心透かしのジョーカー   作:馬汁

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Ep.9 ・ 一寸先も見えぬ道筋。

 私は、心を視る事にも、読む事にも慣れている。

 そして、心を理解する事にも。

 

 この能力と付き合っていれば、そういう事は嫌でも慣れなければ生けなかった。

 恐らく、この身体がこの世に生まれ落ちる前の記憶が無ければ、耐えきれなかったろう。

 

「……はあ」

 

 頭が重い。

 

 この能力を持ち生まれてから今まで、ここまで人が集まっている所で思念を聴き分ける様な事はなかった。これより少ない人数であれば、何度かあるが。

 特定の人を探すのではなく、不特定多数の中にある声から、一つ一つ検分していく。その工程が大きな負荷になった様だ。

 頭を抱えて、昼休みの教室を過ごす。

 

「どうした? ……頭痛?」

 

「頭を使いすぎた。朝から推理小説を読んでいたのだが……、授業間の小休憩にも気になってしまってな」

 

 そういう事にした。この言い訳を用意する為では無かったのだが、思念を聞き取っている間は本を開いていた。

 

「すまぬが、仮眠を取る」

 

「飯食わんのか?」

 

「むう……」

 

「昼飯抜きはキツいぞ?」

 

「……悪いが、甘い物以外食べる気が起きないな。人混みの中に身を投じるのも、喧噪が頭痛を招きかねない」

 

《世話のかかる奴だな……》

「はあ……メシのついでに菓子パン買ってくるから、それで良いか?」

 

 どうやら私の食事を買ってきてくれるらしい。有難い。好意に甘えよう。

 

「済まない、頼む。私は外の空気を吸いに行くが……校舎と寮の間で合流しよう。確かベンチで落ち着ける所があった筈だ」

 

「おう、分かった」

 

 

 ・

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 クラス内で能力を使うだけでは、精々隣の部屋の事までしか分からない。授業中だと聞こえてくる思念が参考にならない場合も多い。

 だから、こうして休憩中の屋外で観察するのが丁度良い。

 

「……都市の外程、心が荒んでいないものだな」

 

 職員、生徒関わらず、だ。

 アストラル使いを嫌う者は、能力がこの世にある事に対し不満に思う。それがストレスになって、心を目にしてしまう私にも毒になってしまう。

 アストラル使い自身も、自らを嫌う者が多く居る世の中に不満を抱かない筈がない。それもまた同じように、ストレスになるのだ。

 

 無論、周囲に恵まれた者も居る。能力を認めてくれる人々が居て、肩身の狭い思いをせずに生きていける。そんな者も探せばいるのだ。

 しかしこの都市では、探す必要すらない。能力者保護プログラムとやらで送り込まれた者は、その境遇故に警戒を続けているだろうが、そういった例外しか、ストレスを抱いている者が居ない。

 

 ……まあ、過酷な労働環境、個人的な人間関係による問題はどうしても避けられないのだが。

 

「あら、倉井くん? どうしましたか?」

 

 アストラル使いが恵まれず、この都市がどれだけアストラル使いを救っているのか。

 それを身に染みて感じていた所だ。

 

 しかしそれを口にするには、話題としては少々重すぎると思えて、代えの言葉を拵えた。

 

「三司さんか。少々、頭を休ませていた所だ」

 

 食事に向かっていたのだろう。通りがかった三司さんに声を掛けられた。

 

「はぁ……。そういえば授業中、身が入っていない様でしたが」

 

「聞けば落胆。あるいは、心配を無下にしてしまう様な理由だ。朝から推理小説を、授業の合間も休まず読み込んでいたもので。頭が知恵熱で焼き焦がされぬ内に、こうして外の空気を吸っているのだ」

 

「そうでしたか。大事では無い様で、何よりです」

 

「お気遣いに感謝する」

 

 猫被りの三司さんも、中々なご令嬢という風な雰囲気がある。これを高嶺の花と言うのだったな。

 

「三司さんこそ、多忙だろう。学生会長に加え、取材の用事で頻繁に席を外しているではないか」

 

「いいえ。これも学院の為ですから」

 

 謙虚な言葉で飾られた心は、しかしその言葉こそ本心だった。

 彼女はこれから多くの困難を経験するが、彼女ならば乗り越えるだろう。

 

「謙虚な物だ。しかし素晴らしい行いだと私は思う。どうか、世間が貴方を正しく評価してくれる事を願う」

 

「……そうですね、ありがとうございます。それでは」

 

「はい、では」

 

 そして、一年後の出会いを無事に果たせる様に。と、私は願ったのだった。

 彼女は美しい理念と素晴らしい信念を抱いている。これが腐ってはいけないと、私は出会う度に思うのだ。

 

 

 そうして見送った所で、入れ違える様に灰がやってきた。

 はて、彼が食堂に向かってからは、そう時間が経っていない。食事を終えたというには早すぎるが……。

 

「おーい」

 

「どうした? 朝食にしては早い帰りではないか」

 

「気が変わった。一緒に食おうぜ」

《なんだか放っておけなかったからな》

 

 そう言って、二人分の菓子パンやサンドイッチをベンチに置いて、その横に腰を下ろした。

 

「さっき三司さんと話してたよな?」

 

「ああ、授業中の様子が妙に映っていたようで、心配をかけたらしい」

 

「三司さん、やさしいもんなあ……。あんなに忙しいのに」

 

 灰が感心する様に、三司さんが立ち去った方へ尊敬の眼差しを送った。

 

「しかし、急にどうしたのだ? そのまま食堂で旨い物を食えば良かったろうに。急く必要は無かったぞ」

 

「それもそうだけど、たまにはこういう飯も良いかなって。ほら、見ろよこのカツサンド」

 

「む? ……おお、分厚いな」

 

「だろ? 機会があればこういうのも食おうと思ってたんだよ。あ、もちろん糖分が多そうな菓子パンも買ってきたぞ」

《流石にガッツリしたレパートリーばかりで、こういう奴の数は少なかったんだが》

 

 預かった菓子パンの数々を拝見する。チョココロネ、ドーナツ、カステラ、レーズン入りロールパン。ふむ、確かにブドウ糖が多そうだ。

 

「感謝する、では早速頂こう。しかし、私の分のお代は……」

 

「割り勘で良いか?」

 

「構わないぞ」

 

 端数まできっちりと支払って、甘い甘いドーナツにまず齧り付いた。

 疲れた頭には、やはり甘いものであるな。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 食事を終えて教室に戻って、早速と特定の人物を目的に視線を巡らせる。

 昼寝を決行したかった所だが、その前に目的の者を見つけてしまっては、保留するのも気持ちが悪かった。

 

「……失礼、大久保さん。例の件、今から良いだろうか」

 

「良いよ~。皆、ちょっと席外すね」

 

「ええっ、入学早々カレシ作ったの?!」

 

「違うってー!」

 

 ……何処の陽キャも同じような事を言う物だな。

 様式美、というには少し違うが。

 

「見つかったの?」

《なんか早くない? ……別の用事かな》

 

「うむ。バレー部への興味はあるが、真剣に活動する気概も無く入部するのが申し訳ない、という者を見つけた。名は聞いていないが、隣のクラスだ」

 

《見つかったの?!》

「ふわー、本当に……。てか本当にそんな人いるの? 都合良すぎ!」

 

「居る者は仕方ない。居なければ妥協して、運動に興味があるという程度の者を探していた」

 

「へぇー……。どうやって探したの? 変な事してないよね?」

 

 怪しげな者を見る眼差しだ。この都市に来る前に時折浴びた類のものだが、私は一笑して受け流す。

 

「問題ない。歩きながら会話を楽しむ者は多いだろう? 道端のベンチに座っているだけで、運が良ければ一日で目的の情報は得られる」

 

「なるほどー、すっご。探偵じゃん」

 

 褒められている……のだろう。依頼されていると言う点では探偵だが、そこを考慮しないのであれば只のストーカーである。

 

「人を探したところで、次は勧誘といった所だが……、名指しで誘うのは警戒されるだろう」

 

「え、そう?」

 

「見知らぬ者に名を呼ばれてみろ。まず警戒するのが常だ」

 

《……うーん?》

 

 ……この人にとっては、別におかしくも無い事らしい。確かに、そういう類の人間だ。

 

「普通は警戒する。そうだな、バレーに興味があるか問いかけて、見学から順序立てていくのも良いが……」

 

 目線で問いかける。

 成程成程、と言わんばかりに輝かせた瞳で頷いた。直接連れて行きそうな勢いだ。

 しかし、いきなり一人だけ連れて行く、というのは不自然だ。なるべく、相手からのアプローチを誘う形が良い。

 

「私としては、クラスの前で協力を呼び掛けるのを勧めるぞ。ビラ配りでも良いし、許可を貰ってポスターを張っても良い。どちらにせよ、廃部の危機がある事を伝えると良い」

 

「んん、そういうのでも行けるの? 直接誘った方が良くない?」

 

「万が一にも自分を選んだ理由などを問われてみよ。答えに渋るにも、真実を伝えるにも、結果警戒されるに違いない」

 

 能力を使おうが使わまいが、探偵の様な人探しや調査の標的にされたと知れば、プライバシーの侵害として不満に思うのが大抵だ。

 

「良いじゃん、探してもらったって言えば」

《何が行けないの?》

 

「名も知らぬ者が、自分の事を。ましてや何気ない一言を知られていると分かれば、それこそ不審者扱いになるのではないか? 私を不審者に仕立て上げたいのであれば、構わぬが」

 

《えー、そういう物? ……なるほど、そう言う物だわ》

「なるほど、把握。倉井って頭良いねー」

 

 考えが足りないだけである。致し方ない事だが。

 大久保さんは、彼女の倫理観をぶつけても物怖じしないような者達と、交友関係を築いている。

 その中で交流していれば、時に人の多様性を見失うのだ。友には受け入れられている言葉が、ある人にとっては猛毒の言葉であると。

 

「まあ、事実が知られ私が嫌われようとて構わない。結果バレー部が存続できれば良いだろう。新しい部員も加え、さらに楽しめる空間になれば尚良し」

 

「もっちろん! 私の手に掛かれば、友達100人乗っても大丈夫!」

《友達作るなんて、余裕だし!》

 

「うむ。願わくば、入部の末に人間関係が崩壊したという顛末を私の耳に運ばないでくれ」

 

「わーかってるって! そんなの起きやしないって」

 

 それを聞いて安心した。

 あとの事は、私の管轄外という事で良いだろう。

 

 

「では、私は寝る」

 

「はーい! ……えっ、寝るの?」

 

 寝る。

 自分の席に戻って、間延びした欠伸を一つ。そして机に突っ伏した。

 

《わ、本当に寝た……》

 

 頭を使った。能力も使った。これで三日分のブドウ糖は使っただろう。菓子パンで結構補充したが……今晩は白米を多めに頼んでみるか。

 

《……これアレだ。眠りの探偵ってヤツだ》

 

 私は首筋に麻酔薬なぞを撃ち込まれる様な身分では無いのだが。

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