心透かしのジョーカー   作:馬汁

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Ep.1 ・ 私の物語、彼の物語。

「……感動、だな」

 

 鷲逗市の東部。辺境にぽつんと現れたここ、鷲須研究都市では、アストラル能力の研究が行われている。

 

 

 私はその研究の成果物であるライトレールという電車の亜種に乗り込み、大きな荷物を腹に抱えて窓を眺めていた。

 研究都市、という如何にも近代的な響きに裏切らない、見慣れぬ構造物。

 

 アストラルという不思議な力を嫌う者が少なくない社会、公共の場でこのような技術を生かそうとする企業は少ない。

 故に、今まで生きて来た町並みは、前世で散々と見て来たコンクリートジャングルと殆ど同じだった。

 

 だがこれは、違う。

 

 新しき物が、見慣れぬ物が、あらゆる所に見える。

 そして実感する。一枚絵でしか見る事の出来なかったあの世界に、現実の足で踏み入ったのだと。

 

 ……電車に乗り込む際は本の世界に目線を落とすのが常だったが、しばらくの間その習慣は無くなりそうだ。

 

 

 扉の上にあるモニターを見る。そろそろ到着するだろう。

 そして、私の記憶の中にある原作の内容を思い出す。原作開始より一年半も前。この時期なら、彼女達も居るだろう。

 

 三司あやせ、式部茉優、二条院羽月、周防恭平……。理事長も勿論いるだろう。……作中で理事長の名前は明かされていただろうか。流石に覚えていない。

 とにかく、そんな登場人物達を一目見るだけでなく、同じ舞台で同じ空気を吸えるのだ。

 寄せる期待が際限なく膨れ上がるのも致し方ない。

 

 

 

「ここが……」

 

 感嘆も零す程の広さ。とても広い、そこらの大学敷地の何倍はあるだろう。

 当然だ。四つの棟がある寮施設から、学問の中心である校舎。更には一般生徒禁制の研究施設さえ建てられている。教科の為の施設も、確か屋内プールがあった。

 

 ……と、そこまで知っていても、何処に何があるかまでは分からない、というのが原作知識の半端な所なのだが。

 一応、進学前の案内で構内図は受け取っている。

 

 閑話休題。

 正門まで来たところで、警備員に向かって挨拶をする。

 

《む、むむむ。後30連で石が尽きてしまう……》

 

「こんにちは」

 

「あ、こんにちは、進学の方ですか?」

《お、大人びた男子だな》《あと30回で出るか……?》

 

「はい、進学と、その引っ越しです。倉井透と申します」

 

 ……人と話している間も雑念が入ってくるあたり、重症だな。

 

「丁寧にどうも、案内は受けてます?」

 

「はい、事前に。入場しても良いでしょうか」

 

「ええどうぞ」

《連絡は要らなさそうだ。さて、10連の続きを……》

 

「ありがとうございます」

 

 無難なやり取りの後、スマホに取り込んでおいた構内マップの画像データを開く。

 

《……ぐ、出ない。これは追加投入も視野に……!》

 

 後ろの方から聞こえる心の悲鳴は、無視する。警備が退屈な仕事なのは分かるのだが……。

 

 

 

 

「こんにちは。新入生の方ですね?」

 

「はい、倉井透です」

 

 エントランスに入って、その直ぐ近くの所に立っていた教員が声を掛けて来た。

 

「倉井さんですね。はい、確かに確認しました。待機してもらう部屋があるので、案内しますね」

 

「分かりました」

 

 もう一人いた教員にこの場で待つように一言伝えられて、私は待機室となる教室に連れていかれる。

 

「こちらでお待ちください」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 ふむ、先に一人来ている様だが……。この人か。

 

《あ、男子……気まずいな。って、こっち見た》

 

「……こ、こんにちは」

 

「こんにちは」

 

 挨拶は大事である。沈黙を貫いている時と、気さくに声を掛ける時では最初の印象が違う。

 普通は最初から実感するものでは無いのだが、私の場合直ぐに分かってしまう。

 

 だからといって、万人に好ましく思われる様な善人になれるものでは無いのだが。

 挨拶の一言のみで会話はせず、適当な席で時を待つ。

 

 表情には出ないが、内心喜々としてこれからの学院生活に思いをはせていると、続いて後の二人が部屋にやってきた。

 

 これで全員か、と三人の様子を見る。話はせず、緊張している者が二人。後の一人は気楽そうな態度で座っている。

 この三人と今後仲良くなれるかは分からないが、県外からの進学だと体が慣れないという事が多い。それに釣られて、早期に友人を作れない可能性がある。

 

 そうだな、気軽に話せる、という程度の印象ぐらいは抱いてもらえる様にしよう。

 

 

「はい、皆さん揃いましたね」

 

 エントランスで待っていた教員二人が教室に入って来た。

 

「まずは長旅お疲れ様です。皆さんは県外からの進学との事で、慣れない事ばかりでしたでしょう。今日は理事長からの軽い挨拶と、AIMSの登録だけ行います」

 

 理事長!

 作中ではやはり重要な役割を果たす人物であり、学院の秘密を知っている登場人物の内一人だ。

 いよいよ原作の人物と初めて顔を合わせることができる。夢にまで見て瞬間だ。待ち切れない。

 

《わ、この人すっごい目を光らせてる。よっぽど楽しみなのね》

 

 ……む。表に出しすぎたか。少し落ち着こう。いやしかし、収まってくれるかどうか。

 

「では理事長を呼んできますね」

 

「はい、お願いします。……そうですね、理事長がいらっしゃるまでの間、お互いの自己紹介をして頂きましょうか」

 

 自己紹介。それはいい機会だ、落ち着く切っ掛けにもなる。

 

「その前にまずは私から。私は柿本香里です。4人とも同じクラスになりますが、そのクラスの担任となります。……では、倉井さん、最初ですがお願いできますか?」

 

「はい。お初目にかかります、私の名前は倉井透と申します。趣味は読書ですが、小説から漫画といった作品を広く浅く読んでおります。宜しくお願い致します」

 

《おお、落ち着いてるなあ。顔面偏差値高いし》

《小説……なろ〇系とか読んでるかな?》

《なんか、硬くね?》

 

「ありがとうございます。次に自己紹介したい方は居ますか? 居なければそのまま左の方にお願いしますが」

 

「じゃあ次はわたしが。えー、名前は大久保 灯(おおくぼ ともり)です。趣味は……うーん、SNSでよく交流するので、多分それが趣味です。友達になってくれると嬉しいです、よろしくー」

《うーん、仲良くなれるかなー。……面白そうな人居るし》

 

 ……妙な目線が差してくる、が、見た所他意は無さそうだ。面白そう、と思われている様だが。

 

 

「あ、その。うちは錦織(にしきおり) ひなです。うちも読書が趣味で……えっと、あまり明るい性格じゃないですけど、どうかよろしくお願いします」

《倉井さん、だっけ。ちょっと怖いけど……お話できると良いな》

 

《おー、可愛い》

 

 ふむ、気に掛けておこうか。

 

 

《つ、次はオレだな。よし……!》

 

「最後にオレだな。えー、花島 灰(はなじま かい)って言います。趣味は身体を動かす事。……あー、欠点はやたらと節介焼きな所です。カイだけに」

 

「「……」」

 

《……って何言ってんだ俺?! ここでダジャレ挟むか普通?!》

 

 おお、これは所謂セルフツッコミか、今まで見たことがなかった人種だ。

 

「くく……」

 

《って一人笑ってるし! しかもダジャレにじゃなくて俺の事を笑う感じの!》

 

 花島と名乗った男は、何の言葉も出さずに、口から出た言葉を恥じて沈黙している。駄洒落を考えた()()が無かった、と言うべきか。くく……。

 心の中では清々しいツッコミが行われているが、これが実際に口から出れば、良いツッコミ役になるだろう。

 

「ああ、すまない。面白い言葉遊びだった、決してバカにしている訳ではない」

 

 謝罪する。が、半信半疑の様だ。

 今はそれで構わない。今後の交流で誤解を解くとしよう。この中で気の許せる同性が居ないのは厳しいだろう。まあ、市内からの進学生と打ち解ければ問題は無いが……。

 

「……わかったよ。まあ、よろしくな」

《てか、悪役の幹部みたいな笑い方じゃなかったか?》

 

《変な事言う人だなあ。おもしろそ》

 

《……お節カイ焼きの、花島カイ。うーん……》

 

「ふふふ。緊張も解れたようですね。もうすぐ理事長が来ると思うので、それまでお待ちください」

 

《せ、先生にも笑われてら》

 

 性格の悪い人間もこの場に居ない様だし、一安心だ。あ、いや、約一人は性格が悪いというか……悪役が居るのだが。

 

 ふうむ……いや、介入しない方が良いな。悪役も物語の重要な一要素。ここに手を出しては、全く知らない物語が発生する可能性が高まる。

 

 

 自己紹介から少しおいて、外から気配が寄ってくる。

 これは……来たか? 引き戸の方を睨んでいると、がらがらと引き戸が開かれて、現れたのは長身のスーツ。

 

 おお、背が高い! おお、顔が厳つい! おお、綺麗なスーツだ!

 

「待たせてすまない。君たちが県外からの新入生か、長旅ご苦労だった」

《……四人か。事前に聞いてはいたが、例年より少ないな》

 

 しかも声が渋い! 私の知る原作と遜色ない!

 だが……。

 

「……」

 

 少し、感情がマイナスの方に寄っている様だ。

 ……いや、そうだった。事故があったのだったな。しかも理事長と関りが深い……加えて半年前と、それほど時間が経っていない。場合によっては引きずっていても可笑しくないだろう。

 

「さて、私は伊勢 篤紀(いせ あつのり)。この学院の理事長を務めている。この学院では、アストラルに関する授業が行われている。研究もその延長で行われる。皆、それに興味を持って来てくれたのだろう」

 

 因みに私は原作の様子を目の当たりにしようとここへやって来たのだが、一方でアストラルに関する知識にも興味がある。なにせ、前世では無かった事象だ。

 

「私達はそういった者を歓迎する。とは言え遠方から来たのでは、馴染み辛い事もあるだろう。遠慮無く相談してほしい。……ふむ、何か質問などは?」

 

 質問、と言う程でも無いが……。

 ……ううむ、正直、理事長に対して崇拝の感情が募っている。質問一つでさえ恐れ多い。

 何も言わないでおこう。

 

「では、申し訳ないが、皆にはAIMSの登録を行ってもらおう。式部君」

 

「はい」

 

 ん、式部……式部さんか!

 おおおお、理事長に気を取られて気付かなかったが、扉の向こうで待っていたらしい!

 

「……」

 

 ……の、だが。能力を通してだが、一目見れば分かる。彼女も気持ちが落ち込んでいる様だ。

 むう。これは、悩ましいな。原作のモニター越しとは言え、よく知っている人間があの様子では心配になる。

 

「じゃあ、皆にはこれから検査をしてもらうね。少し時間がかかっちゃうけど……」

 

 だが、何も言わない方が良い。これより一年半が経ち、主人公が編入する時。彼女の抱える問題は無事に……解決……?

 ……ああ、拙い。これは失念していた。

 

 

 私はこの世界の未来を知っている、原作の知識を持っていると、そう思っていたが。

 この世界には、分岐があったのだった。

 

 拙い、拙い。

 今はまだ可能性だが……。恐らく、誰かが不幸なまま……物語の終幕を迎えてしまう。




 原作が存在する二次創作って、意外と矛盾無く書くの面倒ね。設定をめちゃくちゃ気にしなければいけない。
 因みにプロットの無い見切り発車……というのは、言わずとも察されているかと。まあ期待せずに~。
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