由比ヶ浜の恋と勿来ヶ崎奇譚   作:taka2992

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十九年前の転生者、武田真結

 

 

 

 あっという間に十二時になっていた。

 窓の外に見える瓦山の中腹が、七月最終日の熱い太陽光線に炙られて、沸き立つようにざわめいていた。その音がここまで流れてくる。

 眠そうな小町をつついて、完全に覚醒させると、猫みたいにふぁ~と欠伸をした。

 

「中禅寺さん、今日はありがとうございました。いつまでこの宿にいるんですか?」と目黒が問うと、籐製のイスに戻った老人は、「わからん。気分次第で今日帰るかもしれないし、何日かいるかもしれない」とぶっきらぼうに答えた。

 

 俺たち四人は、それぞれお礼を言って、中禅寺の部屋を辞去した。

 廊下を歩いているとき、目黒が「奥さんの千鶴子さんは一緒じゃないんですかって聞こうと思ったけど、やめたんだ」と俺に言う。

 

「そうだな、亡くなられているかも知れないからな。それに、あの人、一人でゆっくり物思いに耽っていたいような感じがするしな」

 

 俺も、中野にある京極堂へ伺ってもいいですか? と聞いてみたかった。まったく話し足りない。もっとあの人の思想なり知識なりを吸収したい欲望に駆られている。だが、迷惑そうだったのでやめた。

 

 自分たちの部屋に戻ると、東雲と由比ヶ浜のほかに、茅ヶ崎もいた。三人でトランプをやっている。茅ヶ崎は海に誰もいないから、ここに来てみたのだろう。

 

「あ、ゆきのんたちが戻ってきた。どうだった?」と由比ヶ浜が手札を畳に一枚置いた。

 

「とても面白く興味深い話だった」と雪ノ下が答える。

 その後、俺たちは着替えて松林の小道をゾロゾロ歩いた。今日の海には昨日よりも海水浴客が多い。こじんまりした駐車場は満杯で、遊泳ゾーンの中には浮き輪で浮いている人たちが、たくさん揺れていた。波はまだ荒いような気がする。

 昼食を海の家でとり、昨日と同じ位置のパラソルを一つ借りた。その隣りにテントを設営する。テントを作りながら、俺は中禅寺老人の言葉を反芻していた。どうも海水浴気分ではない。それに、俺の肌は赤くなり、ヒリヒリし始めていた。これ以上日光に当たりたくない。

 女子たちがスプレー式の日焼け止めを足や腕や肩に噴きつけいてる。顔にもクリームを塗りたくる。

 リクライニングチェアを一つ占領した。そのとたんに、この世に不思議な事など何もないのだよ、という言葉が蘇えってくる。

 

「くれぐれもその点に注意してくれたまえ」

 

 俺たちが目撃し体験した幽霊現象が不思議なものではないとしたら……。一番考えられることは、もちろん、守護天使小町が得意とするような脳への量子的な干渉だ。

 脳への干渉とはソフトな言葉で、実態は脳ハッキングと言える。人間の五感すべてを支配してしまうのだから。さっき、俺が瓦山へ連れて行かれたのもハッキングだ。意に反して体が勝手に動いていた。

 だとすると、守護天使小町と同じ存在がシミュレーション世界にいることになる。それは溺死した四人の女の子たち? あるいはその中の一人?

 今まで、俺たちの誰かによって目撃されたのは、皆川美由紀、松下佳乃、藤木めぐの三人だ。まだ出現していないのは武田真結一人。なぜだ。なぜ一人だけ出てこない?

 だが、脳ハッキングを仕掛けてきているのは溺死した四人の女の子とは限らない。脳ハッキングは誰の姿でもどんなモノでも見せることが可能だ。

 何かが俺たちに干渉している。

 俺は昨晩、松下佳乃を入れた写真を撮ったことを思い出した。テントの前で、東雲と一緒に口を使って浮き輪に空気を入れている小町に声をかけた。

 

「デジカメ持っている? あったら貸してくれ」

 

小町は「持ってるよ」と言ってテントの中へ入り、すぐにデジカメを持ってきてくれた。いくつかの写真を再生しているうちに、バーベキューの時の集合写真が出てきた。

 やはり松下佳乃は写っていない。小町と由比ヶ浜が前列でしゃがみ、俺、雪ノ下、東雲、目黒が後列で立っている。

記憶が正しければ、松下佳乃は由比ヶ浜の隣り、目黒の前にしゃがんでいた。だが、写真にはその姿のかけらもない。一般的に心霊写真といわれるものは、写るべきではないものが写っていたり、体の一部が消えていたりする。スッポリと人が一人消えているのは珍しいのではないか。

 やはりそうなのか……。

 俺たちは脳ハッキングされていた。だが、誰に?

 

 そうだ。午前中に瓦山で発掘したタイムカプセル。そこには何かヒントがあるかもしれない。早急に当たってみるべきだ。

 俺は、テントの中でゴソゴソやっていた茅ヶ崎のところへ行った。

 

「茅ヶ崎」と呼びかけると、テントの中から顔が出た。

 

「なんだよ。ヒッキーの旦那」

 

「話がある」

 

「深刻そうな顔すんなよ。ここは海だぞ? 若者たちが楽しく集う場所だ」

 

「海だから深刻なんだ」

 

 太陽光線が肩に当たり、痛みを感じたので、俺はパラソルの下に座った。そこへ茅ヶ崎も来る。

 

「なんだってんだよ! 遊ぼうぜ」

 

「遊んでくれてかまわん。むしろ由比ヶ浜と徹底的に遊んでくれ」

 

「あ? 何言ってんの旦那さん」

 

「今日、絶対由比ヶ浜から目を離さないでくれ。頼む」

 

「ああ、さっき話は聞いたぞ。由比ヶ浜が幽霊に呼び出されてついて行っちゃったんだってな。二回くらい。そのことか」

 

「俺もさっき幽霊について行ってしまった。もし何かあったときには、おまえが一番頼りになる。頼む。由比ヶ浜だけじゃなくて他の女子も危険かもしれない」

 

 茅ヶ崎が俺の肩をパンと叩く。

 

「任せておけって。そういう頼みをするってことは、おまえは用事でもあるのか?」

 

「そうなんだ。午前中にこの海岸で溺死した女の子たちのタイムカプセルを発見した。あそこだ」

 

 俺は右方向の瓦山を指差した。遠い目をして茅ヶ崎も見ている。

 

「それを調べに宿に戻る」

 

「わかった。しかしつまらんヤツだな。普段は制服姿しか見れない女子の水着が見れるというのに」

 

「そういうことはおまえに任せる。とりあえず、頼むわ」

 

 バスタオルを羽織って、防水携帯を首から下げた。パラソルの下から離れると、飲み物を買ってきた雪ノ下と目黒に出くわした。

 

「おや、もうお帰り?」

 

 雪ノ下が意外そうに声をかけてくる。

 

「宿でタイムカプセルを調べてくる。すごく気になる」

 

「そう。私も行かなくていいかしらね」

 

「大丈夫だと思う。カギを貸してくれ」

 

「何か重大なことがわかったら電話してくれる? 携帯持っているから」

 

 そう言いながら、持っていたポシェットからカギを取り出し、俺に渡してくれた。

 宿に戻ると、さっそく床の間の錆びた缶を開けた。絶対に調べなければならないのは、未来への自分に書いた手紙だ。四通ある。真っ先に読むべきなのは武田真結のものだ。

 薄紫の柄模様で縁取られた封筒は、小さなシールで封印されていた。これを書いたときには、まさか俺みたいな高校生に読まれるとは想像もしなかったことだろう。しかも十七年も経って。

 

 シールを破って、便箋を取り出す。少しカビ臭い香りがした。

 変体少女文字とか、丸文字とかではなないが、いわゆる女の子っぽい文字が並んでいた。普通に読みやすい字体だった。

 

------未来の私へ

 この手紙を読むのは、みんなで十年後と決めています。だから、私は二十六歳になっていると思います。

 二十六歳になった私は結婚をしているかな。たぶん、していないな。私はおっちょこちょいでドジだから……。

 

 それに、私は少し特殊だから。

 忘れたい、と思っても忘れられない。

 このことを言うと、もう、私は誰にも相手にされないかもしれないし。

 私が今ここにいることが時々信じられなくなる。私を苦しめている記憶も今では本当にあったことなのかどうかもわからなくなってきている。

 たぶん、私はまたこの世界からいなくなるのかもしれない。いついなくなるのか、わからないぶん、すごく不安だし------

 

 武田真結の文章からは、いきなり不安な心情が漂ってきた。今ここにいるのが信じられないというのは、俺も時々感じる。あんな経験をしていれば。それに、特殊とはどういうことだろう。

 

-----これはいい機会だから、はっきり書いておきます。もし私がいなくなっても、何かを残しておきたい。

 私は、今から二年前にタイムスリップした。十六歳になったとたんに、十四歳に戻った。

 十四歳に戻ったとき、宇宙空間を漂ったような気がする。

 過去に戻ってみると、家族や周囲の人たちは同じだった。

 そして、起こることが全て同じだった。でも、微妙に変わっていた。意図的に変えようとすると、その通りになって、以前に経験したことと違う結果になった-----

 

 読みながら、俺の手が震えてきた。武田真結は、タイムスリップを経験したのか。だが、俺や雪ノ下の経験と非常に似ている。二年分の記憶が余計にあることも。

 いや、武田真結はシミュレーション世界から、この現実世界に飛ばされたのだ。俺たちと同じように。そうだとしか思えない。シミュレーション世界で動いていた人格シミュレーションだったと、本人は気づかなかったのだ!

 

------十四歳からの二年間、私は自分の運命が、ほぼ記憶どおりになるのが面白かった。千葉県立幕張高校に入学することや、そこで、松下佳乃ちゃんと皆川美由紀ちゃんと出会い、友達になることも前からわかっていた。

 実際のその通りになった。藤木めぐちゃんとは中学時代からの友達だったけど、私たち四人はすごく仲良くなった。学校内でも外でも、いつも一緒に行動していた。この夏休みも一緒に、佳乃ちゃんの実家の旅館に遊びに来ている------

 

 松下佳乃はこの旅館の娘で、ここから幕張まで通学することは無理だろう。一人暮らしか下宿でもしていたのだろうか。

 

------私がタイムスリップしたことは、あまり人に話していない。病院勧められるかもしれないから(笑)。

 でも、姉の結子(ゆうこ)には話したんだ。お姉さんはちゃんと話を聞いてくれて、「そんなこともあるかもね」と最初は信じてくれないみたいだったけれど、私が色々と細かい予言をして当てるものだから、最近では信じてくれているみたい------

 

 

 武田真結は姉の武田結子だけに自分の経験を話している。おそらく武田結子は何事もなければ生きているだろう。十七年前に十六歳の妹がいるということは、今では三十代後半から四十歳前後と推測することができる。

 

------タイムスリップしてから二年経ったので、これから先は私の経験したことのない世界が始まる。なんだか、それがすごく怖い。それに、私は最近よく幽霊を見る。昨日も夜中に女の子の幽霊に誘われて、この旅館を出て行くところを佳乃ちゃんに止められた。

 昨日の昼間も、海に入っているときに、沖のほうに変な女の人がいて、手招きしているのも見た。私は何かに呼ばれているのかもしれない。この海は昔、ずいぶんと人が溺れているという噂を聞いていた。だから、明日はすごく気をつけようと思う。

 七月三十一日 武田真結------

 

 四人の女の子は十七年前の今日の夜に、この手紙を書き、八月一日の午前中に瓦山に登ってタイムカプセルを埋めたようだ。そして、午後二時にこの四人は溺死する。武田真結の遺体だけはいまだに発見されていない。すぐに訪れる死を知らずに、このような文章を書いた女の子たちのことを思うと、心が痛んだ。

 驚いたのは、武田真結が幽霊を目撃して、それに曳かれていたことだ。今の由比ヶ浜に酷似している。

 俺は他の三人の子の手紙も読んでみた。だが、結論からいうと得るものはなかった。普通の女の子が十年後の自分に書いた、ありきたりの内容だった。ただ、この四人が非常に仲が良いことがわかった。皆川美由紀だけには彼氏がいたようだ。

 

 次に、輪ゴムで止められた写真の束をバラした。一枚一枚見ていく。おどけた四人の子たちの集合写真だったり、一人で写っているものや、二人で写っているものもあった。 皆川美由紀と思われる子は、黒髪ロングでどことなく雪ノ下に似ていた。藤木めぐもやはり目黒に似て、小じんまりした可愛い顔立ちだった。松下佳乃も遺影で見るよりは明るく、美人といえる雰囲気があった。

 そして、俺たちが唯一目撃していない武田真結の写真。そこには、由比ヶ浜結衣そっくりの子が写っていた。俺は思わず息を止めて、数分、見入ってしまった。

 一人で写っているものを見れば、似ていることがよくわかる。ただし、髪は黒い。お団子型にまとめているわけでもないが、目鼻口、顔の輪郭が由比ヶ浜そっくりなのだ。

 

 ……まてよ? 武田真結の姉、結子は今、四十歳くらい? ということは……。そんなことがありうるのか?

 

 時間はすでに午後三時近くなっていた。目の前にある散らかった遺品の数々を缶に戻してフタをした。それをまた床の間に置いた。だが、俺の手には、武田真結が一人で写っている写真があった。

 

 確かめなければならない。複雑な思いを脳内で反芻しながら、俺は女子たちがいる勿来海岸へ向かった。

 

 

 

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