心透かしのジョーカー   作:馬汁

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至れり世界の、異なる姿
EP.22 ・ 潜む日常の百面相。


 

 調査局特別班。通称“特班”

 私の知る物語上では、アストラル能力者に関連する犯罪へ対処する活動が行われている。アストラル能力者に対する法整備が追い付いていない世界で、その活動は国にとって重要だったのだろう。

 

 そして彼らは、非公開組織である。秘密組織と言った方が分かりやすい。

 故に法を無視した行為も、活動の為には厭わないのである。

 

 

 ……一方で、私はこの組織に対して距離を置いている。能力検査を行い、そこで能力を偽ったのもその一環だ。

 

 心の内を暴く能力は、彼らの活動に対して良くも悪くも影響を及ぼす可能性が高い。組織の一員とする為の穏便な勧誘が行われれば良いのだが、その様に事が運ぶことを期待していない。

 

 もし私の様な存在が居ると知れば、放置する事は出来ない。心を読めるという事は、一方的に情報を抜き取られる様な状態になり得る。必ず干渉する必要がある。

 敵対すれば厄介。味方としてならば有益かもしれないが、御する事は難しい。

 

「……」

 

 特班にとって、私の扱いは手に余るだろう。

 自惚れるつもりではないが、この能力を悪用すれば大変な事になると言う自覚は大いにある。

 

 だから、今後何があろうとも、私の能力が明かされる事は無いだろう。

 

「む、もうこの時間か」

 

 ……とは言え、特班と関わらずにやって行くというのは不可能だ。付き合いを考える時が何時か来る事を、私は既に確信している。

 先送りに出来るのは、恐らく……彼が来るその日までだろう。

 

 一年という猶予はあるが、私自身の人生の長さを鑑みれば、対してこの一年という期間は短い。

 

「……まあ、その日まで精々“前日談”を過ごすとしよう」

 

 

 さて、海へ赴いたあの日以降、私は殆どの日を部屋の中で過ごしている。

 寮の食堂は平常運転だから、友人と会う機会は相変わらず多い。

 

《あ、倉井さんだ》

 

「ふむ?」

 

 ぷい。と目を逸らされる。

 錦織さんが栗原さんの事情を知って以降、ああして関わる事を控えている。

 以前普段通りに関わっても良いと進言したのだが、それでも気が引けている様だ。

 

「……む、おお。灰も座る所だったか」

 

「おいすー。今日もあっちいよなあ」

 

「冷やし中華か。普段通りの食事を選んでしまったが、冷たい食事というのも良いな」

 

 貴重な青春を無駄にするのであれば一声掛けるところだったのだが、こういった葛藤も青春だろう。

 事実上の相談室的な役を期待をされている私ではあるが、必要でない時は手出しをしない、と言う選択も、場合によっては未来の可能性を守る事に繋がる。

 

 可能性が塞がってしまう運命であったのならば兎も角、そうでもないのに私が絡んだところで、という事だ。

 その点では、アレは無視できない事で有るのだが……。

 

「なあ、アニメって見てるか?」

 

「む。ああ、読書程では無いが、時折見ている」

 

 件の事を考えるのは、一旦止めにしよう。将来について考えるのであれば、食事の場は不相応である。

 

 アニメは、今でも幾らか見ている。前世と同じシリーズが続いていたり、見覚えのないシリーズが逆に続いていたりと、微妙な所で違う歴史を辿っている。

 前世でもサブカル文化は良く触れていたから、その辺りは簡単に気付ける。何せR18のビジュアルノベルを購入するくらいだ。

 

《見てるのか! ヘビエビとか見てっかなぁ》

「今季のアニメってどうよ。つか何を見てんだ?」

 

「関心を抱いているのは俺ガイタだ。放映される深夜まで起きている事は難しいから、配信サイトで見ているな」

 

「あ、そっか。ほとんど深夜放送だもんな」

 

 アニメに関しては、今世の方が深く浸かっている。前世では仕事の次に仕事を重ねる様な生活だったから、隙間時間に消化しづらかったのだ。

 

「アレかぁ! 良いよなぁ。なんか……アレがアレでな」

《なんか……具体的な感想は浮かばないけど》

 

「クク……。語彙が乏しいのでは、感想の共有もままならんな」

 

「うっせ」

 

 不機嫌な灰が、するすると冷やし中華を啜っていく。

 

 

 学院生徒が夏休みを悠々と過ごす中、学院内の雲行きがやや怪しくなっている。

 というのも、清掃員や配送業といった、外部の者でありながら接触の機会が多い職員が、臭いのだ。

 

 まだ厳密には探っていないが、時折妙な思念を受信することがあるのだ。

 ああ言った類の業者は、外部からの潜入に打ってつけだから、疑うとすれば一番に清掃業である。

 

 

 どう行動するべきだろうか。俺の存在によるバタフライエフェクトを疑い、彼らの思考から所属組織の特定や動向を探っても良い。

 無論、リスクはある。それを許容出来るかどうかが、決行の基準だ。

 

 ……ふむ、都合よく外に清掃員が居たりしないだろうか。

 まだ夜も浅いとはいえ、すでに帰っている可能性も高そうだが。

 

「……居ないか」

 

「あ、倉井くん?」

 

「む、ああ。三司さんか、お疲れ様。今日は何時もより早い帰りの様だが」

 

「いえ、ご厚意で息抜きの時間を頂きました。食事を取ったら、また取材に戻ります」

《あそこの報道局、早めにご飯に行かせてくれるのは良いんだけど、結局遅くまで付き合わされるのよねえ……》

 

「ふむ、そうか」

 

 相変わらず、学院の看板娘は忙しそうだ。

 猫被りも板に付いたのか、営業スマイルに影は無い。

 

「一生徒として手伝える事があれば良いのだが」

 

「お気持ちだけ頂きます。所で、倉井くんはもうお食事を取られたんですか?」

 

「既に取ったが」

 

「細かい事は言いたくないですが、一応、夕食の点呼後は外出を控えてくださいね」

 

 ……そう言えば、そうだったな。

 目先の事に気が掛かって、その辺りが意識から飛んでいた。

 

「いや、助かる。外に猫が見えたと思って、つい」

 

「猫?!」

《猫!》

 

 ……地雷を踏んだ。

 

「いや、近くまで行ってみたがビニール袋だった。何処からか飛んできたのだろう」

 

「び、ビニール袋。そうでしたか!」

《そっか、猫じゃなかったんだ……》

 

 彼女の猫好きは、一度スイッチが入るとモンスターになるレベルの物だ。あまりこの話題は出さない様にしよう……。

 

「と、取り合えず! 休憩は貰えましたが、予定がありますので。私はこれで失礼します」

 

「ああ……ふむ」

 

 

 ……成程、報道機関か。

 ああいった所にも、裏組織が絡んでいる可能性もあるか?

 

 ふむ、良い事を思いついた。

 

 

 

 

《猫……どうにかして会えないかしら? ねこねこねこ……》

 

 ……意外とストレスが溜まっているのだろうか? 煩悩に塗れた思考状態のまま玄関を通る彼女は、見るに堪えない思念攻撃を俺に与えていた。

 

「三司さん、お早う。少し良いだろうか」

 

「あ、お早うございます。どうかしましたか?」

 

「余計なお世話を、と思うかもしれぬが、三司さんには悩みが多そうに見えるのだ。しかし恨み言一つ零さないのが気になってな」

 

《そんなもん死ぬほど押し殺してるわよ》

 

 おっと来ました三司さんの怒れる般若モード。

 ネコモードを邪魔されたから、ちょっとだけイラっとしてしまったのだろう。

 

 恨み言を死ぬほど押し殺している、と言うのはよく知っている事なのだが、日々ネコネコビデオで癒されているという事も良く知っている。

 ストレスに関しては恐らく問題無いだろうと思っているのだが……私にとって、本題はそこではない。

 

「そういえば、倉井くんはよく相談を受けていましたね?」

 

「うむ。その一環という程ではないが……何かあれば、私に限らずとも誰かに相談すると良い。羽月さん等も快く聞いてくれる筈だ。同じ女子であれば頼りやすいだろう」

 

《噂通りのお人よし……》

「お気遣い有難うございます」

 

「昨日遠慮されたその翌日で、お節介にも程があるかも知れないが……()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「え? ええと、撮影も兼ねて中庭で、という事になってますね」

《確か、()()()の辺り……だったっけ?》

 

「そうか、今日は特別暑くなると聞いた。特に昼がピーク……なのは当然だが。とりあえず、屋外で長居するような事があるなら、水分補給を念に置いて欲しい」

 

()()()()だし、確かに気を付けるべきかもね》

「ええ、気を付けます」

 

 木のあたり、午後。であれば知りたい事は知った。これで十分だろう。

 

「と、言っている事は心配性の大人と同等だな。失礼した」

 

「いえ、親切な方が気にかけてくれるのはありがたい事です。それでは」

 

「口煩い様ですまない。また」

 

 

 では、午後まで本でも読んで……む。

 

「……何時からお前は三司さんのお母さんになったんだ?」

 

「見ていたのか……」


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