心透かしのジョーカー   作:馬汁

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Ep.26 ・ 不可視の決意に目を向けよ。

 

 思い切った仕事を果たすのは今回が最初で、そして最後だろう。

 そのつもりで挑んだは六日間は、『少なくとも大規模な何かが起こる事は無い』という確信のみを得て終わった。これ以上の結果は期待していなかったが、行為に対しての見返りが少ない……と思わない事は無かった。

 

 それと、服装から正体を暴かれる事が無いよう、あれらは雑巾へと加工した。はさみと糸、そして針があれば出来る簡単な仕事だ。私の姿を隠すという役を果たしたこれは、以後コーヒーを零した際に活躍してくれることだろう。

 

 

 

「俺を差し置いてラーメン屋になんか行きやがって」

 

 情報を持ち帰ってから数日後。その日の他愛のない会話の中で、ふと私はラーメン屋の話題を口にした。

 灰は何故か激怒した。思念からして本気で怒ってはいないのだが、一人で行かれた事に不満を抱いている様だ。

 

「必ず二人で、と言い含められてはいなかったのだが……」

 

 ラーメンには必ず灰を連れて行くように、という風な事言われたか思い出そうとして、やはりそんな事は無いと首を振る。

 

「短いスパンでラーメンを頂くのは避けたいのだが」

 

「すぐ合流すっから、一階で待ってろ! 分かったな?」

 

 ……と、難色を示していた私を差し置いて、そのラーメン屋へ出発する事が決定した。

 千里眼を持つ彼の事だ。どう逃れようと何処までも追いかけてきそうだ。

 

「全く、普段は羨むばかりの若さが、今回ばかりは忌まわしい……」

 

 

 そうやって嘆いていると、階段の方から足音が聞こえた。私はこの気配(アストラル)には覚えがあるが、灰ではく……。

 むう、これは間が悪いと内心萎縮しつつ、その顔を振り返った。

 

「あれ、透?」

 

「恭平……」

 

 食と言えば恭平。恭平と言えば食。とも言える大食漢の彼だが。

 このタイミングで鉢合わせた私は、むむむと目線を逸らした。

 

 仲間外れは良くない、とは幼少期の時点でも何十回以上と聞かされる言葉だ。

 週一、あるいは週二で行われるこのラーメン遠征は、今まで恭平を誘わないまま行われていた。

 

 理由が無い、という訳ではない。むしろ誘う理由であれば幾らでもある。のだが。今まで彼を誘う事は無かった。

 

「だれかと待ち合わせ?」

 

「うむ……」

 

 恭平も一緒にどうか。と問いかけるには少々勇気が足りない。

 ギャルゲで言う所の親友ポジ。特定の選択肢で各ヒロインの好感度を伝えてくれる事は無いが、物語の上では欠かすことの出来ない人物である。

 敬遠もあるし、物語への支障もある。だが私が懸念している最も大きな問題が……。

 

 そうやって口を閉ざしていると、タッタッタと駆け足の音が階段上から聞こえてくる。

 まさか灰か……! この二人が揃った時の会話が想像されて、拙いと思った時には、

 

「おっ、恭平も居たか。おっす」

 

 遅かった……。

 

「やあ、灰君。二人ともどっか行くの?」

 

「お前の好きそうな所だ。面白そうなラーメン屋が見つかってな。これから行くつもりだったんだが。一緒に行くか?」

 

「ラーメン屋かあ……。うん、勿論大好きだよ!」

 

「ぐふっ」

 

 大好き! 大と来たか……っ!

 この笑顔でその言葉。不意打ちだった……。

 

「って、お前はどうしたんだよ? 背中から大ダメージ食らったみたいな顔だぞ」

 

「良い、良い。私の事は気に留めるな」

 

 これが最大の懸念だ。

 私の心臓に悪い。だから一緒には行きたくなかったのだ。

 

「……交通機関を利用する程の遠征、しかもそのラーメン屋は小次郎の系統となるが、良いか?」

 

「良いじゃん良いじゃん! 偶には不健康な食事も必要だよね!」

 

 ……この流れで、それではまたの機会に。と別れる事など出来る筈がない。

 表には出さず、心の内のみでため息を吐く。

 

「では、共に行くか」

 

「もっちろん!」

 

 それに、彼の仕事を邪魔なんて出来ないのだしな。

 物語の修正力というものに期待して、三人で出掛ける事になった。

 

 

 

 

《六日連続の、決まった時刻での外出。流石にこれでノーマークでは居られない》

 

 などといった思念を目撃してしまっては、怪しい行動など出来ようもなく。……そも、今日はそのつもりなど無かったのだが。

 

《ラーメンも良いけど……。よし、一度気合入れないと》

 

 

「そういえば前に、怪談っぽい話してたよね。アストラルが視えるから、幽霊も見える事があるって」

 

 思い出したように話し出したその内容は、私にとってはあまり掘り返しては困るものだった。

 実話を交えているとは言え、あれは私の認識を偽るための内容だった。

 

「ああ、あの時の話か。よく覚えてんな」

 

「私としては実体験を伴う怪談だと訂正したいが」

 

「嘘でも嘘って言えよ。こえーんだよマジで」

《軽い冗談だとでも思ってないとやってられんて……》

 

《過去の研究から、透が言っていたようなアストラルを観測する事は出来ていない。その『幽霊』が能力でしか感知する事の出来ない性質だったら、何の反論も出来ないけれど……》

 

 なるほど。夏休みの間、彼は勉強を怠っていなかった様だ。

 勤勉なのは結構な事だ。私も勉学の重要性を前世で再認識して、制度が備わっていれば飛び級も可能だったと自負する程にはペンを使い潰した。

 私も、アストラルに関する研究や論文等は、公開されている範囲でだが把握している。その分を鑑みると、非公開の研究等にも手を伸ばせるであろう彼にはアドバンテージを譲っている。

 

《透明な状態の僕に、どんな反応をするか。一度探るか……》

 

 ……もう少し違う立ち回りをすれば、こうして心理戦をせずに済んだのかもしれない。

 だが、この世界にセーブ&ロードは存在しない。存在し得ない。

 

 或いは、今からにでも……。

 

 

「して、目的のラーメン屋。これだ」

 

「ここか! けっこう遠くまで来たワケだが、それに見合う味かな~?」

 

「プレッシャーのつもりか? 私が保証する、後悔はさせん」

 

「おー」

 

 前世では興味本位での一度と、人付き合いでの一度でしか食したことが無い。苦手では無かったのだが、身体に障る様な気がして手が出なかったのだ。

 

 入って早々、各々券売機で好きな物を注文して席に座った。具合の良いお昼頃だったが、運よく三人分の席は空いていた。

 

「ハイッ。お好みはドシマショッ?」

 

「そうだなあ……あっ」

 

 ラーメンを前に余計な事を考えるのは無粋か。

 前回この店に来た時も勿論美味しかったが、私の好みに寄せるならば。と思考を切り替えてから、私は口を開いた。

 

「メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ」

 

「……ッ!」

 

 その時、私の脳裏に電流が走る。

 

「えっ? あー……本当によろしいですか?」

 

「メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシでお願いします! いやー、僕も気になってたんだ、中々次郎系の所に行く機会が無くってね」

 

「は、はあ……」

 

「その呪文は、拙い……」

 

「え、美味しくないの?」

 

「いや」

 

 勿論、この呪文は私の物ではない。彼だ、恭平だ。

 告げるべきお好みが口から引っ込んでしまう程のショックの後、多くの物語という記憶が流れてくる。

 

「確か……乙女でも好き嫌いする程度、だったか」

 

「あーっと、これは俺の主観なんだが、乙女なら満場一致でノーだと思うぜ?」

 

「統計上では、確か五分五分だった……!」

 

「マジで?!」

 

 ……ハッ。違う、目を覚ませ倉井透。母数が二人のみでは到底、統計とは言えない。

 

「俺の知らない所で、実はそういう界隈があったのか……?」

 

「違う……。彼女だけが。そう、彼女だけが特別だったのだ!」

 

「いやどっちだよ?!」

 

「透。普段から口調は変だけど、たまに全部変になるよね」

《何考えてるのか全然分かんないし……》

 

 やはり……この世界はその定め*1の下にあると言うのか……?

 

「あの、他のお二人は……?」

 

「あ、麺硬め油少なめで」

 

「うわっ、急に落ち着くな!」

 

 うむ、我に返った。

 思えば、確かリドルジョーカーには件の呪文は出なかった気がする。ネタ寄りの伝統だとは言え、妙に惜しかったと今になって思う。

 

 

 

 

《さて……早速仕掛けるかな》

「あ、僕トイレに寄ってくるね」

 

「おう」

 

 そういえば、仕掛けると言っていたな。透明化した彼を目撃した私の反応を、観察するのだとか。

 流石に幽霊扱いは厳しくなってきたと考えるべきか。

 

 さて、どう対応するか……。

 

「そういえば、話題を蒸し返す事になるのだが」

 

「ん?」

 

「幽霊の話だ。アストラル粒子の存在が知られる前は、私の様な能力者は霊能者、あるいは霊媒師等と呼ばれているだろう」

 

「まあそう……なんかな? 伝説や架空だと思われてた事も証明できるようになった。……って、確か授業でも言われてたし」

 

「ここから先は、談笑の種にしかならぬ下らない陰謀論だが。私が知る限りでは、幽霊や妖怪の証明となる調査や研究が見当たらないのだ」

 

「……それって、つまりはどういう事だ」

 

「大衆の動揺や、宗教的問題を引き起こさないが為に秘匿されている……。のではないか、と私は妄想するのだ」

 

《妄想かよ》

「本当に下らない話だなオイ」

 

「真面目な話ならば、私も少し場を弁える」

 

 半笑いを保って、目線を少しだけずらす。

 恭平の準備が整ったようだ。アストラル能力を行使し、透明化した状態でトイレから出てきた。

 

《早速こっち見た……》

 

 見える物見て何が悪い。

 

「それに……お前と無関係な話でも無いだろう?」

 

「え?」

 

「どうやら憑かれている様だしな。ククッ……」

 

「えっ?!」

 

 驚いた様に振り返る灰。しかし千里眼で以てしても姿を見ることは叶わない。

 恐る恐ると再び私の顔を伺って、そして睨む。

 

「嘘だろ?」

 

「どうだろうな?」

 

「冗談でもやめろォ!」

 

《反応はするけど、幽霊扱い……。誤魔化してるって事は……やっぱりわかんないなあ》

 

 現状維持もそろそろ限界か。学院側との関係性も決めて置くべきだろうか。

 明確な協力関係の下活動するか、対立も協力も拒み、あくまで単独行動を貫くか。……友人を利用して遠回しな協力をさせるのが限界である今、この方針の限界には薄々気づいている。

 

 私はスーパーヒーローでは無いからな。盾を自在に操ったり、手からクモの糸を出せれば或いは。という様な妄想も、この年になれば出来もしなくなる。

 想像した所で、明確なイメージが出ない。もっと現実的な事なら想像つくのだが。

 

《もう少し揺さぶってみようか》

 

 そう思念した恭平は、今度は私の後ろに寄ってきた。透明化している間にここまで接近するのは初めてだ。

 

「ふむ、今度はこちらに寄ってきたか。そういえば、明確に幽霊への反応を示した事は今までになかったな」

 

「大丈夫なのかそれ? あの世に引きずられたりしねえか?」

 

「大丈夫だろう」

 

 だって幽霊じゃないし。

 

「あるいは、私に用事があるだけなのかもしれないな。クク……」

 

 意味ありげな笑みを彼に、恭平の方に向けて見れば、動揺という思念が返って来た。

 

《また幽霊って……。はあ、これ以上の収穫は無いかな。トイレに戻ろう……》

 

「無理言って一緒にラーメン屋行ったのは間違いだったかもしれねえ」

 

 まあそう言うな。

 

 学院と築くべき関係性を愕然とイメージしつつ待てば、直ぐに恭平は透明化を解いて戻って来た。

 

「お待たせ」

 

「戻って来たか。時に恭平、他に学院に幽霊が居ると言う噂は耳にしていないか?」

 

「え? いや、無いけど」

 

「そうか。能力者の集まる学院だ。私のほかに、そういった類の存在を認識できる者が居るのでは、と思ったのだが」

 

 恭平は学生の素行調査という任を預かっている。アストラル関連の問題を起こされても困るだろうから、能力も把握している筈だ。

 

「どうなんだろうね。AIMSの登録は受けてもその結果は教えない、って人も居るから」

 

「そうか。……アストラルが広く認められる世の中であれば、名刺の端に能力の如何にを添える。そんな事も気軽に出来たのだろうか」

 

「これからの話だね」

 

「夢物語でなければ良いのだがな」

 

 

「ハイ、お待たセッシャー。メンカタアブラウスメと、フツーの方でーす」

 

「お、来た来た……おわ」

 

「でコチラが、メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシです!」

 

「うわ……」

 

「おー!」

 

 ……本物だ。

 あれを見ても喜々として目を輝かせるのは流石、彼と言った所か。

 

「頂きまーす!」

 

「……見てるだけで腹一杯だわ」

 

「そうか? ご飯の三杯は行けるが」

 

「お前はお前でご飯も行くのかよ?!」

 

 何を言っている? 言葉通りの意味ではないと分かる言い回しだろうに。

*1
リドルジョーカーを含むかのシリーズの幾つかに、メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシというネタが含まれている。それは最早伝統、あるいは恒例行事と言っても良い言葉だ。




原作のギャグシーンみたいな雰囲気は書けない……。
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