心透かしのジョーカー   作:馬汁

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Ep.19 ・ 誘う光、追い縋る過去。

 ある日、彼女は敗北した。

 中学校最後の試合は、県内予選。その半ばで、彼女らの努力は実らず散った。

 十分な実力だという者もいた。しかし優勝という可能性を捨てきれない、そんな希望を持ち得る程の実力だったからこそ、その結果に落胆する者もいた。

 

「……ねえ、ミナミちゃん。どこ行くの」

 

「鷲須学院」

 

 敗北を経て、哀しみが涙に現れる事は無かった。

 終わった事を惜しんでも、後悔と言うべき物が無かった。

 

「そっか」

 

「アンタは、続けるのね」

 

「うん。推薦で。そこでバレー、続けるから」

 

 鷲須学院は、部活動が盛んではない。あそこに行けば、バレーというスポーツの先に目指していた夢を、諦めるかもしれない。

 だから、彼女はそこを選んだ。

 

「あなたが友達だから言うけど……。ここだけの話、終わってほっとしてる。キツい練習も、根を詰めたスケジュールも、多分私には馴染まなかった」

 

 にも関わらずレギュラーという立場で続けられてしまったのは、それでも見せた誠実さなのかもしれない。

 

「だと思ってた。練習に付き合って貰ったとたんに、グチグチ言うんだもん」

 

「……アンタは」

 

「うん。続けるよ。朝も、放課後も、休日も、全部の時間をバレーに捧げる。それだけ、本気だから」

 

「そっか。……そっか」

 

 好きであると同時に、尊敬している友人だった。多少練習を怠っても負けず劣らずの才能を持っているのに、勤勉かつ貪欲。

 真逆とは言わないが、持たない物を持っている人だ。

 

 

「ね、みなみ」

 

「うん?」

 

「バレーを止めたら、どうするの?」

 

「……どうするのかしら」

 

 空を見上げる。体育館のギラギラした照明とは違って、どこか開放的な明るみのある空だった。

 

「スポーツの青春の次は、平凡な青春っていうのをしてみたいわね」

 

 

 

 

「ん、う……」

 

「起きて。おーい」

 

 水着を荷物に、サングラスや日焼け止めも忘れず、タオルも欠かさない。

 あとはこの日に備えて早寝早起き。……なのだけど。どうも、この彼女さんはお寝坊さんらしい。

 

「ん、お早う。そろそろ乗り換えだよ」

 

「乗り換え……? うん、ありがと」

 

「いやー、楽しみだね!」

 

「そうね……」

《コイツの前で眠るなんて……無警戒が過ぎたわ》

 

 コイツとは、中々解せぬ。

 あれからたまに警戒を隠さない事があるから、おかしな事じゃないけど。

 

「……もしかして疲れちゃった? ボクの都合に合わせさせちゃったもんね、ゴメン」

 

「別に構わないわ。それくらいじゃ疲れないし」

《あっちの口調だとなんだか落ち着かないし……》

 

 因みに、二人きりである。

 本来バレー部の全員と灰、そしてボクたちが一緒に出発の予定だった。恭平も元々約束はしていたが、後に都合がつかなくなり、キャンセルとなった。彼も彼で忙しいのだ。

 

 何故ボク達二人が別行動なのかと言えば、単なる寝坊。栗原さんは予定通りに出掛ける用意があったんだけど、ボクに引っ張られる形で30分遅れ。他は本来のスケジュールで海を愉しんでいるだろう。

 つまり僕の所為だ。

 

 

 ……まあ、わざと寝坊したのだが。

 

 バレー部が一緒だというのは今まで隠してきたが、出発前に寮で合流して、気付かれて逃げてしまうかもしれない。

 ので、退路を断った状況で栗原さんとバレー部を合わせる。つまり既に現地に到着してしまった状況で合流させる事にしたのだ。

 

「アンタこそ意外ね。寝坊するなんて」

 

「夏休みだからねえ。生活習慣が狂っちゃったかも」

 

「……確かに、なんか分かるわ」

《バレーを止めてから、朝練をやる事も無くなったし……》

 

 電車の外を眺めていると、いよいよ実感が湧く。

 鷲須市のアストラルを利用した電車とは離れ、こちらは前世でも散々お世話になった方の電車である。

 

 懐かしい振動に揺らされつつ、再び本の方に目を落とす。

 

 

「そういえば、どんな夢を見たの?」

 

「夢?」

《確かに見たけれど……どうして見た前提で話すのかしら》

 

 それは勿論、その夢の内容が私にも見えてしまったからだ。

 とあればやはり、内容も聞くまでではないのだが。

 

「……見てないわ」

 

「そっか、寝言が聞こえた気がするんだけど」

 

「い、言ってたのね。……分かった、認めるわ。内容までは教えないけれど」

 

「ん、仕方ない」

 

 あからさまに、残念そうにはにかむ。

 しかし申し訳なさそうな顔が返ってくる事は無い。胡散臭そうで、警戒するような眼差しを受けるのみであった。

 

 

 

 

「さて……待たせたな、灰」

 

「うわ……」

《さらっと何時もの口調に……》

 

 前世と併せれば、何十年ぶりの砂浜だ。

 夏というだけあって、その賑わいは凄まじい。どちらに向かっても半径3メートルの空間は用意できないだろう、と思える程だ。

 

「おおやっと来たか! もう始まってるぜ」

 

「だろうな。今は何を……いや、あれか」

 

「やっぱ運動部って、なんかこう、体引き締まってるよなあ!」

《来て良かったぜ……はぁ、役得!》

 

 感心極まっている灰の横に目線を移して、バレー部の皆を見つける。中には当然大久保さんも居る。

 成程、予想と期待に応えてくれた様だ。

 

「ハイ!」

「ナイスナイス!」

「イエーイ!」

 

 練習、と言うよりかは楽しんでいるのだろう。3対3の布陣で、ビーチバレーをやっている。

 

「……あ、おーい倉井くん! やっと来た!」

 

「すまなかったな」

 

「ちゃんと眠れたー? ってね」

 

「余分に寝てしまった。……さて、大久保さん以外は初対面であるな。彼女が、私とお付き合いさせて頂いている、栗原水波だ」

 

 後ろ目に様子を察して、名前まで紹介を済ませてしまう。

 栗原は、既にバレー部の顔ぶれを知っているだろう。しかしそれは一方的だ。

 

「わー、可愛い! しかも身体しっかりしてるし……ね、ね。もしかして運動部?」

 

「え、ええ。中学校まで……」

 

「しかもすっごい足……。ねえねえ、みなみちゃんってバレー部だよね? ね?!」

 

 

 その問いが出た時、栗原の瞳は、その言葉を投げかけた者ではなく、私の方へ向いた。

 

《アイツ、知ってて私をバレー部に……!》

 

「クク……。では、遊ぼうではないか。栗原」

 

 まるで敵を見る様な眼差しだが、涼しいものだ。

 今世ではあまり無かったが、全体で言えば少ないとは言えない。

 

 今回は粗治療のつもりで連れて来たのだ。反感を買う事も想定していた。

 

「……ハァ。何のつもりなのか知らないけど、ビーチバレーには」

 

「では、私は栗原と共にチームを組もう。次の順番で参加で良いか?」

 

「そんな順番とか良いから! コートに入っちゃいなよ!」

 

「おお、良いのか。良し、栗原も」

 

 ……おお、親の仇でも見る様な目だ。周囲に人の目が無ければ、あれは打って変わって人を射殺す眼差しを放っていただろう。

 

「ふむ……栗原?」

 

「私は行かないわよ」

 

「駄々を捏ねるか」

 

「バレーは苦手なの」

 

「ふむ?」

 

 すっとぼけた顔。一体何を言っているんだ、と如何にも考えて()()()()顔。

 彼女の鋭い眼差しに対して、そんな表情を返した。

 

「これはビーチバレーだ。確かに派生の球技とは言え、れっきとした一つのスポーツだぞ」

 

「あ、そ」

《そんな屁理屈に引っかかる訳ないでしょ……》

 

 まあ、栗原ならばそう言うだろう。

 であれば、栗原が素直になる言葉を言うまでだ。

 

「あるいは……。勝てないとでも?」

 

「ム」

 

「大久保さんは経験者とは言え、県大会出場の経験は無い。最近練習に熱が入っている様だが、栗原との差は歴然だろう」

 

「え」

《チョット傷つく……》

 

 後で謝っておこう。

 

「……ハァ。良いわよ。やってやるわよ。私だって」

《やっすい挑発だけど、無視するのはなんだか勘弁ならないわ》

 

「良く言ってくれた。さて、遊ぼうではないか」

 

 

 

 

「……アイツ、運動も出来んだな」

 

 中々慎重にスパイクを打ってくる。成程、練習の成果は現れている様だな。

 きちんと“狙った場所へ”、“思い通りに打っている”。

 

「はっ。拾ったぞ!」

 

「っ!」

《素人があれを拾う?! っ、この位置ならトスより……!》

 

「やぁっ!」

 

 偶然ネット前に上がったボールに、高く跳びあがって敵陣へ叩きつける。

 パワーもそうだが、精度も中々だ。

 

「クク、練習は上手くやっている様だが、やはり短期間ではそれなりの成長しか叶わないな」

 

「はぁ……アンタ経験者? 中学だったら十分有能なレシーバーよ」

 

「ふわあ、すっご」

《やっぱり素人じゃ経験者の()()には勝てないなぁ》

 

「……さて、続きをしようか。悪いが手加減は出来ぬぞ。もし手を抜けば、お互い興ざめだろう」

 

 これに関しては人によるが、このメンバーであれば問題無い。

 ……のだが。

 

「いえ、そうね。ちょっと良いかしら?」

 

 ほう、栗原に何か考えがある様だ。

 提案を耳にする前に把握してしまった私は、成程成程と笑みを浮かべる。

 

「圧勝と言うのもなんだし、倉井とは反対のチームに入る事にするわ。……なに笑ってんのよ」

 

「クク……いやなに、今日は楽しい日になりそうだ」

 

《……まあ、アイツが変なのは今に始まった事じゃないわね》

「まあ良いわ。それで、皆は良いかしら?」

 

「モッチー!」

 

「え、も、モチ? ああそういう事ね。うん」

 

「じゃあじゃあ私! 私と一緒にやろうよ、栗原さん!」

 

《大久保……うん、彼女となら上手く連携できそうね》

「良いわよ。大久保さん」

 

「つか、さん付けじゃなくても良くねー? っていう訳でヨロシク! ミナミちゃん!」

 

《……“ミナミちゃん”、ね》

 

 ほう、中々面白いやり取りをしている様子だ。

 あれは興味深いが、こちらも対抗して同じコートに立つパートナーを決めなければ。

 

 バレー部員達は、大久保ずてで多少の面識はあるが、一緒にやろうと軽い気持ちで言い出せる程の関係では無い。

 

 

「しかし、梯子を外された気分だな。マトモに面識のある者が二人とも向こう側と来た」

 

 冗談めいた発言で場を和ませつつ、残ったバレー部員を見渡す。

 直接の面識は無いが、私が見定めた新入部員も居る。

 

 彼女は……。

 

《ミナミ……。そうだ、思い出した。去年県内大会の予選に出てた子だ!》

 

 バレーへの情熱を、他の部員にも伝播させるだけはある。私が教えてやるまでもなく、思い出したようだ。

 

「わ、私! 私やりたい!」

 

「おお!」

「言ったねぇ!」

 

 その他部員が湧いた。

 

「え? あ、ああ! そんなつもりじゃなくて、ただ、栗原さんとお手合わせしたいので、っていうか……」

 

「良いわよ。やりましょう」

 

「ああう……」

《やっぱりちょっと怖いかも……》

 

 あの凛とした態度と、腰が引けている彼女とでは頼もしさが全く違う。

 

「では……位置に着こうか」

 

 しかし彼女であれば、青春の楽しさを教えてやれるだろう。期待している。




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