心透かしのジョーカー 作:馬汁
Ep.14 ・ 振る舞う影、掻き消す光。
トレーニングの機会が、見つからない。
その事に気付いた私は、どうしようかと一人で唸っていた。
お気に召さないと言った灰が居ないタイミングを見計らって、というタイミングで例の口調を試してみたのだが……、
「?????」
「え……だれ?」
「く、倉井君? 何か悪い物でも食べたのか?」
果ては二条院さんにまで心配される始末だ。ラーメン以外は寮の食事しか摂っていない。
結局口調は戻さざるを得なかった。幾ら私の心臓に年功のある毛が生えていようと、彼らの事を無視する事は出来ない。
「……」
何かいい方法は無いだろうか、と悩む。
別に急ぐべき事では無いが、原作開始までには改善しておきたい。
口調以外に、私の意識を確固たるものとする方法……。
「倉井君」
「はい」
「集中できていない様に見えましたが、授業は聞いていましたか?」
《そういえば先日も同じような事があったわね……》
「はい。環境や状況により、アストラル粒子の作用に影響を与える、でしたか」
「ええ、そのその通りです。身近な分かりやすい例を挙げれば、水中か空中か、という環境の差ですね」
《やっぱり粗は出さないのね。相変わらず優秀な子》
授業中に関係の無い事で考え込んでしまっては、学生としての本懐を遂げる事は出来ない。今は集中するべきか、と気を持ち直す。
「では……確か、倉井君はアストラル粒子を目視できるのでしたね。何故アストラル粒子が、水中や空中で働きが変化するのでしょうか? 良ければ考えを教えてください」
「はい。恐らく、脳。……言わば、本能による物かと。本来水中に棲む事が叶わない人間が水中で能力を扱おうとすると、無意識に力が変化してしまうのだと愚考します」
極論、水中に居るという感覚が無ければ、誰でも普段通りに能力を扱えるという考え方だ。
「なるほど。どうしてそう考えるのですか?」
「私の経験や実体験による考えではありません。授業とは別でアストラルに関し、気になった論文記事を拝読していたのですが……」
《論文……熱心だなあ》
《流石探偵と言われるだけある……》
《絶対テストで上位独占するヤツだ》
《いやフツーそこまで調べねえだろ……》
声は上がらないが、論文という単語を発した時点で思念が交錯し始めた。
自覚はしていたが、一般的な高校生としては少しばかり勉強熱心すぎる様だ。
「……詳細は省きますが、その内容からこの発想に至りました」
「熱心ですね。そこまで興味を持ってくれるなんて」
「恐縮です」
「意見を述べてくれてありがとうございます。話を戻しますが、統計上、アストラル粒子の力は水中では弱まる傾向にあります。自分の身体が水中にある場合、遠隔で水中のアストラル粒子を操作する場合でも、この傾向は共通しています。85ページの項目にグラフがありますが────」
しかし、水中でのアストラルの働き、か。
原作では、屋内プールを使って、水中でのアストラル能力の感覚を知ったり、応用力を養うという授業があったが……。
……水着ねぇ。前世じゃあ、作中ヒロインの水着姿を見て鼻の穴を広げていたが、今や私の精神年齢は六十四歳。体に性欲が秘められようと、肝心の精神が老いていては、立つ物も立たない。
「────因みに、夏休み明けに室内プールを利用したアルトラルの授業が行われます。その時は、今日の授業を思い出してみてください」
……その頃には二年分の予習を終えているだろうな。
「……ああ」
そうか、こういう方向からのアプローチも、選択肢の内か。時間は掛かるが、面白そうだ……。
・
・
・
方針を定めたところで、これからどうしようか。これから変わることといえば、予習ついでに漁っている論文の検索ワードくらいなのだが。
実際に実験や試験を行うリソースは私にない。
まあ、それはおいおい考えるとして……。
「倉井探偵~!」
「何用か?」
「明日雨降るかな?」
まずは探偵のお仕事である。
「……流石に分野が違うのだが」
「やっぱりダメか~」
《30%だと不安なんだよなぁ。折角のデートが……》
ほう。もう異性と付き合っているのか。
青春を送る若者から助けを求められて、何も手助けしないというのは少しむず痒い。ここは一つ、年長者として知恵袋を授けようか。
「天気予報に頼るのであれば、より狭い予報区間を参考にすると良い。検索すればすぐに出る」
「あ、そういえばそっか。電車とかでもそう言うの見るもんね。ありがと!」
《やっぱり頼りになるわー》
……。
しかし、嫌々やっている訳ではないにしろ、こうして頻繁に頼られると困るな。
私が席を外したときに問題があると、関係が無くとも責任感を感じてしまう。
私に何か用事のある者が居ないかと、軽く見渡す。普段絡みに来る灰は、すでに教室を去っている様だ。今日は早めに部活なのだろうか。
まあ、他に話しかけて来る人が居ないのであれば、寮に戻って……、
「や」
……戻ってしまおうと思ったのだが。なるほど、クラスの外から人が来るとは思わなかった。
私に声を掛けてきた彼女は、見知った顔だ。一度だけ会った事がある。確か、バレー部の相談を受けて、部活動に訪れた時だ。妙な誤解をされたのが妙に印象に残っている。
「数週間ぶりであるな。あれからバレー部の方はどうだ?」
「いや私は部員じゃないんだけど……。まあ、上手くやってるんじゃない?」
《なんかバレーボールの跳ねる音が強烈になってきてるし……》
「そうか、それは良かった。して、私に用事か?」
「そんなとこ。付いてきて」
「ふむ」
これから寮でアストラルに関して調べようと思っていたが、急ぎではない。用事の後でも良いだろう。
「承知した。詳細を聞いても?」
「……大したことじゃない」
《気は重いけど……》
……ふうむ?
妙な違和感を覚えたが、特に断る程ではないと考え、付いていくことにした。
導かれる先は人気のない所。屋外だが各施設との動線から外れた、静かな場所だ。
《これは友達の為……よし》
そして、こんな所にまで連れて来るような用事。道中で漏れ聞こえた思念の声で、分かってしまった。違和感とはこれか。
《大丈夫、少しの間付き合って、良いタイミングで別れればいいだけなんだから……》
この能力は、こういう時に気まずい思いをする。
推理小説の一番最初のページに、犯人の名前が載っている様なものだ。
「ふむ……」
歩いている内に、人気も少なくなってきた。大きな声でも上げない限り、誰かの耳に届く事は無いだろう。
「……そういえば、名前を知らないな」
「みなみ。
「そうか、私は倉井透。人気のない所に向かっている様だが、まさか告白ではないだろうな?」
《っ……こいつ!》
迫る怒気。表情にまで現れる程だったが、握りこぶしが作られても振り上げられる事はない。
栗原と名乗ったこの人は、やはり私に告白するつもりだった。それも、とても本気とは言えない様な理由によって。
「見れば分かる。中学時代にも相談を受ける機会があったからな。恋する乙女や、男子諸君から、そういった表情を見て来た」
《嘘つき……私はそんな奴らみたいな顔なんてしてる筈がない》
「……」
確かに嘘だが、同じようなものだ。
「故に言える。罰ゲーム、イタズラ、嫌がらせ、肩書き作り。或いは……」
《違う、違う。そんな理由じゃない。そんな見透かしたみたいな顔して、見当違いな事を言うな……!》
「……報復か?」
《……ッ!》
「そもそも! 告白なんかじゃない!」
……感情的になれば、ちょっと揺さぶるだけで本音が出てくる。薄っぺらい嘘であれば、薄いほどに本音が露見しやすい。
その言葉を引き出してしまえば、それで良い。
どんな理由であろうと、彼女の目的は、彼女の中でしか正当性は存在できない。
「であれば、良い」
「……あ」
《……言っちゃった》
とにかく言質は取った。告白では無いという言葉を得れば、これから嘘の告白する事も出来なくなる。
本気であれば、前言撤回だのなんだのと言い張って、改めてその言葉を伝えるだろうが……そんな事もなさそうだ。
「して、告白では無いのであれば、一体何の用事なのだ? 栗原さん」
「……私」
《馬鹿、バカ、バカ! 感情的になってなんて事を言うの! ここで告白しないと計画が……」
「私は!」
《そうよ、前言撤回すれば良いの! さっきの言葉を無かったことにして、好きだって言葉を押し付けて……!》
「……」
「私は、好きです! 付き合って、ください!」
……驚いた。
この人間も、固い決意を抱いているらしい。
・
・
・
人は、一度決めた事を捻じ曲げない。
それは、決断が目的に程近い物であれば、より硬くなる。
私が見た物語の人物、ヒロイン達も例に違わない。
私自身、この学院に至ると決めてからの決断は、一切も揺らがなかった。
……彼女からも、同じものを感じた。
「理由を問うにも、口を開いてはくれぬのだろうな」
「私じゃ不満なの」
「私の現状を客観的に見られるのであれば、自分でも分かるであろう」
《確かに、告白に押し付けたのは私だけど……》
「受けた倉井も、倉井よね」
非常に歪んだ状況だ。私は嘘の行為を知り、彼女もそれを踏まえて告白と言う行為を貫き通した。しかも、私は押しに負けて頷いたと来た。
彼女が何故そうするのか、それの説明すらも拒んでしまわれては、私も頷く事しか出来なかった。
「……まあ、望むように振る舞うが良い。糸に手繰られし人形の様に、歌い踊ってみせよう」
「は?」
「何だ、望まないのか。本当の恋愛を望んでいたのであれば、まずはそちらの方から直して欲しいものだが……」
「いや、無理」
《まるで、協力してやるって言っているみたい……》
正に、そうだ。
「私にとって、これは一種の相談だ。目的を明かさず、一の手から衝撃の告白と来たが、私にとっては栗原さんが抱く問題を解決する過程でしかない。つまり、協力すると言う事だ」
《むかつく……》
「では、連絡先を交換しよう。何時でも呼ぶと良い。深夜でも駆け付けてやろうではないか」
「気持ち悪い」
「クク……。そうだ、丁度良い機会であるな」
今になって思いついたが……うむ、都合が良い。私の口調に慣れているという訳じゃないし、ある意味秘密の共有をしている二人、という関係だ。
そうと決まれば……。
「コホン。……今日からヨロシク! 栗原ちゃん」
「は?」
《は?》
今日から私のトレーニング相手となるが良い。栗原ちゃん。
現実が忙しいのなんの。
これから楽になる予定です。