由比ヶ浜の恋と勿来ヶ崎奇譚   作:taka2992

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こうして俺は友人に格下げされた

 

 

 

 翌朝目覚めたのは10時ごろだった。リビングに下りると、ソファで小町と雪ノ下が寝ていた。

 ソファに座り、そのまま体を横に寝かせたような体勢で、頭をくっつけていた。よく見ると、雪ノ下の腹のあたりには猫のカマクラも寝ている。昨日は、急な来客を怖がって、どこかにもぐりこみ、姿を見せていなかった。

 三匹が眠っている傍らを通り過ぎると、ソファの前にはゲーム機が2台、転がっているのが見えた。それぞれ俺のと小町のだ。何かの対戦ゲームでもしていたようだ。

 ふたりとも昨晩ロクに寝ていないことがすぐにわかる惨状だった。

 コーヒーを作ろうとしてガチャガチャ音を立てていると、小町が「ふぁ~」と声を立ててノビをした。

 コンロには鍋が置いてあり、中を覗くと、水分がなくなったお粥のようなものがあった。よく見ると、ホタテの貝柱、タコ、エビの入ったシーフードリゾットだった。たぶん、雪ノ下が朝食に作ったんだろう。テーブルの上には玉子焼きもある。

 

「あ、お兄ちゃん、やっと起きたか……」

 

「お前ら徹夜だろ? ガールズトークが捗ったようだな」

 

 小町が体を起こして目をしきりにこすっている。

 

「2時間くらいかな、寝たの。朝7時にゆきねえがご飯作るって起きて行ったから小町も一緒にこっち来た。眠い~」

 

 ゆきねえときたもんだ。こいつら昨晩で一気に距離が縮まったんだな。

 

「部屋に戻ってもう一回寝とけ。どうせ今日はヒマなんだろ」

 

「あ、リゾットが朝ごはんね。おいしかったよ」

 

「うちじゃリゾットなんて作らないもんな。誰が作ったかすぐにわる」

 

「ふわぁ~」と口が裂けそうな大あくびをして小町がまた横になった。雪ノ下は微動だにしない。ああ見えて結構ず太い神経をしているので、この程度の音じゃ起きそうもない。

 俺はコーヒーカップを持って、また、俺の部屋に戻った。ベッドに横になり、眠気が去るのを待つことにした。

 

 この先の展開が読めなかった。この家に、もうすぐ家出人の関係者から連絡があったり、誰かがやってくることは確かだろうが、俺たちの関係がどうなるか。向こうの親が反対している以上、このまま立ち消えになる可能性が高い。

 あの母親のことだ、表情をまったく変えずに、娘の境遇を規定し、雁字搦(がんじがら)めに押さえつける言葉を延々と吐き続けたに違いない。

 しかし、そうなったとしても、部活で毎日彼女とは会えるのだし、それほどの痛手があるとは思えなかった。

 そんなことをツラツラ考えていると、下から声が聞こえてきた。「また~?」とか、「ありえない、どうして?」というような小町の声だ。

 

 俺はリビングに行ってみた。すると、聞きなれたマージャンゲームのBGMが聞こえた。

 

「あ、お兄ちゃん、ゆきねぇがすごく強いんだよ! 最初は小町が優勢だったんだけど、勝てなくなってきた」

 

 ソファの上で、二人とも画面をにらんでしきりに指を動かしている。

 雪ノ下の横には、マージャン役の一覧表があり、時々それに視線を移している。たぶん、彼女はこういうゲームは得意なはずだ。

 

「またあがった。ツモっていうのよね。ええと、これは……」

 

 一覧表を見て、該当する役をしきりに探している。俺は後ろに回りこんで画面を見た。ツモってきた牌の横に、吹き出し文字が「ツモ YES NO?」と出ていた

 

「それは、タンヤオ、ピンフ、だな。リーチかけてないだろ。ドラが二つ。7700点じゃないの? 親? ピンピンロクだな」

 

「ピンピンロクってなに? マージャンって変な言葉が多くてわからない。中国語が多いのよね」

 

「11600点のこと」

 

「またぁ~? さっきからやられっぱなしなんだけど。5連続で上がられてるよ。くやしい!」

 

 小町がふくれっ面になる。

 

「相手が悪いだろ。雪ノ下はこういうパズルみたいな頭を使うゲームは得意なはずだ。素質が違いすぎる」

 

「じゃあ、お兄ちゃんよりも強いんだね。小町と互角だからね。でも年齢差を考えたら、小町と互角って、お兄ちゃんが最も弱いってことだよね」

 

「お兄ちゃんは、小町ちゃんよりも弱いの? じゃあ、対戦してもしかたがないわね。謀略の得意なお兄ちゃんだからもう少し強いのかと思っていたけれど」

 

 次のゲームが始まっている。雪ノ下の画面には、滅茶苦茶な配牌が表示されていた。一とか九とか字牌だらけ。これは……。

 よく見ると上がりが近い。三シャンテンだった。もしかすると、こんな配牌を呼び込むのは、まだ気がついていない特殊な能力なのだろうか。

 やっている本人はそんなこともお構いなしに、しきりに横の一覧表を眺めている。

 俺は無言でゲームの推移を眺めた。10巡目で、あっという間の聴牌(テンパイ)

 小町が「中」を捨てたとき、役満の上がりを祝福するファンファーレが響いた。

 

「うわぁ~。もう、無理。ゆきねぇ強すぎ。冷酷無比で無慈悲な女雀士だ~。すごすぎ~」

 

「無慈悲って。このゲームは手加減しなくてもいいんでしょ。上がればいいんじゃないの?」

 

「その通り。上がりまくって相手をブチのめすゲームだよ」

 

 俺がそういうと、雪ノ下がニコ顔をする。

 

「じゃあ、今度はあなたをボコボコにブチのめしてあげる」

 

 対戦ゲームは、合法的に人を倒して楽しむことができるツールと理解したのか、目つきが燃え盛っていた。

 

「俺は遠慮しときま~す! 時々チクリチクリと刺されていますんで、あなたの怖さはよく知っていますから~!」

 

「な~んだ。いくじなしね。小町ちゃん、まだやるわよね?」

 

「ええ~!? じゃあ、他のゲームにしようよ~! 対戦ゲームだったら他にもあるから」

 

「おそらく勝てるのは最初だけだぞ。お前はまだ雪ノ下の恐ろしさを知らない」

 

 小町の姑息さがおかしくて笑ってしまった。

 俺はドロドロのお粥と化したリゾットと玉子焼きを食べた。味はうまい。玉子焼きも、うちの味付けとは微妙に違って新鮮だった。

 

 午後になっても、ゆきねぇと小町ちゃんのコンビはべったりくっついてゲームに興じたり、DVDを見たり、小町の部屋に入ってゴソゴソ音を立てたり、飽きずに仲良く過ごしていた。どうせ小町は俺の恥ずかしい過去や趣味を言いふらして遊んでいるんだろうが、そんなことはすでに雪ノ下は知っているはずだった。

 だが、小町を憎めないのは、俺のいいところをしっかり強調して、俺のポイントアップも忘れないからだ。

 お兄ちゃんは小学生のころ、小町が自転車で転んでひざすりむいた時、家に泣いて帰ってきたら頭をナデナデしながら手当てしてくれたんだよ。ひん曲がったハンドルもちゃんと直してくれたんだよ。とか言って売り込んでいるんだろうな。

 あまりに姑息で効果のほどは知れないし、余計なお世話だが、小町がそんな気遣いをしていることを知ると、苦笑させられつつ、いつも心が温かくなった。

 

 俺がベッドでゲームをして平和な休日の午後を満喫していると、階段をダダダと駆け上がる音が聞こえ、小町がドアを開けた。

 

「お兄ちゃん、夕食の買い物行ってくるね。ゆきねぇと一緒に」

 

「ああ、そうか、もうそんな時間か」

 

時計は4時前を示していた。

 

「いつものスーパーね。じゃあね!」

 

 ふだんは買い物に行きたがらないのに、ずいぶんと楽しそうだった。

 

 二人が出かけてからしばらくして、来客があった。呼び鈴の音が数回聞こえた。誰かがくる可能性を脳内で検索すると、引っかかるものがあった。

 

 一階に下りて玄関を開けた。そこにはやはり陽乃さんがいた。

 

「やあ、比企谷君! また会ったね」

 

「やっぱりあなたですか。この家の場所を探し当てるのもさすがに早いですね」

 

「家出人はいるの?」

 

「買い物に行ってます。うちの妹と一緒に」

 

「そう。上がっていい?」

 

 仕方ない。こうなることはわかっていた。とりあえず待ってもらうしかない。

 

「どうぞ」

 

 陽乃さんは○○堂と書かれた包みを持っていた。おそらく迷惑をかけたというお詫びのお土産だろう。リビングのテーブルに座ってもらい、お茶を出した。部屋の中に落ち着いたフローラル系の香りが微かに加わった。

 

「家の人は? ご両親はご不在?」

 

「そうです。父親は出張中で母親は出かけてます。今朝から3人で引きこもってたんです」

 

「ところで、家出人は引き渡してもらえるの?」

 

「それはそうするしかないでしょうけど、本人の意向は無視ですか」

 

「うちは本人の意向が通ることは少ないんだよ。残念ながら。本当は、母親がここに来るなんて言ってたんだけど、私が代理で行くからって止めたんだよ」

 

「そうですか。それは怖いな」

 

「雪乃ちゃんがいないうちに一つ聞いておきたいことがあるんだけど、いいかな」

 

「なんでしょう」

 

「私、どうしても解せないことがあるんだ。比企谷君と雪乃ちゃんが知り合ったのっていつの話?」

 

「それは……、高校に入ってからですが……」

 

「入学式は4月の5日か7日あたりでしょ? 今は5月の下旬だから2ヶ月弱。そんなに短い間に、2人は彼氏彼女の関係になったの? 私はそれがまずありえないと思う」

 

「それはどうして?」

 

「16年間姉妹やってんだよ。それくらいわかるよ。あの子、そんなに短期間に人を好きになることは絶対にない。一目ぼれとかありえないから。

 雪乃ちゃんが人を好きになるんだったとしたら、長い期間一緒にいて情が移ってくるとか、そういうパターンしかないはずなんだよ。それが二ヶ月で彼氏です。なんて言われた日には……」

 

 陽乃さんは、顔の輪郭で笑っていたが、目は不思議なものを見つめているかのように大きく開いていた。やっぱりこの人は鋭い。ウソをつくことは不可能かもしれない。

 

「まるで、前世で恋人同士だった二人が、現世で偶然出会って、ビビビって電流が走ったように過去を思い出して恋仲になったような感じだよね」

 

「それです……。俺はビビビがありましたから……」

 

 陽乃さんは相変わらず輪郭で微笑んでいたが、こっちに向けられた目は冷たかった。無機的で分析的で冷徹な目をしていた。

 

「じゃあ、どっちから告白したの?」

 

「それは……」

 

「ん? どうしたの? 覚えていないわけないでしょう」

 

 焦った。

 どうしたらこの状況を切り抜けられる? それに、俺はもう一つの問題に気がついていた。それは、小町と陽乃さんを絶対に合わせてはならない、という絶対的な命題だった。その昔、小町と陽乃さんのコンビには、一発手ひどい打撃を受けている。

 このコンビを復活させるとどんな厄災が降りかかるかわかったもんじゃない。

 

「俺だけにこの質問をするんですか? それとも妹さんにはもう聞いたとか?」

 

「雪乃ちゃんにはこんな質問できないよ。私、こういう問題でかなり前にひどいことしちゃったから。だから、比企谷君にだけ聞いているんだよ。申し訳ないけど」

 

「じゃあ、2人はもうすぐ帰ってきます。あと数分かもしれない。すると、この話はできなくなります。一緒に外へ出て話の続きをしませんか?」

 

「いいよ。近くの喫茶店とか? それ以外にもじっくり話したいことあるし」

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 玄関で靴を履いているとき、陽乃さんがリビングへ戻ろうとした。

 

「おみやげ取ってくる。あれがあると私が来たことがわかって雪乃ちゃん、どっかへ逃げちゃうかもしれないし」

 

 俺は一刻も早く陽乃さんを家から連れ出したかった。行こうとする手をつかんで引き止めた。

 

「大丈夫ですよ。いずれわかることだし」

 

「じゃあ、書置き書いてくる」

 

「そんな時間ありません」

 

「何焦ってんの?」

 

 そう言って陽乃さんはつかまれていた手を強く引いた。すると、右足を上げて右手でくつを靴を履きかけ、左手で陽乃さんの手を引いていた俺の体がよろめき……。

 

 ここで誰もが予想する黄金のパターンがある。陽乃さんと一緒に床に倒れこみ、俺がその上に覆いかぶさる。そして、ちょうどそのタイミングでドアが開かれる。小町のジト目、それを上回る雪ノ下の軽蔑的な目が俺に注がれる……。

 

 体がよろけ始める一瞬で、俺はそんなことを考えた。何がなんでも全力でそれを阻止しようと、右足を思い切り踏ん張り、両手で陽乃さんの肩をつかんで転倒を避けた。両手が肩を押したとたん、目の前で大きく波打つものがあった。迫力が違う……。

 

 そのとき、やはりドアが開いた。しかし、床で陽乃さんに覆いかぶさっているよりは1000倍はマシなはずだ。

 

「え? 何やってんの、お兄ちゃん」

 

 ドサリと買い物袋が落ちる音がした。豆腐のパックが袋から零れ落ちていた。

 

「お兄ちゃん、やっぱり頭おかしくなってるよ。昨日に続いてまた知らない女連れ込んでるし。抱きついているし……。やっぱり綺麗な人だし」

 

「はぁ……。小町ちゃん、それは勘違いよ。あれは私の姉さんよ。やっぱり来たのね」

 

「え? お姉さん?」

 

 結局こうなってしまった。小町と陽乃さんが出会ってしまった。先が思いやられる……。

 

「比企谷君の妹さんだね。はじめまして。姉の陽乃です」

 

「はあ……。小町です。はじめまして。そんな風に抱き合っているっていうことは、やっぱり兄と仲がいいんですか? 昨日から混乱しまくりです」

 

 俺は陽乃さんの肩からようやく両手を離す必要があることに気がついた。手を離すと陽乃さんはカラカラと笑い出した。

 

「やだなぁ~。比企谷君とは昨日初めて会ったばかりだよ。でも外で二人きりでお茶しようと誘われちゃったのは事実かな~」

 

「あのですね。陽乃さん? そういう言い方はまぎらわしくありませんかね」

 

「まぎらわしいのは比企谷君だよ。何かを隠そうとしてるのがミエミエ」

 

 とりあえず、4人はリビングのソファやテーブルのイスに分散して落ち着いた。

 

「雪乃ちゃんと比企谷君、やっぱり二人の交際は認められないって」

 

 陽乃さんが予想通りのことを言った。姉の言葉に「そう……」と妹が答える。

 

「でもね。友人ならOKという言質はとってきてあげたよ」という姉の言葉にも、妹は「そう……」と答えるだけだった。

 

「それって陽乃さんがお母さんを説得してくれたってことですか?」

 

「そうだよ比企谷君、これでも結構努力したんだから」

 

「ありがとうございました」

 

「でもね。その友人関係にしても条件があって、私が監視しろって命令されちゃった。私が二人のオブザーバーになれって」

 

「それって、俺たちはまるで子供扱いですね」

 

「あははは。あまり意味ないよ。24時間監視できるわけないし。学校内での行動なんて管理できるわけないし。結局今まで通りってことだよ。友達って言葉も曖昧だしね」

 

「でも、建前は友人というわけね。うちの母親らしい……」

 

「よかったじゃない。雪乃ちゃん。丸く収まりそうだよ。それに、一人暮らしもOKみたいだよ」

 

「そうなの? それも姉さんが色々と言ってくれたからなのかしら」

 

「一応ね。一人暮らしにも条件があって、彼氏の連れ込み禁止だって。それも私が監視しろって命令された。でも、友人に格下げになった比企谷君は入ってもOKということだよね。所有権の移動があったりするから、住めるのは夏ごろだって」

 

「お礼を言っておくわ。ありがとう。迷惑をかけました」

 

 これで家出をする必要がなくなったわけだが、雪ノ下の表情はやはり沈んでいた。ありがとうと言わなければならなかったのは屈辱だったはずだ。それに、予想通り、俺たちはかなりの恩を売られてしまった。

 

 こうして俺は、雪ノ下とのスティディな関係から友人へと格下げされた。

 そういえば、俺は雪ノ下にまだ友人と認められていなかったと記憶している。これで晴れて友人関係になれたわけだ。ずいぶんと時間がかかった。いまさらどうでもいいことには違いないが。

 

 

 陽乃さんが電話で呼び出した迎えの車が到着した。雪ノ下姉妹が乗り込む前、陽乃さんが「まだ話は終わってないからね~!」と俺に手を振った。

 玄関でその様子を見守っていた小町が「話って何?」

と訊く。

 

「気にするな。たいしたことじゃない」

 

「ひょっとして、落ち込んでる?」

 

「いや、まったく。それより、陽乃さんと携帯のデータ交換した?」

 

「したよ」

 

「しまった。いつの間に……気がつかなかった」

 

「どうして?」

 

「それも気にするな」

 

「なんだか、お兄ちゃんって謎が多くなったね。何も教えてくれない……。小町はお兄ちゃんが遠くに行っちゃったみたいで少し寂しい……」

 

 遠ざかる黒塗りの車をみつめながら、小町が俺の腕にからんでくる。

 

「そんなことないさ。いずれすべて話す」

 

 そう言って小町の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

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