心透かしのジョーカー   作:馬汁

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Ep.18 ・ 望む世界にて、住まう偽り。

 アストラル能力者として、あるいはアストラル粒子を観る者として、断言する。

 これは、ただの薬ではない。

 

 部屋に持ち帰ったカプセル状のそれを箱から取り出して、じっと見つめる。

 彼女にはああ説明したが。実際はこんな物など私は持っていない。恐らくあの部屋の、前の住民の物だ。

 

 嫌な予感がする、というのは心配性でなくとも思うだろう。原作では、こういった薬剤が物語に関わってくる。

 

 アストラル能力の暴走。

 それは都市伝説レベルの事であり、実例が確認されていない話であるが、物語上ではこれを誘発させることが出来る。

 その手段が、この薬だ。

 

 もし私の行動によって、この元凶を摘発する事が為されれば……きっと主人公たちがこの学院に訪れる理由さえも奪うであろう。

 

「……例え、それが不幸を生まない結末だったとしても、彼の幸福は運命から追いやられてしまうだろう」

 

 ……ああ、そういえば聞いた事があった。これをトロッコ問題と呼んでいた。

 私はカプセルを元に戻して、容器を万が一にも漁られない所へと隠した。

 

 

 ・

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 夏休みが始まり、初日。今頃、日本中の学生たちは喜々としてクーラーの下で涼んでいるだろう。

 この学院の敷地には木や草がぼうぼうと生えており、セミも当然の様に地面から顔を出して、元気に鳴いている。

 

 窓越しに聞こえるセミの声をBGMに、機械の冷気を浴びるのは、現代人なりの夏の過ごし方であろう。

 私も例外でないが、学院の設備だからと無駄遣いする事はせず、窓やカーテンは全て閉じて、冷やしすぎない設定温度でエアコンを動かしている。

 

 

「……ふむ、水着か」

 

 と、電話越しの声に応答する。

 この声が届く先は、灰の携帯電話である。

 

「おうさ。この学院は水着自由だから、買いに行こうと思ってんだ」

 

「ああ、付き添おう。私も用意するべきであるしな」

 

 原作でもこういう事があった。今回は男のみでのお出かけになるだろうが……。

 

「だが!」

 

「む?」

 

「俺は陰から付いて行く」

 

 ……? 

 

 ふむ……? 

 

 ……。

 

 うむ、分からん。

 電波越しでは思念は見えない。だからと言って不便という程ではないが、戸惑う事がある。

 

「お? 訳分からんって顔が見えたぜ」

 

「説明不足が過ぎるぞ。どういう事だ?」

 

「正直な? 俺はカイギ的なんだ。お前が付き合っているって話」

 

「ふむ」

 

 普段から良く分かっている。最初は盛大に驚いているのに気が引かれて、疑う余裕が無い様子だった。

 しかし最近は、確かに懐疑的だった。口にする事は少なくても。

 

「だからお前は、彼女さんを誘え。俺は後ろから付いて行く。視界にも意識にも入らない様に意識する。そして俺は、お前らが満足に付き合えている事を確信する。ウィンウィンだろ?」

 

 “Win-Win”が成立するのは、双方がそう思ってくれる場合のみだろう。私にとってはそんなにウィンでは無いのである。

 

「まあ、構わぬがな。彼女の方に約束を取り付けるから、日時はその後に伝えよう」

 

「おう、分かってくれてよかったぜ」

 

 

 

 溜息を一つ。冷やかしとも思える態度の様に思える。が、人の心が読めずとも()()の考える事は予想付く。

 

「その様な世話を焼かなくとも、付き合いの予定くらいは立てられるぞ」

 

「っへへ、夏休みプランを立てるのを怠るのが悪いんだぜ」

 

 その言葉を最後して、スマホの画面に触れる。

 ピーともポーとも言わず、ただ指が赤いアイコンに振れた音だけが鳴って、通話は終了した。

 

 

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「ふむ。……じゃなくて、やあ栗原ちゃん。待った?」

 

「いいえ」

 

「ううん、今来たとこ」

 

《なに一人芝居してるのかしら》

 

 普段のキャラから好きなだけ逸脱できるからか、必要以上にふざけている気はしないでもない。

 前世から一度は言いたかった言葉を自分だけで言い切って、満足そうにする。

 

《マジで口調も変わってるんだな……。キャラも表情も全然ちげぇ》

 

 大衆に入り混じる思念を掻き分けてみると、右後ろから彼の思念も聞こえた。

 約束通り、ボクたち二人の前に出る事はしないけれど、一般通行人には怪しい物を見る目で見られている様だ。

 

 

「今日は付き合わせて悪いね。でも夏休みに一度くらいは付き合おうかと思って」

 

「まあ、一度もやらないのも変よね。それに必要な買い物なのは確かだし、丁度良い提案だったわ」

 

「でっしょー?」

 

「うざ……」

《この顔の裏で何を企んでいるのやら》

 

 まあ、ともあれ買い物だ。

 水着の買い物とは、原作の事をよく思い出す。主人公と相棒ポジの男と、そしてヒロイン三人のお出かけだった。

 私達も彼らの様に、というのは叶わないのだろうが。

 

「栗原さんは、そうだなあ。緑とかは似合わないかな? 青とか黒とか良さそうだよね」

 

「そうかしら? 意識して色を選んだことは無かったから」

 

「え?!」

 

 わざとらしく驚いて見せる。やはり胡散臭そうな目線が返ってくる。

 

「って、プールとかに行ったことが無いボクからは何も言えないかなあ」

 

「無い?」

 

「うん。学校以外にプールや海には行ったことないかなあ。川は橋から見下ろすくらいの事はするけど」

 

《そんな人生在り得るの……?》

「……まあ、小さい頃から普通じゃなかったんでしょうね」

 

「心外な」

 

 ケラケラ笑って、コーナーを見回る。女性の水着コーナー、男一人では歩きづらい所だが、今は問題ない。

 栗原さんが水色のセパレートタイプを手に取って、うーんと考え悩む。

 

「……」

《水色……よりは、黒? こっちの方が良いかも》

 

「どんな色のが似合うかなあ。性格的には、寒色系?」

 

「冷たい性格って言いたいのかしら」

 

「ピンク色って言っても良かったんだよ? 初対面があんなだったし」

 

「むぐっ」

 

 睨まれると同時、顔がやや赤くなる。はは、思春期の子はやはり面白い。

 思春期と言えば、さっきまで追っていた筈の灰はどこかへ行ってしまった。このコーナーに一人では、流石に追えないらしい。

 

 

「そうだなあ。ボクはこれが良いかな」

 

「青緑色?」

 

「うん。色は個人的な好みだけど、他の判断基準はデザインかな。服越しでしか見た事無いから確信して言えないけど、多分ラインも締まってるし、フリルとかは無い方が見栄え良いかも」

 

「あー。……そうね」

《真剣な提案をされるとやりづらい……》

 

「参考程度にね」

 

 そう言うが、本当に参考にしてくれる様で、フリルやリボンといった装飾の付いた水着を候補から外す様に物色し始めた。

 

「これはどうかしら」

 

「おお、大人。ハワイに居そう」

 

「そうじゃなくて」

 

「わかってるよー。うん、パレオ系って選択肢もあるのかって思って。なるほど、引き締まったお腹周りが強調される感じは、確かに栗原さんらしい似合い方がする」

 

「似合い方?」

 

「つまり、性格や雰囲気を引き立てるような組み合わせ。栗原さんの場合は、落ち着いてて大人っぽい雰囲気かな」

 

《落ち着いてて、大人っぽい……。ふうん、なるほど》

 

 客観的な評価は服装の参考になる。ボクの言葉を真に受けている感じはあるが、十分程探した結果、一番いい物が見つかった様だ。

 

「決まったわ」

 

「良かった」

 

 にっこり笑いかけて、そうだ、と思い出して財布へ手を伸ばす。

 

「ボクが払うよ」

 

「は?」

 

「って言うと思った。一応デートだし、形式的な儀式みたいなものだよ」

 

《ああ、そういう……》

 

 そう説明して、ああ、と納得する。しかし栗原さんの財布が仕舞われる事は無い。

 

「別に、私が払うわよ。お金のやり取りは面倒事の種だしね」

 

「おお、大人」

 

「うるさいわね」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ふー、買った買った。女の子の気持ちが良く分かったよ」

 

「気持ち?」

 

「買い物が長引く理由」

 

 そんな理由くらいは既に知っているが、まあ話の種だ。

 

「価値観に多様性がある、って言えば良いかな。判断基準が多い、みたいな」

 

「ふうん? 私にはピンと来ないわね」

 

「そっか。他にも友達と買い物を楽しみたいから長引く、って事もあるらしいね。今回は関係ないけど」

 

《さらっと言うわね……》

 

 好意なんてさらさら無いのは重々承知だ。

 へらへら笑って適当に愛想を振り撒くぐらいが、ボクには丁度いい。

 

「ボクにはこれくらいの距離感が丁度良いよ。事が終われば、友達か知り合いに戻るからね」

 

《そういえば、相談の一環だなんて言ってたかしら》

 

 今回は予定外のお出かけだから、相談の解決に対する計画には組まれていないけど。

 

「ま、そう言う事で……次は何処行く? 喉乾いたから自販機も寄りたいけど」

 

「そうね、カフェはどうかしら。一人じゃ行きづらいのよ」

 

「お、洒落てるねぇ~」

 

 私も機会がない。一応前世でも何度か利用したが、肌には合わなかった。

 それからこの身体では訪れる事はなかったが、

 

「それじゃあ、確かそこに──」

 

「──倉井くん?」

 

 

 ……驚いた。大久保さんがここに居たとは。

 今日は何も計画していなかったから、これは想定外なのだが。

 

 大久保さんと遭遇した栗原さんは、否定的な感情に包まれる。

 

「それに……」

 

「……久しぶり」

《こんな所で会うなんて……》

 

「あ、うん。……久しぶり」

《ど、どうしよう》

 

 どうするべきだろうか。私も何をするべきか判断しかねている。

 このまま成り行きに任せれば、悪い方向に転がる可能性が高い。

 

「それじゃあ」

 

「あ、待って!」

 

《……何を待てと言うのよ》

 

「あの、わたしさ」

 

 やはり、これは行けない。

 今の栗原さんには、どのような言葉も届かない。寧ろ、心の闇を更に黒く塗りつぶしてしまう。

 

「やっぱり」

「大久保さん」

 

 やや声を大きくして、言葉を遮る。

 

「とても申し訳なく思っている」

 

 何も理由が無い筈なのに、まず最初に謝罪を述べる。大抵、何事だと私の方に意識が向けられる。

 

「君たち二人の事情、私等とは無関係であろう。しかし私の言葉を聞いてほしい」

 

《元の口調……》

 

 普段より強い語調を取り、二人の瞳を見つめる。私から意識を外す事を許さない。

 

「今日は何の言葉も交わさずに、ただ通り過ぎよう。何時か、全てを清算する時が来るまで、その言葉を胸にしまってくれ」

 

 否定も許さない。口を挟む余地を残さぬよう、一語一語の隙を閉ざす。

 一度は成功を約束した相談。やるからには、最善の結末。ハッピーエンドだ。

 

「……うん、わかった」

《倉井くんが珍しく……真剣だ》

 

 大久保さんは納得した。普段ならば見せないであろう態度を見て、私がどれだけ真剣なのかを察した様だ。

 

《……デートに》

 

 真意は察せていないが。

 

《そっか、余計な言葉挟んじゃいけないもんね。うん、ガンバレ倉井くん!》

「分かった!」

 

「え」

《え、何? その笑顔》

 

 

「……まあ、これで良いだろう」

 

「誤解されている気がするのだけれど……良かったの?」

 

「うむ。或いは、望んだ再会であったのか?」

 

《それは違うけれど……》

「ん……」

 

 言葉では否定せず、黙る。

 まあ良いだろう。さっきも言った通り、

 

「……ていうか」

 

「どうした?」

 

「その口調で良いのかしら?」

 

「……ふむ」

 

 気が付いて居なかった。そういえば大久保さんが来て、元の口調に戻してしまった。

 

「うん、気付かなかったよ。言ってくれてアリガト」

 

 笑顔を向ける。

 他人を前にすると、口調を戻す。という癖が付いている様だ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「お待たせしました、コーヒーとミルクティーです。他のご注文は後ほどお持ちします」

 

「どうも」

 

 カフェで一息付く。人が多い時間帯なのか、若き店員たちさえ忙しなく動いている。

 仕事をする学生ほど、輝かしく写る者はない。何か欲しい物がある、という明確な目的があって働くのだから。

 

「それで」

 

「うん?」

 

「さっきのアレよ。私達の事情を知ってるって……」

 

「大久保さんは友人だからね。その人が前に通っていた学校が何処だったかなんて知ってるよ」

 

「……」

《うわ……》

 

「大久保さん、ライバルだったんでしょ?」

 

 口からは聞いていないが、思念を通して知れば誤差だ。

 

「恐ろしい情報力ね」

 

「怖い?」

 

「ええ」

 

「そっか」

 

 話題が尽きて、しばしの無言。

 

 無言が気まずいと思っていた若い頃が懐かしい。この間にコーヒーを一口頂く。

 見慣れぬ名のカフェだったが、ここのコーヒーは上等な物の様に思える。

 

 ……そう言えば、コーヒーを好むヒロインが居た。式部さんだ。

 

 幼い頃の彼女は、行動を起こせず、助けようと思えば助けられた誰かを、不幸な道へ行くのをそのまま見送ってしまった。

 そんな過去を抱いているから、主人公の事を甘やかそうとする。清算の為、あるいは純粋な行為故に。

 

 

 似ていて、しかし異なる。あれは好意だったが、これは敵意。報復だ。

 けれど、あの物語を参考にすれば、この問題を解決させる足掛かりになりそうだ。

 

「ねえ」

 

「な、なによ」

《急に真剣な顔に……》

 

「今、幸せ?」

 

「……」

《幸せ、って……まさか》

 

「答えなくても大丈夫。けど、もし幸せだったらさ。……きっと、報復も終わりだよね」

 

「アンタ、知って……!」

 

 

 じっと栗原さんを見つめていた目線を、横に向ける。

 目線を意識させられていた栗原さんもその先を追いかけて、そこに居た店員の姿に気付く。

 

「あ、あのー……」

 

「あーごめんね。ケーキはボクの」

 

「は、はい」

 

「お店の中だったね。静かにするよ」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

 ……。

 

 

「ボクがこの相談を解決したいって思ったのは、頼まれたから」

 

「……」

 

 明らかに不服そうな顔だ。怒りを昂らせる前に、大衆の真っただ中にいるという事を意識させられたから。

 

「一言も言ってないわよ」

 

 なんとか感情が抑えられ、平坦な言葉が口から零れる。

 

「声に出して助ける事が出来ない人は、沢山居るよ」

 

「だから私は!」

 

()()()()()な告白をするくらいだし、切羽詰まってたんだろうね」

 

「……っ」

 

「ねえ、栗原さん」

 

 

「幸せ?」




多分迷走してる。
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