勿来海岸から帰ってから、新聞やテレビで遺骨の収集作業が度々伝えられた。だが、マスコミの扱いはそれほど大きいものではなかった。
大量の遺骨と、若い女性が突然レミングの行進を開始したことに因果関係があることが衆知のものになっていたら、もっと大騒ぎになっていたに違いないが。
そんなことよりも、俺には守護天使が消えてしまった事実のほうが重かった。携帯を取り出して、『いるか?』と打ち込むと瞬時に『はいは~い』と答えてくれた、あの可愛らしい存在感も消えた。
俺は時々それを思い出して涙ぐんだ。だが、時間が経てば、そんな悲しみも癒えてくるものだ。夏休み中のグダグダした怠惰な生活の中でも、二人の小町が一人に
面白いことに、守護天使は意外なところに出現した。ある日、由比ヶ浜から電話がかかってきて「私にも守護天使がついたんだよ!」と弾んだ声で言うのだった。
「守護天使? おまえに?」
「そうそう。守護天使真結ちゃん」
「そうか、武田真結か。会話ができるんだな?」
「最近、携帯で会話しているんだよ。すっごく面白いね。これ。色々教えてくれるし」
「考えてみれば武田真結とは同い年だったよな」
「うん。何年かすると、私のほうがオバサンになっちゃうんだけどね」
夏休み中に、何回か創発部のメンバーが集まることがあったが、そのときにも武田真結と会話中の画面を見せてくれた。守護天使真結は脳ハッキングに長けているから、文字で会話する必要ないだろう、と指摘すると、時々姿も現しているそうだ。でも、見えない相手と会話しているところを他人に見られると、電波だと思われてしまうので、避けているという。
由比ヶ浜に守護天使か。それに、茅ヶ崎という最強のナイトもついたことだし、これでもう安心だな、と思ったのは間違いだった。八月の終わりになって、由比ヶ浜が反グレ集団に誘拐されたのだ。
夏休み中ということもあり、そんなことはまったく知らなかった。これはあとから聞いたことなのだが、茅ヶ崎と由比ヶ浜が仲良くなったことをどこからか嗅ぎつけた鵜木うのが、反グレ集団にチクッたのだ。茅ヶ崎の弱みは由比ヶ浜だと。
鵜木うのは、俺と同じクラスの女の子で、茅ヶ崎が東雲のニセ彼氏になったときに、俺たちを探るような行動をしていた。その後、色々な騒動があって鵜木うのについての関心を失ってしまった。
鵜木の嫉妬心と、茅ヶ崎に復讐したい反グレ集団の利害が一致した。なんと、由比ヶ浜は反グレ集団の一味の家に監禁されてしまったのである。
当然、助けたければ来いという連絡が茅ヶ崎に行く。茅ヶ崎は創発部のメンバーに迷惑をかけたくなかったのか、一切、俺たちに相談することなく一人で乗り込んだ。もちろん乱闘になり、周辺の住民が警察に通報。茅ヶ崎を含む反グレの連中も検挙されてしまった。
捜査が進むと、反グレ手段は拉致監禁罪、凶器準備集合罪、傷害罪などで送検された。茅ヶ崎は過剰防衛ということで家庭裁判所に書類送検された。もちろん、学校にも通知され、緊急職員会議が召集された。その結果、公立高校では珍しい、退学処分が決定した。
俺が事件を知ったきっかけは、退学処分が決定したことを告げる平塚先生からの電話だった。
守護天使真結が由比ヶ浜の危機を知らせないことに疑問を感じたが、小町みたいに未来をシミュレーションするクセがなかったらしい。
それにしても、せっかく茅ヶ崎が改心してこれから普通の人生を送れそうな気がしていた矢先にこれだ。やはり、過去の悪因縁とはそう簡単に切れるものではないようだ。
だが、なぜかここで陽乃さんが動いてくれた。また親父さんの政治力を利用して、退学になった茅ヶ崎を受け入れてくれる高校を見つけてくれたのだ。茅ヶ崎の行動に情状酌量の余地があったことや、由比ヶ浜の家庭裁判所に提出した上申書によって、不起訴処分になる見込みであることを根拠にして。
茅ヶ崎は二学期から、総武高よりも偏差値は低いが、割かし近い高校に通うことになった。
二学期が始まると、俺たちは部室に集まった。由比ヶ浜は拉致監禁されたにも関わらず、怪我ひとつしていなかった。まったく茅ヶ崎という男は頼りになるヤツだ。
俺は、守護天使真結を呼び出してもらい、未来のシミュレーションをして、危険があったら由比ヶ浜に知らせてくれと頼んだ。
下校時刻になると、俺たちはゾロゾロと校門をくぐった。ガードレールの向こうに、バイクにまたがった茅ヶ崎がいた。ヘルメットを取って、堂々と学校の前にいるが、もう総武高の生徒ではないので教師に見つかっても問題はない。
「よう」と茅ヶ崎が声をかける。
「大変だったな。由比ヶ浜の誘拐事件では」
「そんなこともないけどな。警察に通報されない場所を選べってんだよ。ったくバカな連中はこれだから困る」
「ふふふ。これで、悪因縁が切れたかもしれないわね」と雪ノ下が茅ヶ崎に近づく。
「ふっ、そうかもな」と茅ヶ崎が笑う。
「そうそう、ギャル乃ちゃんにはお礼を言っといてくれよ。一応な」
「わかった。言っておく」
「そうだ。由比ヶ浜に守護天使がついたのは知っているか?」
「なんだそれ」
茅ヶ崎の顔が疑問に染まる。
「守護天使小町がいなくなって、今度は由比ヶ浜に守護天使真結がついたんだ」
「そうなのか?」と、茅ヶ崎が由比ヶ浜のほうを向く。
「うん。そうだよ。あとで見せてあげる」
由比ヶ浜がリュックのベルトを両手でつかんで近づいてくる。
「そうだ、みんなでカラオケ行こうよ! チケットたくさんあるし!」
またカラオケですか。俺がパスと言おうと思ったところで、茅ヶ崎が「今日はこれから挨拶しに行くところがあるからな。無理だ」と言う。
「じゃあ、私もそれ行く!」と由比ヶ浜が食い下がった。どこへ行くのかも確かめないうちに。
茅ヶ崎は少し考え、「まあいいか」と折れた。
「茅ヶ崎、忘れるなよ。守護天使小町がいなくなっても、守護天使真結の天罰がありうるんだからな」
「なんだそれ。またかよ。勘弁してくれって」
茅ヶ崎は本当に嫌そうな顔をした。
「どんな場合に天罰が下るか、わかっているだろうな?」
すると、茅ヶ崎が笑った。由比ヶ浜は会話の意味がわからないようだった。
「りょ~かい!」と言って、茅ヶ崎がヘルメットを由比ヶ浜に渡す。由比ヶ浜がバイクの後ろへ乗り、エンジンがキュルキュルと音を立ててかかった。
ヘルメットをかぶった茅ヶ崎が片手を上げる。俺たちもそれに答えて手を振る。
「気をつけてね~!」と目黒が大声を出すと、バイクが発進した。遠ざかるバイクの後ろでは由比ヶ浜が振り返って手を振っていた。
残された俺たちも歩き始めた。雪ノ下を先頭に、目黒と東雲が続く。しんがりは俺の体勢で歩道を歩いた。
「青春しているなぁ~」と俺が呟くと、東雲が「ヒッキーも青春しているじゃん?」と振り返る。
「俺がいつ青春した?」
「海でサーフィンしたり……」
そのあと、東雲は俺に近づき、耳打ちするように言った。
「夜中にゆきのんと一緒に旅館抜け出して……」
うふふふふと東雲が笑った。
「あれはな、ちょっと違うんだって」
「うん? 何も聞こえませ~ん!」と東雲が体を弾ませ、目黒と雪ノ下に追いついた。
俺が青春か。他人から見れば俺は青春しているのか。かつて、俺があれだけ罵倒して憎んでいた青春だというのに。あれだけ青春という言葉に苦しめられたのに。
耐え切れない笑いがこみ上げてきた。腹筋と肺が爆発しそうなほど。突然こんなにおかしくなるなんて。俺はやっぱりおかしい。がははははっはははっははははっと腹に手を当てて笑った。
「俺が青春かよ! この俺が! あはははははっはははははははっはっはっはっははは!」
目の前には、俺の様子を不審な表情で振り返る女が三人。
東雲が申し訳なさそうに雪ノ下に言う。
「私がヒッキーも青春しているねって言ったら、あんなになっちゃった」
俺は笑いながら言い訳をした。
「だってよ~、俺が青春しているんだったら、この世に青春なんて存在しないじゃん。青春なんて正真正銘の幻想だ。じゃなかったら、いま生きている人間全員が青春しているぜ」
ハァ~とため息をもらす雪ノ下がいた。
「そんなこといまごろ気がついたの? 比企ガイア君」
そう。青春という言葉は確かに悪である。青春自体は悪ではない。青春という言葉が悪なのである。とうとう俺にとりついていた、最後の憑き物が落ちた。
今まで付き合ってくださった皆さん、どうもありがとうございました。
おそらく、コンスタンとに読んでくださったのは、百五十~百八十ほどの人たちだと思います。アクセス解析を見ていると、更新して二日でその数に達して頭打ちになります。もちろん、他の作品と比較すると少ないんですが、自分にとってはありがたいほど多い数字でした。そして、コンスタントに読んでくださる人たちが、この話を四十六話まで引っぱってくださいました。重ねて御礼申し上げます。
正直にいうと、勿来海岸で守護天使小町が自爆したところで、力が抜けてしまいました。なんかもう、続きを書きたくないんです。意欲がゼロに落ちてしまいました。そのため、茅ヶ崎の退学騒動あたりがあらすじのようになってしまいました。
なので、前作とは違って、もう、俺ガイルに手を出すことはありません。これで完結です。
原作のほうはこれから6・5巻を買いに行きます。そして10巻も読むと思います。というか、僭越ですが、俺ガイルを自分なりに解体して料理しつくした感があるので、原作にはあまり興味が湧かなくなってしまいました。俺ガイルのファンだった自分として、これは不幸なことだなぁと思っている次第です。
それでは、どうもありがとうございました。
また、どこかで変ちくりんな小説がアップされていたら、相手してやってください。あ、あのバカがまた性懲りもなく何かやってんな、と。笑