶ浜の鼻に自分の頬を近づける。「お前らセクハラじゃないと証人になれ」と言いつつ、由比ヶ浜の腹から胸に手を当てる。呼吸による肺の動きを確かめているようだ。

 

「ちゃんと脈はある。それに息もしている」

 

 由比ヶ浜は目を閉じている。首の筋が時々盛り上がって、ピクピクと変な動きがある。それに、依然として手足が小刻みに震えている。

 茅ヶ崎が由比ヶ浜の頬を手のひらで数回叩いた。「おい!聞こえるか、由比ヶ浜」と大声で呼びかけるが、やはり返事はない。

 

「これは救急車を呼ぶしかない! 完全におかしいぞ! 比企谷、救急車を呼べ!」

 

 茅ヶ崎が俺に指示する。慌ててポケットから携帯を出して119番を打ち込む。

 

「誰か職員室に知らせに行け! 走れ!」

 

 茅ヶ崎がそう叫ぶと、目黒と東雲が走り出した。扉を開いて廊下を駆けていく。

 救急車が来るまでの5~6分のあいだ、雪ノ下と小町が由比ヶ浜の手足をさすっていた。

 すると……。

 

「くがたやくいをまってくのひずっいらさたるぶつすけこでせよこよたがはるよはすきよんとくていてみけてじょうさむいさて」

 

 由比ヶ浜の白い唇から、意味不明のお経のような音が聞こえてきた。

 

「いったい何だ、今のは!」

 

 茅ヶ崎が俺の顔を見ているが……。俺にはわかってしまった。

 

 サイレンが聞こえてきた。裏の駐車場に着いたようだ。やがて複数の足音が聞こえ、2名の救急隊員が平塚先生と一緒に入ってきた。その後ろには目黒と東雲もいた。

 

 救急隊員の一人が、机の上に横たわる由比ヶ浜の目を指で開き、ペンライトを当てる。次々と基本的な生命反応を確認していく。

 

「もしもし! わかりますか? 聞こえますか?」と由比ヶ浜の頬をたたいて反応を調べている。だが、無反応だった。

 

「瞳孔反応あり。脈あり。呼吸あり。意識なし。原因不明の戦慄」

 

 隊員は、様態が急変した当時の状態を俺たちから聞きだした。そして不思議がる。この状態で意識がないのがおかしいようだ。

 とりあえず、救急車に乗せて搬送するという。そのとき、三人目の隊員が現れ、ストレッチャーを押して部室に入ってきた。

 

 救急隊員と茅ヶ崎の四人が由比ヶ浜をストレッチャーに乗せる。しかし、この学校にはエレベータがない。俺と平塚先生も加わって、六人で階段を下ろし、駐車場に運んだ。

 

 救急車に収容される由比ヶ浜には、依然として意識がないようだった。平塚先生が付き添いで同乗することになった。職員室の他の先生が、由比ヶ浜の家とか両親に連絡を取っているようだ。周囲には、騒ぎを聞きつけた生徒たちが集まってきている。

 

 衆目の中、「病院についたら連絡する」と平塚先生が言い残すと、救急車はサイレンを鳴らして出ていった。

 

 部室に戻った俺たちは全員が青い顔をして動揺していた。さっきまで夏休みの計画を話し合っていたというのに。

 

「結衣ちゃん。大丈夫かな……」

 

 東雲が不安そうな顔をしている。それは目黒も雪ノ下も小町も同じだった。

 

「なあ、比企谷、さっき由比ヶ浜が言った変なお経、お前、理解したんじゃないのか?」

 

 茅ヶ崎がするどい指摘をする。

 

「あれか……。意味がわかってしまった。おまえはどうだった?」

 

 俺が雪ノ下に顔を向けると、「私もわかった」という。あの変な言葉は明らかにメッセージだった。それも、由比ヶ浜からのではなく……。

 俺はその内容をみんなに伝えていいのかどうか迷っていた。雪ノ下も同様に迷っている。

 しかし、どうして由比ヶ浜が? わけがわからなかった。考えれば考えるほど気持ちが悪い。

 

 

  ★   ★   ★

 

 

 由比ヶ浜が搬送されたのは県立中央病院だった。またか…。というのが率直な思いだ。最近、あいつは病院にばかり行っている。しかし、現実世界では一回目なのだが。

 バイトのある茅ヶ崎以外の全員で病院に向かった。到着したのは午後6時過ぎ。救急外来の前の長いすの列に平塚先生がいた。

 

「今、色々な検査をしているところだ。体を温めたら意識が戻ったらしい。それに、非常に元気だ。驚いた。さっき中に入れてもらったら、私と会話ができた。安心したぞ」

 

 先生は一気にまくし立てた。由比ヶ浜の両親はまだ来ていない。俺たち五人がイスに座ろうとしたとき、なんと制服姿の由比ヶ浜が、救急外来のドアを開いて、歩いてきた。しかし、ちゃんと看護士が後ろについている。

 少しゆっくりと歩いている以外は別段、異常はなく、ふだんと変わらない。若干緊張しているようではあるが。

 

「結衣ちゃん!」

 

 目黒が立って駆け寄る。その後に東雲や雪ノ下も続く。

 由比ヶ浜が「みんなごめんね……」と神妙な顔をする。

 

「大丈夫なの? 気分は悪くないの?」

 

 雪ノ下が最大限の心配顔をして由比ヶ浜の手を取る。

 

「あはは。あんな状態になっちゃったから、自分でも驚いたし、心配かけちゃったけど、もう大丈夫だよ。いつもと変わりないし」

 

 そう言った由比ヶ浜の顔は、確かにいつもと変わらない笑顔に見えた。俺の心の中で緊張がほぐれていくのがわかった。

 

「それで、今日は入院するのか?」

 

 平塚先生が質問する。

 

「まだわからないみたいです」

 

 後ろに控えていた女性看護士が「まだ検査がありますから、そろそろ戻ってください。医師の指示は安静ですから」と促す。

 

 由比ヶ浜と看護士が救急外来のドアに入っていった。すると、さっきの看護士がまた出てきた。

 

「由比ヶ浜さんの学校関係者の方たちですよね。説明しておきますね。担当医の判断は基本的に異常なしです。ただし、もう少し精密な検査をしたほうがいいとのことです。

ですから、本日は帰宅もできますが、保護者の方が来て、心配とおっしゃるのであれば入院も可能です」

 

「本当に大丈夫なんでしょうか」

 

 平塚先生がすがるような表情で訊いている。

 

「命にかかわるような容態ではありません。ただ、これから自律神経の働きを検査したり、脳波や心電図をとったり、場合によっては頭部のMRI(核磁気共鳴画像法)とか、ホルモン(内分泌)関係の血液検査とかを実施することになると思います。それは一般外来での診察ということになります」

 

「そうですか。本当によかった」

 

 平塚先生を始め、女子4人が胸を撫で下ろしていた。緊張が解けて、みんなイスに崩れるように座った。

 

「君たちはもう帰っていいぞ。ご両親が到着するまで、私がいるから」

 

 生徒はみんな無言だった。

 

「ここにいても君たちには何もできない。それに、明日がある。安心して帰りたまえ」

 

 さあ、さあ、と先生が手を動かして促す。「帰りましょうか。大丈夫そうだし」「そうだね」と女子たちが立ち上がる。俺の傍らにいた小町もやっと動揺が治まってきたようだ。俺の腕を「帰ろうよ」と揺する。

 

 病院の廊下を歩いているとき、16歳の小町と会話したPCのある図書室をとおり過ぎた。そこには、やはり同じPCが置かれていて、子供が一人、何かやっていた。

 隣りを歩いていた雪ノ下が俺の腕をつつく。

 

「ちょっと話したいことがあるの」

 

 当然、俺も話したいことがある。小町、東雲、目黒に先に帰ってもらい、俺たちは一階ロビーのイスに腰を下ろした。

 

「聞いたでしょ? 由比ヶ浜さんの言葉」

 

「やっぱりそれか。もちろん聞いた。意味はわかったか?」

 

「とても気味が悪かった。まるで死人が助けを求めているような」

 

「そうだな。あの内容からすると、由比ヶ浜のオリジナルな言葉だとは思えない。明らかに外部からの何等かのメッセージを受信している。由比ヶ浜のあの症状が、茅ヶ崎アジト事件によるPTSDだとばっかり思っていたが、違うようだ」

 

「そう思う。ということは、由比ヶ浜さんは私たちと同じ能力を持っているということ? あの滅茶苦茶な言葉、そう、メチャグラムとでも呼ぼうかしらね。意味のあるメチャグラムを使うのには能力が必要でしょ? それは、由比ヶ浜さんもこの世界に転送された経験があるということを意味する。でも、向こうの世界の記憶があるようには思えないのよね」

 

「由比ヶ浜はメチャグラムを呟いたとき、無意識だった。もしかすると、無意識だけが転送されている? しかし、無意識だけを転送することに何の意味がある? わからん。転送された記憶が、無意識に閉じ込められている? そうも思えないが」

 

「もう一つ、可能性としては低いけれど、過去にシミュレーション世界からの転送を経験した人がいて、その人からのメッセージを無意識が受信して、ラジオの音みたいに口から出た」

 

「そんなことが可能かな……」

 

「私たちや、関係なかった茅ヶ崎君でさえ、小町さんの介入を受けた。シミュレーションの映像を受信したのよ。由比ヶ浜さんと交感しやすい体質の人がいて、それがメッセージを伝えてきた可能性もあると思うのよ」

 

「ううむ。謎だ。そうだとすると、シミュレーション世界からの介入ということもありうる」

 

「私は由比ヶ浜さん以外の誰かが苦しまぎれにメッセージを伝えてきたとしか思えない。すごく気持ち悪いし不気味……」

 

「整理しよう。由比ヶ浜があのメチャグラムを自ら作って口に出したのか。

 その場合には、由比ヶ浜のオリジナルメッセージだった可能性と、他者のメッセージを翻訳した可能性がある。

 あるいは、完成したメチャグラムを受信してそのままラジオみたいに音にしたのか。この場合は、メッセージは他者のものに限られる」

 

 二人ともしばらく無言で考え込んでしまった。俺は由比ヶ浜の異変が起こったときのことを思い出していた。そういえば、二回とも獄釜旅館のホームページを見ていたときだった。

 

「由比ヶ浜の異変には、何かキッカケがあるのかもしれない。キーとなるものが……。二回の異変とも、同じく獄釜旅館のホームページを見ていなかったか?」

 

 雪ノ下の顔に閃きが訪れる。俺はPCを出して、ホームページを開いた。

 そこには、素人が作ったような雑な画面が表示された。獄釜旅館の大きなロゴが上部に置かれ、その背景には、海の画像が広がっていた。画像の左側には、岬が突き出していて、さらにその先には岩が点々とつながっていた。

 

「この画像? これが異変のきっかけ?」

 

 一緒に覗き込んでいた雪ノ下が呟く。

 

「だとすると、勿来海岸にこそ由比ヶ浜の異変の原因があるのかもしれない。あそこに行けば何かつかめるかも」

 

「だけど、由比ヶ浜さんの健康状態を考えると、海に一緒に行けるのかしらね」

 

「おそらく大丈夫だと思うぞ。もしヤバイ状態だったら、小町が介入して知らせてくれていたはずだ。それがないということは、心配ないということだ」

 

「何か嫌な予感がするのだけれど」

 

「小町のシミュレーションを信じよう。危険があれば必ず教えてくれるさ」

 

「とにかく、メッセージの内容は、ほかの人たちには言わないほうがいいと思わない? あんなの聞かされたら、行くの躊躇(ためら)うでしょうから」

 

「なんだ、おまえ、行く気満々なんだな」

 

「こうなったら、行ってみるしかないでしょ! 守護天使の小町さんを信じて」

 

「そうだな」

 

 倒れた由比ヶ浜が無意識に呟いたメッセージとは、次のようなものだった。うろ覚えなので正確ではないかもしれない。

 

 

 

『寒いよ……。暗いよ……。助けて……。水が入ってくるよ。ここでたくさんの人が助けを待っているよ。早く来て。成仏させて……』 

 

 

 

 

 

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