心透かしのジョーカー 作:馬汁
三司さんの言う予定通り、撮影と取材が中庭の大きな木周辺で行われた。
今日の取材が“真っ当な”スタッフのみで行われるのであれば、私のこの行動は無意味となるのだが……。
「……成程」
スタッフの一人の思念を読み取った結果の成果に、もうこれ以上の情報は得られないと悟る。
かくれんぼ、と言う程隠れていない。植え込みの縁に並べられた石ブロックに腰を掛けているだけで、傍から見ればただ木陰で休んでいる男という様子でしかない。
《このルートの監視カメラは、ここと、ここに……》
どうやらセキュリティの確認を行っているらしい。ただの撮影スタッフが、偶々セキュリティに興味が沸いたわけでもあるまい。恐らく、この男だけは別の組織の指示に従って行動している。他のスタッフは、純粋に撮影を目的としているのが分かる。
そういえば、原作でのイベントで三司さんが襲撃される事があった。その時犯人は監視カメラの位置を把握している挙動が見られたという。
この学院には照明の柱と共に付けられたカメラから、木々の隙間から監視する様な、隠されたカメラまである。それら全ての位置を把握するには、一朝一夕とはいかない。精々、限られたルートのみの視察で一晩。と言った所か。
「……む?」
下っ端が相手では大した情報は得られないだろうな、と張り込みを切り上げようと思ったが、何か気掛かりな事があった気がして、立ち止まる。
違和感と言うべきか。このスタッフが監視カメラの確認をしている事に、妙な納得のいかなさがある。
しかし言語化は叶わない。
「……」
後で、部屋の中で整理するべきだろう。
道中の自販機で缶コーヒーを購入し、冷房を付けたままの部屋へ向かった。
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「むう」
何も分からなかった。整理したは良いのだが、そこから結論は得られなかった。
仕方なく部屋を出て、気分転換に広いロビーで寛ぐことにした。
ベッドの上で読書というのも良いのだが、ああいった所で読むのも良い。
キャンプの最中、自らの手で建てたテントの下で読書、と言うのも興味がある。キャンプ用品に対する出費を思うと、当分は叶わぬ願いだろうとも諦めてしまうが。
……読書と言えば、最近錦織さんとの交流が少なくなっている。
それを気にする程私は青春に生きてはいないが、それはそれとして懸念がある。
彼女に私以外の友人と言えば、灰や大久保さんくらいだ。しかしあの二人と錦織さんとの交流は少ない。
友人の居ない時期と言うのも、確かに青春の一部としては良い経験だ。
だが……。
「……無念の青春程、歯痒い物は無い」
「なんて?」
「む」
誰も居ない物だと思って独り言を零したが、誰かが居た。三司さんだ。
「取材を終えたのか? お疲れ様」
「ありがとうございます。それと先日の助言も」
「ああ。昨日はああ言ったが、予報された気温を上回るとは」
「日差しが強くて、参ってしまうかと思いました」
猫被りの笑顔は、誰もを虜にする可愛らしい微笑みになっていた。強くなったものだ。
汗はかいているが、脱水症になる程ではない。それに片手にはスポーツドリンクを持っている。心配するだけ無駄、と言える。
「所で、青春が歯痒い、と聞こえたのですが……」
《短歌でも詠んでいたり? あんなだし……》
「ふむ」
錦織さんの事を、三司さんに頼んでみるのは……。あまり宜しくないか。三司さんの様な者は、錦織さんにとっては距離を置きたいタイプだろう。
人気者、高嶺の花、有名人、お淑やか。
錦織さんは趣味を共有する友人をお望みであるが……。
「友人に関して、気掛かりな事があったのだ。先の言葉は、私の癖だと思ってもらって構わぬ。考え事をするとあの様な言葉が零れる事がある」
《何それ。実は昔の時代からタイムスリップしてきたんじゃないでしょうね》
私は時間旅行者ではなく、転生者である。
「三司さんが気にする事では無い。自らの悩みを解決できず、どうして相談役が務まろう」
「そうですね」
《変な変人……》
錦織さんの件については、今の所は置いておこう。
この取材で収穫があったとは言え、こちらからアクションする事は出来ない。
三司さんを挟んでの調査もこれ以上は収穫は望めないだろう。セキュリティの調査が行われていると判明しても、実際に悪さが為される時が何時かは分からない。
出来る事と言えば、精々が周囲の思念を拾い集め、怪しい者を探すくらいだろう。
「……それでは私は、これで失礼しますね」
「うむ」
アストラル使い達の未来は、今でこそ不穏のみが仄見えるが、彼女がきっと導いてくれるだろう。
その願いに報いるのは私ではなく、きっと彼なのだろうが。
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本を片手に、ロビーで寛ぐ事数十分。読んでいた内の一章を終えて、何か別の事をしようかと身動ぎして。
「ひょあっ」
「む?」
欠伸をしようと掲げた腕に、何かが触れたような気がして振り返る。
聞き覚えのある声だと思ったら、錦織さんだった。
最近の錦織さんは、栗原さんの事を気にして関わる機会を避けていたが……。犯行の推理に集中していて、人の気配にも気付けなかった。
「錦織さん」
「ひゃい!」
「……妙に緊張している様だな?」
「え、いえ。そんな事は……」
《彼女持ちの人と話してたら、なんて言われるか……》
実際には、演技抜きで彼女という役柄を担う事は出来ない様な仲だが……。錦織さんであれば、私が遠慮を無くすよう言っても、遠慮を捨てきれないだろう。
「安心すると良い。これくらいでは彼女は気に掛けない。きっと独占欲という言葉を知らぬまま育ったのだろう」
「え、ええ……」
「ところで、この頃本の交換を控えていたが……もしかして、ネタ切れだろうか?」
「いええそんなことは! ただ、えっと、遠慮してしまって……」
「であれば、もうその必要は無いな。……と」
干渉は控えようと決めていた筈だが、自制に先立って言葉が出てしまった。
これでは成長の機会が……。
「え、っと。それじゃあ……」
《推理小説……》
……いや、成長やら何やらと言うのは大人の勝手か。私も子供の可能性を見守ろうと拘っていては、只の気難しい老人だ。
それに、ただの友人が一人居ただけで、どうしたらその可能性が絶やされるのだろうか。友人といえば他に二人もいる。すでに二人もいれば、三人目が居ても大差ない。
「では、このシリーズを読んではどうだろうか? ……クク、彼女相手ではこの話は出来ないからな。久方振りだが、その分勧めたい本は多いぞ」
「あはは……。では、私も読んでほしいものが……」
《ええっと、沢山有るけど……どうしよう》
「……ふむ?」
「私も、何を勧めるか決められないかもです」
「そうか」
互いに同じことを考えているとは、妙なものだ。まるで私の考えを読んでいるようだ……なんて冗談を聞くものはこの世に居ないが。
「それじゃあ、私からは……これを」
「うむ。……この表紙にある人物は」
「読んでからお楽しみです!」
《恋人みたいな関係になれるって、期待してたのかな……》
「え?」
「はい?」
「ぐ、いや。聞き違いの様だ。セミの鳴き声とで間違えたのだろうか」
「そうですか? ……ふふ、真面目で紳士な人だって思ってましたけど、そういうことだってあるんですね」
《友達でも、きっと、ずっと楽しいんだろうなぁ》
……今までも思念から滲み出る感情から分かっていたが、改めて表層意識で以て見せつけられると、たじろいでしまう。
応える気は無いが、だからこそ偽りの付き合いが申し訳なく感じてしまう。
「それでは、感想待ってます」
「ああ……」
こちらの物語はまだ煮詰められてないですが、まあ成り行きに任せて書いてます。という言い訳を書き残して置きます。