心透かしのジョーカー 作:馬汁
連日、と言う程でもないが。最近ラーメン屋の暖簾を潜る機会の多い私は、寮での生活では健康を気遣う行為を増やしていた。
夏がもたらす湿った熱の存在感というのは、早朝の時間帯には薄れるもので、私はそれを狙ってランニングしていた。
ランニングと侮るなかれ。普段から部屋の中で書籍を積んでは開きを日常とする私にとって、これは貴重な運動の機会なのである。
先日の様な荒事を想定しての本格的な身体作りもするべきなのだろうが、私としては中々気が進まない。
「ふぅ」
もし目指すとして、目標は主人公の彼だろうか。しかしあれは無趣味で且つ自己鍛錬を日課としている。私には少々荷が重い。
主人公と言えば、彼を真似て……という程でも無いが、最近はこれと並行して一つ目標を加えている。
「……巧妙と言うべきか。流石にランニング中では難しいな」
学院の監視カメラは至る所に存在する。目だけで左へ右へと巡らせれば、それだけでもカメラを発見することが出来る。死角がないと言う程ではないが、素人がぶっつけ本番で死角を辿るのは難しい。
実際にそれを実行する気は今のところ無いが、例の情報の精度を確認する為にも、こうしてランニング中にカメラの確認をしているのだ。
ただ原作では、監視カメラは主に外部からの侵入者を想定していると描写されていた。私が確認できた限りでもそれに矛盾は無く、敷地内の行動にのみ限れば私でも隠密行動が出来るかもしれない。
「……おや。またここに居たのか」
短い距離ながらもランニングを終えて、のんびり歩いて身体を冷やしていれば、視界の端から
いよいよ来たか、と足元の小さな毛むくじゃらと対面した。
「にゃあ」
「最近はよく会うな。もうすっかり顔馴染みだ」
「んにゃ」
そう言葉を交わしてやると、おもむろにゴロンと転がって腹を見せて来た。
「クク……。お前は野生という物をどこに捨て置いたのやら」
「にゃ?」
寝転がりながらも私の声に応える様な鳴き声に、私も頬を緩める。
この猫が私にやってくれたように、背後の彼も肩の力を緩めた方が良いと思うのだが……。
「お前もだ、亡霊よ。よもや人に懐くとは思わなかったが?」
「……」
《……ここで干渉してきたか》
私も少し、軽く考えすぎた様だ。
学業が手を煩わせることのないこの時期、彼に注目された私は伸び伸びと行動出来ない日が続いた。
そろそろ夏季休暇も明けるというのに。だからこそ急いているのかもしれないが。
「お前は無念が故にここに留まっているのか? 或いは無為に漂っているのか?」
横目に彼の姿を視界でとらえる。
アストラル粒子で人型に象られたそれは、一つの色に定まらず、混ざり切らない絵具の様に多くの色が入り混じっている。
《人の目が無くても、あくまでも霊として扱ってる……》
「……」
無言か。まあそれで良い。
彼の透明化した姿に、色の定まらないアストラル粒子で纏っている理由。これは観察によっての仮説なのだが、この現象は薬の効果であるものだろうと思う。
作中で、三司あやせは薬品の使用によってアストラル能力を得ていた。本来能力を持たない者に力を与える……いや、能力を引き出すそれは、アストラルの見え方にも影響を与えている。今のところはそう考えている。
色が入り混じっているとは言え、主な色というのは存在している。
アストラルを行使していない状態の恭平は、黄緑色の粒子を身体に薄らと滲ませている。透明化している今は、その身を6割を黄緑色の粒子で構成している。
「お前が何の為ここに居るのか……、語ってはくれぬのだろうな」
「……」
《──倉井透が怪しいから》
心を暴かれまいと戒めていなければ、一言問いかけるだけでその答えが思念として漏れ出す。
だが、これだけでは曖昧がすぎるな……。これからの付き合いの参考にしようと思ったのだが。ふむ。
……そうだ、これはどうだろうか。
「私に害を為さないことから察するに、少なくとも悪霊と呼ばれる類では無さそうだ。であれば私から……そう、私にお前の力を貸してはくれぬだろうか」
《力を貸す……?》
「亡霊よ。その不可視の姿で、現世への干渉が叶うとは思っていない。故に報酬を渡す事などは難しい」
彼は亡霊だ。私はそう
「しかしだからこそ、お前に出来ることがある。……付き合ってくれるか?」
だからこそ、築ける関係がある。生きし者と死した者として。
「お前はこの地を、そして子らを守っていると見える。私の目的とも違わないだろう」
《それって……》
石の段に腰を下ろす。話している傍ら、ゴロゴロと鳴いていた猫が膝の飛び乗って来る。
私の話に耳を貸さずに寛いでいるな。この猫は。
腰を下ろしたことで私を見下ろす形となった彼は、それでも直立の形を変えない。
「以前三司さんの取材で……ふむ、十日前だったか? その昼に訪れたスタッフの一人が、怪しい挙動を示していた」
《そんな筈は……。安全だと確認が取れたら許可を出してる。怪しいスタッフなんて……》
「そして、このデータ」
《……これって》
スマホを取り出し、あの時入手した画像を表示させてから彼に見せる。
地図アプリから得たのであろう学院の航空写真と、そこへ書き加えられた赤の印。
「この赤印はカメラの位置だ。つい先ほど確認したが……素人の仕事だったのだろう。幾らか抜けがあった」
《確かに、この位置は……でもなんで》
「一般人ながらも、何者かに報酬を握らされ、慣れない目でカメラの位置を暴こうとしたのだ。推論だがな」
推論も何も、そう結論しているが、亡霊との関係で明かす事ではない。
「さて、これまでが前置きだ。素人を金で操りセキュリティを暴き、であれば良からぬこと企んでいる者が居ると考えるべきだろう。……亡霊よ。お前を操ろうなどとは考えていない。しかしお前に意思があるならば。この地を守らんと決意しているならば」
《……!》
「同志として、共に守っては呉れまいか」
・
・
・
随分と大仰な言い回しをしてしまったが、言葉は伝わったか。
結局何も言わずに立ち去った彼を見送って、膝の上から離れない猫をまた構ってやる。
協力を持ち出した私に対しての反応は、まずまずと言った所か。少なくとも本人は協力に肯定的だが、組織としての判断は異なるという可能性がある。
……が、私は問題ないと考える。学院サイドの企みに関わっているメンバーは少ない。
理事長、周防恭平、そして式部茉優。他に細やかなメンバーが居る可能性もあるが、原作の様子から察するに中間管理職が存在しない程度には小規模だ。私の記憶が正しければだが、理事長が直々に指揮していた。
今世の幼少期に原作に関する覚書は作成したが、その時点でも曖昧な事は多少あった。前世ではあの作品を気に入っていたが、根深い所まで考察する程では無かったからな。
「さて」
「にゃー」
相変わらず膝の上から離れない猫を抱え上げて、地面に下してやる。
「お前も協力してくれるのか?」
「?」
まあそんな事は無いだろうが。問いかけてから猫の思念を読んではみたが、明確な返答は無い。
「クク……。気儘なお前に、しかも蚊帳の外であるお前に頼み事をするのは道理ではないな」
透明になれる能力の彼と、人に警戒されることのない猫。この二人の協力を得られれば、とても楽になるのだがな。
いや彼を猫と同列に扱う訳ではないが……。
「さて」
寮に戻ろう。
学院サイドへのアプローチは取れた。後は彼らが、私との関係をどう見るか。
目標こそ多くの所で一致しているが、能力を隠し、そしてこの後の物語を確立しなければならない立場上、怪しまれる可能性も決して捨てられない。
……簡単に協力関係が築ければ良いのだがな。
今の所はこっちの作品に集中します。そんな気分です。